虚栄心を捨てる
「虚栄心を捨てる」というお話です。
----------↓
「お金があれば幸せになれるか?」
と聞かれれば、誰だってNOと答えるに違いない。
しかし、だからと言って現代社会では、
お金がなければいろんな不安や心配が増えるのも事実。
あればあった方が幸せなる確率は上がる。
ただ確率が上がるというだけの話であって
お金がある=幸せにはならない。
世の中にはお金があっても
十分な幸せを感じていない人もいる。
そして最近、
「お金があっても幸せだとは限らないんだなー」
と思うような事が起きた。
その家庭はお金には不自由していなかった。
と言うよりも一般よりもはるかにお金持ちだった。
しかし、そこにはいつからか
虚栄心と言う名前の悪魔が住み着くようになった。
その虚栄心は家族を切り裂き、ボロボロにした。
周りからどう見られるか
それが最も重要な事になっていった。
その先に待っているのは
とても不幸な結末だった。
もし、あなたが幸せな毎日を送りたいと思うなら、
もし、あなたが幸せな家族を持ちたいと思うなら
もし、あなたがそれをずっと続けたいたら…
「虚栄心」は真っ先に捨てなければいけない。
虚栄心は何もかも破壊してしまう
とても強烈な力だ。意識して捨てなければいけない。
その悪循環に入ってしまうと、
それから抜け出すのは一苦労だ。
幸せの最大の敵は虚栄心。
これに尽きる
-小川忠洋
----------↑
虚栄心が幸せを遠ざけている。
見栄を張ることは、何の特にもならないのですね。
実際の自分以上の自分を人に見せようとしても、所詮、自分のレベルは相手にわかってしまうことがほとんどですからね。
虚栄心が良くない重要な点は、「自分自身に嘘をついている」ことだと、私は思います。
自分自身に嘘をついていては、絶対に幸せな気持ちにはなれません。
まず、自分自身に誠実であるべきです。
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「お金があれば幸せになれるか?」
と聞かれれば、誰だってNOと答えるに違いない。
しかし、だからと言って現代社会では、
お金がなければいろんな不安や心配が増えるのも事実。
あればあった方が幸せなる確率は上がる。
ただ確率が上がるというだけの話であって
お金がある=幸せにはならない。
世の中にはお金があっても
十分な幸せを感じていない人もいる。
そして最近、
「お金があっても幸せだとは限らないんだなー」
と思うような事が起きた。
その家庭はお金には不自由していなかった。
と言うよりも一般よりもはるかにお金持ちだった。
しかし、そこにはいつからか
虚栄心と言う名前の悪魔が住み着くようになった。
その虚栄心は家族を切り裂き、ボロボロにした。
周りからどう見られるか
それが最も重要な事になっていった。
その先に待っているのは
とても不幸な結末だった。
もし、あなたが幸せな毎日を送りたいと思うなら、
もし、あなたが幸せな家族を持ちたいと思うなら
もし、あなたがそれをずっと続けたいたら…
「虚栄心」は真っ先に捨てなければいけない。
虚栄心は何もかも破壊してしまう
とても強烈な力だ。意識して捨てなければいけない。
その悪循環に入ってしまうと、
それから抜け出すのは一苦労だ。
幸せの最大の敵は虚栄心。
これに尽きる
-小川忠洋
----------↑
虚栄心が幸せを遠ざけている。
見栄を張ることは、何の特にもならないのですね。
実際の自分以上の自分を人に見せようとしても、所詮、自分のレベルは相手にわかってしまうことがほとんどですからね。
虚栄心が良くない重要な点は、「自分自身に嘘をついている」ことだと、私は思います。
自分自身に嘘をついていては、絶対に幸せな気持ちにはなれません。
まず、自分自身に誠実であるべきです。
無いことを証明できるか?
「無いことを証明できるか?」というお話です。
----------↓
あなたは黒い白鳥がいると思いますか?
あるいは、黒の白鳥がいることを証明できますか?
では、これは如何でしょうか?
黒の白鳥がいないことを証明できますか?
○○がいない!ということを証明することは難しいです。
なぜなら、今の段階でいないかもしれませんが、
明日、見つかるかもしれないからです。
誰も見つからないと言い切ることはできません。
何が言いたいかというと、私たちが無意識でする「集中的思考」は、
自分の持っている知識を使って、一つの考えを検証し、
それがどういう考え方に一致するかを明らかにしようとします。
残念ながら、既存の知識や理論に反した考えに対しては、
自然と拒絶反応を示してしまうというのが、人間の性質です。
いったん仮説を抱くと、その正しさを示す証拠を探そうとし、
その反証からは目を背けようとする傾向が人間にはあります。
最初の質問の黒い白鳥がいると思いますか?
ですが、実は、オーストラリアに黒い白鳥は存在します。
ここで注目したいのは、証拠となる例がいくらたくさんあっても、
ルールの正しさは証明できませんが、反証となるたった一つの例によって、
ルールの間違いは証明できるということです。
仕事で、社会生活で、人生のさまざまな局面で、
私たちは仮説を立てて、状況を理解しようとします。
どんなときも、もっともらしい説明を考えだそうとせずにはいられません。
そして、いったん何らかの納得できる説明が得られると、
執拗にそれにこだわります。
その正しさを示す証拠を見つけようとし、
その反対の証拠からは目をそらそうとします。
思考の達人は、仮説とは本当に仮説であり、
ほかのもっと優れた仮説によって誤りを指摘されれば、
その仮説は役に立たないことをよく知っています。
思考の達人は「集中的思考」だけではなく「拡散的思考」を常に使用し、
いろいろな可能性を探り、異なる角度から問題にアプローチし、
水平的に(つまり側面から)問題に取り組む姿勢を持っています。
集中的思考は、確かに役に立つツールですが、
それが道具箱の中の唯一のツールになってしまってはいけません。
そこに想像力や拡散的思考というツールも加えて使用すれば、
もっと創造性を引き出せ、思考力を何倍にも、いや何十倍にも高められるのです。
田渕 裕哉
----------↑
ちょっと難しい表現ですので、わかりにくいと感じる方もおられると思います。
誤解を恐れず1行で要約すると、
『無いことを証明できなければ、無いと断定してはいけない。』
ということでしょうか。
あらゆる可能性を排除してはいけない、思い込みは思い込みであって、事実ではない「かもしれない」と考える習慣が大切だ。
ということですね。
たとえば、
あなたは、UFOが実在すると思いますか?
実在しないという証拠が無い限り、実在しないと断定してはいけない。ということです。
(もともとUFOは未確認飛行物体という意味ですから、確認できない物体という名前がついてるわけで、実在しないと断定できるはずがありませんけどね)
自分の先入観念を取り払い、「ひょっとしたら~かもしれない」という気持ちを忘れずに、生きていきたいものですね。
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あなたは黒い白鳥がいると思いますか?
あるいは、黒の白鳥がいることを証明できますか?
では、これは如何でしょうか?
黒の白鳥がいないことを証明できますか?
○○がいない!ということを証明することは難しいです。
なぜなら、今の段階でいないかもしれませんが、
明日、見つかるかもしれないからです。
誰も見つからないと言い切ることはできません。
何が言いたいかというと、私たちが無意識でする「集中的思考」は、
自分の持っている知識を使って、一つの考えを検証し、
それがどういう考え方に一致するかを明らかにしようとします。
残念ながら、既存の知識や理論に反した考えに対しては、
自然と拒絶反応を示してしまうというのが、人間の性質です。
いったん仮説を抱くと、その正しさを示す証拠を探そうとし、
その反証からは目を背けようとする傾向が人間にはあります。
最初の質問の黒い白鳥がいると思いますか?
ですが、実は、オーストラリアに黒い白鳥は存在します。
ここで注目したいのは、証拠となる例がいくらたくさんあっても、
ルールの正しさは証明できませんが、反証となるたった一つの例によって、
ルールの間違いは証明できるということです。
仕事で、社会生活で、人生のさまざまな局面で、
私たちは仮説を立てて、状況を理解しようとします。
どんなときも、もっともらしい説明を考えだそうとせずにはいられません。
そして、いったん何らかの納得できる説明が得られると、
執拗にそれにこだわります。
その正しさを示す証拠を見つけようとし、
その反対の証拠からは目をそらそうとします。
思考の達人は、仮説とは本当に仮説であり、
ほかのもっと優れた仮説によって誤りを指摘されれば、
その仮説は役に立たないことをよく知っています。
思考の達人は「集中的思考」だけではなく「拡散的思考」を常に使用し、
いろいろな可能性を探り、異なる角度から問題にアプローチし、
水平的に(つまり側面から)問題に取り組む姿勢を持っています。
集中的思考は、確かに役に立つツールですが、
それが道具箱の中の唯一のツールになってしまってはいけません。
そこに想像力や拡散的思考というツールも加えて使用すれば、
もっと創造性を引き出せ、思考力を何倍にも、いや何十倍にも高められるのです。
田渕 裕哉
----------↑
ちょっと難しい表現ですので、わかりにくいと感じる方もおられると思います。
誤解を恐れず1行で要約すると、
『無いことを証明できなければ、無いと断定してはいけない。』
ということでしょうか。
あらゆる可能性を排除してはいけない、思い込みは思い込みであって、事実ではない「かもしれない」と考える習慣が大切だ。
ということですね。
たとえば、
あなたは、UFOが実在すると思いますか?
実在しないという証拠が無い限り、実在しないと断定してはいけない。ということです。
(もともとUFOは未確認飛行物体という意味ですから、確認できない物体という名前がついてるわけで、実在しないと断定できるはずがありませんけどね)
自分の先入観念を取り払い、「ひょっとしたら~かもしれない」という気持ちを忘れずに、生きていきたいものですね。
現実逃避は危険!
「現実逃避は危険!」というお話です。
----------↓
「今の仕事を引退して、
ハワイで優雅にのんびりと暮らしたい・・・」
もし、あなたがそう思っているなら、
考え直したほうがいい。
優雅にハワイのビーチでカクテルなんかを飲みながら
波の音を聞いて 毎日、家族とゆっくり過ごす・・・
こんな映像を思い浮かべているだろうが、
そんなモノは破棄してしまったほうがいい。
それは、TVとか雑誌とかで作り出された幻想にすぎない。
この考えは毒だ。
何故なら、第一にその考えは
「引退をゴールにする」という
絶対にやるべきでない事をやっているからだ。
このゴール、つまり目標は考え方として
「天国に行ったら全ての問題が解決されて幸せになれる」
という考え方に非常に似ている。
つまり現状から逃げ出したい
という気持ちが根底にあるのだ。
そのような状況では、現在を楽しむ事はできない。
そして、究極的には現在しかないのだ。未来も過去もない。
僕らが生きる事ができるのは今日しかない。
だから、今日を楽しむことができないなら、
いつまでたっても人生を楽しむことができない。
何かが達成されたら、(収入が上がったらとか、、)
全ての問題は消えてなくなる・・・という考え方は
非常に危険だ。
実際、問題はなくならない。
ストレスはなくならない。
不安も、心配もいらいらもなくならない。
何故ならそれが人間だからだ。
大切なのはその問題やストレスと上手に付き合うことだ。
そして、現状から逃げ出そうとせずに、現状に向き合う事。
そして、一歩一歩成長することだ。
今やっている事のいい面を見るようにして
それを楽しむ事だ。
とにかく
「現状から逃げ出す事」をゴールにしてはいけない。
「現状をもっと良くすること」をゴールにすべきだ。
ものごとは一瞬では変わらない。
徐々に徐々に変わっていくものだ。
-小川忠洋
----------↑
現状の問題点から逃避していては、幸せは手に入らない。ということですね。
物欲、金銭欲を満たすことも、また幸せを手にする条件ではありません。
現在をより良く生きるにはどうしたらいいかを考え、試行錯誤を繰り返し、少しずつ、幸せを実感できるように努力していくプロセスその物が、幸せその物だと思います。
あなたは、『南国の島で、優雅な生活を!』 などと、考えていませんか?
私は考えていましたが、改めました。
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「今の仕事を引退して、
ハワイで優雅にのんびりと暮らしたい・・・」
もし、あなたがそう思っているなら、
考え直したほうがいい。
優雅にハワイのビーチでカクテルなんかを飲みながら
波の音を聞いて 毎日、家族とゆっくり過ごす・・・
こんな映像を思い浮かべているだろうが、
そんなモノは破棄してしまったほうがいい。
それは、TVとか雑誌とかで作り出された幻想にすぎない。
この考えは毒だ。
何故なら、第一にその考えは
「引退をゴールにする」という
絶対にやるべきでない事をやっているからだ。
このゴール、つまり目標は考え方として
「天国に行ったら全ての問題が解決されて幸せになれる」
という考え方に非常に似ている。
つまり現状から逃げ出したい
という気持ちが根底にあるのだ。
そのような状況では、現在を楽しむ事はできない。
そして、究極的には現在しかないのだ。未来も過去もない。
僕らが生きる事ができるのは今日しかない。
だから、今日を楽しむことができないなら、
いつまでたっても人生を楽しむことができない。
何かが達成されたら、(収入が上がったらとか、、)
全ての問題は消えてなくなる・・・という考え方は
非常に危険だ。
実際、問題はなくならない。
ストレスはなくならない。
不安も、心配もいらいらもなくならない。
何故ならそれが人間だからだ。
大切なのはその問題やストレスと上手に付き合うことだ。
そして、現状から逃げ出そうとせずに、現状に向き合う事。
そして、一歩一歩成長することだ。
今やっている事のいい面を見るようにして
それを楽しむ事だ。
とにかく
「現状から逃げ出す事」をゴールにしてはいけない。
「現状をもっと良くすること」をゴールにすべきだ。
ものごとは一瞬では変わらない。
徐々に徐々に変わっていくものだ。
-小川忠洋
----------↑
現状の問題点から逃避していては、幸せは手に入らない。ということですね。
物欲、金銭欲を満たすことも、また幸せを手にする条件ではありません。
現在をより良く生きるにはどうしたらいいかを考え、試行錯誤を繰り返し、少しずつ、幸せを実感できるように努力していくプロセスその物が、幸せその物だと思います。
あなたは、『南国の島で、優雅な生活を!』 などと、考えていませんか?
私は考えていましたが、改めました。
満2歳になりました!
2009年12月6日に、このブログを書き始めてから、ちょうど今日で、2年が経ちました。
毎日、欠かさず、健康で幸せになるためにはどうしたらいいかを考えながら、このテーマに関連した情報を発信してきました。
1年365日の2倍で、730件を超えたことになります。
3年(1000回)継続することで、新しい何かを手に入れることができるとお話したことを思い出します。
まだ、1年足りません。
本日は単なる通過点に過ぎないとは思います。でも、何となく、私の心の中には、達成感に近いものがこみ上げてきています。
継続は力なり、といいます。何とかここまで、1日も欠かさず継続できていることへの達成感だと思います。
2年前の考え方とは違ってきた部分もあると思いますが、それぞれ、成長してきたのだと実感しています。
この気持ちを大切に、これからも、継続していきますので、ご支援よろしくお願いいたします。
毎日、欠かさず、健康で幸せになるためにはどうしたらいいかを考えながら、このテーマに関連した情報を発信してきました。
1年365日の2倍で、730件を超えたことになります。
3年(1000回)継続することで、新しい何かを手に入れることができるとお話したことを思い出します。
まだ、1年足りません。
本日は単なる通過点に過ぎないとは思います。でも、何となく、私の心の中には、達成感に近いものがこみ上げてきています。
継続は力なり、といいます。何とかここまで、1日も欠かさず継続できていることへの達成感だと思います。
2年前の考え方とは違ってきた部分もあると思いますが、それぞれ、成長してきたのだと実感しています。
この気持ちを大切に、これからも、継続していきますので、ご支援よろしくお願いいたします。
ことばのワクチン
「ことばのワクチン」というお話です。
----------↓
因果関係を理解することは、究極の目標とも言えます。
しかし私たち人間の限られた知性では、
すべての因果関係を理解することは、
とてもではありませんができないのだろうと思います。
そのような限られた能力を持つ私たちですが、
それでも、ある程度解明されている因果関係もあり、
たとえば物理学は、その一例です。
物理では、F=maという等式を習います。
これを因果関係で解釈すると、
Fという力が「因」であり、
aという加速度が「果」になります。
つまり、力という原因によって、
加速度という結果が生じるということです。
そして、この等式がすごいのは、
これは「同時因果」であるということです。
「同時因果」という観念は日常生活になじまないため、
多くの生徒は、F=maの等式を理解することが困難です。
しかし、その困難さが「同時因果」に由来するものであることがわかると、
事前にその誤解を防ぐ説明をすることができます。
それは「ことばのワクチン」とも言え、
予防作用を持ちます。
つまり、実際に現場に出て、生徒の誤解を体験し、
その原因を観てゆくことにより、はじめからその原因を解消する説明を
先行してやってゆくことが可能になってくるわけです。
このようにして、現場において
「現に生じる(生じている)問題」を予防してゆくことにより、
現場で実際に生じる問題が減少してゆきます。
予測される誤解や不足に関しては、
事前に「ことばのワクチン」を打っておく
ことによって予防することが有効です。
たとえば、食事の前に手を洗わないという
不足を現しそうな生徒さんがいたならば、
事前に「食事の前には、手を洗ってね」と
言っておくことによって、予防作用が期待できます。
この場合、「ことばのワクチン」は、継続して使用することにより、
蓄積して効果を現してくるという仕組みを理解していることが大切で、
すぐに結果が出なくても、あせらずに、事前に「ことばのワクチン」を
投与することを繰り返し、蓄積により、その効果が現れてくることを期待します。
効果が顕現することを促進するには、
不足が現れた直後のネガティブフィードバック(ネガティブなストローク)、
満足が現れた直後のポジティブフィードバックが有効です。
そして、もしネガティブなストロークに耳を傾けてくれる生徒さんがいれば、
その「耳を傾ける」こと自体は満足を示しているわけですので、
その部分にはポジティブなストロークを打ってゆきます。
例)
「聞きにくいことを聞いてくれて、ありがとう。
○○君のためになると思うことだから言ったんだけど、
なかなか、こういうことって、気持ちが不快になって、聞いてもらえないものだから」
話をF=maに戻すと、日常生活で耳にすることが多い因果は「異時因果」で、
「原因」と「結果」が時間的に離れており、
原因が発生してから、結果が発生するまでにタイムラグがあります。
ところが、F=maの「=」が示す因果は同時因果であり、
Fが変化すれば、その瞬間に、同時に連動してaも変わります。
Fが2倍になれば、その「全く同じ瞬間」にaも2倍に変わっています。
この「同時因果」が、おそらく直観に反するために、
理解のむずかしさを生んでいると思います。
F=maは同時因果、ことばのワクチンは異時因果、
こうして因果関係を理解してゆくことが、
人生をしあわせにしてゆくと思うのです。
ー吉永賢一
----------↑
すごい洞察力と分析力ですね。
「ことばのワクチン」という表現もわかりやすくて気に入りました。
「宇宙の法則」や「引き寄せの法則」などから「原因と結果の法則」を学んできた私としては、とても、素直にこの文章を読むことができましたし、人に伝えていくときに、大いに参考にさせていただこうと思いました。
物理学とちがい、人間関係の原因と結果は、「異時」であるだけに、この結果は、どの原因なのかがますますわかりにくくなっているので、ややっこしいわけです。
でも、こういう考え方で、頭の中で整理されていれば、自分なりに活用方法が見えてきそうですね。
----------↓
因果関係を理解することは、究極の目標とも言えます。
しかし私たち人間の限られた知性では、
すべての因果関係を理解することは、
とてもではありませんができないのだろうと思います。
そのような限られた能力を持つ私たちですが、
それでも、ある程度解明されている因果関係もあり、
たとえば物理学は、その一例です。
物理では、F=maという等式を習います。
これを因果関係で解釈すると、
Fという力が「因」であり、
aという加速度が「果」になります。
つまり、力という原因によって、
加速度という結果が生じるということです。
そして、この等式がすごいのは、
これは「同時因果」であるということです。
「同時因果」という観念は日常生活になじまないため、
多くの生徒は、F=maの等式を理解することが困難です。
しかし、その困難さが「同時因果」に由来するものであることがわかると、
事前にその誤解を防ぐ説明をすることができます。
それは「ことばのワクチン」とも言え、
予防作用を持ちます。
つまり、実際に現場に出て、生徒の誤解を体験し、
その原因を観てゆくことにより、はじめからその原因を解消する説明を
先行してやってゆくことが可能になってくるわけです。
このようにして、現場において
「現に生じる(生じている)問題」を予防してゆくことにより、
現場で実際に生じる問題が減少してゆきます。
予測される誤解や不足に関しては、
事前に「ことばのワクチン」を打っておく
ことによって予防することが有効です。
たとえば、食事の前に手を洗わないという
不足を現しそうな生徒さんがいたならば、
事前に「食事の前には、手を洗ってね」と
言っておくことによって、予防作用が期待できます。
この場合、「ことばのワクチン」は、継続して使用することにより、
蓄積して効果を現してくるという仕組みを理解していることが大切で、
すぐに結果が出なくても、あせらずに、事前に「ことばのワクチン」を
投与することを繰り返し、蓄積により、その効果が現れてくることを期待します。
効果が顕現することを促進するには、
不足が現れた直後のネガティブフィードバック(ネガティブなストローク)、
満足が現れた直後のポジティブフィードバックが有効です。
そして、もしネガティブなストロークに耳を傾けてくれる生徒さんがいれば、
その「耳を傾ける」こと自体は満足を示しているわけですので、
その部分にはポジティブなストロークを打ってゆきます。
例)
「聞きにくいことを聞いてくれて、ありがとう。
○○君のためになると思うことだから言ったんだけど、
なかなか、こういうことって、気持ちが不快になって、聞いてもらえないものだから」
話をF=maに戻すと、日常生活で耳にすることが多い因果は「異時因果」で、
「原因」と「結果」が時間的に離れており、
原因が発生してから、結果が発生するまでにタイムラグがあります。
ところが、F=maの「=」が示す因果は同時因果であり、
Fが変化すれば、その瞬間に、同時に連動してaも変わります。
Fが2倍になれば、その「全く同じ瞬間」にaも2倍に変わっています。
この「同時因果」が、おそらく直観に反するために、
理解のむずかしさを生んでいると思います。
F=maは同時因果、ことばのワクチンは異時因果、
こうして因果関係を理解してゆくことが、
人生をしあわせにしてゆくと思うのです。
ー吉永賢一
----------↑
すごい洞察力と分析力ですね。
「ことばのワクチン」という表現もわかりやすくて気に入りました。
「宇宙の法則」や「引き寄せの法則」などから「原因と結果の法則」を学んできた私としては、とても、素直にこの文章を読むことができましたし、人に伝えていくときに、大いに参考にさせていただこうと思いました。
物理学とちがい、人間関係の原因と結果は、「異時」であるだけに、この結果は、どの原因なのかがますますわかりにくくなっているので、ややっこしいわけです。
でも、こういう考え方で、頭の中で整理されていれば、自分なりに活用方法が見えてきそうですね。