Q
動物は死後もずっと飼い主と一緒に暮らすのでしょうか?
それともいずれは動物だけの世界へ行くのでしょうか?

A
どっちでも一概には言えません。中略、
動物界に住むのは飼い主より先に霊の世界へ来た動物に限られます。
誰かに世話をしてもらわなくてはならないからです。
さもないと心を温めて温めてくれただけでなく、一時的にせよ不滅性の要素を吹き込んでくれた愛から切り離されて、動物といえども心取り乱すことがあるのです。

地上で人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けた飼い主より先に他界した場合は、その主人がで動物界へ行ってそこで面倒を見てもらえます。
それはちょうどあなた方が遠出をするときにペット専門家に預けるのと同じで、霊界の動物の専門家に世話をしてもらうわけです。



Q
霊界で動物と再会したとして、その一緒の生活はいつまで続くのでしょうか?
いつまでも人間と一緒ですか?

A
いいえその点が人間と違います。
人間と動物はどこかの時点でどうしても別れなければならなくなります。
地上の年数にして何十年何百年かかるか分かりませんが、動物の進化と人間の進化とでは速度が違います。
より大きな光明は向けてら絶え間なく向上していく人間のペースについていけなくなる時が来ます。

人間は死の関門を通過して霊界の生活に慣れてくると、言い換えれば自分を地上と結びつけていた絆が切れたことを自覚すると、向上進化を求める欲求、内部の神性を発揮しようとする欲求が次第に加速されていきます。

そして魂に潜む能力を、他の生命の進化を援助する方向へと発揮しようとします。
そうやって人間が霊的に向上すればするほど、動物はそのスピードについていけなくなり、やがて死後も燃え続けた愛の炎も次第に小さくなり、
ついには動物はその所属する種の類魂の中に融合していきます。


上は訳者近藤千雄さんの注釈より引用

「またモーゼスの霊訓にはイムペレーターからの通信がしばらく途絶えたので、モーゼスがその理由を尋ねると、地上の用事とは別の用事があって留守にしていた、と言い、
霊界の上層部における神への厳かな崇拝と讃仰の祈りを捧げるために、他の多くの霊とともに一同、集結したのだと言う。
その時の通信の日付が10月12日となっている。
日本で10月のことを神無月と呼ぶことには「神の月」と「神がいなくなる月」の2つの説があるようであるが、私は両者がつまるところ同じことに帰すると思う。

古代の日本人はそれを直感していたのである。」62p


次は本文81pより

「シルバーバーチによるとイエスは年に1回、イースターとクリスマスに行われる指導霊ばかりの会議を主催しているようである。
その時期にはこれからも2.3週間にわたって休暇となる。
時おりその前後の交霊会で会議の様子を説明してくれることがある」

近藤さんの神在月の話は面白い。

10月の出雲に出かけてみたくなる。


二つ目の文章の続きには、
シルバーバーチはその集結の最大の感激はナザレのイエスにあえる事だと述べています。

私はレンガとモルタル、祭壇と尖塔でできた教会には何の興味もありません。
何の魅力も感じません。
建造物にはまるで関心がないのです。

私が関心を向けるのは魂です


10代の頃、教会、聖書、キリスト教をほぼ毎日見て沢山の疑問投げかけてはがっかりし、
解決できずにいた頃、

素晴らしい細工、彫刻、ステンドグラスの教会の中で、
「神はこれを見て嬉しいと思うのか。
全く小さい奴だな知らんぷり

と、思っていました。

確かに、
建築物は美しいし、
グレゴリオ聖歌は



心癒されるので好きだけれど、

イエス、マリアなどは、
これら(過程の全て-人の顕示欲、争い、他の幾多のあらゆるエゴ-を見て)、
満足していたのか…と半ば軽蔑、落胆していました。


ですが、
大人になってシルバーバーチに出会い、読み、

やっぱりそうなのだ‼️

ととても安堵しました。

上に挙げた部分は真実はここにあったと思えた所の一つですニコニコ




人に法を説くものが重大な責任を担っていることはお分かりでしょう。

私は度々言っております
ーあなた方は知識を手にされた。しかし同時にその知識に伴う責任も担われた、と。

一般の人よりも高いものを求め、さらにその人たちを導き教えんとする者はまず、自らが拠って立つ足場をしっかりと固めなくてはなりません。

厳しい探求も吟味もせず、あらゆる批判に耐え得るか否かを確かめもせず、自分の説いていることが真実であるとの確信もないまま、
そんなことには無頓着に型にはまった教義を説いていれば、
その怠慢と無頓着さに対する代償を払わなければなりません。

宗教的指導者が生前信者に対し間違った教えをしていたことにについて、動機が大切と言い、
シルバーバーチがコメントしています。

四角グリーン四角グリーン四角グリーン

「魂がそう信じていたのならその必要はありません。
が、現実はそうでない人が多いのです。

名誉心と思い上がり所有欲と金銭欲が真理よりも優先している人が多いのです。

一つの組織に帰属してしまうと、いつしかその組織に飲み込まれてしまい、今度はその組織がその人間をがんじがらめに束縛をし始めます。

そうなってしまうと(心の奥では信じていない)古いお決まりの教説を繰り返すことによって理性をマヒさせようとし始めるものです。」

組織の中に入ると、
新たな課題、エゴが生まれることがあるようですね。



霊的な真理を知れば知るほど、
自分より恵まれない人々への思いやりの気持ちを抱くようでなければなりません。

知識だけで満足している人はとても多い。

その知識をどう扱うか?

私だけの物にして切り売りするのか?

天狗になるのか?

自分の人生の指針に変えるか。

良いものは広めたくならない?

知識を広めるのではなく、

その意味をしっかり味わって、

それからやる事は何かな?

道は短絡ではない指差し




あなた方にとって当たり前となってしまったことが、人類史上最大の革命的事実に思える人がいることを忘れてはなりません。

人間は霊的な存在であり神の分霊であり永遠に神とつながっている〜私たち霊団が携えてくるメッセージはいつもこれだけの単純な事実です。

私たちには聞き慣れて当たり前となっている事も、
初めて聞く人が多いことを忘れないようにしないといけないですね指差し




このような学びを始める前、


聞けば答えは即答で文字で見せられていた。


時に答えは見えてくれた。これも即答。


この時の答えは、

シルバーバーチなどを読んでいて同じ事が書いてあるのでしばしば驚く。



学びを始めた頃は、


エネルギーが見えた。


手から、全ての指先から噴水のように溢れるエネルギー。


目の錯覚かと何度も確認したけれど、

見えた。



それから、

その頃通っていた美容院の天井は白色だったので、

毎回シャンプーで上を向くと、空中にこまかな網目がはっきり見えていた。


その網目は視界の全てのネットワーク的につながっていた。


金色の編み目。


同じ物見えてる人いるかな?


たまにいるんだよね。