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朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

食後の運動(笑)。高台にある神社まで石段を登ってやって参りました。



湯泉神社


有馬の氏神で温泉守護神とあっては、有馬温泉に入るにあたって参らないわけにはいきませんね。


温泉神社の下にあるのは太閤の湯殿館



館内はこのような様子で各種資料が展示されております。右手にあるのが、



発掘された太閤の湯殿だったのではないかという岩風呂。



この極楽寺というお寺の境内にあったので、お寺の施設なのかと思って通り過ぎたのでしてが、調べたら市営で安かった(爆)。



その極楽寺を建立したのが、法相宗の僧侶であった行基さんで、有馬温泉を世に知らしめたのだそうです。仏教の布教だけではなく社会事業にも尽力されたのですねえ。


え!行基さんはちょっと前にも登場しましたよね。そうです、栃尾又温泉に壁絵ですってたぶん誰も気が付かないだろうけれど(爆)、行基さんは栃尾又温泉については広めるどころか発見してます!


さて、いよいよ温泉に入りますが、目当ての一番濃厚だという温泉は15時からだったので、第二候補へと向かいます。



陶泉 御所坊


こちらは最古の宿ということです。



陶泉という言葉の意味ですが、歴史と館内には陶芸作品がいっぱいあることから推測すると、絵画、彫刻、陶芸など幅広い創作活動をされた無方庵綿貫宏介という方によるものと思われます。



古くは藤原定家、西園寺公教、足利義満、蓮如、良寛、伊藤博文、与謝野晶子などにも愛された宿。



こちらが日帰りで利用できる浴場。左は休憩室。



説明が必要なので宿のホームから拝借しましたが、この岩風呂は混浴です。しかし、前側まで出てこなければ、岩の壁で反対側きら見られることは無いです。そして脱衣所から岩風呂までの区間、くるぶしくらいの深さの湯の中を歩いていく見えない区間があります。左に木の柵のようになっている部分が、右側の男湯側にもあるのです。


弁慶が入浴した時、脱衣所まで若い男女の話し声が聞こえて来ていました。だから弁慶はそのお湯の中をゆっくりと大きな音を立てて岩風呂に向かっていましたが、気にされない方々だったようです(爆)。


と言っても、気まずいよね😩。



こちらは玄関横の休憩所のような施設。雰囲気はおわかり頂けたでしょうか。


ね。

歌舞伎の前の日、有馬温泉に行きました。


少し前にその土曜日の夜、大阪でのジャズライブを予約していたのです。それがあったので、簡単に歌舞伎に行く判断はできたわけなのですが、次の課題は、ライブまでの時間を如何過ごすか。


そう考えた時に浮かんだいくつかのアイデアのひとつが、有馬でした。



神戸電鉄有馬線、有馬温泉駅。レトロな電車が良いですね。


実は初めての有馬温泉。



太閤橋の下の親水公園にも降りてみたり、



ねねの像を眺めてみたり。


有馬温泉といえば、秀吉なのですね。とりあえず、彷徨います。



明石焼きかあ、食べたい気もするけれど、一年中ダイエット中ですからねえ(爆)。



有馬天神社



とりあえずお参り。



天神泉源。天神さんは荒々しい。



続いて炭酸泉源。


名物の土産に炭酸煎餅ってありますよね。弁慶もかいましたけと🤭。



ここは静かでした。というか、観光客も居ない。らなんとなく判りにくくて誰も来ないのかもしれない。



この変色は天神泉と同じだから、温泉の成分は類似しているのですね。


さて、順番待ちしていたお店へいきましょうか。



蕎麦 土山人 有馬店



店頭の液晶から予約して、携帯に呼び出しが来るまで近隣をぶらぶらしてるが良かろう。



有馬御膳


かき揚げ天せいろに太巻が付きます。弁慶はかき揚げは油がきつくてあまり好きではないのですが、これはサクサクで美味しく頂けました。


すだち蕎麦を注文して写真撮ってる人多かったけれど、インスタとかやってるのでしょうか。


ね。

歌舞伎のくだりで時系列を外れましたが、話は戻ります。そう、時間のあった鮨屋の翌日です(爆)。



いつもの肉屋に来ると、また鮨屋の大将が応援に来ていて手際よく弁当を作っておりました。もともとこのグループは肉屋が創業です。


この支店は南座にも近いので差入の弁当もやってたりしてますから、昼でも忙しい。



昼からユッケですけど、帰って小倉駅から車を運転するのでウーロン茶です。



今日は冷麺。昨夜は少し胃が疲れました。



おでん屋の前、祇園にある崇徳天皇御廟ですが、国宝の原作本では喜久雄と俊介はここで舞妓の市駒達と待ち合わせをする場面があります。映画では藤駒ですが。


崇徳天皇は日本三大怨霊の1人ですが、後白河天皇との権力争いに敗れ、香川県に配流されました。舌を噛み切った血で「日本国の大魔縁となって、皇を取って民とし民を皇となさん」と書いたそうです。崩御されたのは配流の地で、そちらに本廟はありますが、寵愛厚かった阿波内侍がその遺髪をここに埋葬して塚としたそうです。


裏は祇園の女紅場。芸舞妓さんのお稽古ごとの学校です。



祇園花街芸術資料館


祇園甲部歌舞練場に昨年新しくできました。



カツラに簪、白粉、びんづけ油など。



月毎で変わる舞妓の簪です。



国宝 井上八千代氏のインタビューと京舞のビデオが流れていました。



舞の扇と手ぬぐい



着物もたくさん飾ってありました。



三味線と小鼓、篠笛など。



オプションで京舞の観覧ができます。舞台で舞妓、芸妓がそれぞれ一曲づつ舞います。


さらにオプションで舞妓さんとの写真撮影があります。



女紅場にある教室を紹介しているコーナー。実はここはお土産売場でもあります。



出口間際の部屋では、今年の都をどりの映像が流されており、椅子も並んでいて鑑賞することが可能でした。


8割外国人でしたが、日本人でも観たことない物いっぱいあると思いますよ。


ね。

鮨屋、まだ終わってませんでした(笑)。実は鮨屋に入るとカウンターの向こうに見知った顔が見えました。


以前、おでん屋さんで出会った某住職です。あの時はおひとりでしたが、この日はご家族を含む7、8人の中心に居られました。


まあ、そんな状況でしたので、様子を伺ってトイレにお立ちになられた時にご挨拶。


そうこうしているうちに、おでん屋の女将兼この鮨屋を含むグループ会社の副社長がやって参りまして、「ご挨拶されました?」って聞かれたので「ええ、先ほど」って答えたら「刀剣乱舞行きはりました?」と続けます。


弁慶「行ってないですよ」

女将「行かないんですか」

弁慶「チケット取ってないし」

女将「莟玉さんに、チケット取ってもらはったらどうどすか」


そうなんです。ご住職の連れの方はご住職のご家族と、歌舞伎役者の中村莟玉丈なのです。


弁慶はこういった場合、縁に流されるべきだと考えているので(爆)、



中村莟玉丈にチケットをお願いしたのでした。


ということで、時系列から外れて1週間後の日曜日、弁慶の姿は再び京都にありました。



歌舞伎発祥の碑として四条大橋のたもとに立つ出雲阿国。余談ですが、GPCchatAIっていうアプリに画像貼り付けて、誰?って聞いたら牛若丸だと答えたので、出雲阿国ですよって教えてあげました(爆)。



南座、刀剣乱舞。入口で、その旨を伝えて中に入り



番頭席に行きます。役者さんの名前が書かれている中から、中村莟玉丈の名前を見つけて、そこに居る番頭さんに名前を伝えてチケットを受け取り、料金を支払います。



右の角に近い席だったので、花道もそれなりに見える席でした。



こんな視野です。開演前に羅刹微塵の配下の者どもが徘徊しているので、写真が撮れます。



終演後も撮影タイム付きです。拡散しろとまで書いてあります。古典とかだとない光景ですかね、それともたまたま私が今まで経験してないだけなのか。



こちらは闘いの場面とか、舞台の袖でタンタンというかバンバンというか、木を叩いて音を立てる道具、ツケといいますが、それを担当する専門職ツケ打ちの方を尾上松也丈が真ん中に引っ張っり出してきた図です。刀剣乱舞は闘う場面が多いので、ツケ打ちさん大活躍でしたからねえ。本日の主役って感じでのシメでした。



弁慶はゲームをやらないので、刀剣乱舞は見ないだろうなあと思っていたし、内容の予備知識も何も無かったですが、鎌倉時代の話だったので内容はすぐに理解出来ました。台詞も古典みたいに何言ってるのかさっぱりわからねえってことはないので、それなりに楽しめました。


これが古典だとかになると、ドラマとかで知ってる場面でも何言ってるのかわからないことがあるので、イヤフォンガイドが必要なんですけどね。


実は演出が先斗町の家元 尾上菊之丞さんなので、家元っぽさが出てるなあと思ったりしましたが、それなりに観てきたからなのか、ただの気のせいなのか。たぶん気のせいですが(爆)。


外に出ると南座をぐるりと次の会を観る観客が取り囲むように並んでおりました。若手俳優がいっぱい出ているのでその人気なのか、少しは映画国宝効果があるのか、それともゲーマーの歌舞伎鑑賞なのかは不明であります。


ね。


彼岸なのに盆の話です(爆)。


8月16日は、送り盆。関東地方では東京が7月にお盆をやるので、たとえば中元をいつまでに届けるかとか、東京の人と埼玉の人で感覚が違うんですよ。


埼玉の人は8月がお盆だから、その前に届ければ良いと思っていると、東京の人から怒られちゃうのです。


九州はね、そもそも7月15日にはまだお中元の品が会社に届いておらず、8月入ってから挨拶に周りましたよ。



話は8月16日、送り盆の日。弁慶も送りにやって参りました。


でも夕立。ちょっと心配でしたが、出かける前に、ほとんど止みました。このまま降らないと良いのですが。



国宝 で有名になった、先斗町歌舞練場。


サントリー主催のサントリー先斗町歌舞練場ビアホールの会場です。期間中は1日2回の入替制で、早番は17時から、遅番は19時から1時間半の飲み放題で、インフレで8,000円に値上げ。



先斗町の料理屋さんから取り寄せたお重がつきますが、値上げしたけれど、過去にないほど貧相なお重でした。


サントリーさんの(もう居なくなった)偉い方が、赤字だからやめろ!と言っているとかいないとか、いや実際言っていたと確信できる筋からの情報ですけどね、だから今年が最後かもしれないも思って来ました。桜を見る会にはいっぱい提供しても、庶民にはそんな対応なんだなあと。まあ庶民に良い思いをさせても見返りは無いですからねえ、仕方ないです。



左から、秀しほさん、秀亀さん


踊り付きです。踊りの合間は客席を回ってご挨拶をしてくれます。今回は客席にも客と来られた芸妓さんが5人くらいはいましたかねえ。弁慶は単独です😄。そんなにいつもいつもそんなことしてられないです。



そして20時になると、大文字が点火。妙法の妙の字も少しだけ見えるのです。



知り合いの芸妓さんが撮ってくれた写真(笑)。お相手は踊りを踊った舞妓さんの秀亀さん。


さて、1時間半たったらお開きですので、街に放たれるわけですが、



ブログでは、ちょっと前ですが、寿司屋の大将と八坂礼拝講の話をして、弁慶が大将の分まで貰ってくるつもりが、時間が違ってかなわなかったって話です。実は後日談があって、大将が弁慶の分まで貰いに行ってくれたのです。


そして、それを受け取りに鮨屋へ。



これが特別なお札で、表裏に比叡山と八坂神社の名前とそれぞれの本尊、御祭神、薬師如来と素戔嗚命の名前が入っております。



さて、ビアホールで少しは食べているので、極力軽く頼んで食べていたのですが、



大将が最近開発したという鱧の炙りを出してくれました。



柚子だれと、



梅だれで頂きました。


皮側は香ばしく、身側は刺身っぽい食感です。



万願寺ではないけれど、普通のシシトウより少し大きい何か(わすれた)。



しめは瓜のかっぱ巻き。もう8月だから、期間中はきゅうりを食べないという祇園祭は終わってますけれど。


ね。