20年ぶりに出会った言葉
森博嗣先生の「臨機応答・変問自在」を読んでいると、「フェノールフタレイン」という単語が出てきた。高校で文系コースに進んで以来20年ぶりぐらいに出会った言葉なのですごく懐かしく感じた。アルカリ性だと赤く変色する液だが、社会に出てからアルカリ性かどうかを判断しなければいけない場面に出くわしたことは幸か不幸か一度もなかった。僕に悪意を持っている人に振り掛けると赤く変色するのであれば、何度も使っただろうが。
また、高安秀樹先生の「経済物理学の発見」という本を読んでいると、「アボガドロ定数」という単語が出てきた。これまた、20年ぶりに出会う言葉。Wikipediaによると「ある物質 1 mol の中に含まれている構成要素の総数を意味」するらしいが、今となってはさっぱり意味がわからない。かろうじて、モルという単語と10の23乗することだけは覚えていた。ある人間に含まれる善意の総数がわかる定数であれば、もっと使っていただろうが。
この2冊の本に共通しているのは理系の学者さんが小説や経済学など、これまで文系とされていた分野に進出していること。ビジネスの世界でも金融工学を駆使して、銀行などで多額の報酬を得ている人が増えていると聞く。そもそも理系文系という区分が意味をなさなくなっているのだと思うが、僕のような文系の人間の肩身が狭くなっている。
僕の友人を見ても理系の人は学生時代から本当によく勉強をしていた(当然一部の例外はあるが、授業に出ないことを自慢していた大多数の文系の友人に比べると誤差の範囲)。さらに実験などで徹夜も厭わない集中力も素晴らしい。いわゆる地頭がいい上に努力もしているので、かなわないのは当然かもしれない。
仕事で必要な統計学の勉強を何度もしようと思いながら挫折している。とりあえず数式が出ると思考停止になるアレルギーだけは治さなければならないと強く思っている。
- 高安 秀樹
- 経済物理学の発見
斜め後ろ向き人生
自分の短所の中で致命的だと思うのはそのバイタリティのなさだ。ロールプレイングゲームでいうと「最大HP」や「力」が少ない吟遊詩人か風水士タイプ。「すばやさ」の値も低いので、「運」と「身の守り」だけで何とかしのいで生きているという感じだ。
特に最近は、「仕事大好きです!」といった人や「人生ってすばらしい!」って感じの人しか成功できないような気もするので(実際はかなりの努力とご苦労をされていることもよくわかっているのだが)、思わず「すみません、なんとか生きのびさせて下さい」と謝りたくなってしまう。そもそも、「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ」サウイウモノニなりたいと思って(言い訳にして)小学生以来生きてきたので、バイタリティあふれる人生の方がよいと頭ではわかっていても、今さらそうはなれない。
とはいえ、完全にネガティブに後ろ向きに生きるほど人生に絶望もしていないし、覚悟を決めてもいない。ごくまれに頑張ってみようかな、という気もあるし、新しいことにもチャレンジしようかな、と正月や年度始めには思ったりもする。だけど、少し困難に出くわすとついつい後ずさりしてしまう。ただ、真後ろに撤退することは自尊心が許さないので、少しずつごまかしつつ、斜め後ろに後退している。かくして、なんとも歯切れの悪い斜め後ろ向き人生を僕は生きている。そして、悲しいけどそこそこ気に入っている。
Dinosaur Jr.の「Without A Sound」というアルバムはそんな人生のお供としては最適だ。このバンドの他のアルバムはシャウトしてみたり、妙にポップだったりする時もあるのだが、このアルバムはいい感じでテンションが低め。ポジネガ成分が2:8くらいの感じが心地よい。泣きのメロディも満載。ジャケットのわけのわからない人物風の絵のなさけなさも含め、僕の「斜め後ろ向き人生」のバイブル的存在となっている。
- Dinosaur Jr.
- Without a Sound
権力者
少し前に「善き人のためのソナタ」という映画を観た。今年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品だけあってここ最近の映画の中では一番の出来だと思う。東西ベルリン統一前の東ドイツ管理社会の悲惨な状況を描いているが、どこか救いがある点がよい。
この映画の中にさまざまな圧力をかけて女性を手に入れようとする、絵に描いたような悪徳権力者が出てくる。久しぶりに権力についての嫌悪感を持った。最近の戦争映画は、「戦場のピアニスト」など敵国の登場人物であっても紋切り型の悪徳権力者としては描いていない。それなりの葛藤を持つ複雑な人間性を持った人物として描かれることが多いので、観ていてふつふつと怒りがわいてくるような体験はかえって新鮮だった。
小学生のころは、人の上に立ちたがる人や尊大な態度の人に対する嫌悪感が異常に強く、先生に反抗したり、遊びを邪魔された高校生に喧嘩を売ってぼこぼこに殴られたりした。自分自身がなんらかの権限を持つのも嫌で、学級委員や生徒会の役員などもことごとく避け、逆に選挙管理委員に立候補していた。今となっては、人望がなかったからそんな心配もする必要もなかったのにとも思うが、その自意識の強さは滑稽ですらある。
社会人になってからも後輩や部下にどう接していいかは結構悩んだ。これまでタメ口を利いていた人が、その人に役職がついたとたんに敬語になる姿を見てからは全員に敬語で接するようにした。言葉使いの豹変が権力に屈するみたいで非常に嫌だったからだ。おかげで腹を割らない人だと思われているかもしれないが、他人と自分との距離感を変える面倒さがないので結構楽でもある。我ながらコミュニケーションスキル不足だと思うが。
自分の子どもに対してはそういうわけにも行かないので結構悩んでいる。いくらなんでも敬語で接するのは変なので、せいぜい尊大にならないように接しようと意識している。
- アミューズソフトエンタテインメント
- 戦場のピアニスト