負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -15ページ目

弔いの不足

何ヵ月ぶりか?久々にブログを書く。


親の介護、過疎化の実家の仕事。

草刈りもあれば、コロナ禍で途絶えていた、公民館の盆踊り大会の準備、勿論、お盆もあり、何かと行事が多かった時期でもあった。


その合間をみて少しずつではあるが作曲を。

ほぼ半年ぶりか、一曲。


相も変わらす、表題に悩んだ。

コロナ禍の窮屈な生活から制限のない何年ぶりの夏。盆踊りも弔いの一つ。

テレビではワイドショーがコロナを散々煽り、満足な看取りも出来ず葬儀もできず、亡き肉親を見送らなければならなかった人も多かっただろう。

いま、思ってもそこまで死の尊厳をしいたげても自粛する事だったのかと。

そう言う反省はテレビから聞こえて来ない。

散々煽ったマスコミとそれに出たコメンテーター、医療資格もない似非専門家や批判だけの局員。


まさに「弔いの不足」でる。

遺族からすれは、看護や介護も出来ぬまま、看取りも出来ず無言で帰ってきた遺骨すら、ひろえず、葬儀も隠れるようにあげ、親しいかった方々のお見送りすら出来なかった、コロナ禍。


そう言う人々の弔いの不足を補う為になればと表題をつけた。


最高に暑い夏が終わる。



愚痴る

大雨の中、介護の為に実家に帰り、

開口一番、母「施設へ戻りたい」と、


あん、

あれ程、施設は嫌だ、誰にも気兼ねしない自分の家がいい。


と、


だから、町内会の仕事も受けて、公民館の会合にも出るため、この警報下の大雨の中帰っ来た、息子に開口一番言うことか?


その上、通いで風呂に言ってそこで着替え預けてあり、洗濯もしてくれると言うのに、着替えの服が気に入らないとそのまま服を来て帰る。

洗濯代を払っているのに、なんで母親の下着を息子が持って帰って洗わなきゃいけないんだ。


認知症とウツがあるから、強く言うと泣く。

全部、こっちが悪いのか?

老々介護で殺人や心中が起こるのが解る。


そんな簡単なものではない。


老々介護

施設から家に帰りたいというから、

昔の家の土間をバリアフリーのフローリングにし、介護ベット、ポータブルトイレなど準備して、家に帰った途端、こんなはずじゃなかったといわれる。

そりゃ段差や薪で炊く台所、土間では車椅子でしか動けない要介護認定の年寄りが暮らせるわけがない。

その癖、施設にいる時は風呂は人に見られる、テレビも新聞をみるのも気兼ねする。と愚痴る。人付き合いが苦手な人には気苦労が多いだろう。

しかし、家に帰れば、それなりに、訪問介護に頼らざるを得ない。日頃の健康管理は気を遣う。

水分取れ、着替えろ、風呂に入れと訪問介護に頼らなければ、兄弟が少ない上、男ではとどかないことも多い。


いい、オッサンが女性物の服や下着を買わなければならない苦労を理解しないのか、下の世話に気を使う。


認知症に鬱が加わる母親の介護を息子がする難しさ。


親戚でそのケースがあった。

高齢の母を息子がみていた。嫁いだ妹さんが

「今晩は母を預かるから、たまには息抜きをして」

と、翌日、ヘルパーさんが訪ねて来たとき

トイレで倒れているのが見つかった。

少し認知症があった母親には息子が亡くなった事はわからないまま、一年程で亡くなった。


どこかの歌舞伎役者一家の心中?騒ぎがあったばかり。

誰かに相談と言うがそんなに簡単なものではない。