朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -108ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

社会復帰しました。
 
退院1週間目の金曜日は袋井に終日張り付く出張があったので、前泊は愛野、後泊は浜松としてその足で京都へリベンジの旅です。

ということで、シリーズ9回目の上洛です。
 
こんなに細かく乗り換えると座れなくてもいいやと思うので、全線自由席で経費も節減^_^。入院しての予定外の出費が痛いです。
 
さてさて、宿泊先はこちら。
 

 

 

チェックインは16時なのですが、荷物を預けられるということなので駅から直行すると、部屋に入れないだけでその他の手続きは全て完了。

 

 
さて、スタートはその近所の
 
 
 

六波羅蜜寺

 
六波羅といえば、かの平家が六波羅探題を置いた場所です。いにしえの時代、この辺りは洛中から鳥辺野への入口でありましたので、魑魅魍魎がうようよしていたと思われるのです。鳥辺野、それは鳥葬の為に死体がゴロゴロしていた場所です。
 
今回の旅で、鳥居本に住む社長さんとバーで隣となって知り合いにならせて頂きましたけど、あの辺りも化野。やはり死体置場ですから、「掘れば骨がなんぼでも出るよ」と言ってました。実際に掘ったわけではないと思いますけど(^^;。
 
 
 
清盛さんのお墓です。
 
 
 
阿古屋塚
 
平家滅亡後、鎌倉の源氏方に追われる平家の武将・景清の行方詮議のため引き立てられた阿古屋は、景清の居場所を頑なに知らぬと答えます。代官・重忠は心に偽りがあれば演奏の音色が乱れるはずだとして、琴、三味線、胡弓の三曲を演奏させたところ、阿古屋は乱れの無い見事な演奏を披露し、解放されたと言います。平安時代の嘘発見器でしょうか。
歌舞伎でこの演目を演じるのは琴、三味線、胡弓をこなせるだけでなく、その気品の高さを表現できる必要があることから、演じられる役者がほとんどいないのだと言います。ただ1人演じられるのが坂東玉三郎。阿古屋塚はその玉三郎が奉納した屋根に守られていました。
 
 
みなとや幽霊子育飴本舗
 
幽霊子育飴の由来はこちらです。魔界 京都には探せば幽霊、妖怪の話はいっぱいありますね。今回はその辺にも踏み入れてみたいと思って妖怪話を聞きに行くプランもあったんですけど、のちに触れますが体力的に断念しました。
 
 
 
店内には色紙がいっぱいでした。
 
 
 
こちらが幽霊子育飴。一粒頂いて口に放り込み、ぶらぶらと歩いて行きます。味は昔ながらの素朴な甘さでした。
 
 
建仁寺の境内を抜けて花見小路に来ると、先日の火事の生々しい傷跡が。
 
 
 
 
仲源寺(目疾地蔵尊)
 
賑やか祇園の四条通りにこのお寺があったことは、今まで何回も前を通ったと思うんだけど気がつかなかった(^^;;。しかも目の病に効くお地蔵様だからね、網膜裂孔を患い、自覚症状はないけど人間ドックで加齢性黄斑変性だと言われた(でも網膜裂孔の定期検査では何も言われませんけどね)弁慶は、これからは毎回寄らされてもらいます^ ^。
 
さて、祇園四条から京阪で出町柳へ。本当は叡山電鉄に乗り換えて修学院、一乗寺方面を散策する計画だったんだけど、ここまで歩いて思いのほか足腰が弱っていることを実感し、計画変更。
 
 
 
百万遍知恩寺
 
浄土宗七大本山のひとつ。七大本山とは、総本山 知恩院は別格として、増上寺、金戒光明寺、清浄華院、善導寺、光明寺、善光寺大本願、そして知恩寺。
 
修繕中のようでしたが参拝は出来ました。場所的な問題なのでしょうか。人が溢れて客離れが起きているという京都ですが、観光客は誰も居ません。探せばこんな場所もまだまだありますね。
 
 
 
ふろうえん(不老園)
075-771-1276
京都府京都市左京区浄土寺石橋町30-1 
 
ちょっと道を外したらこんなお店がありました。
 
 
 
お爺ちゃんお婆ちゃんというにはちょっと申し訳ないくらいの夫婦か営むお店。メニューは一品のみ。
 
 
 
狭いようで10人以上入れる店内でした。
 
 
定食、1500円。
 
唐揚げ、海老フライ、豚肉、魚のフライ、ハンバーグと盛りだくさん。
 
 
さて、哲学の道を歩くつもりもそれも無理そうなので、白沙村荘 橋本関雪記念館に入館しました。
 
 
 
庭内には良い雰囲気の茶室があるのですが、茶室付近は撮影が禁止されていました。ここは付近だけど茶室は見えないから良いかなと思います。ちょうど蓮の花が綺麗に咲いていました。
 
 
 
池の錦鯉は人なつこいようで、すぐに寄って来ます。
 
庭に抹茶席とかあればもっとゆっくりしたい雰囲気でした。
 
 
 
 
橋本関雪記念館
 
橋本関雪は明治から昭和にかけて活躍した日本画家。こんな表現をすると本当に昭和が遠く思えてしまうけど^^;。
 
この白沙村荘は関雪が大正3年に造営を指揮して建物、庭園の設計は全て関雪自身が行ったという。
 
記念館には3室のミュージアムがあって、日本画、書、焼物などが展示されている。2階では有料で抹茶席が用意されていたけれど、ガラス越しに見おろす庭園ではちょっと気が進まずに遠慮した。
 
ここも別の客はひと組しかいなかったです。さて、次はどうしましょうか。
 
ね。
 
 
 
「4本回し」っていうみたいです。抗生剤は日に2本ですが、それ以外の時間は6時間かけて1パックの輸液が点滴されています。それを1日4本回すので「4本回し」。

弁慶、入院以来連日4本回しの刑にあっており、つまり、点滴が途切れることがありません😱。

さて、所詮、生身の人間ですから機械のようには行きません。

6ヶ月前の予約を完璧にこなす事もあれば、2ヶ月前の予定すらこなせない場合もあります。

実は6月に「生残会、春の旅行 in 白馬」というのがありました。これは4月に予約したものです。

でもこれ、弁慶氏は弁慶父の入院で行けませんでした。


続いてこちら。


3月に一等席を予約したんだけど、その当日が入院ですから、12,000円のチケットはロストです。

同時に予約した「五花街の夕べ」という京都の高級料亭での芸舞妓さんの御接待付きの会食。こちらはお目当の先斗町の席が前日に満席になり助かりましたが、勧められた通りに他の席に変更していたら、なんと38,000円のチケットロストなにるところでした。

先斗町の踊りしかまだ見たことがないのに、他の街の席にいきなり出かけても楽しくはないだろうと思ったのが良かったですかね。

さて「生残会 秋の旅」。すでに日程は決まっておりますが、予約などはまだです。どうなりますか。




白血球は基準値に下がりました。
尿中の白血球は10以下が基準値です。
CRP(炎症反応)は、0.3以下かな。


病人への隠しネタ振りはやめてください。寝てられないじゃないですか(爆)。おじゃる☆さま。

ね。


さて、金曜日は接待ゴルフの予定でしたが、木曜日の昼食後、ガーミンのダウンロード(ガーミンウォッチのデータをスマホに送る)をやろうと思ったら、心拍数が90あたりをうろうろしているのですよ!


ちなみにこれですけど。座って仕事してたにもかかわらず、この数値は高いです。しばらく様子を見ていたのに全然下がらない。

用事があって階段を昇り降りしたら120です!その様子がこれ。


実はこの時頭痛が酷く薬を飲んでいたのですが、もしかしてら発熱していたのかもしれません。

夕方に一度落ち着いてきたのですが、家で寛いでいるのに高めな心拍数がまた出現しました。寝る前の体温は36.7℃。冷血人間の弁慶氏にとっては充分に発熱レベルです。

翌朝(といっても4時だけど)の体温は37.4℃で脈拍は100でした。もちろん、接待とはいえゴルフなんか行けませんので、お詫びの連絡をして欠席させていただきました。

実は弁慶氏、数日前から若干の排尿障害を感じていたのです。障害といってしまうと身も蓋も無いですが、感覚として、ちょっと出が悪いかな?的な状態を感じです。

それが発熱とともに増悪しました。これらのことからネットで導き出された病名は、急性前立腺炎🔥!

とりあえず血圧で掛かりつけの内科でその旨を伝え血液検査と尿検査を行いました。血液検査は検査機関に出す前にわかるのは炎症を示すCRPが2.xxで、尿検査はペーパーでは検出できず。

でもおそらくそうだろうということで、点滴と抗生物質で様子をみることになりました。

さて、翌日、本当なら「都の賑わい」へと上洛する予定の日でしたけど、再度通院。

検査結果では白血球が10,000。尿検査でも細菌か検出されました。排尿障害が更に酷くなっていたので、専門医に紹介状を書いてもらってその足でそちらに行きました。

最近の前立腺検査ってエコーで詳しくわかるのですね。前立腺って、肛門から指入れて触診されると年配の方に聞いたことがあったんで「嫌だなー」と思っていたのでホッとしました。

血液検査で白血球は、12,000と更に上昇。CRPは9.xxで、10を超えると重症レベルなんだとか。エコーでは、前立腺が通常15gのところ、64g。残尿感はないんだけど、膀胱内にも何gありますよということで、これらがエコーから取り込まれた画像でみんなわかっちゃうんですね。すごい。

すごいのは良いんですが、もうそのまま帰れませんでした。



一度も絶えることなく続く点滴。死ぬまでやりたくないと思っていた尿管カテーテルの挿入(手術だと麻酔されてる時だけど、なんと診療室で入院決定とともに差し込ませた私。)

熱は37℃から38℃の間を周期的に移動してます。



食事は普段より多いんだけど、酒はないからね。というか、当分、禁酒です。退院しても完治するまでは駄目らしいです。

だいたい完治するまで2週間から4週間。ウィキペディアだと1ヶ月から2ヶ月だと書いてあるけど。

ね。

自宅のWi-fi がどうしても繋がらないので、アップロード難民化している弁慶です。

さて、神楽坂には30年以上前に何回か行きました。

それは、理科大の友人からの「メンバー足らないから来て!」みたいなことでした。地和を和がられた以外の記憶はあまりありません^^;。あんなの、どうにもなりませんもん!

さて、今回は部下のお供で飯田橋で接待しました。弁慶氏は昼も会食があり、そこ(与野)から向かったので、所定の時間よりかなり早くて着きました。



安養寺

神楽坂を歩いているとお寺がありました。天台宗のお寺でした。その後で神楽坂の駅まで行ったんだけど、赤城神社もありましたね。群馬県人なら赤城神社を放っておく訳はないでしょうけど、埼玉県人なので、あえてスルーしました^ ^。

さて、あいつはどんなお店に予約したのかなっていうのと、どうせ予約しただけで場所とかお客さんに話してないんだろうと、普段酒を全然飲まない部下を信じない弁慶氏は下見に行きます。



弁慶氏的には鰻食べたいかな^_^。



沖縄バーもいいけど、30人級の会社の飲み会でゴーヤチャンプルを5人前頼もうとしてら袋叩きにあったことがトラウマになっている弁慶氏。



こ、これは、、、

神楽坂芸者でありましょうか?


と、ここからはもう下見ではなく、客先訪問を済ませて退出し、一足先に現地でお客さんを待っていた時のことでした。



八千代鮨
050-5592-3719
東京都新宿区神楽坂3-1 
https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130905/13029218/

本日は飲み放題込みで9英世コースでございます。気楽な方向に話題を振りまくって普段はありえない接待中ながらのお料理撮影を可能にしてしまいました(爆)。



お造り



焼き胡麻豆腐



なんだっけ。酢の物だったはず。



穴子を鱧のように叩いて茄子と合わせた物



揚げ物



そして、メインの鮨

日頃、寿司屋の接待といえば、銀座◯◯春日部東店なんですけど、


やっぱり、春日部って物価安いよ!

ね。
雨ですね。でもおとといは天気良かったです。



八竹
048-852-6032
埼玉県さいたま市桜区五関745 
https://tabelog.com/saitama/A1101/A110101/11010987/

弁慶氏が今から25年くらい前に毎日のようにランチを食べていたお店です。

当時は近所に営業所があったのね。



そうだなー。和定食とかトンカツ定食とかもよく頼みましたけど、うな丼定食を一番頼んだような気がします。当時は大喰いしてもぜんぜん太らなかったから、大盛に出来るメニューが中心でした。

この前寄ったのはまだランクル乗っていたころだから、多分10年前のような気がするけど



あまりに久しぶりなので一番高いうな丼定食。

久しぶりでも当時はヘビースモーカーだった弁慶氏のことを覚えていてくれて、灰皿も出てくるのです。

価格は約2倍。その他はほとんど変わらないのにうな丼定食だけ値上りしていました。

鰻が身近になり過ぎてしまったのが原因かと思います。女子高生が学校帰りに駅で「鰻重食いてえ」と叫ぶようでは、鰻だって絶滅してしまいますよ。



ラーメン屋に並んでいる人を見ると羨ましく感じます。精製された小麦粉はなるべく避けるべき食品ですが、大好きでもあります。



このビル作った人は確か建築業を営んでいたけれど、バブル崩壊後、倒産してこのビルも人手に渡ってしまいました。でも現在はまた別の仕事で成功して復活しているようです。この前、ラジオで取材だか何かされていましたよ。

人生、勝負するか、安定を選ぶかですけど、どちらでもなく消費していくキリギリスのような弁慶氏はどうするのでしょうか。

ね。