それぞれの魂に地上生活中に真理を学び、自我を見いだすためのチャンスが用意されております。

それを本人が拒絶したからといって、それはあなたが悪いかに思う事はありません。
あなたの責任はあなたの能力の範囲でベストを尽くすことです。
やってあげられるだけのことをはやったと確信したら、後の事は忘れて、次の人のことに専念なさることです。
これは非情と言うのとは違います。
霊力はそれを受け入れる用意のない人に浪費すべきものでは無いのです。

自覚のない魂は、こちらでは施しようがありませんから、もう一度地上へ誕生せざるをえない場合があります。
霊的自覚が芽生えるまでに地上の年数にして、何百年何千年とかかることもあります。

質問者
「親しい知人が援助してくれるのでしょうか?」

できるだけのことはします。
しかし自覚が芽生えるまでは暗闇の中にいます。自覚のない所に光明は差し込めないのです。
それは私たちが直面する根本的な問題です。

あなたのように、霊的な知識を手にした人間は、自分の元を訪れる人にそれを提供する義務があります。
ですが、受け入れる用意のできてない人をいくら説得せんとしても、それは石垣に頭を叩きつけるようなもので、何の効果もありません。
手を差し伸べる用意だけはいつも整えておくべきです。

もしお役に立てばそうさせていただいたことに感謝の意を表しなさい。
もしもお役に立てなかったら、その人のために涙を流してあげなさい。
その人はせっかくのチャンスを目の前にしながらそれを手にすることができなかったのですから。

いってんの曇りもなく、霊的心理を確信できた人間は、真の自我に目覚め、霊的可能性を知ることになると、私たちは信じるのです。
生命は死後も途切れることなく続くことに得心がいきます。
霊的自我に目覚めたその魂にとっては、その時から本当の自己開発が始まるのです。
そして、霊的知識に照らして自分の人生を規制するようになります。
自然にそうなるのです。
それによって内部の神性がますます発揮され、霊的に、そして精神的に、大きさと優雅さが増して参ります。


質問者
「我々が真実に間違いないと確信している事でも、それを他人に信じさせる事は難しいことです。
霊界から大掛かりな働きかけをしていただけないものでしょうか。」

シルバーバーチ
「私たちは、熱狂的な雰囲気の中での集団的回心の方法は取りません。
そんなものは翌朝はもう蒸発して消えています。
私たちの目的が違います。
私たちの目的は、一人一人が自分で疑問を抱いて追求し、その上で私たちの説いていることに理性を反発させるもの、あるいは知性を侮辱するものがないことを得心してくれるようにもっていくことです。」

もとより霊的開発に手っ取り早い方法があるかに思わせる事は断じてあってはなりません。
それは絶対にありえないのです。
霊の宝は即座に手に入るものではありません。
努力して求めなくてはなりません。
霊的熟達には大変な修行が必要です。
それを求める人は本格的な霊能を身に付けるためには長期間にわたる献身的修行を要することを認識しなくてはなりません。