朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -116ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。


法華宗総本山 本能寺です。信長の墓所がありますが、そもそも当時と本能寺の場所は違うのです。しかも信長の遺体は見つかっていないので、とりあえずの信長の墓のような気がします。

祇園祭りの時に行った大雲院にも信長の墓がありましたし、作った者勝ちでしょうかね。



本堂になぜかたむろってるフォーリナーズですが、まあ気にしないで日本人的にお参りしました。



2度目のお参りですが、今回は待ち時間なしで御朱印を頂きました。



浄土宗 天性寺

なぜか原付の白バイが止まってますが、警官の姿はありませんでした。



こちらも神仏習合でしょうか。境内に鳥居があって、大弁財天が祀られておりました。

正確な情報ではありませんが、特に案内などなかったので、こちらは御朱印は無いようです。



矢田地蔵尊も2回目のお参りですが、前回は休業?で頂けなかった御朱印が今回は頂けましたので、丁寧にお参り致しました。



なんだか筆ペンみたいなので書いてた^_^。

この後はお寺もなく新京極をブラブラと歩いて気になったお店に入ったりしました。



THE BRITIDH BAG

新京極にあった気になったお店。バッグのお店ではありますが、バッグはあまり気にならなかったけど、革ジャンがリーズナブルですごく惹かれました。調べたら神戸に本店があるお店でした。

あたし、英國車乗りなんで、英國人らしくありたい時があります。



SOU・SOU傾着

そうかと思うと、たまにデニムの着物を着ていることは以前ブログに書いたと思いますが、着物で旅してみたいなあ。最近、羽織があるといいなと思いましてね。買いました。買ったけど、冷静に見るとなんかすごく婆娑羅でした。婆娑羅で良かったんですけど、その想定を上回るほどの婆娑羅でした。旅行中ってテンション高いのかな。

あれ、どんな風に着れば良いのかと悩んでおります。



くらま

地下鉄で京都駅に戻って、1時間後の新幹線の指定席を取ってからのビールです。本当はこの隣のお店に入りたかったんだけど、切符を買っている間に満席になってしまいました。

名前は「くらま」だけど、ニュートーキョーの経営です。



湯葉御膳だったかな?メニュー的にとても呑みにくいお店なんです。あたしに合わないだけかもしれませんけど。

何故か江戸ッ子みたいに、あたしって言っちゃたけど。京都なのに。

ね。
二条城のことはまだ何も書いていないのに、二条城から徒歩で離れます。

延暦寺の根本中堂の香の香りが今までに嗅いだことのないような香りだったので、以来お香のことがたまに気になったりします。



二条城から寺町通りの廬山寺へと向かうのに御所を通り抜けて行こうと計画して地図を見ていた時に、途中に山田松香木店があることに気がつきました。



その山田松香木店で根本中堂の香が何なのか知らないか聞いてみようかなとも思いましたが、それはやめてちょっと気に入った桔梗の香を買いました。



大枠での御所を蛤御門から清和院御門へと抜けました。途中で外国の旅行者から英語で多分その中心の京都御所に入れるのかと聞かれたので、大宮御所なら見られるから受付に行ってみたらと伝えたかったのですが、はたして伝わったかどうだか(笑)。



廬山寺

紫式部邸宅跡で、本尊は元三大師。元三大師はすごく霊力が高かったようで、天台宗の厄除け大師と言えば元三大師なのです。神川の金鑽大師も元三大師。佐野厄除け大師も元三大師。川越大師も元三大師。深大寺も元三大師。昨年、比叡山の横川で出会った元三大師ではありましたが、その後色々なところで出会うのです。

あのさ、いつのまにかなんですけど、来年になると前厄なんだよね。何歳の厄年かは想像に任せるけとさ。ちなみに厄年は払うと身内に降りかかる家系なので、払わないことにしてますけど。余談です。そんな余談は置いておいて

ということで、廬山寺に来たのは元三大師に興味が湧いてきたのが理由で紫式部ではないのでした。



元三大師堂。裏手に回り込むと寺務所があります。紫式部が目当てなら庭園を見学しなくてはいけないのですが、そうではないし時間的制約もありますので、それは今回はやめておきました。



御朱印も元三大師。紫式部の御朱印もあるのですが、今回はこちらだけ頂きました。


寺町通りというだけあって、新京極に向かって歩いて行くといくつもお寺があります。



護浄院

日本最初の荒神さまを祀ったお寺さんと書いてありました。よくわからないけど、興味がわいたら検索して調べてみてください(爆)。


本尊は清荒神(きよしこうじん)。鳥居がありますが、天台宗のお寺です。神仏習合によるものだと思います。神仏習合もあれば廃仏毀釈もあるし、それくらい人間の心は虚ろなのですということを知っておく事は大切だと思います。一時的に一方向に揺らいだ時にどれくらい冷静になれるかですよ。



こちらでも御朱印を頂きました。




続いて革堂 行願寺(こうどう ぎょうがんじ)

西国まわりの方々が経を唱えている時に到着。写真に撮ることは出来ませんが、本堂の天井が凄かったです。



こちらでも御朱印を頂きました。



大福寺



元々は奈良にあって天皇家の庇護にあった寺院でしたが、京都に遷都した時に一緒に引越してきたのだそうです。

広大な敷地を有していたそうですが、応仁の乱とか天明の大火やらで消失し、今はわずかにその面影を留めるだけになったのだと住職が説明してくれました。

寺務所には焼け焦げた瓦がありました。



いくつかある御朱印ですが、どうやら花咲爺の御朱印が一番人気なようです。ちなみにこちらを頂くには、千円をお納めすることになります。



レティシア書房

とても個性的な書店でした。

さて、烏丸通りを超えて最初にあるのは敵は本能寺にありって、当時と場所は違うけど。

ね。


名古屋への出張からでも京都に行きます。京都はマイブームですから。

上洛シリーズでは7回目(通算10回目、いかに今まで京都に行っていないかということですが)。



洛北の常照寺さんは、2代目吉野太夫が信仰を寄せた寺で、朱門を寄進されたほどでした。その常照寺で毎年開催される京都の春の風物詩とも言われるイベントが、吉野太夫花供養です。

吉野太夫花供養は島原の輪違屋さんの太夫道中などが開催されます。輪違屋さんは去年の夏の特別公開で見学させてもらい、まだ記憶に新しいです。そんなことをネットで見かけて照月のある北大路のバスターミナルから北1系統の市バスの乗って常照寺にやってきました。

来てみたらお茶券がないと入れないけど、当日券もあるよ!って書いてあります。

その当日券ですが、5,500円すると知って一瞬辞めようとかなと思い引き返しました。太夫道中は寺内に入らなくても見られる気がする(実際、見られる)んですよね。

でもまあ、せっかく来たんだからと購入することに致しました。何事も経験ってやつです。



お茶券は、遺芳庵席(裏千家)、野天席(太夫からお茶を振舞われる可能性があります)、  点心席のそば、煎茶(方円流)が付いています。
 


まずはお参りをしようと思って墓地に行きました。これは墓地にある開山堂。



開山堂の裏手に吉野太夫の墓所がありました。



こちらが遺芳庵の茶席。吉野窓席というお急ぎの方用の席もあるようですが、とにかく勝手がわからないので大変なんですが(^^;;

吉野窓^ ^、前回の高台寺で覚えた言葉にこんな風に再会できると嬉しいもんです。

左手に待合のテントがあって、そちらで待つのだそうです。



こちらは点心席。でもお蕎麦は10時からなので、道中を見てからでしょうか。



煎茶席。煎茶ならなんとかなるかもしれないと思って煎茶席に入ってみます。

席は座敷がメインですが、若干の座席もありました。とりあえず座敷の方に並んで待ちながら、見学してました。

煎茶は楕円形の盆に載っていて、左から茶碗(一杯目はさしてある)、お菓子、急須という並びです。

まずは茶碗のお茶を飲み、お菓子を食べ、急須から茶碗に二杯目を注ぎ頂く。まあ、そんな流れです。



時間が近づいてきたので、参道に行って待っていると、まずは花扇太夫のお話から始まります。色々と面白い話しを聞いているうちに、太夫道中がやってくるという事になっているのですが、聴くこと約30分くらいでしょうか。



道中と共に雨が降って来て太夫は八の字を書かずに早足です(爆)。まずは桜木太夫。

花扇太夫のリクエストでちょっとだけ八の字を描いています。

島原の太夫は内八の字を描きます。そして視線はまっすぐ。時代劇でよく見る花魁道中では、花魁は外八の字を描きます。そして視線は左右に大きく振ります。



参道の途中でお参りしているのは、



吉野太夫の掛け軸に対してです。



落ち着いているように見えて早足(爆)。この傘ですが、雨降ってもさすと壊れるらしい。

こちらは薄雲太夫。



報道関係者がけっこうウザイです。

最後に如月太夫。


太夫さんの2人は本堂へと入り、薄雲太夫は1人だけ野天席へと向かいました。



点心席にもすでに行列が出来ていましたが、とりあえず蕎麦を頂きました。

江戸前とは麺もちょっと違うし、出汁も違いますね。



野天席は1時間待ちとなっています。1日かけて花供養を楽しむのであれば、並ぶも良いかと。

しかし、弁慶は二条城に行かねばならぬ!



こちらは帯塚。

吉野太夫に関係あるのかなと立札を読んでみると



関係はなかったようです。そうそう



御朱印を頂きましたが、ちゃんと吉野太夫花供養と書かれています。

ね。

朝起きたら雨が降っていました。この雨で爺ちゃんは帰るだろうなと思いながら、まずは東寺へと向かいました。

東寺の五重塔は新幹線からも見えますもんね。でも五重塔は境内から見るより遠くから眺めたほうが素敵に見えるのではないかなと思いました。唯一咲いていた桜のバックで撮影しましたが、逆光です。



東寺 正確には教王護国寺と言います。真言宗総本山です。

金堂には薬師如来と日光、月光の両菩薩が並んでいて、ブルーシートの見える方から参拝できるようになっていました。

ちなみにこちら側は有料エリアであちら側は無料で入れるエリアです。



講堂

国立博物館の「国宝 東寺ー空海と仏像曼荼羅」の展示で随分沢山の仏像がお出かけ中でした。



毎月21日は京都でも最大級の骨董市、弘法市が東寺で開催される日なのですよ。骨董から屋台、植木など様々な出店が並んでいましたけれど、ゆっくりとは見せて貰えなかったです。



奥の刃物屋さんに興味深々なんだけどな。



東寺にはいっぱい御朱印があるんだけど、原則的に一箇所でいくつももらわないことにしたの(笑)。


東寺で諦めて帰ると思った足立爺ちゃんでしたが、雨が止んでしまったので付きまとわれることになり、今度は何処行きたい?って聞いたら銀閣寺だっつーの。

そんで、駅から市バス5系統に乗って銀閣寺道でおりました。



白沙村荘は高いからって爺ちゃんは寄ってくれません。金持ちだからケチです。弁慶氏は爺ちゃんの会社の社長をやってくれと誘われましたが、給料は30万らしいから受ける訳ありませんよね(爆)。



慈恩寺銀閣

修学旅行でここに来ても意味ないのでやめた方が良い思います。もっと歳喰ってから来るところです。

弁慶氏は30で再訪して感動しました。その時に京都にまた来たいと思いながら、実際来たのはその20数年後でした。物流業って無理しないとそんな余裕ができない仕事です。今もこの日の翌日からの20数連勤中だし(爆)。でも管理職だから法的に問題ないんだよね。
 


苔寺を模して作られた庭園だって書いてある。苔寺も行きたいけど、あそこは予約制なんですよね。



銀閣寺でも御朱印をいただきました。



足立爺ちゃんは糖尿のくせにみたらし団子が食べたいなどとほざきました。食べましたけど。

それだけでは飽き足らず、匂いにつられてこんな店に入りましたよ!すべて爺ちゃんの希望です。



お多やん
075-275-4974
京都府京都市左京区浄土寺西田町72-3 
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260302/26022302/

釜玉カレーうどんって珍しいでしょ🙃

銀閣寺道のバス停に戻ったら「私設図書館」がありました。



なんか好きだな、こういう個人的文化活動。

で、また市バスに乗って、確か102系統?だと思ったけど、爺ちゃんの次の希望は予想通り金閣寺です。



鹿苑寺金閣

成金趣味だなーなんて思っていたけど、こうして眺めるとそれはそれで良いな(爆)。



陸舟の松

島原で見た臥龍の松のほうがすごいかな。



こんな茶室のほうがほっとするかもしれない。それにしても外国人が多いですね、金閣寺は。



金閣寺で頂いた御朱印はこちらです。

そんでバス待ってる間に近所の和菓子屋ていちご大福食いやがった。

死ぬな。

ね。


と終わりたいところですが、



東本願寺



西本願寺

と回って帰りました。

本願寺は御朱印は無いんです。

ということで、もう二度と連れて行きたくない足立爺ちゃんとの京都旅行は終わりです。

新幹線で缶ビール2本飲みやがった上に「今日、インシュリン打ち忘れちゃってな」などと申します。

死ぬな。

ね。
というわけで、6回目も仕事からのプライベートでの上洛となりました。

京都に移動したところに話を戻します。翌日は雨が降るということで、観光することになりました。

足立爺ちゃんに何処に行きたいのか聞いたのですが、漠然と祇園などと寝ぼけたことを行ってくれました。

河原町まで電車で行って、八坂神社、そしてその奥へと進んで


知恩院

国宝の三門です。

もう随分昔の話ですが、ゆく年くる年で除夜の鐘を突く映像があったのですが、その派手な印象が残っています。



本堂



手前の小さい建物が納経所です。

こちらで御朱印をもらいました。御朱印はそもそも納経した証として頂くものらしいです。弁慶氏は写経帳なるものを買って保有しておりますが、まだ保有しているだけです。

ちなみに弁慶氏は結構仕事が修行でございまして、それで良いかなと思っておりますよ。



なんだか爺ちゃんの宗派は浄土宗だそうで、知恩院が浄土宗の本山だとわかったとたんに色々と思い出してきて、熱心に見だすは蘊蓄は語るはの状態になりました。しかし法然は鎌倉くらいじゃなかったかなと言うとそれは親鸞だ、法然は唐の時代だみたいなことを言いだす始末です。なんか色々調べたりしていることは確かみたいだけど、根本的なところが全然わかってないみたい^^;。

さて、次行きます。



高台寺

高台院、秀吉の正室 ねね様のお寺です。



高台院はちょっと高い場所にあるので祇園祭りの時の特別公開で登った銅閣、大雲院が良く見えました。



茶室 遺芳庵

なっとくの茶室っぽいです。丸い大きな窓は吉野窓というらしい。以前行った島原の輪違屋の吉野太夫が好きだったタイプの窓だかららしいです。



開山堂



茶室 傘亭

なんか茶室に見えないけど、伏見城から移築されたものとのこと。こんな侘び寂び的だと千利休かと思っちゃうかもしれないけど、これって千利休が死んじゃった後の造作物なんだってさ。



高台寺の御朱印は仏心。



次は清水寺だって言うから、高台院まで来たら清水寺なら歩くよね。ってことで爺ちゃんをそのまま歩かせて清水寺まで来ました(笑)

修繕してるから、魅力半減なんだけど。



ほらね。

それに人多過ぎ!平日だかんね!みんな、今日は平日だよー!!!


音羽の滝なんてすごい行列で並ぶ気力が起きない。



御朱印はそれでも頂きました。 

かなり疲れましたので今日はこのへんで。

ね。