いってんの曇りもなく、霊的心理を確信できた人間は、真の自我に目覚め、霊的可能性を知ることになると、私たちは信じるのです。
生命は死後も途切れることなく続くことに得心がいきます。
霊的自我に目覚めたその魂にとっては、その時から本当の自己開発が始まるのです。
そして、霊的知識に照らして自分の人生を規制するようになります。
自然にそうなるのです。
それによって内部の神性がますます発揮され、霊的に、そして精神的に、大きさと優雅さが増して参ります。
この道に近道は無いのです。
が、あなたもせめて物質自我から撤退して静かに瞑想の時を持ち、受け身の姿勢になることができます。
それがあなたの、家族を見守っている霊とのより親密な緊密な接触を得る上で役立ちます。
私は苦しみさえすれば、自動的に人間性が磨かれるとは決して申しておりません。
苦難は地上にいる限り、耐え忍ばねばならない、避けようにも避けられない貴重な体験の1つで、それをが人間性を磨くことになると言っているのです。
(中略)
悲しみを味わってこそ幸せの味もわかるのです。
困難が人生とは何かをわからせる手段となることがよくあります。
困難、悲哀、病気、危機、死別こうしたものを体験して初めて霊的な目が開くのです。
それが永遠の実在の理解に到達するための手段となっているケースがたくさんあります。