負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -17ページ目

春が来るのか?

些細なことに、一喜一憂する。


昼間外出中に、

母の入っている福祉施設から電話があった。

「そんなこと、本人が決めればいい」


と思う、自分のことは自分で決めてもらいたい。という煩わしさ。


帰りに、Kittyちゃん新幹線を見た。

何かいいもの見た感じ。

しかし、朝から

大谷の昨日のホームランの話題

H3ロケット打ち上げ失敗


現場で一喜一憂するのも楽しいだろうな。


何処か行きたいな。コロナと母親の入退院の繰り返し、コロナ前に妻の実家へ行って以来、もう何年も県外へ出たことが無い。


意図としない引きこもり状態。


何かいいことないかな、と






結果待ち

今年になって三曲。

どれも結果待ち。


これから、一、二曲作るつもりだが、結果待ちの状態では今一つ力が入らない。


先日の作品は以前書いていたものほぼ、焼き直し。アレンジを変えただけだったが、

見直す度、不具合等が見つかり、気に入らないと書き直す。

殆ど原型を無くしてしまった。本来の題名に近くなった。


自己主張が激しい曲。良くも悪くも私らしい曲になった。もう好みだろう。


こんどは、基本的な技術で書く曲。


書いてみるか?



コロナ禍になってまともに新作を発表する機会もなかった。少しずつではあるが気持ちを取り戻せるが。

色々あったからなあ。


追悼 ザ・リリーズの思い出

ザ・リリーズの燕真由美さんが亡くなられて、2週間ちょと、YouTubeを見ていると懐かしい姿から、つい最近の姿まで眼に入ってくる。

いま、見返して見ると2年位まえから少し元気がないのかなと。


何が機になったのだろう、

多分、私の父が闘病のとき、自分を励ます為に聞いていた学生時代の思い出の曲の一つに「好きよキャプテン」とかあって初期のアルバムを聞き直した事にあるのかもしれない。

で、リリーズが復活するというニュースを聞いた。

リリーズのアメブロも初期のからフローしていた気がする。

リリーズ復活の間もない頃、

市川の自衛隊の近くの小さなライブハウスでのコンサートを夜行バスでゼロ泊三日の強行だった。

コンサート後、リリーズのお二人が出口で見送ってくれたのだが、私は帰りの夜行バスの時間もあって急ぎ気味の退出で、何かの拍子で真由美さんがよそ見の間で握手為損なって、奈緒美さんとだけ握手して後にした。

それが今となっては。


ここ数年、私の歌の思い出は何方かの死とともに甦り、寄り添う。

同年代の人の悲報を聞けば尚更。

しかし、真由美さんの生きた証がそこにある。改めて、偲び、ご冥福をお祈りいたします。