探検!?御殿場線を行く
平日の水曜日、急に休みが舞い込んできた。というよりも今月末が忙しい事は分かっていたので仕事をやりくりし休日を作ったと言ったほうが正しいかもしれない。前日の火曜夜に神奈川の地図を広げて焼酎を煽っていた。資金豊富なら1日あれば青森日帰りまでできる時代であるが、低予算という前提があるので知恵を絞らなければならない状況であったのだ。ふと目に着いたのが国府津駅から出発する御殿場線であった。
小田原や新松田で仕事をしていたことのある私には名前だけは有名であったが実態は謎のベールに包まれたままである魅力あふれる電車であった。迷わず御殿場線の駅を巡る旅をしようと決意した。
御殿場線とは国府津駅-沼津駅間を結ぶ電車であり、JR東海が管轄する在来線では唯一神奈川に乗り入れているJR東海最東端のレア電車である。
路線距離60.2km、駅数19、行ける所まで行ってみるか~というゆるい感じで12時に国府津駅に到着したのであった。
2010年。念願、敬愛、あこがれの高杉晋作⑤~下関おっかけ旅~
目を覚まし、風呂に入ると勇んで指月山にある萩城跡へ散歩に出かけた。旅をしている時はいつもの3倍くらいの行動力があると断言できる。
車がほとんど止まっていない駐車場に車を止めブラブラと散歩を開始した。周りの緑の多い景色を堪能しながらズンズン進むと入口に銅像があった。よくよく見ると3本の矢で有名な毛利元就の孫であり豊臣政権五大老の1人、萩城築城主である毛利輝元の銅像であった。改めてここは長州藩だと実感し、浸る。指月山の原生林は国の天然記念物に指定されているらしく朝の散歩も特別気持ちの良い気分になってしまう単純な私がいる。
車に乗り西へ向けて走り出した。旅の運転は見る物すべてが新鮮でありワクワクが止まらないのでアクセルを踏みすぎないように気をつけている。ゆったりした運転に萩のFMラジオが最高だ。気分良く運転しているとあっという間にカルデラ台地に出てかの有名な秋芳洞に立ち寄った。さすがに秋芳洞内部は大迫力で自然とケンカしても勝てないなと改めて思い知らされた雄大さである。
秋芳洞から車で1時間程で旅の目的地の1つであった東行庵に到着した。
東行庵とは1867年4月に亡くなった高杉晋作が遺言により葬られた場所であり、高杉晋作の功績を称える多くのものがおさめられているという。
しかし今回の旅は墓ばっかりみているような気がする。。。こんなんも初めての体験であり、何でもはじめてはワクワクと不安が入り混じるもんだと思う。
東行庵でパワーをもらい高杉一世一代の挙兵の地功山寺へ向かった。
功山寺挙兵は、1865年1月12日に高杉晋作が長州藩俗論派打倒のために功山寺で起こしたクーデター。回天義挙とも言われている。
高杉は吉田松陰より「生きている限り、大きな仕事が出来ると思うなら、いつまででも生きよ。死ぬほどの価値のある場面と思ったら、いつでも死ぬべし」と教えられていた。この教えが高杉に周囲の反対を押し切ってまで無謀な挙兵を決行させたと言われており、ここまでの決意で物事に取り組んだときこそ奇跡が起きるのではないかと考えさせられてしまうのであった。
功山寺は高台にあり眼下には街が広がっている。傍らには騎馬に乗った高杉の銅像が建っている。高杉の決意はこの場所でと思うとマイパワースポットになったような気がし、気力がみなぎってくるような思いになった。
更に車で数十分の場所日和山公園に立ち寄った。
この日和山には関門海峡を高台から望む高杉晋作の銅像が建っている。しばしここでゆっくりと物思いにふけり今回の旅の終着地であり高杉が幕府軍に快勝した馬関海峡、壇ノ浦へ向かった。
驚いたことはあまりにも近くに福岡県の門司が見える事であった。あと少し車を走らせたら九州上陸とはなんとも豪華な気分になってしまう。砲台の近くでは紙芝居をしている人がいた。なんだかほのぼのしてて良かった。
2010年は本州最北端に行き、今回は本州最西端に来た。日本国内の旅行は意外とどこでもいけるもんだな~と振りかえりながら、高杉晋作の足跡を追った旅はひとまずおしまいとなったのであった。
2010年。念願、敬愛、あこがれの高杉晋作④~ぶらり萩散歩~
松陰神社を後にして伊藤博文旧宅や吉田松陰出生の地を訪れた後萩市内のホテルに荷物を置き市内をブラブラし始めた。
まずは世界最小の火山といわれる笠山に向かった。
山頂まで車で行けるという日本一気楽に山頂が見れる活火山である。噴火口まで徒歩2分くらいとかなりお手軽に活火山の噴火口が見れる名所だが、私以外誰もいないためゆ~っくりと堪能させてもらった。
山頂の展望台に上ると海の上に無数の島が浮かんでいた。
山口県には島も多くかの有名な巌流島(船島)もこの山口県にある。
しばらく島々を誰もいない展望台からぼ~っと眺め萩市内を散策する事にした。
まず向かったのは高杉晋作旧宅である。
入場するとここには多くのお客さんが訪れていた。入口には伊勢谷高杉の写真が飾られており、龍馬伝フィーバーを象徴する人の数であった。地元の人に話を聞くとこの屋敷から近くの場所に高杉晋作の銅像が建設され除幕式には伊勢谷友介が訪れると聞いた。今がまさに晋作の売り出しどきなのであろうか。。。
桂小五郎の屋敷や明倫館を見学し一息つきに菊ヶ浜へ向かった。
目の前の日本海と指月山がなんとも美しい。昔高杉晋作や伊藤博文がこの風景を見ながら遊び、大志を抱いていたかと思うと心が弾む。
ホテルは菊ヶ浜を眼下に見下ろす絶好の場所であった。
日本酒をチビチビ飲みながら孔子の本を読む。外からは波の音が聞こえる至福の瞬間を味わう。
気付いたら眠りについていた。。。。
こんな至福の瞬間。しかも萩の町で。幸せ以外の言葉は無かった。










