「さぁ踊ろう。さぁ飲もう」と永遠に続くラオスの結婚式。
長いとこだと夜通しで、または2日間3日間やることもあるんだとか。

基本的には自宅で身内や同僚、ご近所さんを招いての開催。
大音量で音楽を流し、司会を雇い、式を盛り上げてもらう。

招かれた人はお祝い入れという箱にご祝儀を入れる。
こちらの公務員の月収が5,6000円なのだから、
10分の1や20分の1は包んで渡している計算に。

花嫁さんはガオポムと呼ばれる髪飾りでおめかしをして、
花婿はペービアンという布を肩からかけて正装する。

先日は同僚の娘さんの結婚式に参加してきました。

知り合いの知り合いぐらいまで呼ぶのが普通なラオスの結婚式は、
知ってる人同士で集まり食べて飲んで踊って、というのが通例みたいです。

結婚式シーズンになると毎週末、平日問わず、
更には結婚式のはしごをすることも。

何故だか司会に日本人が来ているということで紹介され
ランボンというラオス舞踊をセンターで踊れと強要された僕でしたが、
結局花嫁・花婿に会えずじまいの不思議な式典でした。

5uda@Laos-式典会場
式典会場
5uda@Laos-同僚のマダム達
同僚のマダム達
5uda@Laos-花嫁のお母さんに対するお祝いの糸(バーシー)
花嫁のお母さんに対するお祝いの糸(バーシー)
5uda@Laos-人の多さに怯える小鳥を守る親鳥
人の多さに怯える小鳥を守る親鳥
5uda@Laos-ランボン(ラオス舞踊)
ランボン(ラオス舞踊)
5uda@Laos-式典が早く終わらないかなと思ってる子ども達
式典が早く終わらないかなと思ってる子ども達
5uda@Laos-式を盛り上げるおやじ達
式を盛り上げるおやじ達
最近、先輩隊員と一緒に各任地の小学校を対象に
算数の学力を図る統一テストを実施しました。

東南アジア含め、あらゆる国ではカンニングが横行していると聞いてましたが、
実際に目の当たりすると、様々な方法があるんだなとむしろ感心してしまいました。

普段、学校の授業は先生の黒板の板書の写しではじまり、写しで終わります。
だから、すべての授業が国語になってしまうことも。
鐘がなったら子どもたちを教室に入れ、当の教師は入らずおしゃべり。
お菓子を買いに行ったり、子どもたちの板書中はけーたいをいじったり、
挙げ句の果てには優秀な子どもに最初の板書も任せてしまう教員もいると聞きました。

試験当日も、どっかで入手した試験用紙を前もって書き写し子ども達に教えていた教員がいたり、
カンニングをしなさいと堂々と指示する教員、
わかる子はわからない子に教える、これが美しいことだと思う、と教員が言ったと聞いた時は、
これが文化の違いなんだなと感じました。

子どもたちも堂々とみる子、
配布した計算用紙ごと変える子ども、
日本人がまだラオ語がわからないと思って口答で伝え合ったり。

採点して尚驚いたことに、名前ごと丸写ししていた子どももいました。


ただそんな中でも子ども達同士で注意し合ったり、
できなくても自分の力でなんとか頑張ろうと努力していた子ども達もいました。
その背景には、教育とは何かと考え実践している教員の姿がありました。

テストはテストに慣れていない子ども達の意欲を下げてしまいかねないものなのかなぁと思うので、
個人的には好きなものではありませんが、
このテストを通して改めて教師の大切さを感じることができました。

5uda@Laos-テストを受ける子ども①
テストを受ける子ども①
5uda@Laos-テストを受ける子ども②
テストを受ける子ども②
5uda@Laos-激写カンニング
激写カンニング
5uda@Laos-試験を説明する人
試験を説明する人
随分前になりますが、ご近所の小学校対抗でカラオケ大会が行われました。

毎年開催されているようで、開催校も毎年巡回するそうです。

今年はうちの学校で行われ、朝から舞台の準備や音響設備のセッティング、
子どもたちも出演者は衣装も髪型もばっちりでした。

小規模のラオス舞踊にはじまり、
メインの学校対抗の歌唱大会。
凄腕の代表者たちが次々に登壇し、披露。
一際目立つパフォーマンスをした子には、
先生直々におひねりが。

歌と踊りとお金とお酒がラオスの人たちに身近なことが
学校にいてよく感じられた1日でした。

5uda@Laos-準備する園児
準備する園児
5uda@Laos-おめかしした子
おめかしした子
5uda@Laos-ラオス舞踊
ラオス舞踊
5uda@Laos-カラオケ大会
カラオケ大会
5uda@Laos-帰る子どもたち
帰る子どもたち



先日、市内からちょっと離れた湖に行ってきました。

田園風景の広がる道をひたすらに進み、
道行く人とたまに話しながら、
湖でほっこりしてきました。

4月は1年で一番暑いとされる時期です。

湖に面したバンガロー風なちょい高床式レストランは、
東南アジア独特の生暖かい風を遮り、
湖の少しひんやりした自然のエアコンを提供してくれる
最高の空間でした。



5uda@Laos-途中にあったおっきい木
途中にあったおっきい木
5uda@Laos-いい感じの家
いい感じの家
5uda@Laos-湖と水牛
湖と水牛
5uda@Laos-干し草と子ども
-干し草と子ども
5uda@Laos-バンガロー
バンガロー
5uda@Laos-湖
昨日、家の隣りにある学校の子どもたちが
「ອາຈານອະກິຣະ(あきぃらー先生)」と
夕方頃うちに訪ねてきました。

派遣先の学校ではないので顔見知りは少ないですが、
4人のお客様が来られました。

裸足のままうちにきたお客様は1年生の男の子で、
お菓子をあげた途端、
ゴミ袋を床にぽいっと捨てました。

インドでも汽車で乗り合わせたインド人が、
食後丁寧に
「そのゴミを捨ててあげようか?」
と聞いてきたから渡したら、
そのまま窓からゴミを捨てていたのですが、
どこの国でも一緒なのかなーと思いました。

でも、ゴミはゴミ箱へと教えたら
ちゃんと捨ててくれました。

学校でも先生たちがゴミをぽいぽい床に捨てるから、
きっとなんでだろーと思っているんだと思いますが、
ゴミを床に捨てたらだめな相手もいるんだと思ってくれたら幸いです。

ラオスでは床にゴミを捨てることは別に悪いことではありません。
そのあと、学校ではちゃんと掃除の時間があるからです。
その手間を省けばいいのに、と思うのですが
その手間で教師に認められる子どももいるそうです。
掃除ができる子は「いい子」という見方もあるみたいです。

帰る前に一緒に風船をつくって遊びました。
外国人の家に訪れた恥ずかしそうな小さなお客様も、
喜んで帰って行きました。
5uda@Laos-風船と女の子
風船と女の子
5uda@Laos-小さなお客様
小さなお客様
5uda@Laos-家の前
家の前
5uda@Laos-帰り道
帰り道
今日は、お昼ごろから大雨でした。

乾季には珍しいと思っていたら、
中国からぱにゅພະຍຸ(台風)がきました。

腹痛の人のお腹を聴診器で聞いたら
きっとこんな音だろうとゆーような、雷の音が鳴り続け、
常にバケツをひっくり返すぐらいの水量の雨が降り続けます。

普段ならこんな雨最悪なのですが、
子どもたちは大はしゃぎでした。
雷が鳴るたびに笑みをこぼし、
雨が強く打ち付ける度に外へうって走り出します。

誰だかが、
雨が降る日は考える日にしよう
と言っていましたが、
こんなにも清々しい雨の日は久しぶりでした。

雨の新しい楽しみ方を子どもたちが教えてくれた日になりました。
今日はどこに行っても雨の話で持ちきりでした。


真冬の日の北海道では、
その寒さをみんなが共感しているせいか、
どこでもそこでも「今日は寒いね」と声を掛け合い、
なんだか不思議な一体感が生まれます。


今日は雨を通して、ラオスの人と会話ができました。
そしてその雨は、寒い北海道を思い出させてくれました。
新しい家に移ってから2ヶ月。
先日はじめて移り住んでから、どうしても慣れなかった音楽や声がひゅっと消えました。

引越し当初、クパー(お坊さん)が亡くなった儀式のために、
約1ヶ月間、朝から晩まで大音量のマイクからお経や歌、説話が聞こえてました。

ラオスの人にとって、お寺は生活の一部分です。

実際に慕われていたクパーだったみたいなので、日に日にいろんな人がお参りに来てました。


隣国タイから、彼にはお世話になったからときていたジャーナリスト。

いつもは夜9時には寝ると行ってた学生も、
お葬式当日のクパーの火葬に使う薪を8時半まで割っていました。

お母さんにくっついてきたちっちゃな子も、
体の半分はあるだろう斧を器用に使ってました。

みんな自分の時間を使って、亡くなったクパーのご供養のためだと言って黙々と仕事をしてました。
自分の時間を供養に使うということは、いつか自分に還ってくるのだからと言ってました。


お葬式当日は、いつもは居ても50人ぐらいしかいないお寺に2000人以上の人がきました。

亡くなった人を笑って送り出そうという考えから、ラオスではお葬式はお祭りをします。

出店やラオス人が大好きな賭け事、お酒はさすがに飲まないみたいですが、
夕方4時ぐらいから10時までずっとどんちゃん騒ぎをしてました。

最後は火葬のために組まれた台にオイルたっぷりかけて思いっきり燃やします。
その火が消えてなくなるまで、多くの人がその火をみながら何かを考えているようでした。

ラオスには生まれる前は?という問いに対して
ຂ້ອຍຍັງເປັນລົນເປັນແລ້ງ
(私は風だった)
という言葉があります。

もしかしたらラオスの人は亡くなった後、
風になってまた生まれ変わると考えているのかと思うと、
つよくてきれいな考えの国なんだなと思いました。

死ですら笑いで迎えられるこの国に、
生の強さを感じた日でもありました。
5uda@Laos-薪を割る子どもたち
薪を割る子どもたち
5uda@Laos-賭け事をする子ども
賭け事をする子ども
5uda@Laos-賭け事をする大人
賭け事をする大人
5uda@Laos-ジュワ(小坊さん)
ジュワ(小坊さん)
5uda@Laos-祈る人たち
祈る人
5uda@Laos-祈る人
祈る人
5uda@Laos-火葬
火葬
5uda@Laos-火をみる人たち
火をみる人たち
5uda@Laos-クパー
クパー
翌檜(あすなろ)という木。
檜に似て上質の木だけれども、
檜には決してなれない哀れな木とも言われる木。

だけど、こんな風にも言われています。


『アスナロ』 大竹晃子

 あすは檜(ヒノキ)になろう
 あすは檜(ヒノキ)になろう
 そう願っていたから
 アスナロという名が
 ついたのだという

 けれど
 アスナロは
 檜(ヒノキ)にはならなかった

 きっと
 自分は自分のままで
 いいのだと
 気づいたのだろう


なんだかラオスの人たちはアスナロかもしれない。
人は人。自分は自分。
欲がないかと言えば嘘になるけど、
今の自分に無理してまでやっぱり檜にはならないと思う。
きっと無理する道は行き止まりだということを知っているのかもしれない。
檜になったって今と同じことだと思っているかもしれない。
それでも本音では少し檜になりたいと思っているあすなろな自分にとっては、
アスナロの生活はアスナロに変わる2年間になるんだろうか。

ラオスにきてそろそろ2ヶ月。
生まれ故郷・北海道旭川の有名な作家、井上靖さんは
『あすなろ物語』の中で使う《あすなろ》という言葉を、
自分を向上させて、より立派な人間になるように努力するという意味でよく使われるそーで。

つまるところ、
昨日の自分より今日の自分。
今日の自分より明日の自分。
あすはもっといい自分になろ
と。

当分はラオス語が日々の課題になるんだとしても、

抽象的なことだと毎日ふんばることは結構大変なことだからまずは、
あすはいい日にるだ
とだけ思うようにしようかと。

そうしたらいつもよりは、
少しはいい日になるんだろうと思います。
この40年間の間に今のラオス人民民主共和国の元ができたり、
ベトナム戦争があったり、革命があったり、憲法ができたりで
大きな変化だらけのラオスを主に1人の女性の人生を通して書かれた本。

青年海外協力隊員、日本語教師、NGO団体、シニア協力隊の4度の経験があり、
調査、取材を合わせるとを通算30年以上、今だと40年以上ラオスに関わりをもつ
前田初江さんという方が書かれた
『ラオス いとしい国-私が出会った女性たち-』。

なんでラオス人が家や車を無くしてまで賭け事が好きなのか。
歌ったり踊ったりが好きなのか。
誰でもどこでも下ネタを言って笑ってるのか。
お店に買い物に行っただけでご飯を一緒に食べようと
おせっかいな人がこう多いのだろうか。
見栄っ張りなのか、主張が強いんだろうか。
外国人にも気さくで優しいのだろうか。

という生活の疑問が読んでから少し解決したように思います。


前田さんにとっては協力隊という最初の点が
後に日本語教師、NGO団体、シニア協力隊と線としてつながり、
出版、本という面として形になりました。


自分にとってのこの点は後の点とどう繋がっていくのか。

と考えたっていずれどっかと繋がっていくんだと思うので、
まずは今日久々にひいた風邪をはやくなおして
もっとラオス人との時間をたっぷり過ごしていきたいと思います。
誰が言ったのか忘れましたが
勉強する理由をみかん箱に例えている人がいました。

――何故勉強するのか。
  それはみかん箱のようなものだと思う。
  人ごみの多い中で、
  自分がどこにいてどこに向かっているか分からなくなるとき
  みかん箱を踏み台にして
  人よりも頭一つ上に出したらまわりがみえるようになるだろう。
  勉強とはそんなもので
  自分が今どこにいるのかわからなくなったとき、
  自分がこれからどこに向かっていけばいいか迷ったとき、悩んだとき、
  それを教えてくれるのが勉強だと思う。

みたいなことを彼は言ってました。

何故みかん箱なのかは知りませんが、
確かにみかん箱という土台は大事なのかなと思いました。

よく土台以上の建物は建てられない、という話から
人も土台が大事だという話を聞きますが、
土台がしっかりしているかで何を吸収できるかどうかも変わってくるのかと。
みかん箱からみえる景色も高さも変わっちゃうんだと。
土台を言い換えるなら、日頃の姿勢なんだと思いました。

学ぶときの姿勢、人との接し方・言葉遣い、異文化との付き合い方等の姿勢を
きちんとしていこうとしてるかどうか、がやっぱり大事なのかな、と
考えるきっかけをくれたのは同僚のカニャさんでした。

彼は歳が8歳も下の自分に対して
「算数をもっと上手に教えられる教授法を教えて欲しい」
と言ってきました。
こんなに熱心な先生がいることはラオスでは珍しいことみたいですが、
何よりその謙虚な姿勢に驚き、また身が引き締まる思いがしました。

土台を広げ続ける人はきっと学び続けられる人なんだなぁと
学び続けられる人は自分で自己解決しないで相談できる人なのかなぁと
そしてまた
相談できる人が相談される人になるのかなとも思いました。

自分も今までの土台がぐにゃぐにゃになるまで動いてみてから
いろんな人に相談していけたらなと思います。