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朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

とある島に行く船に乗り遅れてたので、門司港に向かいました。



門司港駅の構内の「旅立ちの鐘」



門司港駅


最初に向かったのは途中で見かけた門司港はバナナの叩き売り発祥の地という話を求めて



門司海峡ミュージアム



空海さん。



馬関戦争。


でも目的は門司港レトロのほうにある。



バナナの叩き売り発祥地についての説明。なんでも船で届くと傷み始めてるバナナがあるので、腐る前に何が何でも捌いてしまう為に始まったらしい。



人形で再現されている門司港レトロ。「粋な姉ちゃん立ちションベン」ってやつだよ。



ここで写真を撮っていると電車に轢かれちゃうかもしれない。



なんだか空が金具屋思い出すなあ(爆)。



続いて大連航路上屋



こちらには船の模型が沢山あった!



人少ない😅



松永文庫は、映画・芸能資料館で、撮影機器や



衣装などのほか、膨大な映画の資料、その数五万点が寄贈され保管、公開されている(写真撮影不可)。


ね。

山鹿の八千代座に再訪しました。前回は見学だけでしたが、今回は八千代座再興を物語とした「八千代座物語」を観たいと思ったのです。



八千代座の開演を待つ



雑貨と喫茶 はるのひ


ソフトクリームとコーヒーを頂きました。



八千代座の公演予定



ということで、正面から拝見することにいたしました。思いのほか、観客も多い。


最初にガイドの方の解説があり、いよいよ開演。



港家小ゆき 浪曲 わさもん〜やまが八千代座復興譚


こちらはビデオ公演。



続いて山鹿灯籠踊り



という、運びでございました。



いつも通り、見学も出来ます。鶏の鶏冠には「るろうに剣心 大友啓史」と書かれておりまして、ここはロケ地なのであります。


さて、帰りにもう一箇所寄り道しました。



朝倉の三連水車の里



実はこれはモニュメントでありまして、モーター駆動らしいです。



本物は450m下流に移動すると菱野の三連水車があります。更に下流に向かえば更に二連水車などいくつか見ることができます。



川に堰を作って三連水車側の水量が増えるように工夫されています。


ね。

スーツを作る。これが、みやま市に行く必要なのかどうかは個人的見解ですが、


クロキビスポークルーム


なぜかこのお店を知ってしまったので、もう行くしかないのです(爆)。



到着するとお店の方のクラシックシトロエンが止まっていました。なんとなくほっとします(爆)。


さて、スーツをオーダーして、ついでの旅を続けます。そのまま熊本の山鹿へと移動。



山鹿温泉 さくら湯



再生プロジェクトにより今の姿になったわけですね。江戸時代の建築様式をちゃんと残して素晴らしいです。


温泉は、あっさりしているけれど肌はすべすべになります。アルカリ性単純温泉でpH9.62 泉温40℃です。



こだわり亭 山鹿本店


夕食難民になりかかりながら、こちらに漂着しました。



海老が3匹、1匹は有頭で来ました。さらに追加でキスを頂きました。



天麩羅は、このように目の前で調理してます。左隅にたくさんの色紙がありましたが、詳しくは見ておりません。



会計するところには、招き猫がたくさんありました。



帰り道、真っ暗な川沿いの道を歩くのがほとんど見えなくて怖かったですが



山鹿温泉 朝日屋旅館


本日の宿でございます。温泉宿ですが、酔っ払って入らずに寝てしまいました。ちなみに、ふるさと納税2万円で追加なしで宿泊いたしました。



和室でございます。工事系の職人さんや部活の遠征などに利用されることが多いようです。



熊入温泉センター


目の前には別の温泉施設があり、こちらは1回だけ無料券が頂けます。



さくら湯と比べると風情もないし、老朽化もみられますが、700年間発見者の家系で守り続けたという歴史のある温泉です。


なによりも純粋に源泉そのままのぬるい浴槽があり、素晴らしいです。


ね。

有馬(兵庫)にジャズ(大阪)に歌舞伎鑑賞(京都)と関西圏の盛りだくさんの旅から九州に戻りましたところ、おおきに財団から秋の祇園東の踊りと年末のおおきにパーティーの申込用紙が届いておりましたので、スーツを新調しようと思いました(爆)。


あまり脈絡のない話っぽいとどめを刺すとすれば、その為にみやま市(かなり遠い)に行くので、ついでの寄り道の旅に出ました。意味がわかりませんけど😅。



大刀洗平和記念館


大刀洗には大刀洗陸軍飛行学校があり、その分校が有名な知覧分校なのです。



零式艦上戦闘機



コックピットも覗けますが、なかなか窮屈な感じです。



旧陸軍九七式戦闘機。陸軍の特攻に使われた機種です。



そして震電実物大模型


ゴジラ−1.0で実際に撮影に使われた模型だそうです。



特徴は後ろにプロペラがあることです。



震電はB52を迎撃する目的で開発されました。高高度、高速での飛行を可能とする為にこのような形状を考えたわけです。


実は零戦は性能が優っていたわけではありません。劣っていたので、薄いアルミと布で作られ、その軽さで米軍機の性能を凌駕したのです。逆にいえば防御については何もない消耗兵器的な側面が当初からありました。この震電はそれでは運動性能に耐えられないので、全てジュラルミンだったそうです。


初飛行に成功したのは1945年8月の事でした。そしてすぐ終戦を迎えたわけです。機体は分解されアメリカに運ばれて、2度と空を飛ぶ事はありませんでした。



朽かけた木にうっすらと第五航空教育隊 西部第百部隊 空五七三部隊 跡と書いてあります。


道を隔てた反対側には駅がありました。



太刀洗駅にも飛行機がありますが、その前に太刀洗駅。太いという字を使いますが、町の名前は大刀洗、大きいです。


もともとの語源は太刀に付いた血糊を洗ったことにあるようですね。意味を知ると恐ろしい名前です。



さて、本題に戻します。実は大刀洗平和記念館は、まだ歴史が浅く、その前身として建設業を営まれていた渕上宗重さんが旧駅舎を利用し1987年に個人で開設した旧記念館があったのです。


現在の太刀洗レトロステーションがそれで、今でも飛行機が残っております。


それを受け継いだ大刀洗平和記念館は、2009年に町立として新たに開設された物です。



甘木鉄道太刀洗駅のホーム。近隣にはキリンビールの工場があるので、どのようにしたら鉄道でこられるのか、ちょっと興味があります。



待合室です。今はのどかです。


ね。

有馬から三宮に行って、快速乗って、うとうとして奈良の生駒まで行ってしまったけれど、大阪・日本橋に戻りました。



ジョートウビルに用事があるんだけど、ちょっと早かったので、



串カツ屋台 ふくろうに寄ってみました。



店内、客無しからの、徐々に常連らしく店員と会話の弾む方々が来店。



奴と



串揚げを適当に頼んでみました。ソースは2度ヅケ禁止のアレではなく、関東みたいに皿に差して、それに付けて食べる串揚げでした。



ジョートウビル3階。


最近、ジャズなど聴き始めたら、どうもスマホの中にスパイが隠れているらしく、Instagramなどに関連のリールとか流れる訳ですよ。






浅葉裕文さんの愛機、Gibson ES-350


ピックアップがP-90なので1950年代前半だと思いますが、ネック側がチャーリー・クリスチャンに交換されてます。



左から浅葉裕文さん、矢野伸行さん、上東裕嗣さん(場所のオーナー、ゲスト参加)、武田将さん



楽しそうですね。上東さんご弾いているのは生のアーチトップギターですけれど、音大きいです。アーチトップってあんなに鳴るんだっとびっくりしました。


ちなみに上東さんは、あの映画 国宝の春江のキャバレーの場面で演奏されてます。



このトリオがこの日のライブの本来の構成です。



ベースの矢野さんの表情が飽きない(爆)。



ということで、たいへん楽しい夜でした。


YouTubeもあります




CDも購入してしまいました。


万博の大阪は宿泊もたいへんなので、買って知ったる京都へ移動。そして翌日の歌舞伎刀剣乱舞へと繋がるわけでございます。これで時空のねじれが解消です(爆)。


ね。