ふんわりシフォン -268ページ目

FULL MOON 2

目を伏せた顔がよぎる。

俺たちはほんの少しの間だけ寄り添っただけだった。
なぜあいつでなければいけないのか自分でも分からない。あいつを忘れてしまうのは辛いことだというのは分かっていた。

忘れようとするほど考えてしまうなら、忘れるなんてないくらい考えていることにした。一番好きだったあの瞳。

擦り切れそうなフィルムを再生するように、何度も思いおこすのに、時はあの日のまま鮮やかな空と風にのる草花の香りに埋めつくされる。





「コノハナ」
目の前に黒猫がやってくる。
「6時、三人」

するりと足元をすり抜ける。しなやかな毛並みに瞳は緑がかった茶色。

「わかってるって明け星」

ガチンと安全装置が外された音がする。咄嗟に建物の間に入り込む。

続けざまに狭い通路に走り込んでくるのを、張り出した屋根から飛び降りて将棋倒しにする。ばたばたと倒れた奴らに馬乗りになったまま、拳銃を握る手にぐりぐりと拳を擦りつけて武装解除させる。
二人目は拳銃を取り落としていたし、三人目は奪った拳銃の尻で殴りつけて手を開かせていた。

「いい加減にしろよ…今、機嫌が悪いんだ」

取り上げたひとつを目の前でちらつかせながら、もう一丁はジーンズに挟み込む。
「なんにも無しかい。あんたらのボスは躾がなってないね」

一発ぶち込んでやろうか。ガチリと撃鉄をおこす。

「止めときなよ、すぐ警察が来るよ」

「喋るなって言ってるだろ。明け星」

こいつを狙ってる奴だってわんさかいる。喋らないで大人しくしてれば、目立たないのに。

「化け猫、三味線屋に売られちまうぞ」

「ふふん。見世物小屋よりいいかもね」

スルッと馬乗りになった奴らに近寄る。

「ああ、ダメだね。コノハナこいつら使い物にならないよ」

三人はぐったりして意識がなかった。起きたら、記憶が飛んでるはずだ。






橋の上から拳銃を川に投げ込む。普通の人間の手に渡らないように。
「売れば良かったのに」
名残惜しそうに黒猫が、欄干から見下ろしている。
「足がつくだろ」
「ごはん、ごはん」
「なんだよ本能にばっか忠実だな」
「生きてるからねぇ」
「何、喰いたい」
「中華にしよ、コノハナ」
ぎらーんと目が光る。無理なんじゃねぇの。言葉を思いを飲み込んで歩いていく。

街は夕焼けに包まれていた。

FULL MOON 1

「朔」

呼ばれて振り向いた。そこには誰もいなくて、春の日差しと柔らかな風しかなかった。

君を思い出す。

明るい日差しの下で覗き込む瞳は、鉱石のようで光彩の色が緑に近い茶色をしていた。珍しさから、よく見ていた。ほんとは君の瞳だから好きだったんだ。

ひとりひとり角膜に違いがあって指紋や声紋のように、認証コードに使われると知ったのは最近のことだ。


どんなに 君が変わっても僕にはわかるよ。

変わらない瞳で。

月が満ちるまで つばさ 3

ぽろりと涙がこぼれた。

ちはやの背中がちいさく震えている。

「泣いたっていいじゃない。我慢しなくていいよ」

しゃくりあげるような声。
分かるんだ。泣くのを堪えたら、喉や鼻が傷つく。飲み込む嗚咽は涙とともに鼻血になる。ちはやにはそんな泣きかたをして欲しくなかった。布団に潜って声を殺して泣いても、心は救われない。

何度、隠れて泣いただろう。

人によって傷ついたものは、自分で癒すのだと思っていた。時間がたてば忘れてしまうものだと思った。

でも、違う。
時折思いだすと、やはり苦しい。満たされないものがあるから、暗い穴を覗き込むようだ。

人に傷つけられても、それを癒すのは自分でなく他の誰かなんだ。自分ひとりでぐるぐる解決しない思いは話して楽になったらいい。

「いいよ。なんでも聞くから。今日はとことん付き合うからね」

うんうんと、ちはやがうなづく。右肩を撫でても、やけどの跡は分からない。

「なんだかね、羽根みたいだったよ。ちはやのやけど。片方だけの天使のつばさだね」

わたしたちは、まだまだ未熟で、片方の羽根だけで飛ぶ天使の見習いみたいだ。

片翼だけでも風はおこせる。完全ではなくても、きっと何かできるはずだ。

そばにいるだけでも、話を聞くだけでもいい…わたしにも出来る何かがきっとあるはずだから。