放浪旅2009春 -4ページ目

2009/03/17

明日日本最南端の有人島民,波照間島に行きます。

最近毎日のようにいい出会いにめぐりあえて,嫌いな酒もおいしく感じる日々です。

旅をしていて思うことはいかに僕が形式的な生活しかしていなかったということで,僕もごく一般的な常識人でしかないということを気付かされた。

旅で大きくなるというか,むしろ自分の小ささに気付かされている日々で,さらに目の前の世界が混沌とした状況になってきた。

皆がいう成長なんて言葉が安易にも聞こえてきたりする。変化はしているがそれは前進ではないかもしれない。言えるのは今の自分は絶対的に変化はしているということ。

旅もあと約10日!もまれろ自分!

石垣5日目

今日も天気は良好。昨日悩んだ末,石垣島の目と鼻の先にある竹富島に行くことにしました。

竹富島は小さな島にも関わらず、琉球王国の時代八重山諸島の総督府が置かれていた場所で,歴史的に興味深い島で,一応史学科の僕は,それ相応に興奮しています。

昼頃に島に着いて,カンカン照りの中カメラを携えて集落を散策した。竹富島の琉球家屋の街並みと白砂の道は絶妙で,いつも均質な町並みしか見たことないような僕には,異質な空間にうつった。もしそこに観光バスとか年金生活者のツアーの人とかギャルがいなければ,なおさらやけどなー。

竹富島には,「うつぐみ」という言葉がある。それは協力とか互助とかいう意味で,まーもっと具体的に言えば、村の連帯を表す言葉で,今もその精神が受け継がれている。

今は竹富島は観光業で栄えているんやけど,冷静に考えれば,自分達の家が見世物にされて写真を撮られて,見しらぬ人が集落のあちこちを徘徊して,商店などほぼなかったのに,今では少ないけどあって,水牛観光の会社が2つになったりとまーいろいろな面で観光化している。この島は昔の姿をそのままに残した桃源郷のようなもので,それで儲けようと極端に走った人達がここをディズニーランド化しているわけである。

あまりにも観光化したところは面白くないけど,ここは極端に観光化はしているけど集落の人達のうつぐみの精神のおかけでその魅力は保たれているように感じた。

でもここは圧倒的に素晴らしい場所です。海もあって,琉球家屋もあってシーサーもあって,純倭人がいて,三線がどこから聞こえて,亜熱帯の雑木林があって,唐揚げ定食なんか食べられないし,ましてやローソンもない。

正に,タイムスリップしたかのような異世界。前のベンチに座ってる姉ちゃんも「ホント文化が違うよねー」なんて言ってる。

さー今日も飲もう!!!!!

石垣3日目

今日は寒冷前線が八重山諸島を包みこんだせいで,とても涼しい1日でした。

こんな天気だったんで今日は博物館と図書館に行きました。

博物館では僕のお目あてのパナリ焼というものを拝見しました。

パナリとは黒島という島の近くにある新城(アラグスク)島の別名で,人口が確か8人で,定期船もないような島です。ちなみに行くには,一軒泊まらしてくれるところがあるらしく,その家に電話すると郵便船の時間を教えてくれるらしく,それに乗って行くしかないそうです。僕は次回行こうと思ってます。

そこで作られた焼き物がパナリ焼で,中国人がその島で,少ない資源を生かして作ったのが最初で,それが後世に伝えられたものらしいです。

確か15世紀くらいからは製造されておらず,竹富島などでその製法を詠んだ歌があるそうですが,それは新城の島民が,その製法を他島に伝えないために偽の製法を伝えたものをうたったものだとされているそうで,正に謎に満ちた焼き物でロマンを感じたわけです。(曖昧な表現ばかりですが,断片的で曖昧な記憶なんでお許しを)

次に図書館に行きました。何と偶然にも八重山の戦前・戦後を映像で振り替えるというちょっとした映写会を催しており,地元のおじぃ,おばぁに混ざって観覧させてもらいました。映像は大正から昭和までの映像で,石垣の学校やら街並み,米国人の何たら弁務官の来島,地元の有名人の映像やらが民謡とルイアームストロングと知らないJAZZの曲に合わせて淡々と流されていました。民謡が流れるとき地元のおじぃ,おばぁが唄ってくれることに期待しつつもその願いは叶いませんでした。期待してたほどのものじゃなかったけどいいもの見させてもらいました。

明日は竹富島か,波照間島に行くつもりです。まだ迷っています。

とにかく財布の中身と相談して決めよう。