遅れ馳せなごらの新年あけおめ
相変わらず世間は正月だが、今年もなんの代わり映えもしない私の正月
自分の家に元旦朝から居るのは何年ぶりだろう
実家の神社関連の役をしていたから、その前の祭りな関係もあって元旦に家に居るのは六年ぶり。2日は人事異動、寺の年始回りがあるので今年も誰も居ない実家。
さて、昨年より取り掛かっていた作品、年を越してほぼ完成、少し寝かせてもう一回確認し直す。予定日より1分程度、2ページほど少ない
42ページ。最終的には表紙、テキストを含め50ページくらいになるかな。
年と共にだんだん正月がさみしくなるのかな。
昔は親戚一同がやって来て、等と言うが、兄弟、親族の少ない家ではテレビが正月だけ。
雑煮食べるけど豪華なお節料理など結婚するまでなかった。
地元の神社に初詣はした。そんな正月代わり映えしない。家族で旅行もしたことがない。
何もなく年を越して元旦を迎えることが平和で幸せなのだ。
去年は色々有った。
今年な愚痴を書かずにすむ、良い年でありますように。
魚たちはどこへ
予定より進む
ふと、思い出した。
詩に曲を付けるという作業を初めてしたのは小学五年か六年の頃だと思う。
その頃、文通していた人が詩を書いて送って来た。
何を思ったのだろう、その詩をメロディーを着けた。
ピアノも習ったこともない。音楽の知識は教科書と家にギターがあって、当時、明星とか平凡とかに歌本がついていたのをみて独学でギターはいじくっていた。何故か楽譜は読めた。
だから曲を書こうと思ったのだろう。
何故か変拍子で斬新な曲を書いた。今でも覚えている。
が、その後、南沙織の「魚たちはどこへ」と言う曲を聴いたとき、ガーン( ̄▽ ̄;)
出だしの2音が同じて、歌詞が「春」で始めるのだが、その後のメロディーの展開が、、、藁
「魚たちはどこへ」は途中、3拍子が入る。
その時、こうやって歌詞にメロディーが付くんだと、変拍子はこう使うんだと、衝撃だった。
それから、南沙織を始めとし、筒美京平の曲を好きになって徹底して聴いた。
声楽曲を作るとき意識こそしないが私の中に筒美京平の影響があると思う。
私の作曲の原点がそこにある。
もう半世紀が過ぎたのか、南沙織がデビューして。
夜中に思い付くと曲が出来上がるまでやらないとすまない。寝てしまうと忘れてしまいそうだから、五線譜にメロディーを一気に書き上げる。
で、翌日、寝不足で学校に行く。
今もこの性格は変わらないようだ。
結果
先日の結果が判明。
仕事早いね藁
30ページ、6分の作品。
総譜を書くだけなら、時間的労力はページ数に比例する。
作品を考える時間は演奏時間が関係する。が、
頭に浮かんでくるかどうか。
さすがに、一年ぶりの作品、頭が回らなかった。
結果は想像通り。
まあ、これで少しはエンジンがかかりやすくなっただろうか。
先日より、次の作品。
テキストは決まった。既成の作品から。今回は、自身で詩は書かない。4曲の組曲
目標は15分。多分50ページ、2ヶ月を目標に。