魚たちはどこへ
予定より進む
ふと、思い出した。
詩に曲を付けるという作業を初めてしたのは小学五年か六年の頃だと思う。
その頃、文通していた人が詩を書いて送って来た。
何を思ったのだろう、その詩をメロディーを着けた。
ピアノも習ったこともない。音楽の知識は教科書と家にギターがあって、当時、明星とか平凡とかに歌本がついていたのをみて独学でギターはいじくっていた。何故か楽譜は読めた。
だから曲を書こうと思ったのだろう。
何故か変拍子で斬新な曲を書いた。今でも覚えている。
が、その後、南沙織の「魚たちはどこへ」と言う曲を聴いたとき、ガーン( ̄▽ ̄;)
出だしの2音が同じて、歌詞が「春」で始めるのだが、その後のメロディーの展開が、、、藁
「魚たちはどこへ」は途中、3拍子が入る。
その時、こうやって歌詞にメロディーが付くんだと、変拍子はこう使うんだと、衝撃だった。
それから、南沙織を始めとし、筒美京平の曲を好きになって徹底して聴いた。
声楽曲を作るとき意識こそしないが私の中に筒美京平の影響があると思う。
私の作曲の原点がそこにある。
もう半世紀が過ぎたのか、南沙織がデビューして。
夜中に思い付くと曲が出来上がるまでやらないとすまない。寝てしまうと忘れてしまいそうだから、五線譜にメロディーを一気に書き上げる。
で、翌日、寝不足で学校に行く。
今もこの性格は変わらないようだ。
結果
先日の結果が判明。
仕事早いね藁
30ページ、6分の作品。
総譜を書くだけなら、時間的労力はページ数に比例する。
作品を考える時間は演奏時間が関係する。が、
頭に浮かんでくるかどうか。
さすがに、一年ぶりの作品、頭が回らなかった。
結果は想像通り。
まあ、これで少しはエンジンがかかりやすくなっただろうか。
先日より、次の作品。
テキストは決まった。既成の作品から。今回は、自身で詩は書かない。4曲の組曲
目標は15分。多分50ページ、2ヶ月を目標に。
保育士の虐待事件
最近、保育士の園児虐待の事件が多く報道されている。
誠に悲しい事だ。
動機が、ストレスだそうだ。
確かにストレスが多いと思う職場だ。賃金も低いし、労働環境も中々改善されない。
不満を言えば切りが無いのだろうが、其は虐待していいと言う理由にはならない。
多くの保育士さんはそれでもしっかり職をまっとうしている。
じゃ、これからどうすれば言いか?って言っても直ぐに環境や賃金が良くなると言う期待もない。
もうひとつ言えるのは、保育士の現場は女性が殆どの特種な職場だ。
テレビで、てぃ先生とやらが珍しい男の保育士として脚光を浴びているが、彼は特種な例だろう。容姿、キャラがまだ保育士や保護者に受け入れやすい。
以前書いたが一般に
男、特に男らしい容姿、若くない人は保育の現場では殆ど見ない。
女性社会の現場なのだ。それも、保育士と言う資格のみが平等であり、それ以外は職場関係を維持するのに不必要なのだ。
知識として不必要なわけではない、資格の平等感を壊すのだ。
つまり、女性の現場は学歴で地位や立場に上下関係は少ない。
経験とグループ内での力関係。
多分、男性にはわからない職場での関係があるのだろう。
今のような賃金や採用をしている限り、このような虐待はなくならないだろう。
まあ、男性を採用しても学校現場の不祥事は無くならないだろう。
どうしても不適格な人間は紛れ込む。
そういう人を人手不足を理由に排除できない。
資格剥奪ができない。