負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -19ページ目

長調は明るい、短調は暗いというバカができる原因

散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする


某上野の音楽学校のお方が

西洋音楽は7音で日本音楽は5音、よって日本の音楽は西洋音楽に劣る

と、言ったとか、言わなかかったとか。

つまり、鹿鳴館時代の西洋被れ、西洋に追い付け追い越せ。

の時代。

西洋音楽が表現に豊かだと、主観的な感情を盛り込んで音楽教育の場にやってきた。

胃までは、逆に世界で見直されている日本の伝統音楽を劣るとし無視してきた音楽教育の悪しき残像だ。


「音楽の理論」と言う1924年生まれの門馬直美(東大理学部卒)の著書の基礎理論、第2章で調について書かれている。

「調の感じ」という箇所にから一部抜き出すと


ハ長調

単純、素朴、しかも確然とした感じを出す


変ニ長調

魅惑的、進行、長調のなかでもっとも暗く痛々しい


ニ長調

高尚で華美、雄大て宗教的


ヘ長調

平和、単純素朴、牧歌的


などなど、


しゃあ、ハ長調の「チュリップ」

♪咲いた、咲いた、チュリップの花が♫


変ニ長調で歌うと魅惑的で暗いは歌になるのか?

ヘ長調で歌うと牧歌的になるのか?


そんなわけでねーだろ、

変ニ長調のショパン「子犬のワルツ」は深刻なのか?

ヘ長調が牧歌的って言うのは、ホルンが一般的にF管だからアルプスぽい?、田園がヘ長調だからって、名曲によるイメージでしかない。

つまり、印象操作されているだけ。エピソード記憶によるイメージ。人によって違う。

西洋音楽、文化かぶれ、セレブ気取りの思い込みを恥もなく知ったかぶりで、


調の感じを語るアホ。








長調は明るく短調は暗いとはいうアホ

先日、某放送局で清塚信也とやらがまた、


長調は明るく短調は暗い


などと、根拠もない主観で物を言う。


以前、とある番組で長調と短調の旋律の比較として、ハ長調とハ短調の旋律テキスト短音階の上向を弾いてた。

このハ音を同主調とする音階の違いは、ミの音を半音低くミ♭と弾くかの違いだけである。

旋律にミ又はミ♭を含まなければ一部の旋律だけでは長調、短調の違いは解らない。ミが♭かどうかだけが見極める方法でしかない。一般の音楽理論をしらないひとはそんな意識をしている旋律は聞いていない。

藤田ニコルが「解らない」と言うのは凄く当たり前の反応だ。


つまり、長調は明るい、短調は暗いと意味なく植え付けられた人がこう言うことを言う。

戦前の良いとこのお子様が上流気取りでピアスを習ったこと人に教わった人にこういった思い込みの主観で音楽理論を語る人が今だにいる。


で彼が弾いたのは長三和音と強めに弾いて「明るい」といい、短三和音を弱めに弾いて「暗い」と言う、これ印象操作いがいの何でもない。

そもそも、長調の曲であっても転調もあるし、長三和音だけで作られているわけでもなく、短三和音や減三和音、増三和音も使われる、日本音階など三和音もない場合は調性すら不明確になる場合もある。


曲調が明るい、暗いは長調、短調の違いではなく編曲やリズムによって変わる。

ましてや表題や歌詞による印象操作による影響が強い。


そもそも短調が暗い長調が明るいなどと言うのも陰音階、陽音階という中国からの影響もあろう。主観的な楽語である。


また、ドイツ語で長調=Durは「長い」と言う意味があり、短調=mollは「短い」と言う意味を持つ、だから「長調」「短調」と訳されている。

英語のMajor.minorにも同様の位置があるが明るい暗いと意訳してしまうのかもしれない。

つまり、主音から3度上の音、すなわちドからすればミの音を短3度に取るか長調3度に取るかの違いによる音階と言うことであり、明るい音階の調、暗い音階の調と言う意味ではない。

明るい暗いは只の聞く人の主観的感想でしかない。


テレビでさも理論的な分析をしているかのように言うやつがいるが、良く聞けばその人の主観的感想でしかない場合が殆んどだ。


そもそも音楽は歌詞や歌い手、パフォーマンスなど総合的に受け手が感じる主観的な良し悪し、好き嫌いで判断されている。


小説家、逢坂剛氏の言葉である、

哲学する芸術家は大馬鹿者である。


二十歳を祝う日

今年からこう呼ぶ処が多いようだ。

私は当時成人式には出ていない。代が目指して二浪中だった。当時は共通一次と言って5教科7科目、つまり、英数国理2社2

理科と社会を得意とし英語と国語の古典を大の苦手としていた私にとってはそれどころではない。結局、公立はだめで音大なんだから、余り生かせていない。

資格を取る上では、随分楽ではあった。

保育士資格試験には看護や登録販売士や毒物劇物取扱者、危険物取扱者、福祉関係には生物や化学が必要になる。

生物、化学は理系と同じⅡまでやってたし、社会は政治・経済と地理。法律を覚えることは余り苦労ではなかった。


勉強はしておくもんだ、年を取っても意外なところで役立つ。



で、いま昨年作りかけて二度断念した歌曲を作り始めている。古文、漢文がテキストである。

入試であれだけ苦労した古典である。大学院で仏教学を学ぼうなんで良くやったもんだ。興味を持つと自然に出きるようになるもんだ。

不思議だ。


勉強するより興味を持つことが身に付く第一歩


勉強したことは忘れる。興味を持っていることは忘れない。

丸暗記で受かった大学なんぞ学歴ではない。東大出てもバカは馬鹿。


何に興味を持つかだ、受験生、がんばれ!