地上では死を悲劇と考えますが、私たち霊の立場からすれば悲劇ではありません。
解放です。
なぜなら魂の霊的誕生を意味するからです。
地上のあらゆる悩み事からの解放です。
よくよくの場合を除いて、死は苦労への褒章であって罰ではありません。
死は何を犠牲にしてでも避けるべきものと言う考え方は改めなくてはいけません。
生命現象に不可欠な要素であり、魂が自我を見いだすための手段とみなすべきです。
ロバートオーエンが提唱した基本原理の直訳
(霊媒、エマハーディング ブリテン)
1神の父性
2人類の同胞性
3霊の交信と天使の支配
4人間の霊魂の存続
5各自の責任
6地上生活における善行と悪行に対する死後の応報
7すべての霊魂に開かれている永遠の向上
肉体は霊が自我を表現するための道具です。
存分に発揮したいと思われれば十分な手入れをしなくてはなりません。
疲労が重なると本来の機能が発揮できなくなります。
そこで神はその無限の叡智によって肉体を休息させ、活力を取り戻させるための睡眠を用意したのです。
ちじの四季の移り変わりをよくご覧なさい。
秋になると大自然は冬の眠りのための準備をし、春になると再び目覚め夏にその壮観を披露します。
人体も同じです。休息によって元気を回復しなければなりません。
休息はぜひとも必要です。
シルバーバーチの霊訓8の中の訳者の注意書きに面白いことが書いてあったのでシェアします。
「霊訓のモーゼスの背後霊団を始めとして、スピリチュアリズム初期の霊団には、地縛霊の状態からやっと出したばかりの低級霊が大勢いて、複数の高級霊の監督のもとに物的証拠見せるための物理現象を担当した。
言うなれば勤労奉仕のようなもので、ある程度その仕事に携わって霊的に向上してくると変わって、別の低級霊団が同じ仕事を受け持つというふうにして、よく入れ替わりが行われた。
その種の霊にとってはそれまでの怠惰や罪の償いをする絶好のチャンスなのであるが、それを監督指導する立場の霊にとっては、光輝溢れる世界からどんよりとした、息もつまらんばかりの地上圏に降りてくるのは、大きな犠牲を強いられることになる。」
物理現象は低級霊たちの勤労奉仕だったとは!
知らなかった。
今の低級霊たちは何をやっているのだろう‼️
霊は、あらゆる自由が与えられています。
大半のケースにおいて霊は、地上で働き、果たさねばならない目的を持って生まれてきます。
そしてその仕事に合った身体に宿ります。
ただ、自分は地上でかくかくしかじかのことをしようと決意したその仕事に実際に目覚めるまでに相当な時間を要します。
受胎の瞬間から生命が存在し従って霊が存在します。
流産とか中絶とかがあっても、それは生命を破壊したことにはなりません。
その生命の表現の場を、あなた方の世界から私たちの世界へと移しただけです。
潜在的には受胎の瞬間から人間であり、人間性のすべてを宿しております。
受胎時に宿る霊も霊としては、それまでずっと存在していたのです。
ですから、個性の問題は、その個性よりはるかに大きい霊全体のどの部分が表現されるかの問題となります。
人間的要素はアメーバの段階的発達の中で発生します。
そして人類へ向けて絶え間ない発達過程を続けます。
そして、人間としての意識に目覚めた段階で、つまり自己意識を持つに至った時にいわゆる人間となります。
しかし進化は絶え間なく続いているのです。
進化に始まりの1点と言うものはありません。
常に始まりであり終わりがないのです。
なぜなら進化とは完全に向かっての永遠の過程だからです。
シルバーバーチは基本的には霊的向上つまり霊格が上がる事を「進化」developmentと呼び、その霊が使用する機能が開発される事を「発達」evolutionと呼んでいる。


