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ねぶた青森かけのぼり旅③

雑魚寝部屋で目が覚めたのは午前4:30であった。寝るときは酔っぱらっていて分からなかったが約100名近い人間が大広間でぐっすりと眠っていた。

ここは健康ランドなので少ししてから風呂に入り、昨日の酒を汗と共に噴き出してさっぱりと身支度を整えた。

本日最初の目的地は五所川原にある立佞武多の館である。

実はねぶた祭りというものは青森県内だけで40以上もあり、全国的に有名なのが昨日見た青森ねぶたと弘前ねぷたであり大体それをねぶた祭りと呼んでいる。

40以上あるだけでも驚きであるが土地によりねぶたに違いがあることにも驚きがあった。その中でも五所川原のねぷたは五所川原立佞武多と言い20M以上ある超巨大ねぷたなのである。そのねぷたが展示してあるのが立佞武多の館で、当然楽しみにして向かったのであったが到着時間が早く会館前であった。

こんな時はと車を走らせ金木町へと向かい太宰治の足跡を辿ることにした。

太宰治の生家である斜陽館で約90年前に太宰治が遊び、学び、考えた場所で思いをはせるのも悪くない時間であった。

太宰の時間にどっぷり浸かって再び立佞武多の館へ向かうと高い建物の無い場所にど~~んとでっかい建物があるので道に迷うことは皆無である。なにせ建物の高さは38M、地上6階の要塞に見間違うでかさなのだ。


中に入ると話には聞いていたがこれ程とは。。。。という巨大ねぷたが我々を見下ろす目線でズド~~ンと立ち尽くしていたのであった。

しばらく口をポカ~ンと開け上を見上げてたたずんでしまっていた。

あちこちから「でか~い」「すげ~」等の声が聞こえてくる。

途中で青森弁によるガイドもありかなり大満足のスポットであった。


少し時間があったので五所川原駅までブラブラと歩いてみた。

地方の駅に行くといつも思ってしまうのだが駅舎の向こうには海があるような気がしてならないのである。

例にもれず五所川原駅の向こう側にも海がありそうな気がした。これを感じるのも至福の時なのである。


駅前に平凡食堂という気になるお店があった。

次があるのでよらなかったが非常に気になる店であったので次回来たときの楽しみとして残しておくことにした。


昼間のねぶたは午後1時からである。

一行はどどどどど~っと青森駅方面へ向かっていくのであった。


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斜陽館の入り口である。
小説はおもしろく読みだすと止まらない魅力があるが
太宰治という人間はどうも好きになれそうない。

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五所川原のねぷたはとてつもなく大きく見る者の口を
ぽか~んと開けてしまう魔法を持っている。

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気になるお店平凡食堂。
中では店員らしき年配の男性がテレビを見ていた。




ねぶた青森かけのぼり旅②

昨年青森を旅した時、青森駅は飲んだくれてホテルで爆睡した思い出しかない。しかしそれはそれで良い思い出なのであるが今回の旅では青森駅の底力を見せつけられてしまったのだ。

青森駅に到着すると解禁となった大間の鮪丼をガシガシと食べた後ラッセランドという場所へ向かった。

ラッセランドとはねぶた祭りに参加する団体がテント小屋を建てねぶた師が骨組みから絵付けまで行うねぶたには無くてはならない、ガンダムでいうホワイトベースのような場所である。

間近で見るねぶたは見上げる程でっかくて迫力があった。これが夜の青森を練り歩くと思うと想像しただけで顔がニヤ~っとしてしまう。とにかく夜が待ち遠しくてたまらないのであった。

さらに先へ進むと大勢の人が何かを囲んでいた。中心からは歌声が、ねぶたを盛り上げる歌手大佳秀さんがその名も「ねぶた」という曲を熱唱していた。「ラッセララッセラ」と周りで歌うその仲間たち、気分は高揚しっぱなしだ。せっかくだからと1000円でCDを買い、サインと写真撮影をお願いした。こういう時はノリノリで楽しんだ者勝ちである。

席取りもねぶたを楽しむための大事な儀式である。

席を確保した後は酒盛りの始まりであった。本州最北端青森の地で程良い暑さの中、気持ち良く野外で飲む。最高である。宴が盛り上がってきたところでねぶた祭りが始まった。

「ラッセラーラッセラー」という元気の良い声とともに昼間見たそれの何十倍という迫力でねぶたが現れたのであった。闇夜に浮かぶねぶたは迫力と美しさを兼ね備えた正に芸術品と呼ぶにふさわしい神々しさを放っていた。そして跳ね人の活気、大迫力の祭りが青森を包み込んでいくかのようであった。ビールとハイボールをグイングインと飲み、ほろ酔い気分になりながらねぶたを見るという至福の時間を過ごしていたのだ。


あっという間にねぶたが終わると青森の所長が用意してくれた「たか久」という三味線居酒屋へ向かった。

そんなに大きくない店内で三味線と民謡の歌声が心地良すぎるぐらいに気持ち良かった。ここでもビールをバカバカと飲み津軽三味線に酔いしれていた。

「青森は元気なのですか?」と青森の所長に質問すると「東北バブルは青森、秋田まで届いてなく非常に厳しい」という事であった。しかしねぶた祭りでは先頭に立って頑張る所長はとてもかっこよかった。

店内でもラッセラーラッセラーが始まり知らない人と一緒に跳ね、終わるとガッチリ握手をする。ちょっと前まで知らなかった人もあっという間に友達だ。これがねぶたの最大の魅力ではないか。

フラフラに酔っぱらって青森健康ランドへ、雑魚寝部屋に通されるとあっという間に眠りに就いていた。


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ラッセランドである。
左右に広がる小屋でねぶたの製作を行っている。

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歌手の大佳秀さん。
CDは旅行中車で鳴り響いていました。

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場所取り。

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迫力のねぶたと狂喜乱舞する跳ね人。
次回は跳ね人として参加したいと心の底から感じた瞬間。

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たか久にて。
生演奏は酒を進ませる。

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雰囲気の良さもあいまって宴は延々と続くのであった。。。






ねぶた青森かけのぼり旅

新横浜を午後8時に出発し三ツ沢から首都高に乗った。途中浦和で4人と合流し東北道をひたすら走り、八戸道を経由して八戸ICには午前7時6分に到着した。今回の旅は総勢6名の大所帯であるため運転は交代制であり徹夜とはいえ比較的ゆとりと余裕を持っての到着となる。

青森県の名前の由来は江戸時代に目印となるくらい目立つ青い森があったからだというが、なるほど周りは鮮やかな緑で包まれていた。

なんでだろうか木々の色が濃く、日本というよりも北欧をイメージするような景色にワクワクするのは毎度毎度の青森気分高揚病である。

今回の旅の目的はなんといってもねぶた祭りであった。今回旅を一緒にする主催人の方が青森方面で大活躍されていた方であり、その方の号令に乗らせてもらった訳なのであった。


午前7時30分頃青森屋という立派な旅館に到着し、広い露天風呂と広い池が融合する大露天風呂で長距離運転の疲れを癒した。毎度毎度のことなのだが海に浸かることの多い私は熱い風呂に長く入れないタチでありここでも早々にあがらせてもらった。

あとから聞いた話だがこの露天風呂で仲間のひできちが前腕をあぶに刺されブク~ッと膨れ上がってしまったのだ。


風呂を上がると旅館のそばにある庭園を軽く散歩し、次なる目的地へ向かうのであった。


午前9時頃に青森県立三沢航空科学館に到着した。入口にはライト兄弟らしき銅像が我々をどうぞどうぞと迎え入れてくれるかのようにど~んと建っていたのである。


中にある三沢大空ひろばには10機程の航空機が展示してあり大迫力であった。私はそれほど飛行機に興味は無いのだがコックピットにのり多数の計測器やスイッチに囲まれるとなんとなくだがワクワクしてくるものである。「まだまだ少年の心を失っていない証拠なのだ」と自分で自分を鼓舞しているガキのような自分もそこにはいたりするのであった。

またこの科学館は様々な体験施設があり非常に楽しめる科学館であった。

その中でも単純に7メートルを走りスピードを測定する機械があったので挑戦してみることにした。

私は仕事以外ではまず靴を履くことがない。ハイキングや海外旅行、雪が降っていてもサンダルを好んではいている。当然今回の旅もサンダルで参加していた。

私の記録は15.2であった。「う~んいいのか悪いのか分からないな~」という感じであったので一緒にいたD様とひできちに挑戦してもらった。

D様は13.8という結果に納得し次はひできちが、といった時に4~5歳くらいのお孫さんを連れた60歳過ぎくらいの男性が挑戦したのだ。結果は13.6!!!

D様に勝って自信を持っていた余裕のよっちゃんだった私の気持ちはガラガラガッシャ~ンと音を立てて崩れたのであった。

その後ひできちがチャレンジし、11.8を記録した。。。。

「サンダルが駄目だったな~」「サンダルはダッシュがきかないね~」と言い訳ばかりする元埼玉県バスケ選抜のひできちと一緒に歩くD様と私の足元もサンダルであったのだが3人の中では一番の先輩であるため黙ってこの施設を後にし、ねぶた見学のため青森駅へ向かうのであった。。。。

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長時間のドライブを経て青森屋の露天風呂へ到着。
本来入浴のみは午前8時からなのだが30分早くても
嫌な顔1つしないで我々をもてなしてくれた。

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温泉の裏にはこんなに立派な庭園が!!
係の方に聞くと1週するのに1時間はかかるという。

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三沢大空ひろばである。
航空機の大展示会場であった。

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気分はパイロット・・・・

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D様は月の重力を感じていた。
前後左右ピョンピョンと蛙のように跳ねていた。