朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -40ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

八幡城に入場する時に、城単独の拝観券と郡上八幡博覧館とのセット券があったので、セット券を購入した。


時間は14時を少し回っていたが、その時に15時から郡上おどりの実演があると聞いていたので、降りはかなり頑張って降ってきたのだった。



頑張ったので15時からの郡上おどりの実演には、ギリギリ間に合った。



郡上おどりには10の型がある。実演はその中で人気のあるいくつかを踊る。


かわさき、春駒、猫の子、松阪。


郡上八幡の歴史などの展示を眺め、みやげ物コーナーで会社で飲もうと椎茸茶を買った。



博覧館からで出て、裏にまわると古い町並みがあった。



そして三度、安養寺に到着。城に登る前、降りてきた時、そして今。


真宗大谷派の寺院で、1256年の創建でもともとは近江国蒲生郡にらあった。その後、美濃国安八郡に移った時に蓮如により安養寺と改められた。その後、一時は白川郷にあったりと移転を繰り返したようだ。



だがイメージとしては駐車場をやってる寺である🤭



そこから少し坂を登って善光寺に戻った。善光寺会館という民宿もやっている。


毘沙門天を本尊とする鞍馬弘教の寺院である。



つまり、京都の鞍馬寺の末寺なのである。鞍馬寺もそうであったが、もともとは天台宗の寺で、持善坊という名前で建立されたが、長野の善光寺から阿弥陀如来像を招いて善光寺と改名。更に鞍馬寺から毘沙門天の分霊を迎えて改宗した。


弁慶にとっては鞍馬寺っていったら、金星から降りてきた大魔王なんだが。


さて、そろそろ16時もまわったし、



本日の宿は旅館である。プランは素泊まり。夜は六角精児なのである笑。



部屋は吉田川と面していて、水の流れる音が心地よい(より、少し大きい)。しかしながら、窓を閉めると少し物足りない笑。



外からロケーションを確認すると、たぶん正面から少し右あたりである。


1時間ほど休憩し、風呂に入ってさっぱりしてからの外出である。



下町バル玄麟

0575-67-9066

岐阜県郡上市八幡町新町939 町家玄麟 1F

https://tabelog.com/gifu/A2102/A210205/21013500/


まずは地ビールののぼりの出ていた店に行ってみる。本当は昼間のうちに寄りたかったのだが、やってるのか休みなのか不明だったので、夜の一軒目として訪ねてみた。


しかし、地ビールを作っているのは、どうやらその裏側の中庭が見えたところのようだ。


こぼこぼ

岐阜県郡上市八幡町新町939番地 町屋玄麟 1F(中庭側)

https://tabelog.com/gifu/A2102/A210205/21013885/


こちらなら気がつけば、昼間飲めたっぽい。残念。


メニューには隣の地ビールと書いてあって、種類は3種類あったので、ダーク系を選択。



そんなに長居する気はないが、何も頼まないのも悪いので、もずく酢だけ頂く。


続けようと思ったが、まあいいか。今日はここまで。


ね。

先日ご一緒させて頂いた芸妓さんは城好きだった。


というわけで(キッパリ)、次は城を目指しますが八幡城は山城なので、当然、山を登らないと着かないのである。



まずは下の駐車場まで登ると、山内一豊と妻の像がある。ここまでは麓の安養寺から5分もかからない。


ここから先は運転に自信がない人は歩いて行けと書いてある(そんなに乱暴な物言いではないが)。しかし、辞めた方が良かったんじゃないか?というレベルの運転で登っていく車もあった。



車道と山道。山道を登ったほうが3分早く着くそうだが、そんなこと言ったって、対象とする年齢でずいぶん違う気がするのだか。



山内夫妻の像から約15分で最初の撮影ポイント、だそうだ。ビューポイントの看板があったので、反対側の景色を眺めて「どこが?」と振り返ったら城が見えた。そういうことかと改めて看板をよく見たら、城の写真を撮るポイントと書いてあった🤭。



次の撮影ポイント。今度はちゃんと読んで、指示通りに石垣を入れて撮影した。



奥の院は、「およし」を祀っているのだそう。突然だが、人柱となった「およし」の話。



戦乱で壊れたこの城の石垣などを修復する作業に積極的に参加していた17歳の女性「およし」は、難航する工事を、ついに我が身を人柱として地中に入ることで、支えたということが伝えられている。



そして、なんと郡上八幡城は、日本最古の木造再建城なのである。


本当の城は廃藩置県で廃城となり取り壊されたのだ。現在の建造物は1933年に再建された物である。まったくもって明治政府は、城も壊すし仏も壊す。



最上階までは急な階段を3階分登る。



せせらぎ街道、高山方面の町並み。



こちらは通って来た城門。眼下の町並みあたりが、この日、立ち寄ってきたあたりになる。


帰りは城の裏側に回ってみた。



淩霜隊の碑


淩霜隊は慶應4年、一部の佐幕派藩士からの突き上げで家老、朝比奈藤兵衛の子息、朝比奈茂吉(17歳)を隊長に、江戸脱藩藩士45名により組織された部隊。隊員の指名と年齢が表になっているものを見て隊長が一番若く違和感があったが、内容を読んで納得した。現代とは違い家柄が重要な時代でもある。また、一説によると郡上藩は勤王派であったが、生き残りの為の二股戦略とも。


隊は江戸から各地を転戦し、最後は会津で会津藩が降伏するのに準じた。



およし塚


登りの時は通り過ぎてしまったが、最後の登り口の手前に、人柱となったおよしの塚であった。


ゆえあって、かなり急いで降った。



それでも立ち寄ったのは、裏鬼門の守護である岸劍神社。祭神は素戔嗚尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊、菊理姫尊など。


ちなみに、表鬼門には牛頭天王を祭神とする八坂神社がある。



さらに降った場所にある善光寺の境内には、およし観音堂が建っていたので、南無観世音菩薩とお詣りした。


ね。



く最初の目的地はこの寺院。



臨済宗妙心寺派 鍾山 慈恩(護国)禅寺


1606年八幡城主 遠藤但馬守慶隆の開基。1738年、桜町天皇から護国の称号を賜った。



本堂と鐘楼


拝観料は500円。受付のご婦人はとても丁寧な対応で、恐縮するほどであったうえ、辞する時には旅の安全を祈ってくれた。



てっ(くさかんむりに至)草園は江戸初期に初代半山禅師により作庭。八幡城とともに紅葉の名所となっている。この心落ち着く部屋は穆如庵(もくにょあん)。まさに落ち着くところという意味である。



床の間を眺めるも良し。



滝の音を聴くも良し。



水琴窟を聴くも良しなのだが、近くで道路工事やってまして、交通規制の音が・・・。



御本尊の前に置かれているのは、庭にあった老木なのだろうか。



こちらも同じ木の根元に近いほうだろうか。



実はこの寺に来たかった理由は別にあって、この寺から山内一豊の妻「千代」あるいは「まつ」と呼ばれる女性が郡上の生まれだったという証拠が発見された。(それでもいまだ諸説あるようではある。)



庭にあった岩は勅使岩といわれ、明治26年に裏山が崩壊し伽藍が埋没してしまった時に、片岡侍従が見舞いに来て、この岩に立ち被害状況を確認したのだとか。


次の目的地は八幡城なのだが、街を歩いていると偶然カフェに出会った。



ブックカフェ 風立ちぬ




本に囲まれた店内。マスターはカーテンの中にいるので、まったく見えないから、誰もいないのか、開店前なのかとちょっと焦った。



こちらは通り側。



仏蘭西珈琲を頂く。



大原の故ベニシアさんの本があった。ちょっと読んでみたけれど、なんかいい。買おうかな。



こちらは白洲家の晩ごはん。近いうちに白洲家に行く予定である。


本のジャンルは非常に幅広い。色々な出逢いがあるかもしれない。


ね。

唐突ではあるが、名古屋駅できしめんを食べた。小麦粉は極力控えているが、せっかく名古屋駅に立ち寄ったのだから、食べても良いと思う。



たった10分くらいの余裕であったが、その気になればなんとでもなる笑。



さて、名古屋で乗り換えて快速で岐阜。そこから高山線各駅停車で美濃太田である。中山道の宿場町というと、それだけで親近感がわくが、乗換時間は1時間まではなく、宿場街のあたりは駅からは少し離れていた。



長良川鉄道、ゆらーり眺めて清流列車


この車両を狙ったわけではない。乗継ナビで検索した結果、この後の観光列車は完全予約制で満席で、対応策として出発時間を早めたら、この清流列車だっただけ。



車内は川の中にいるコンセプト。



いっぱい川の魚が泳いでいる。だけど満席なので、自由に写真を撮れる雰囲気はない笑。



ここは第三橋梁。ビュー列車なので、ポイントに来ると速度を落とす。



第四橋梁からは、川下りをするグループが見えた。



郡上八幡駅に到着。途中からLOVE❤️食品サンプルと書かれた車両が増結された。郡上八幡は食品サンプルの街でもあるらしい。



郡上八幡駅のホームを渡るレトロな連絡橋。



郡上八幡駅、外観。


さて、初めての街なので右も左もわからないが、歩いていけばなんとかなると、中心街と思われる方向へ出発した。



あー、なんか良い感じのお店発見。



あ、売家だ。最近、終の棲家に興味がわいている。弁慶としては何処を終の棲家にすれば良いのだろうか。やはり奥州か(爆)。



郡上八幡は水の街。ここは「やなか水のこみち」。どこにいても水の流れる音が聴こえると言っても過言ではないかな。



野中稲荷神社で旅の安全をお願いした。



真宗大谷派 竹林山 願蓮寺


山門前に露店が出ていた。1494年創建。2世正専は三木自綱との戦いで戦死、4世慈超は石山合戦で活躍と、僧侶でもあり武士でもあったらしい。



日吉神社


街中のお店の多くに日吉神社のお札が貼ってあったので、立ち寄ってみた。



土産物を売るお店も雰囲気がある。



眼鏡と判子のお店



食品サンプルの工房で体験も出来る。



なぜか、すごくレトロ笑。



郡上おどりのポスターが溢れている。調べたら、おどりのある日にこれから予約をとるのは旅行会社とかを使わないと難しい感じだ。残念だなあ。


ね。

翌朝は少し二日酔い。ホテルを出てご夫婦を迎えに行って、三条から京阪宇治へ。



平等院鳳凰堂


内部拝観は1時間待ちとのことで、旦那様が却下。もっとも、ここに来た目的は鳳凰堂の縮尺の問題なのである。鳳凰堂に行ったことがある人に「鳳凰堂って小さいんでしょ?」って聞いても「そんなことない」って答えられてしまうのだが、それは拝観する場所は中央の堂内だからだということもよくわかったので良かった。



我々が小さいと言っているのは、この部分である。屋根の下の廊下はどう観たって普通に大人が立てる高さではない。妖怪堂さんの説明によれば120cmだったかな。


これは鳳凰堂が西陽を背にした時に極楽浄土を表現する構造になっているという目的の一つで、その状態でもっとも美しい縮尺で作られているからだそう。これ、前回の京都で3人で妖怪堂で聴いてきた話。



塔頭の最勝院。本尊は災難よけ不動明王。



境内にある源三位頼政の墓。平清盛の信頼を得て、武士としては破格の三位まで出世しながら、平家打倒の為に挙兵し追悼されてしまった武将である。



こちらは最勝院の寺務所。最勝院は天台宗系単立寺院。平等院には塔頭の浄土院があり、こちらは浄土宗で、両派により隔年で管理されている。



その後はカフェとお菓子の物色に終始した。


こちらで宇治抹茶シェイク、同炭酸割り、同ラテを頂き



ソフトクリームに後髪をひかれながら



なんだか串に刺したバエる和菓子があるぞ!とか



そばだけじゃなく、ラーメンも抹茶かい!とか(爆)。


まあそれで、羊羹だとかいくつもお土産に仕入れる様子は、そんなにいっぱい買って食べ切れるのかと弁慶が心配するほどであった。


予定では宇治で別れてご夫婦は別行動だったのだが、買物に満足したのでミュージアムにも寄らずに、弁慶と一緒に市内まで戻った。



六曜社 地下店 

075-241-3026

京都府京都市中京区河原町三条下ル大黒町40 B1F

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26000159/



弁慶はエスプレッソとロールケーキ。昔ながらのバタークリームだな、これは。


そして、ここでI夫妻とはお別れである。ご夫婦は帰り、弁慶は居残り。



昨日はご夫婦の泊まった宿に今日は弁慶が投宿。


この日この時、緊張して時間を待っているのは、これから芸妓さんと鴨川をどりを観に行くからである(爆)。もちろん普段のように食事を写真に撮ったりするような不粋なことは出来るはずもない。


歌舞練場の前で芸妓さんと落合い、お茶席はその芸妓さんの計らいで2日続けてのお正席。お茶を運んで来た舞妓さんは一緒にいた芸妓さんと同じお姉さんの妹なのだが、それでなのかどうだかわからないが、なんだかちょっと微笑んで、隣の芸妓さんも「わろーてはる」と反応していた。


をどりが観てからは三福さんに戻って一緒に食事をして、バー亜弥へ。写真はないけど稚鮎が美味かった(笑)。


最初は2人だけだった亜弥には、やがて多くの客が押し寄せ、その客に呼ばれてこの前の市琴さんをはじめ、何人もの芸舞妓が出入りした。記憶が正しければ、あの女子は、あんず家の女将さんと知り合いになった時の豪気な方だったような気がする。


夜もふけた頃、隣に大野裕之さんが来店して座られたが、この日は大野さんよりも一緒にいた芸妓さんが優先です(笑)。宿に門限もありますんで。



でも二日酔いにもならず、翌朝はまた美味しい朝食を頂いたのである。



鴨川は雨模様で中洲もなくなってる。


実は月曜日だし🤭。貧乏が染み込んでいるから月曜日に休みを取ってもなんともムズムズして落ち着かない。だからどこにも寄らずまっすぐ京都駅に行って、帰ってから通院して無くなっていたアレルギーの薬もらったりしたんだよ、せっかくの休みなのだから、鴨川をどり行って昨日の芸妓さんが吹く笛聴いてから帰れば良いのに。勿体無い。


ね。