未完成を仕上げる
感情的だけの主観的な言葉で理論を語っても仕方ない。
西洋音楽のクラシックが高尚だと思い上がった感情に溺れた音楽評論家のごとく音楽を分析したかのように講釈を垂れる輩が嫌いだ。
絶対音楽主義、音楽は音しか現していない。
明るいとか暗いとか寂しいだとかは聞く人のエピソード記憶と思い込みに影響された個人的な感情でしかない。
さて、2回作りかけてあきらめた曲をどうにか終止線を引くまで来た。9分ちょっとの歌曲だ。思ったより1分程短い。まあこんなもんだろう。
10ページ。10日かかった。これも、まあこんなもんだろう。
少し寝かせて、もう一度見直そう。
そもそもテキストを古典文学、いわゆる、漢文、古文交じりのテキスト。
まだ、書き下し文にし、現代かな使いに直し清書する作業がある。
少し気分転換、本でも読もうか?
車の中に時間潰し、暇潰しの為に何冊か本を積んでいたのだが、それを入れ換えよう。
私は、小説、啓発本、経済本は殆んど読まない。
専門である、作曲楽理に関するもの。仏教文化に関するもの。発達、教育に関するもの。
半分趣味な、薬学、福祉に関するもの。
古本屋回るか?