朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -41ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

そしてまた、京都に戻った(爆)。今回は地元のI夫妻を案内する3度目の京都である。


前回、芸妓さんの踊りを観たことで今回は先斗町の鴨川をどりを観ることが奥様の目的で、その宿での食事が美味しかったので、それをまた食べたいというのが、ご主人の目的である。


目的は別々でも到達地点は一緒なので、まあ良いご夫婦なのだろうと思う。



mag

075-746-4871

京都府京都市中京区木屋町通四条上ル下樵木町191-3 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26023301/


京都行きが決まってご主人が一所懸命にやったのは、カフェ検索であり、まずは先斗町と木屋町の間の路地にあるカフェからスタート。ここは弁慶はコーヒーだけにした。



祇園のアンティークショップの1階にあるいつも行列の出来ているカフェが次の目的地。


弁慶はこの行列が何の行列かわからなくて、恐ろしくてアンティークショップになかなか行けなかったほど。



ゼンカフェ

075-533-8686

京都府京都市東山区祇園町南側570-210 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26021305/


タブレットから予約をし、呼び出し方法を登録すると、あとは付近をぶらぶらしていれば呼び出してくれる。そんなに離れなければ大丈夫。


幸い待ちは我々だけで、階上のアンティークショップを物色したりして待った。



上生菓子と煎茶のセット。上品な甘さの白餡で、ねっとり食感のお菓子。



この店は祇園の菓子店、鍵善良房がやっているカフェである。


六道珍皇寺、六波羅蜜寺、幽霊子育飴と立ち寄ってみたが、全然写真撮ってないや💦



それで写真撮ったのは、京都ゑびす神社で写真撮影を行うご夫婦の様子(爆)。会社を経営されているので、ここに来たのは商売繁盛を願ってのこと。



ひと休みして、奥様の目的地、鴨川をどりへと移動。今年から社会人となった三味線女子のミナさんと待ち合わせし、総勢4人での鑑賞となった。


さて、お茶席はナンバーワンの芸妓である市結さんと、先日の先笄の舞妓、市琴さん。「どうぞ、後ろの方が4席空いてます」と案内されたが、せっかく3人もお連れしているので、なんとか最前列でお手前を観られるようにしてあげたい。そこで弁慶は、先日の縁を最大限に利用するわけです。


市琴さんから頂いた千社札を印籠のように見せて、案内の方に「先日お会いしたので、前の席で拝見したいのです」とお願いした。「前の席であれば良いですか」「はい」ということで、めでたく前列に座れると思って待っていた。


すると、そこに現れた妖艶なる和服美人。「どちらで市琴に会われたんどすか?」と聞かれたので「先週、亜弥さんで」と答えると「ああ、あの時の」という話になり、とうとうお正席へと案内されることとなりました(爆)。この方は屋方のお母さんでした。


お茶席には、お正席は座に2つ用意されているが、そこだけは実際に芸妓さんが目の前でたてた抹茶を、舞妓さんが運んできて頂けるのである。幸運であった(笑)。


さて、舞台のほうだが、やはり悪運の強いご夫婦だけあって、前回踊ってもらったもみ福さんも、その前にバーでお座敷遊びの真似事をした秀眞衣さんも、共に立方で踊る2組がこの日の出番という巡り合わせになっていた。更には奥様は、市さよさんのてんてん(サイン入れ手拭い)までゲットされて、それはそれは満足をされていた。



あんず家 祇園石屋はなれ

075-532-2900

京都府京都市東山区祇園町南側570-130 

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26031440/


そしてこちらは私の歌舞伎の先生とも言える女将さんのいるお店で夕食。



弁慶たちは肉刺



いちぼ、塩タンと肉から入ったが、ご夫婦は最初からおでんを中心に注文。



〆は牛テールと春雨のおでん。


この後は我々だけは先斗町の夜へ。ゴールデンウィークとはガラッと変わって亜弥さんのバーカウンターは反対側まで客が座るほどの満席。いったん顔の効くホームバーに2時間ほど回避してからの再訪となった。



今回はミナさんからは大西京扇堂さんの千鳥の扇子を頂き、あんず家女将からは劇場版鬼平犯科帳のムビチケを頂いた。感激だよ😂


ね。



箸休め🤭。


最近は定期的に依頼がある埼玉南部廻り。業種別ランキング1番でも2番でもないけれど、某いっぱい店舗がある店を訪ねて下見をする仕事。だいたい月に3日ほど費やす。


この日は川口、草加、三郷、野田(千葉だけど)と午後から廻ったので、川口で昼食。休みは昼は抜くのだが、仕事してると習慣的に昼は食べてしまう。



蕎麦 の澤

048-251-1566

埼玉県川口市西川口6-8-5 1階

https://tabelog.com/saitama/A1102/A110201/11024244/



美味い蕎麦であった。また行きたいなあ。


さて、5月10日に観たい映画が同時に封切られた。



鬼平犯科帳 血闘


色々なシアターでやってるし、ロングランになりそうだし、あんず家の女将から噛んだムビチケ(意味深)貰えるし、一番後回しにした。


さて、この映画に出てくる場面は吉右衛門さんの鬼平で観ている弁慶としては、脚本も比較してしまうわけです。


短編を短編で描くか、いくつかの短編をオーバーラップさせて描くのか、その違いはあるので仕方ないのだが、印象深かった場面が別の意味を待たされたりして変わってしまっていたりすると、ちょっとがっかりしてしまうようなところもあり・・・。ということもあって、幸四郎鬼平を素直に評価出来ていないかもな。



ジョン・レノン 失われた週末


上映しているシアターは限られているが、まだマシ。複数回上映あるし。でも早く観ないと終わってしまうだろう。


ということで、仕事終わりに羽生のイオンで観た。良かった。


失われた週末は決して失われていた訳ではないという話。メイ・パンがジョン・レノンと恋に落ちている時の笑顔は美しかった。そして、ラストでショーン・レノンの肩を抱いた時、その笑顔が蘇っていた。それだけで充分伝わるものがあった。



ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春


さらにシアターが少ないし、1日1回上映とかだし😓。ということで土曜日の夜、わざわざ太田のイオンまで行った。


あまりにも共感する場面があったし、勝田台のよく行った店が出てきたし、面白かった。岩城滉一は実年齢73歳。この10年くらいで、ずいぶん雰囲気変わったと思う。多分60代から70代に変わる期間は、それまで以上に変化があるのかな。動けなくなってからでは、遅い。早く自由になるべきだろう。


ね。



はい、そこ!金沢行っても、結局花街かい!とか言わない🤫。


街に降りてきたら、茶屋街からずいぶん離れてしまっていた。



人生2度目の東茶屋街には、行ったことのある店があった。



ゴーシュ

076-251-7566

石川県金沢市東山1-16-5 

https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000164/


前回も昼間に来て、次回は夜に来たいなあと思ったが、やっぱり昼間に来た(笑)。



セロ弾きのゴーシュである。宮沢賢治なのである。



まずはギネスの生で喉を癒した。



茄子のカレー。なんか程よくつまめる物が思いつかなかった。そしてゴールデンウィークは1日1食の掟を破って食べてしまった瞬間でもある。



食後のコーヒーはセット。



左は主計町のお茶屋さんがやってるワインバーだけど、日曜、祝日は休みらしい。お伺いしたかった。


川を渡って主計町茶屋街へ



路地を曲がると野村もみじの綺麗なお寺があった。



真言宗 臨川山 源法院


弘法大師が開いたと伝わる寺院で、金沢観音霊場二十六番札所。本尊は不動明王。ご不在で御朱印は頂けなかった。



あかり坂。そして、



暗がり坂。右側は主計町事務所がある。



暗がり坂を登ると久保市乙剣宮がある。旦那衆はこの神社にお詣りするかのように境内に消え、右脇にある暗がり坂からこっそりと花街に通ったそうだ。



バー一葉


とても雰囲気のありそうなバー一葉も日曜、祝日はおやすみで残念。



浅野川。あとで気がついたが、古い橋よりそのむこうの新しい橋が水面に映る姿が美しいね。




おでん 煌星

076-204-8684

石川県金沢市此花町1-4 ニチワビル 1F

https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17014359/


駅まで歩いて軽く一杯。



おりあえず、金沢おでん食べて帰ることにした。


ね。

とりあえず寺巡りの続き



日蓮宗 妙運山 真成寺


三代、前田利常が信仰した鬼子母神像を祀る寺で、境内には初代中村歌右衛門の墓所があった。でも微妙にそっぽ向いてる。後ろにはブルーシート見える。これは正月の地震の傷跡だ。



こちらが本堂。



本堂の右側の彫物だが、なんだろう?龍ではないよね。



左側は龍。



手水と梁には井戸の中の水中に伸びていた松の根だそうで、300年前の物とのこと。松龍と命名されている。




日蓮宗 弘法山 三宝寺


痔の神様、秋山自雲を祀っている。この秋山自雲は実在した江戸時代の商人で、熱心な日蓮宗の信者だったのだとか。生前に死んだら痔で苦しむ人々を救うと言っていたことを痔を患った友人が思い出し、祠に願をかけると2ヶ月またずに治癒したことが世間に広まり、一気に信仰が広かったのだとか。


色々な神様がいるものだ。



法華宗 鳳栄山 本光寺


京都、本能寺の末寺である。比較的に狭い寺院が多い中で、この寺は二千坪の敷地を所有している。



このように、いくつもあった地震の傷跡。もちろん倒れてしまった墓石もあった。



日蓮宗 妙具山 全性寺


立派な山門と草鞋が印象的な寺。心身健康、足腰の病気平癒の祈願として奉納されるようだ。


門は本来の色は赤いようで、通称「赤門寺」と呼ばれている。



本堂。十代重教の守本尊であった不動明王が安置されている。



日蓮宗 日向山 妙国寺


日蓮作と伝わる大黒天像を安置しているので、別名大黒天寺。1780年建立の山門。左側の規制ロープは地震の影響である。



大黒堂は変わった形をしている。



曹洞宗 鶴雲閣 長久寺


利家の妹、津世姫を弔うお寺。山門の灯籠が無惨にも崩壊していた。


隣から隣へと歩いて行くだけでいくつもの寺に出会う。京都の寺町どころではない。まだまだ多くの寺があるが、



気がつけば、ずいぶん遠くに来てしまったようなので、茶屋街へと戻ることにする。


ね。


京都ではないが小京都というから、テーマはそのままで良いかな(笑)。    


さて、朝食を食べ三条京坂から市営地下鉄で山科。そして山科からは湖西線で北上する。



ここは海じゃなく琵琶湖である。この日はどんよりとしていて、天気は下り坂てあった。



近江舞子で乗り継ぎになったので、その少しの間で、琵琶湖畔まで歩いてみた。


敦賀からは延伸した北陸新幹線で金沢へ移動した。


循環バスで東茶屋街に近い停留所に移動して、茶屋街を抜けて背後の山の方へと向かう。



日蓮宗普香山蓮昌寺



丈六の阿弥陀如来像が常時拝観できるというお寺と書いてあったのだが、下調べをせずに訪ねたものだから本堂が空いていないからと諦めて次へと向かった。あとで知ったのだが、本堂の1番左の扉の奥に安置されているのだとか。



横手に回って墓地の間の細い道を登って行くと石塔があり人皇六十五代花山法皇奉安所と書いてあるのだが、それも写真を確認して、あとで解ったこと。



山門手前から覗いた寺内にある人影にちょっと驚いたが、よく見ると石像であった。



花山法皇である。つい先日、大河では矢を射られて腰を抜かしておったお方である。


この寺は金沢三十三観音霊場の番外札所なのだが、西国三十三観音霊場は花山法皇が巡礼した寺院を元に作定されたことによるものだろう。


事前に調べた時にあまりにもいっぱい寺院があったので、西養寺を見つけてそれ以上検索するのを辞めた。だから、こんな感じの行き当たりばったりで回っていた。



その清澄山西養寺は天台宗の寺院で、元々は天台真盛宗五カ寺のひとつ。天台真盛宗といえば、明智光秀の菩提寺である西教寺が本山の宗派である。


加賀藩、初代利家、二代利長の信望厚く加越能の天台宗寺院の触頭(ふれがしら)となった寺院。



緑の境内と本堂。本堂は1783年に建立された。



鐘楼は入母屋造



観音堂であり、聖天堂であり、護摩堂である堂宇。西養寺は十九番札所でもある。



本堂からの境内。緑に囲まれて落ち着く感じてある。ブルーシートが見え隠れしていて、ちょっと風情を壊しているけれど、これは正月の地震による被害があった証。



本堂の裏手にある西国三十三観音霊場巡礼の観音像。



同じく裏手にある十三仏。


少しのんびり過ごして御朱印を頂いて次へと向かう。気分的には目的は果たしたので茶屋街へと降りても良いのだが、寺院が密接しているのでそのまま流された。



加賀友禅ゆかりの龍國寺は、羽柴秀吉と前田利家が越前稲荷大明神を訪れて、その際に授かったお札で運が開けて出世したとの言い伝えにより、そのお札を長く伝えるために1671年に宝円寺八世、虎白禅師が建立したのだという。



その為、参道には鳥居が並び



本堂を狛犬が護っている。この苔むした様子がなんとも良いのだが、



奥には茶室がひっそりと建っていた。


ではそれがなぜ友禅ゆかりの寺なのかといえば、1920年に加賀友禅を完成させた宮崎友禅斎の墓碑がこの寺内で発見されたことによる。友禅斎は謎多き人物らしいが、晩年加賀に移り僧侶として生涯を終えたという説もあるのだとか。


寺廻りはもう少し続く。


ね。