朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -115ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

山科から地下鉄東西線で東山まで来ました。3月に足立爺ちゃんにしてやられて歯抜けになった東山エリアですが、知恩院の北に青蓮院門跡と尊勝院があるので、そこからスタートです。建仁寺あたりまで行けるか逆に南禅寺方面でも良いなと計画しましたが、どうやら足立爺ちゃんのさらっと次に行く観光感覚に毒されて計画してしまったようです。東山についた段階で、すでにそれは断念しました。

取り敢えず勘で歩いて行くと明智光秀の塚がありました。



随分小さいですが、大切に祀られているようです。口上によれば、首塚のようです。

先日は本能寺をお参りしましたし、これでバランスが取れるような気もしますが、光秀が天海僧正だという怪しい説もありますからね。そうなると先日、日光輪王寺に参ったのも至ってタイムリーであったということでしょうか。



白川の流れと画像ではようわからんけど、なんか風情のあるカフェがあったんどす。



知恩院古門

なんか遠回りしたらしいと気がついた瞬間^^;。この辺りは法然さんの息のかかった地域らしいですね。取り敢えず門をくぐって進み、知恩院で突き当たってから東山駅方面に戻ります。



今度は親鸞聖人得度聖地って書いてあります。でも、それは浄土真宗を開いた地ではなく親鸞さんが天台宗で得度を得た場所ってことで、ここが青蓮院門跡です。



境内のクスノキです。親鸞さんが植えたと伝えられてはいますが、そんなことないんじゃないかなって公式見解が出てます。



お寺にありがちなことではありますが、中側は撮れないけど外は良いみたいな話なんで、なんか雰囲気のある写真を撮りたくて四苦八苦してみるのです。



庭園も敢えてこんな風に撮ってみたらどうだろうとか考えてみたりします。



内部についても部分的には禁止されてい無いこともあって、これは新しい物だからなのでしょうね。三十六歌仙の絵です。



右は柿本人麻呂。麿になっているけど、人麻呂が正しいと思われます。

弁慶はませた餓鬼でしたから、夏休みの宿題にいきなり長歌の研究というテーマに取り組んで柿本人麻呂の研究をした記憶がありますが、どんな内容だったかは全く覚えておりませんし、その後、全く興味も持ちませんでした。

昔っから熱しやすく冷めやすい性格なのでしょう(爆)。



わ!誰だかわからない(^^;;



部屋もここは撮影禁止と書いてなかったので撮らさせて頂きました。



庭にも出ました。満開と謳われていた霧島ツツジですが、ちょっと陰りが出ておりました。



この建物は好文亭といってもともとは学問所だったらしいですが、後世は茶室として使われていたようです。平成5年に放火により消失し、7年に再建されました。



やっぱり神社がありました。天台宗だからなのかもしれないけど、比叡山の麓と同じで日吉社でした。



西方浄土を意識した石組みのようです。 



熾盛光如来曼荼羅の祀られている本堂です。この前に廊下をぐるりと回る順路に従って本尊にお参りは済んでおります。



こちらも門跡寺院なので宸殿があります。こちらの内から撮影してのが大クスノキです。撮影禁止ですが最近のテーマ元三大師の座像も安置されておりました。

さて、青蓮院門跡の飛び地には尊勝院というお寺がありますが、


そちらの本尊こそが霊力新たかな元三大師でありますので、向かってみます。この石碑から先に行って左に曲がると結構な坂道になりますが、それを半信半疑で登っていくと、



尊勝院は確かにありました。確かに有りましたが扉は固く締まっており、外からお参りするだけでした。はっきり言ってボロ寺系です(・・;)。



少し高台になるので、景色が良いです。それに誰も居ないし、良い場所です。もともと京都に来てみたいと思ったきっかけの京都トレイルのルートでもあるようです。

ここからさらに30分ほど山道を登ると、新たに出来た青蓮院門跡の将軍塚青龍殿と展望台があるようです。

だけどもうここでタイムアップです。ここからは先斗町をブラブラと目指すのがちょうど良いくらいでした。



青蓮院門跡の御朱印は熾盛光如来。尊勝院の御朱印はどうやら3日に行かないと貰えないみたいです。3日には当分行けそうにありません。3日からはまた仕事ですし。

ね。
上洛シリーズ8回目。

取れただけマシかもしれませんが、スマートEXでは前々日になっても空きのある普通席の指定がJR東日本の券売機では3日前でも無いことになっていたので、何本かの候補の中で唯一空いていたグリーン車を予約せざるを得ませんでした。

スマートEXは東京から京都までなら確かに少しは安くなるんだけど、田舎者は田舎から東京、東京から京都と乗車券を分割されてしまうので、逆に高くなるんです。(ましてや、往復割引の恩恵を受けられる区間、ただしそれには高崎−京都で乗車券を買うんですけど、それができるのにスマートEXはありえないのです。)

だからそんな不公平なシステムでスマートEXをやってるあの会社には、お前はクソ野郎だと言っておく!



さて、京都までグリーン車に乗ってもたいして恩恵ない。お手拭きが配られるくらいだよ。通路側だけど、普通は暗黙の了解で取らないんだって?まあ好きにしてくれ。

結局、窓側来なかったけど、品川からかな?横浜からかな?名古屋からかな?ってずっと来ると思ってるから気持ちが落ち着かないよ。

さて、気をとりなおして



京都から山科の毘沙門堂に来ました。当初の予定は曼殊院から南下して先斗町まで来るというものでしたが、新幹線の時間が遅くなったので、ちょっと厳しいと思ったのです。それで毘沙門堂から東西線沿いに先斗町に変更したのですが、そうなると荷物のデポが出来ないので、大変でした。

当初の予定だと地下鉄烏丸線で北大路まで行ってコインロッカーに荷物をデポして再乗車して国際会館、そこからバスだったのですが、山科ではそうは行きません。



ボストンバッグを肩に背負って雨の毘沙門堂の石段を登りますが、それまでの道やや坂道な感じを登ってくるのです。



仁王門で仁王様が笑ってます。普段はバックパックですが、今回はボストンバッグで来てしまったのは鴨川をどりを見るのにちょっと気取ってテーラードジャケットを着て来てしまったからなのでした。



正面が毘沙門堂の本堂ですが、けっこう雨が降ってました。



右奥にある鳥居は弁天堂で神仏習合なのかといえば、そもそもこの毘沙門堂の内部には東照宮が祀られているのでした。



仁王門の左手にある勅使門です。毘沙門堂は門跡寺院なので勅使門があるのです。



本殿の後ろにあるのが霊殿で、こちらは宸殿です。これも門跡寺院特有の建物でしょうか。



枝垂れ桜の季節に来ると綺麗なのでしょうね。



御朱印は本尊 毘沙門天でした。

山科では毘沙門堂だけしか寄るつもりはなかったのですが、帰り道にあるお寺にちょっと興味が湧いたので寄り道しました。



瑞光院

なぜ興味が湧いたのかといえば、赤穂義士の遺髪塔があると書いてあったからなのですが、


大石内蔵助遺愛梅と書いてありました。



大石内蔵助が建立した浅野内匠頭の墓所を中心に義士の墓が並んでいました。左にある大きなサイコロのような石碑が遺髪塔のようでした。



御朱印は遺髪塔です。とてもフレンドリーな住職さんでした。

ね。
京都への途中下車で連勤が途切れました。翌週は毎年恒例の鬼怒川温泉での協会支部の総会に行って翌日は都内だったので会社には戻らず一旦家に帰りました。



7時にホテルを出発して今市から男体山と女峰山を眺め、日光に寄ってみたくなりました。



輪王寺に到着すると僧侶が三々五々に集まってきて8時から朝のお勤めが始まりました。アンプを通して読経の声が響き渡りました。

金堂は数年前に、湯西川温泉から日光、更にバスで足尾、足尾渓谷鉄道で桐生へと抜けた旅行をしましたが、それ以来です。当時は平成の大改修で建物自体が覆われていて、その外側の建造物の廻廊から金堂の屋根を見るという貴重な経験が出来たのですが、その工事がとうとう完成してのですね。しかも、4月から公開されたばかりでした。



金堂内部に入ると延暦寺の根本中堂と同じように、仏像とお参りする場所の間に修行の谷間がありました。延暦寺では、ここで僧侶がお勤めをして、参拝者は仏像と同じ目線からお参りするのですが、金堂では僧侶が仏像と同じ目線からお勤めをして、参拝者は修行の谷間から仏像を拝めるような構造になっているのですね。

朝のお勤めの最中に入ったので、背後から読経や声明を感じながら仏像を拝むのはなかなか良い体験でした。



修理が終わった記念の御朱印。



頸の調子が多少良くなったのか握ると痛んだ左手の肘の痛みがなくなったので、1年半くらいぶりにゴルフやりました。もちろん仕事のゴルフで客先のコンペでしたが、結果は101でした。

取り敢えず週末3日の応援だけで日曜日は休みになったので群馬の森のクラフトフェアに出かけたら駐車場が満車でした。

これまでは自転車で来てたからそんなことは気にしなくて良かったのにね。

それでそのまま通り過ぎて前橋まで走ってしまいました。



青柳厄除元三大師

さてお勉強の時間です。関東厄除三大師とは、

西新井大師、川崎大師、観福寺大師堂を指します。全て真言宗のお寺で空海大師が祀られています。

一方、関東三大師と呼ばれるお寺があって、(諸説ありますが一般的には)佐野厄除大師、川越大師、そしてこの青柳大師がそれにあたります。ここでいう大師は元三大師です。



世相でしょうか。最近はピンコロよりぼけ封じですよね。ピンコロだと身辺整理が出来ないからピンコロじゃない方が良いです。



伝教大師最澄像。



御朱印は青柳大師



週末3日の応援だけだと、平日それを盾に早く帰って飲みに行ったりして(笑)。回数減るから滅多に行かない寿司屋に行ったりして(爆)。

ゴールデンウィークも鉛色ですけど、前半は午前中対応で帰り道に寄り道です。



熊谷厄除大師 常光院

梶井宮門跡の令旨と御紋章を下賜され寺紋としたという歴史があるそうですが、梶井宮門跡ってみんなの大好きな三千院だかんね。



茅葺屋根の本堂が良いという噂通りでした。だいたい人が誰も居ないから心静かに過ごせます。



あ、遠い親戚がいる。俳句寺としても知られているようです。



御朱印は釈迦三尊。もちろん厄除ですから本堂には元三大師も祀られています。

ね。
先日、帝国ホテルで祝賀会が行われ、関係者の末席に列席することになったのでした。

もっと相応しい人や出たいと思う人いっぱいいたと思うんですけが、なんの因果が今年から押し付けられた役職会の会長としての出席なのでありました。今の会社にいるのは知る人ぞ知る件ゆえなのであるし、プロパーの方々には申し訳ない気がいたします。

まずは開宴2時間前から現場入りして受付業務を行いましたが、これがなかなか大変でね。

さらに開宴してしばらくは来賓の挨拶が続いてさらに1時間くらいかな。ようやく乾杯となりました。



「オマール海老と帆立貝のお祝い王冠仕立て キャヴィア飾り」



「コンソメスープ 紅白ロワイヤルと彩り野菜入り」



パンは数種類から2つを選ぶんだけど、食べちゃうとおかわり聞きに来てた。



「ゆっくり火を入れた天然平目 貝のエッセンスをサフランの香りで」



「シャンパンと苺のグラニテ」



「和牛サーロイン肉をじっくりと焼きあげたローストビーフ レフォールと温野菜を添えて」

兎に角、やたらと長い名前の料金が続きました。



その後、余興があって、祝われる人の母校の応援団がエールを贈ります。この辺は自動車部の元監督だとかそういう繋がりで来てくれるんでしょうね。

最後は「卒業生は前に」ってことで、30数年ぶりに校歌歌いました。歳とるとこういうの懐かしいとか思っちゃうんだね。以前なら嫌だったと思うんだけど。



「ダークチェリーとフランボワーズのジュビレ」

最後は整列してお見送りでした。今年一年分くらいのお辞儀をさせて頂きました。

ね。
突然ですが、3月、4月の書きかけが残っていたので仕上げました。



みんなの励みになるかもしれないから載せとく(爆)

4月へと続く連勤の原因、新しい配送先の下見でウロウロしてました。ただうろうろしていてもつまらないので、



鬼太郎に会いに行ってきました。(嘘)



場所は深大寺です。



本当の目的は前回見逃した国宝の釈迦如来像を見に行ったのでした。でも撮影は禁止なので画像はありません。



せっかくなので元三大師の御朱印を頂いてきました。


4月に入るといよいよ本番なので、川越に支援の為の連勤となりました。夜間がメインの業務なので、通勤途中に寄り道をしました。



天台宗別格本山  星野山 無量寿寺 中院でございます。あの有名な喜多院は無量寿寺の北院から喜多院へと転じた名称です。



東照宮

中院は今は東照宮がある場所にありました。火事で消失し再興することになった時にはすでに東照宮があったので、今の位置に移ったそうです。現東照宮の南には南院がありましたが、現在は廃寺となって跡のみ残っています。

中院は南に200メートルほど移動した為に、その南院の跡より更に南にあります。駐車場が檀家専用なので、喜多院から歩いて行きました。



その喜多院は桜が満開でお祭りでした。その為に駐車場の料金も500円に跳ね上がっておりました。(前回は200円だった気がします。)


中院は檀林だった歴史にならい、色々と文化活動を行なっているらしいです。檀林とは仏教を学ぶ学校のことです。



島崎藤村所縁のお寺でもあります。 



不染亭は島崎藤村が奥方の御母堂に贈った茶室です。



中院の御朱印は無量寺でした。実は1回目に行った時は御朱印を貰えない物だと思っていて、2回目で貰ったもので、この日付だと春祭りはやってません。



さて、さの次の日の出勤前は金鑚大師に行きました。正式名称は大光普照寺。埼玉と群馬・鬼石町との県境、神川町の金鑚神社の前にある天台宗のお寺です。



無量寿寺 中院同様、こちらも関東天台八檀林の1つ。



気分は花見ですけど、お酒は飲めないのです。それにしても人混みがないのが良いですね。来年は自転車で来てゆっくり出来ると良いのですがね。



鐘撞堂は小高い丘の上にありました。



本尊が元三大師ですから御朱印も元三大師です。



さらに翌日、立ち寄った小川厄除大師の山門には茅の輪がありました。



こちらの桜がも綺麗でしたがご不在のような感じだったので御朱印は頂いておりません。

なにもこんなにと思うくらい厄除大師を回ってみたのは、はやく厄(連勤地獄)から解放されないと京都に途中下車できないと思っていたからなのでした。

ね。