父の命日
先日父の命日があった。この日から数日間は僕の人生において最も悲惨な期間だった。
別に父が死んだことが悲しいわけではなかった。父の残した借金とややこしい人間関係、そして、味方であるはずの親戚たちの掌を返したような態度に絶望した。
まず、葬式に借金取りがたくさん現れた。銀行やサラ金だけでなく、街金っぽい怖い人たちも数名いた。ただ、この時点ですでに弁護士先生に相談していたので、一部僕が連帯保証人となっていた大手金融機関のもの以外はそれほどストレスを感じなかった。向こうもプロなのでその点、取れるものと取れないものはわきまえておられた。
やるせなかったのは、父が商売上で取引のあった会社の方々だった。結構な額の貸し倒れがあるらしく、上司とともに弔問に訪れた新入社員らしい人の途方に暮れた表情は今でも覚えている。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、こっちもそれどころではなかった。
あと、謎の愛人や個人的にお金を貸しているという自称友人も現れた。この自称友人は翌日父の店のシャッターに、父だけでなく、母、僕、妹、弟の実名入りで「金返せ!」というビラを貼っていた。これにはさすがに父への怒りが頂点に達し、まだ、父を擁護し母を攻め立てる馬鹿な叔父の頭にビールをかけてやった。
葬式当日も焼香順でもめたり、トイレをつまらせた親戚がいたり、葬儀業者から早く金を払えと攻め立てられたり、父のゴルフ会員権を勝手にもって行く友人がいたり、とうんざりすることばかりだった。このときばかりは兄弟がいて本当によかったと思った。周囲で誰が信用できるのかが明確にわかった。この日以降僕の親戚は4分の1に減る。
しかし、一番へこんだのは、父の服のポケットから「人生の負け犬」と黄色い蛍光ペンで書かれた遺書らしいものが出てきたとき。あまりにも情けなすぎると思った。
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反抗期
6歳になる長男が反抗期に入ってきた。いつもどこか不機嫌で、やたらと生意気な態度をとる。次男とけんかしたときなどに注意すると、「パパ(偉そうに言いつつも「おとうさん」とは言わない)は、関係ない」とか僕のことを「おじさん」呼ばわりする。さすがに、「おじさん」呼ばわりされると、むかつくので、「うちにはよその子を養う余裕がないから出て行け」と応じるが、「パパの方が出て行け!」とやり返される。こういう殺伐としたやりとりを続けていると、もともとは次男を擁護するために注意したのに、なぜか、次男も長男の味方についてやり切れない気持ちになる。
最近、幼稚園のイベントなどで近所のご家族と集まる機会が多く、長男と同級生の子どもたちとよく接する。周りの子どもと比較するのはよくないということは重々承知しているのだが(僕の両親はやたらと近所の子どもと比較して僕を叱ったので、そのデメリットは肌身にしみている)、うちの長男ほど複雑な子どもはいない。みんな結構素直に喜怒哀楽を表現して、人なつっこい笑顔で僕にも近づいてくる。裏を返せば、うちの長男の成長が速いと言えなくもないが、親としてはそう急いで成熟しなくても、と少し思ったりもする。
幼稚園の担任の先生や奥さんの話を総合すると、年長になってから、地区の仲のいい友達と別のクラスになり、今ひとつ新クラスで自分の居場所を見つけられていない、というストレスも長男の態度に影響しているのかもしれない。逆に、家の中くらいは彼の居心地のいい場所があればいいと思い、甘やかしすぎたのかもしれない。
河合隼雄さんの本を読んでいると、僕自身が「お父さん」をさぼっているのが、息子の反抗の原因かもという気もしてきた。むやみに父性を振りかざすのもよくないと思うので、もう少しきちんと、しかも気楽に長男と向き合うことからはじめたいと思う。
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久しぶりの再開
小学校時代の友人と久しぶりに再開し、3人で今朝まで飲んでいた。21世紀に入って初めて会ったので、およそ、9~10年ぶりの再開。長い間会っていないものの、会えばすぐに以前のように気安く話せるのは、なんといっても古くからの友人のいいところだ。
お子さんが高校受験だったり、小学校の担任の先生が校長先生になっていたり、それぞれ白髪が増えていたり、いろいろと月日の流れを感じることはあるものの、人間の本質はそう大きくは変わらないことに改めて気づく。基本的に楽天的な人間は根っから明るいし、僕のように屈折した人間はその度合いをより一層強めている。なんとなく共通しているのは、なんとか生き延びてきたことによるわずかな自信と、人生に対するあきらめ、そして、明らかに残り時間が短くなっていることによる、焦燥感といったところだろうか。
あと、やはり親父くさくなっているということは避けがたい。酒が進むにつれてシモネタが増えてくるが、まったく違和感がなくなっている。サラリーマンの飲み屋コントにでてくるような、典型的な親父シモネタギャクが自然に出てくるところが少し悲しい。
クリント・イーストウッド監督の「ミスティック・リバー」はある少女の殺人事件を機に、3人の幼馴染が、被害者の父、その担当刑事、容疑者という複雑な立場で再会する悲しい映画だ。多くのイーストウッド監督作品と同様に、救いのない展開で、バイオリズム低下時に観るととことん落ち込むので注意が必要だが、本作でアカデミー賞を受賞したショーン・ペン、ティム・ロビンスの熱演もあり、非常に見ごたえのある作品となっている。
この映画の重要なテーマは少年時代のトラウマだ。この映画の登場人物ほど大きなトラウマを僕たちは抱えていないが、歳を重ねるにつれて、鈍感に強かになってくる一方で、どうしても触れられたくないところは依然として残っていた点が印象的な再会でもあった。
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