ふんわりシフォン -45ページ目

スピカ 3

「そういや最近、オレが決死の思いでGETしてる弁当が消えるんッスよ」

高木くんの口がへのじに曲がる。


「誰かに食べられちゃうってこと?」

「そーそー。ヒドくないッスか?おばちゃんから守り抜いた特上カルビ弁当ッスよ?本田さんにも『彼女つくりなよ』とか言われながらやっとの思いでGETしたのに」

カルビカルビと呟く高木くんは、犯人に呪いでもかけそうなくらい悔しそうにテーブルを叩く。

「それ問題だわ。お前、どこに弁当置いてたんだ?」

宮地さんも高木くんのほうへ、身を乗り出した。

「どこって普通にバックヤードですよ?」

ポカンと一瞬宮地さんの顎が落ち、ついで片眉が持ちあがる。

「お前なぁ、バックヤードに置いとくなんて、どうぞ持ってってと言ってるようなもんだぞ」

口を突き出した高木くんも反論する。

「だって今までだってそうして来たんッスよ?最近なんスよ。なくなるのは」

うーんと腕組みした宮地さんが、

「そりゃ問題だ。高木、後で置いといた場所教えろ。身内に手癖の悪いのがいるなら、探さないとマズイな」

言うなり、ちらりと時計を確認して、宮地さんは席を立った。休憩時間が終わるらしい。

「弁当のこと他に話した奴はいるか?」

「いや…本田さんには言ったかも…あと二人くらい?」

考えているようで、頭を傾げる。


「なら他にはまだ言うな。騒ぐと逃げられる」

身を翻して宮地さんが出ていくと、レジ係の華やかな団体が来るのが見えた。

きゃっと飛び上がるような勢いで、高木くんも残りの食事を片付けはじめた。

食べ終えた わたしがゆっくりお茶を飲んでいたら、レジ係の団体がそばにやって来た。

「高木くぅーん、隣いいかなぁ」

甘ったるい喋り方をするのは村岡さんだ。押しの強い彼女は、回りの状況も相手の感情も気にしないことがある。

ちらりと顔を見ると、ひくっと高木くんの顔が引きつったのが分かった。

「オレ休憩あがりだから、ここのテーブル使って」

「えーまだいいでしょおっ」

いや、まあ、やることあるし、などと苦しい言い訳をしながらも、わたしに向けた視線で何か言えとその目が言っている。

「高木くん、チラシ商品の確認して欲しいって蓮沼さんが言ってたよ」

「いやーそうだ!悪いね」

大袈裟すぎる程派手な音をたてて、高木くんが去っていった。

「どぉして佐伯さんは、アタシが高木くんと仲良くするのを邪魔するんですかぁ」

まなじりを吊り上げて村岡さんが口を開く。村岡さんの後ろで、同じレジ係の実果ちゃんが、目を見開いて彼女の袖を引いてやめさせようとしてくれる。

「邪魔するつもりはないけど、用件を伝えただけよ」

座ったわたしを見下すように言葉を投げつけてくる。

「じゅーぶん邪魔なんですけどぉ。高木くんから名前で呼ばれているのだって、売場が一緒なだけでしょお」

わたしもトレイを取り上げて返却に向かう。

「そうね。同じ売場だもの信頼関係ならあるわ」

村岡さんの顔から余裕が削ぎ落とされて、ざらついた感情が見える。

「なによ冷血女なくせに」

吐き捨てられた言葉は背中に聞き流した。

スピカ 2

宮地さんの向かいには、高橋さんが俯いて座っていて、わたしと高木くんが来るのと入れ替わりに席を立った。

目元を赤くした高橋さんが、制服のスカートを翻して足早に去っていくと、宮地さんがはーーーっと盛大にため息をついた。

「彼女に言ったんスか」

わたしが宮地さんの隣で、わたしの前に高木くんが座る。

湯呑みの縁をつまむようにして、宮地さんが冷めたお茶を流し込んだ。

「言うしかないだろ?勤務態度が悪すぎだよ。どんだけ子供の体が弱いんだよ」

憮然とした宮地さんが、体ごとこちらに向けるようにして頬杖をつく。

「精密検査に行ったほうがいいんじゃねぇの。まったくメシの味がしなかったよ………奴め早退しなかったろうな?」

一瞬で宮地さんの顔が曇る。


「わーパワハラ」

大袈裟に囃し立てる高木くんとわたしを放って、慌てて席を立とうとする。

「少し一人で考えることも必要ですよ」

今日のみそ汁は、もやしとニラだ。そのみそ汁を一口飲んで言う。

「亜依はいつも冷静だよな」

宮地さんは、がたりと椅子を鳴らしてまた席についてから、つるりと顔を撫でた。

「先週はずっと欠勤で、今週だって2日しか来てないでしょう。フルタイムのパートなのに、調整組より来てないのは問題です」

「まあね…そんだけ休めば居づらくなるの分かるだろうに」

いつもぱりっとしている宮地さんに、疲れが浮いて見えた。白いけれど立糸に艶のある糸で控え目なストライプの入ったワイシャツは、セミオーダーらしく胸元のポケットに苗字の刺繍が入っている。スラックスの折り目も、ワイシャツもなんだかよれているみたいだ。心なしかフェラガモの靴も曇っている。

「メシは美味いって思いながら食いたいッスね。まともなメシは昼しか食えないから余計に。宮地さんもそうじゃないッスか」

ハンバーグを頬張りながら高木くんが言う。本社が他県にあり、離れているので社員の多くは転勤で来ている。本社採用の宮地さんと高木くんもそうだった。それに対してパートタイマーは現地で採用され、転勤はない。

「一緒にすんなよ?俺は自炊だってするよ」

にやっと宮地さんが笑う。高木くんをからかう気になったらしい。

「オレなんて食事作るの大変ですもん。午後6時のプリンスですよ」

「何言ってんだか。プリンスは値引きセールなんて待たないだろ。むしろプリンスは惣菜の本田だろ」

むちっとした本田さんの顔が浮かぶ。全体的にコロコロとした本田さんは惣菜のチーフで、6時からの値引き担当だ。シールを抱えて売り場に行けば、待ち構えていた おばちゃんから子供までみんなに取り囲まれてしまう。慣れた人なら、自ら惣菜を差し出しシールを要求する。

そんなお客様に囲まれても、嫌な顔ひとつせず、「それ美味しいです」とか「これ新商品でオススメです」なんて対応している本田さんの人の良さは真似出来ない。

手の甲にまで肉のついた丸っこい手で、シールを貼っている本田さんが見えるようだ。

「本田はいいデブだからな」

「一人勝ちのデブッスよ。癒し系デブ」

お互いに思う所があるらしく、アイコンタクトを送りあっていた。

スピカ

ふと わたしの琴線に絡むものがあった。

ほんの時々、わたしの領域を付き破って何かがわたしに届く。

それは予知というものの一種であるようで、外れたことがなかった。



何気なく見たテレビ番組で、音楽プロデューサーと歌手が結婚する、とわかる場面があった。

だから暫くして、その音楽プロデューサーがモデルと結婚した時には、『ああ わたしの勘も鈍ったな』と苦笑いしか出なかった。

そういったギフトは年齢とともに鈍くなるものだと聞いていたから、なんだか肩の荷物がおりた気がした。

それからまた数年がたち、その音楽プロデューサーが、再婚した相手が予知した彼女だったので、なんだかがっかりしたのを覚えている。


もの事の枠が見えてしまったようで、人には決められた運命があるのかと、足掻いても報われない、そんな気がした。







ドア一枚隔てて世界が違う。

華やかに彩られた店内から、ドアを抜けてバックヤードに抜けると照明も絞られて、一瞬ひやっとする。

業者から到着した荷物が積まれたそこは、天井が高く暖房も冷房もない倉庫で、用がないかぎり人もいない。
足早に通り過ぎようとして、声をかけられた。


「亜依ちゃん」

荷物の森から、ひょろりとした人物があらわれる。癖のある髪がふわふわと優しげな顔を縁どっている。

淡いブルーのシャツにストライプのネクタイ、細身のスラックスに、リーガルのウイングチップ。バックヤードでにいたため、上着を羽織っている。

彼はなんとなく三月ウサギを思わせる容姿をしている。このまま耳を付けても違和感ないほどに。

「なあに?高木君」

「亜依ちゃんご飯でしょ。お昼一緒しよう」

この三月ウサギは、さみしがりやだ。知り合いの居ない時間帯にお昼を食べられない。

「高木君の奢りならいいけど。わたしじゃなくても、食堂に行ったら誰かいるのに」

ぶんぶんと顔の前で手を振って、無理無理と答える。
「もし村岡さんと二人だったりしたら、気まずいッス。宮地さんもなぁ…いい人なんだけど」

「お小言になるからねぇ」

仕方なく、そーそーと相槌を打つ高木くんを従えて二階の食堂へ行くことにする。



このお店は一階が食料品や衣類、雑貨などを扱うスーパー兼ホームセンターで、二階に従業員のロッカー、食堂などが用意されている。

食堂のドアを開けると、早速宮地さんが目に入った。目が合うと、「おう」という言葉とともに、はしを持った右手があげられた。宮地さんは日用品担当のチーフで、わたしや高木君の上司にあたる。

会釈を返しながら列に並ぶ。ここは食券方式でメインディッシュ、小鉢二つ、汁物を選べる。覗くとぴかぴかした銀ダラが美味しそうに煮付けられていたので、それを取る。この食堂は、店で捌けなかった食材が回ってくるので時々豪華な食材にありつくことが出来る。

一切れ200円はする銀ダラは、家で食べたことのない魚で、鮭やししゃもしか知らなかったわたしには、その美味しさは衝撃だった。数が少ないので、見かけたら必ず食べている。

「亜依ちゃん銀ダラ好きだねぇ」


「家では食べられないもの。高木くんは肉?」

見れば大きなハンバーグの乗ったメインディッシュが、ほかほかと湯気をたてていた。

「そ。力付けなきゃね」

ニカッと笑った高木君とともにわたしは宮地さんのテーブルに向かった。