日付:2024/8/11
時刻:am4:30
曲目:into the light 3 光の街
目的:お盆なのであの世系

ナレーションに従って、”愛のこもった暗い世界”というところへ行く。

 

イメージしたところは毎度同じなんだが

夜の荒野の標高の高いところでアリゾナ風

(アリゾナは唯一私が行ったことのある外国であるので)

星空が綺麗に輝くところで、高原には沼地があって

泥が沸騰しているかのようにうごめいている。

 

ナレーションがここは神の子宮ですとか言う。

形になる前の自分がいるそうだ。

少しフリーフロー的になるので、想像する。

 

泥ばたけの中から見るように、自分の視点を映す。

形になる前の自分になったように。

仙人のような人がやってきて、

桶で私をすくってその辺に置いておく。

というか、次のナレーションが入るので妄想はそこまで。

 

暗闇から神聖な存在が出現。

なんやかんや言ってて(?)

自分に愛と受容を与えましょうということになる。

我が子を産んだ直後の病院生活を思い出す。

赤ちゃんを抱いている気持ち。

 

泥の中の自分が、大人の自分と同じ大きさにもくもく伸びるような気もした。

 

ナレーションは、光の街へ行ってこいと言う。

光の街はクリスタルでできているそう。

学びと癒やしの場所だとか。

好きな建物へ行けと放逐される。

 

クリスタルっつーか

石畳の古い時代のヨーロッパの街を感じた。

どうすんだこれ、と思いつつ。

噴水広場にやってきて、マンホールを発見。

開けて中へ降りていく。

 

綺麗な地下水の坑道。迷路のように広そうだと思う。

横穴の坑道を歩いていくと扉がある。

入ると資料館やら研究所やら、そんな雰囲気のところへ出くわす。

 

小平市に、下水道博物館というところがあって、

それを想起した。

 

 

もしくはバイオハザード2。

(ホラーにならないように、小平小平、とイメージを持っていく)

 

研究室のようなところで

ハゲの博士(いかにも)がおり

試験管で何かをしていたり

モニタリングの窓で水の坑道を見ていたりしている。

 

イメージが展開しにくいので、尋ねてみたりする。

なにやってんの、ここはなんなの、みたいな。

 

先ほどの”暗い世界”にあった泥達に水を混ぜて培養している。

ひとつひとつ違ったように反応するので

個性を分布にしていたりする。

同じ反応はひとつもないが、培養するにはある程度一つの方向性がある

それがきれいな地下水である。

 

汚い水ではどうなるか?

 

生命の泥が死にそうだろう。ところが、それが悪くない。

一時的には暴れ苦しむような反応をみるが

水が浄化されたのちにより大きくなる

細胞がそれを「のりこえた」ということになる。

”悪い水”は注意が必要で

わざわざ与えることはない。自然な環境なら自然に入り込む。

このおじさんは街の水質を管理して守っている。

地下水路マップをみせられたりしたけど

広すぎて興味が湧かない。

 

研究所からEVを使って地上に戻る。

時間はまだあまっていて、別の場所に行けるよとナレーションがいうのだが

何も思い浮かばない。

だが父の家に、死ぬ間際に滞在した時のことを思い出していた。

 

時間が余るが、なにもイメージしたい気持ちがない。

 

ナレーションが入って

この街のはしっこに、小川があるよという場面を見せられる。

向こうの街にあなたは惹かれると言われる。

(惹かれないがな?)

 

小川を渡ることはできないよ。

物質世界にいる時間は短いのだから、

意味を考えろ、戻ってやるべきことをやれ

と言われる。

 

で、光の存在と一つになって(さらっと流されてイメージもへったくれもない)

肉体へ戻る

-----------------

 

父の臨終の想起、からの連想。

 

当時3歳の息子といつも二人、ときどき姉と、夫がくる。

いつものように日中の面会を終えてみんなで帰ると

その日の夕方にすぐに病院に呼び出されて

戻った時には心肺停止だったが

タイミングは父の意図するものかも知れない。

2日前くらいに、姉がいない夜間私が一人で父に付き添っていた時に、死にそうなことがあった。

姉がいない時に死にたいのかもしれないと実は思った。

姉と父はとても仲がいい。父の気持ちは知らんけど、父なりの配慮かなとも思う。戸籍の手続きをしたのも死亡届も私になっているのは、心理的隔たりがあってある程度淡々とできる立場だったからかもしれない。

 

 

 

日付:2024/8/10
時刻:am5:00
曲目:into the light 2 人生の回顧
目的:お盆なのであの世系

 

初っ端の「光の存在」は、南米の山の上に聳えるキリスト像の実写版みたいなかんじ?

幾何学模様からのトンネルを進む。

水晶があるよと言うナレーションを聞くと、壁が水晶のクラスターだらけで紫だの青だの光って綺麗な気がしてくる。

この辺の流れてくる音はここちよい。

光に飛び込むと、また別の光の存在がいると言う。

なぜか今回はまたキリスト風の外人のおじさんだな。

 

光と同化したのちに庭園、というところへ来る。

金色の本がある。

自分的には森の中のログハウスづくりのカフェの

オープンテラスみたいなところで

立位で使える高さの銅のサイドテーブルみたいなやつに

その辞書みたいな本が乗っていると思った。

 

覚悟(自分の人生を振り返る)はいいか、みたいなことを聞かれる。

そこに手を置くと、周囲にはボールがあるんだとナレーションが言っている。

直径30cm台のシャボン玉のようなものがたくさん浮かんでいるんじゃないかと思う。

 

困っている人を助けた時を思い出してくださいと言われる。

あ、しまった。事前に思い出しておくんだった。

人生の中で人を助けたことなんて、ほじくり返してもなかなか出て来ず

いつも同じことになってしまう。

まあ一度目は練習なんだが。全3回、ボールから記憶をみて、それを俯瞰する。

そこから何を学んだか気づきを得よということ。

 

助けたこと、というのはN村さんというおばあちゃんを

車であちこち送ってあげたということだなあ。

これは父が亡くなる時に、一ヶ月くらい仕事休んで父の家に泊まり込んでいて

父は、10歳くらい上の近所のおばあちゃんと親しくしており

病院やら買い物やら車で移動してあげていた。

おばあちゃんは当時85歳だというのに足腰も頭も健康ではあるものの

車の運転をしない人で

このとき体調をくずされており

田舎なのでバスが日に数本で難儀しておられた。

普段は車で父がいつも行動を共にしていたのだが

この時もう父は寝たきり確定、一ヶ月持たないと言われていた頃。

私の姉も来ていたけど、姉はちょくちょく自宅へ戻っていた。

私はこの時3歳児を同伴しており、自宅と行ったり来たりするわけにもいかないので

父の家に二人暮らしのようなことをしていた。

その時に私はおばあちゃんのために通院の送迎や薬を受け取りに行ったりしていた。

 

で、それを再体験せよと。

一度に三つの場所にいられることを知れとナレーションが入る。

自分、他者、全体(俯瞰)の三つ。

「何を学びましたか?」と問われる。評価はなく、自分が考えるだけ。

 

何で私はそうしていたかというと

ご本人の要請もあったのだけど、車は父のものだし、父のご友人なら父は当然そうするのだろうと思ってたから父の代わりをしたまでである。

それに父のことを最終的に悪くなる寸前まで看病してくれていたようだった。

おばあちゃん目線では、「ちょうどよかった」くらいのものだろう笑

これを俯瞰してみると

と言われてもよくわからんけど

父の死去後二週間で、一見元気にみえたおばあちゃんは病態が急変してなくなってしまったので

ここに結論をだすことはできないが

うちの息子をとても可愛がってくれたし

やるべきことをやれたな、役目を果たせたなと思った。

姉は常時滞在していなかったので、少し悔いていたみたいだった。

仲良くしていたのは姉の方だったが、私に役が回ってきたのだった。

 

この後2回自由に思い出して回顧するが、それも先に決めておけばよかった。

ボールのところに戻って、一つ思い出すというのをやる。

何も浮かばないが、中学の部活の記憶がチラついたのでそれにする。

 

一学年上の先輩に無視、省りをされるといういじめがあったもので

自分の記憶は振り返るまでもない。

相手の記憶としては

私というコミュ障の扱いに困ってしまった、彼女らとしても未熟ながらの

最良の選択のつもりだった、悪意はなかったみたいな感じ?

これを俯瞰してみると

まあ私は人の感情というのが後々までわからなかったもので

普通に会話をするとか人間関係を構築するということが本当に年相応に身についていなかったもので

内省するきっかけになったような気はする。

かと言っては卑怯だと思うけれど。

何を学んだか。

無視って本当に卑怯で、何が悪かったか一切説明がないので話し合いのしようがない。

お灸を据えたいならば先にそう宣言し、期限付きにするといい。

少なくとも私は集団で団結して一人を無視するみたいなことはしない。

まあ閉鎖的な学校特有の現象だろうが。

 

というか、やる前に何について回想するか決めておかないと効率が悪いかも知れない。

 

日付:2024/8/9
時刻:am3:33
曲目:イントゥ・ザ・ライト1再会
目的:お盆近くだから

 

というか中途覚醒以降、眠れなかったからですな。

息子の寝小便の片付けやって体が覚醒してしまったのもあるし、カフェインに弱いのに緑茶を夜飲んだからかもしれない。

 

導入部分の、非物質の体を左右に揺らすところで

なんとなく体でないものを揺らすことができた気がする?

 

最初に来る「誰か」はシルクハットの片眼鏡のおじさんではないかと。

八十日間世界一周(ジュール・ヴェルヌ)のフィリアス・フォッグ氏。

 

話は逸れるけれど

ストーリーとしてヴェルヌの作品は大好きなのだが

どうも「欧州白人男性の思い上がり上から目線」を文の端々に感じるんだよな、ヴェルヌは。話としては好きなのに、ヴィクトール・ユゴー先生やチャールズ・ディケンズを超えない(私の中の好き度)のはそういうところだ。

 

話をもどして。

光の一点が大きくなってトンネルになるよという誘導があり。

星空が綺麗だなあと思うような光景を思っていた。

トンネルの先だったか、どこだったか

強い光がまたあって

私はホタテを思い浮かべた。(ホタテか??)

ボッティチェルリのヴィーナスみたいな感じで

ホタテから光が出ており、ヴィーナスみたいな人がいる。

 

引用元

 

 

うん、ホタテだろうな。

 

ナレーションは光が消えて花の草原へ誘導。

 

マリーゴールドとガーベラかな。

 

林があるって言うんで

林を思い浮かべる。

どんな林か。

木道があって、漫画みたいに木が規則正しく等間隔に並んでいる林。

 

複数の人がいるんだと言うナレーションで

母と母方の祖母がまず思い浮かんだ。

生前右半身麻痺であった母は、健康体のイメージ。

 

歓迎のピクニック。

(いつもこの言葉が引っかかる。ピクニックってことば、日常で使うか?

改めて考えると、「ピクニック」がなんなのか今ひとつぼんやりしてわからない。野原で弁当食えばいいの?)

 

ナレーションに互いに話しろやって言われ放置プレイ(フリーフロー)になる。

 

言葉に置き換えることがそもそも私の引っかかるポイントになるので

あんまり言葉にしない。

 

母は、大人になった私と対等に話したかったんじゃないかと思う。

とにかく悔いといえば

もう少しマッサージと耳掃除をしてあげたらよかったなと思っていた。

今ならスマホと繋ぐカメラがあるしミミセラ(耳垢をやわらかくする液体)とか使えばもっとうまくできたな。

母の耳きったなかったんだよな。

アメ耳なのに、カッチカチに固まってしまって。

マッサージはすると喜ばれたが。

そこまで母に構ってばかりいられないというのもあって

葛藤があった。

 

もっとしてあげたらよかったと思うことが、母にはたくさんあった。

父にはないが。

父にはただ感謝をするべきだったと。何かをされて喜ぶ人ではなかったから。

 

どうも母に人生を壊されたように思っていたが

しかし

だれも私の犠牲なんて望んでなかった。

私が自分で「自分のことを優先してはいけない」のようなことを思ってただけだ。

 

ダンス仲間に再会したいなと思ってきた。

母が死んだ後にダンスをやる気がなくなってしまったのだ。

こんなことして何になるとしか思えなくて。

いまや家庭持ちで、あんなふうにはできないが。

仲間と意図的に連絡をたったのは

結局自分を哀れむ被害者意識みたいなものが

人と対等に接することができない壁みたいなものをつくったような

ということを思い出しており

 

ナレーションがまたやってきて

このなかから教師がやってきて戻る時間ですと言うって言う。

教師っていわれてもな。

冒頭のシルクハットの人か、3部のジョナサン・ジョースターかなとおもった。

3部のジョナサンはショーン・コネリーに似ている。

 

 

日付:2024/8/1
時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ 一ヶ月のパターン化
目的:毎月恒例

更新頻度がアレになってきたが・・・

聞いてはいるんですがね。

メタミュージックで3-5-8呼吸だけとか

雑念流すだけとか

チャクラ瞑想の20分版とか。

 

ヘミシンクのこつはイメージすることって言うけども

おいらはどうも思考とイメージの区別がアヤシイので

イメージから思考、雑念と行ってしまうので

あえてイメージはOFFにして体感を優先することもある。

今回は体感優先した。

 

 

<肉体のパターン>

尾骶骨がときどき痛いので、痛くなくなる。

なんともない軽やかな体。

それと腹八分目にする。

お腹いっぱいになると気持ち悪くなるから

腹八分目でお腹と対話する。

もう十分で満たされていることを体に感じることにする。

 

 

<精神のパターン>

いつも冷静。感情を外から見る。今何を感じているのか観察する。

マイナスの感情も慌てないこと。それも利があるのだから。

 

 

<感情のパターン>

たのしい、もっとやりたいと言う感じ。

信頼関係のある仲間がいて安心。

だれか、なにかの役に立てて嬉しい感じ。

 

 

<より大きな自我のパターン>

(毎度毎度・・・自我ってなんだろうか。表層意識?で、精神と何が違うの?)

これが自分であると言う全方位一致。

心、ことば、行動の一致。

 

 

<存在したい場所のパターン>

上下関係のないチーム。横のつながり。コミュニティのようなところ。

 

 

<行いたいことのパターン>

情報の伝達、調べる、知らせる

 

 

<達成したいことのパターン>

地方移住、キャンピングカーで各地を回る(今月は無理だって)

 

(いやべつに無理でも良いんだ。

良いとか悪いとかやってると何も浮かばなくなってしまう。)

 

 

------------------

息子とコンビニに入ったらさ

おねだりでうるさいんですよ。

 

息子「ねえ、洗剤買って!これ絶対いいから!」

私 「いや家にいっぱあるから今日は買わなくて良いよ」

息子「液体洗剤を超える洗浄パワーがすごいから絶対買って!」

私 「どこの回しものか」

 

住んでる賃貸は古めなので、キッチンの配置が壁向きなので

配置の都合上私はTVを見ることはほとんどない。

私は見ないが子供はTVばかり見ている。

最初はTVのない育児を目指していたが。

というか、子供番組を見る分にはまだ良いんだよ。

まじで民放見て欲しくないのだが、民放も結構見てるのだろうな。

夫が見るから見てる。

私が断片的に見た限りでは

番組=広告で内容が薄っぺらい。

あとワイプっていうの、なんか現場にいないのに誰かスタジオの芸能人の顔だけ切り取りでうつすやつ。あれがうざすぎる。

あんなの誰が見たいの?

あと音がうるさいと感じる。

「外国人(日本語が母国語でない人)は虫の音が雑音に聞こえる」のと同じなのか、

私はTVの音が嫌いでうるさくて聞いていられない。

(虫の音の良さがわかる外国人もたくさんいるから買い被り過ぎと言う話もある。)

 

うちのTVは16インチで私が一人暮らしの時に買ったものを今でも使っている。

信じられないだろ。今時16インチ。10年以上前、デジタルTVが出始めの頃に今は無きさくらやで買ったんだ。

だが、私は「壊れたらTVはもう買わない」という謀略を企てている。

あんなもの壊れればいいさ。

 

日付:2024/7/9
時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ リリース・リチャージ
目的:おまかせ

 

準備のプロセスの変換ボックスは洞窟の中の泉。

山盛りの段々の岩から水が湧き出てくる感じ。

 

各3回で使う変換ボックスは

その洞窟の中にある宝箱。

 

宝箱仕様

外寸 W1000*D600*H1000 (単位mm)

色  よくある赤茶色

 

⚪︎1回目

<恐怖>

開けると、痩せこけた女性のようなものが入ってて怖い!!

貞子みたいに顔を伏せている。

冷静に話しかけて「あのー出てきてくれます?」と。

生きてそうなんで。

「ここにいられても困るんで。浄化されてくださいね。泡、あるんで」

そのボックスの中に入ってた貞子さんは

素直に無言で従ってくれ

私の作った泡に乗って

洞窟の上部の空洞に向かって飛んでいく。

 

<感情>

恐怖がなくなるとどんな感情か。

アヒルの水に浮かぶおもちゃ。数匹。水槽に浮かぶ。

遊び心?子供心?

水槽ごと泡に乗せて、上空に飛ばす。

 

<記憶>

恐怖と感情がなくなったら。

芝生。初代の実家の庭。

父の人生は全て母のためにあげてしまったのだな。

二代目の実家は区画整理のタイミングで立て直したのだが

右半身が麻痺した母が暮らしやすい設計になっており

庭がなかった。

当時の車もハイブリッド車で父の好みではなかった。

母の死後に、父が自分のために建てた移住先の一人用の家は

庭がとても広い。

だから二代目の実家が全て母のためだったのだとわかる。

自分に戻す。

 

⚪︎2回目

<恐怖>

黒い砂に、人骨が!!こええよーーーゲッソリ

「ガイコツさん、出てきてください」

と話しかけると、ガイコツさんは自分で箱から出てきてくれる。

泡の乗り物を作っておいて、乗ってくれと促す。

上空にとんでいく。

 

<感情>

みかんがたくさん。おいらみかん好きじゃないんだが。

嫌いではない、あれば食べるが。

わざわざ食べなくてもいい。

皮剥くのめんどいし(白い筋は全部ツルツルになるまで取る)。

その箱のみかんを上空にぶん投げる。

好きでも嫌いでもないものか。

たくさんあって大変!

 

<記憶>

絵に描いたような宝石。

ゲームのような物語のような

ワクワクするもの。

子ども心

 

自分に戻す。

 

⚪︎3回目

<恐怖>

またなんか、ブヨブヨの女の妖怪みたいなグロいやつが。

誘導して泡マシンにのってもらい、上空へ行ってもらう。

 

<感情>

フリーズドライのいちごが砂糖の中にある感じ。

うまそうだが。

解き放つ。

一時凌ぎのもの。甘い誘惑。体に悪い。

 

<記憶>

バナナか?黄色が敷き詰まっている。

(意味不明だが分析してはいけないというので放置)

 

F10でリラックス。

 

----------------

2、3年前の自分と比較すると

キレる

のが少なくなったかなあ。

こどもが大きくなってくれたのもあると思うけど

夫がお金を入れてくれるようになったものもあるけど

(↑自営業に失敗して生活費をくれなかった時期が)

キレたら終わり、話し合いは成立しない。

というあたりまえのことに気づいてきた。

キレる前に冷静になる。キレても解決しない。

 

自分がイライラするのは全部夫と子供のせい

というのがなくなってきた。

イライラしている自分がいる

という客観視点が出てきたな。

誰のせいかはともかく、自分は苛立っている。

ということに気づく瞬間もあるのでそういうのがいいのだろうな。

都知事選の話。

 

自分は政党助成金をもらってない政党が一番だと思ってたんだが

今回担ぎあげていた候補者が気に入らないので

一気に信用度が下がった。

あの新聞やめたくらい気に入らない。

 

泡沫の奴らのお遊びの場になっているので

ふざけないでもらいたい。

 

入れる相手がいない、と思っていたら

このへんの本をちょうどいくつか読んでいて、

まともな候補者がいるではないかと

とりあえず安心したが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職場とかで交わされる漏れ聞こえる会話を聞くと

なんでテレビしか見ないんだろうか

思いっきり広告の塊なのに

ニュースはYahooニュースを「ニュース」だと思っていたり

あほばっかり。

本も読まないし、疑いを持ったりしないのな

なんでだろうって思わんのだろうか

 

どうみても内海さとるさん一択

 

私も医療を信じていない。

去年の話

夫が脳梗塞で救急で日曜の夜に病院に行ったのに

家で寝てろって返されて

翌々日に町の耳鼻科クリニック行って紹介状わざわざもらって

その救急に行った病院の耳鼻科に昼間行って

この症状は耳鼻科じゃねえ!なんてこった!っていわれて

その病院の中で救急に再度回されて

やっと入院させてもらったという

恐ろしい体験をした。

 

しかも間違いをみとめない、クレーム窓口に言ったがその人も最後は病院側の方を持ち謝罪とかもない。

全部悪とは言わないけど

現に町の耳鼻科クリニックの先生も

大病院の耳鼻科の先生も超良い人で

問診から見抜くすごい人だったなと思うし

従兄弟も医者だし悪く言いたくはないが

 

日曜の夜中に病院行っちゃいけないんだ

 

内情をはっきり言ってくれる内海さんの本を読んで納得したところがある。

 

 

私はテレビみないのだが

まあ家にテレビあるのできこえてくるが

投票日前に具体的に特定の誰かの名前を出して

〇〇が優勢

っていうだけでもズルいでしょ。

 

いかにヤバイものに取り囲まれているか

 

あんまりこんな話題言ってもつまらんけど

なんでこんなこ話題かというと

時期だから旬な話題を書いてみた

 

期日前の会場がみんな遠くなってしまったので

息子の小学校まで当日いくことにしよう

 

日付:2024/7/1
時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ 1ヶ月のパターン化
目的:毎月恒例

 

 

最近変換ボックスは洞窟の中の泉がしっくりくる。

もはや”ボックス”ではないが。

 

<肉体のパターン>
巻肩治す。立ち姿がいいかんじになりたい。ストレッチを継続。

<精神のパターン>
落ち着き。

いつも明るい方を見て希望を持つ。
 
<感情のパターン>
嬉しい、達成感、楽しさ

<より大きな自我のパターン>
自分の人生で大事なこと、軸を

他人の目より優先させる

<存在したい場所のパターン>
良好な人間関係

適切な距離・マナーがあり

互いを尊重し、互いに自由で、フェアで対等な人間関係

<行いたいことのパターン>
外を出歩き情報収集をしまとめる

<達成したいこと>

ライフワークに出会う

一発でじゃなくていい、そこへ向かう一歩を踏み出す。

 

-------

あたまのなかでリピが止まない曲ってのは

それがメッセージなんだって

まるのひさんが言ってたぞ

 

 

 

 

日付:2024/6/28(金)
時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ F12フリーフロー
目的:思ってることがあるのでヘミ音を聞きながら表出したい

 

ちょうどこの時、応募してみたい求人をひさびさに見つけて

どう考えても収入が不安だが

飛び込んでみたい。心配する前に落ちるかもだが。

というタイミングだった。

 

先にオチを言うとその求人掲載はすぐに締め切られてしまい

応募することもできなかったのだけど

「収入を一旦度外視してみる」ということについての

考えを巡らせてみたかった。

 

 

変換ボックスは

グランドキャニオンのようなイグアスの滝のような

広大なところへ恐れを解き放つ。

 

 

F10タイム

 

方向が違うなら

その電車を降りなきゃならない。

現状は、車内販売のある湘南新宿ラインのグリーン車にでも乗っているかのようだ。安定の路線。

しかしこの路線のまま乗っていても行きたいところへは辿りつかない気がするから

時々サイレンが鳴る。

しかし「各駅に乗り換えるのか」

と思うと気が乗らないことも。

 

F12タイム

 

一応ガイドさんっぽい人に

いなくてもいいからそれっぽい人に応答を返してもらうフリでいこう。

 

小屋の中のテーブルで、そこに来てくれるのだと思ってみる。

おっさんがいる。

裸足で毛皮でヒゲで、恰幅のいいかんじ。

国立科学博物館にいた原人の人形。

(べつに見えた、とかではなく妄想を当てはめるならばそんな人)

 

おっさん:

その時惹かれた広告が

嘘であれ虚構であれ

おまえさんは惹かれてしまう。

やってみるか、みないか?

現場打破のためにやってみるしかなかったのだ。

 

それが「嘘・おおげさ・まぎらわしい」

求人広告だったとしても、吸い寄せられてしまう。

おまえさんの中の何かが反応しているから

 

自分:

しかし過去に選び間違えたよ

その再来がこわい

 

おっさん:

自分で考えたことは、大したことではない。

動いてみれば見えてくるものがある。

怖ければタイミングを見てもいいが

迷い過ぎじゃ。

もうこのまま行っても何もないのがわかるじゃろ。

この路線の行き着く先には

おまえさんの求めるものがないことが

わしがいくらここで何を言ってもじゃ

お前さんの不安をぬぐってやることはできん

 

 

※(今追記していること)-----

これは、過去の転職の失敗を言っているのだと思う。

私は過去に

企業の体を成していない会社に、二か所も在籍してしまった。

失敗ではある。この体験でつめたスキルは一つもなく

ただ人間と社会への不信を募らせ、働いても働いても生活費が足りないという数年を過ごした。

しかし今となってみると

その当時の自分自身の考え方がおかしかった。

相手に全てを委ね、主権を譲り渡す精神。

どこまでも全て自分が悪いと思う奴隷根性。

ひたすら我慢して嵐が過ぎてはくれないかと考える他力本願。

だからこそ、当時はその会社に惹かれて応募したのだった。

入社前の会話でおかしな片鱗を見ても気がつかないフリをしていたし。

確認を怠ったのは自分だ。

そういうものが全部は外れて今の安定を手に入れた。

あの状態にまた戻るのではないかというのが怖い。

しかし、自分の変なところに気付けたのは事実で

当時の自分はどうあっても、あの経験をするべくしてしたのだろう。

だから、応募しようと思ったのなら、自分の中にその対になるものがあるのだろうな。

-----

 

日付:2024/6/25

時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ F15フリーフロー
目的:ハイヤーセルフ的なとこに繋がりたい、メッセージくれ

 

例の如く私はヘミシンク中に何か体験するということはないんだけど、今日開いた本の中にある文言が気になったので、それがメッセージじゃねえの、と思ってみる。

 

F15の中で聖杯を探しに行ったわけじゃないだが(そんなイメージできたら面白いと思うけどね)

 

私の大好きなアーサー王を、再読していたところだったんだよ。以下に引用する。

 

アーサー王と聖杯の物語(普及版)

ローズマリー・サトクリフ著

山本史郎訳

 

p33引用

聖杯の奇跡を求める者は、運命に身を委ねなければならない。運命によってどこに導かれようと、喜んでそれを迎え入れなければならない。そうすれば、時がいたり、正しい振る舞いを心がけているなら、どんな冒険、どんな旅に出ていようとも、最後には心から望む場所に導かれ、魂が希求するものを手に入れることができるはずであった。

 

アーサー王をご存じない方。

ファイナルファンタジーというゲームはおやりになったことがありますかな。

エクスカリバーという剣があるでしょう。

あれはブリテンの英雄アーサー王のものですよ。

 

スピリチュアルな方はサアラさんをご存知ですかね、彼女はなんとマーリンに占星術の指導を受けたそうな。そのマーリンというのは、アーサー王の父を導いてアーサー王の誕生に関わったわけであります。そして王の若き日には参謀を務めたのですよ。

 

普通に魔法が出てくるのが面白いよなあ。

あとみんな女性に親切で騎士道っていいねみたいに思う。

ティンタジェル城に行ってみたいね。

 

ちなみ三部作で

円卓の騎士、聖杯の物語、最後の戦い

とあって、何名か作家さんがいるがサトクリフさんが読みやすいと評判がよいのです。

 

 

私にとって「読書」とはこういうものを指すんだなあ。

読書というのは、おやつとかぬいぐるみとおんなじ。

愛でてこそ読書。

愛おしさですな。

ノンフィクションも好きなやついっぱいあるけども。

物語というのはまた格別ですな。

 

ヘミシンク的なところとしては

最近変換ボックスのところばボックスというより泉。そこに流しちゃう感じにしている。

ファイナルファンタジーシリーズでセーブポイントがありそうな、全回復しそうな、あんな雰囲気。

 

結局ハイヤーセルフ的なのがなんだかわかってないのだが。モーエンさんのみたような、紐を辿っていった先にいた存在みたいなのを見たいと期待してしまうんだけど。そういう他人の経験と同じものを期待しちゃいかんのだよね。わかっちゃいるけど。

まあ知識だけは持ったには持ったのだけど、一向に体験がないねえ。

 

というか、運命に身を委ねるつもりで、C1を生きないといけないんではないか。収入下がってもいいから充実した時間を過ごせることを主眼に置いてなんとか転職先見つけてえなと思ってる。最後にはいいようになるんだから、途中は冒険みたいになるんだろうなって。

 

現状維持のまま明日死ぬとか本当に嫌だよ。

 

 

日付:2024/6/22
時刻:am4:30
曲目:ゲートウェイ F12入門
目的:寝ないでF12の感覚を体に思い起こさせる

 

前回の6/1の記事から毎日欠かさず聞いていたが毎日寝るんですよ笑

最近眠すぎて全然ダメで。

寝たら書くことないからね。

今日は寝なかったんで。

 

タイトルはなんなの?というと、息子(小一)にDef Tech聞かせたら気に入って「そこまでおまえはよわくないから」って言ってくれるんですよ笑

意味わかんねえと思うけど笑

 

Black EyedPeasの、2009年ごろの緑の顔のアルバムあるじゃん(知るか)

Rock That Bodyて曲をたまたま息子が触って聞いてしまったんだが 

「麻婆の3回目、麻婆の3回目」と空耳アワーをやってくるんです。

これ曲持ってる人じゃないとピンとこねえな。

おいらも元の英語がわからんので。(※I wanna rock right nowだそうで)

まあたまたまお手元にある方はトラック二曲目をお聞きなすってくだせえ。

youtubeで大丈夫だろうか。

 

 

 

さて今日の記録。

自分は何者か、そんな感じの問いを持って始める。

準備のプロセスを経てF10で待つ。

ハートに重心が来たかんじ。

 

計量カップに水が注がれる映像が一瞬浮かぶ。

 

F12へ到着。

広がりを感じる。

「何か特定のことを一生懸命力んでしようと焦ることがある。

その状態になったら一旦やめて。」

と言う文言を、求人を探す自分を客観的に思い出しながら思ってみる。

 

F10へ

ハートに重心が戻ってきた。

 

またF12へ。

広がる感じ。せっかくなので、テーブル(5、6人座れるくらいのデカ目の円卓)を思い浮かべて、ガイド的存在がこないかな、いるかもな

みたいなイメージをしてみる。

ローマ帝国の武人のような男性を思い浮かべる。

 

誰でもいいや。

今の悩みと問うてみる。

「今の仕事をしているのが、間違いではないかと言う感覚があるのだが。」

 

ローマ帝国の武人から引き出せたのは

「自分の思いより、しなければならないこと が多い」

だけ。

 

自分が問う。

「他の道はないの?求人は見れば見るほど気が萎える。」

 

F10へ戻る。

 

問答系は入門曲は向いてねえな。

しかし、あまりにも毎日寝てしまうので、

寝なかったとしても力んでしまった、みたいになるので

一旦入門曲で感覚を戻そうと思った。

 

体の感覚的にはいい感じ。だいぶスッキリ感がある。

--------

 

ライフワークカウンセリングって知ってますかね。

本田健さんの公認カウンセラーさんが、

ライフワークについて相談にのってくれるんですよ。

悩みすぎて申し込みました。

公式の感想はいいことしか書けませんのでこの辺は正直に。

Zoom5回セット。

いま4回目まで終わりました。

全然わかりません。

自分の回答が全部嘘くさくて、

毎回時間内に終わらなくて、質問されても「うーん」となって空欄が多いし、

宿題になってるものもあるし、空欄のままのものもたくさんあるし

埋めなくてもいいそうだが。あとで自分でやればいいと言うけど。

5回目終わっても何もピンとこないのだろうな。

今の経歴に焦点を当てた瞬間に嘘が混ざる感覚がある。

経歴はどこかに生きるのかもしれないけど

実際にやってきたことは明確にイメージできてしまって強烈すぎるからな。

私には向いていなかった。

まだ5回目があるけど。

自分の今やってる仕事を完全にやりたくないのだが

結局できることっていうとそこになるわけで

やりたくないから悩んでいるのに

人に提供するくらいのスキルというと実績のある今の仕事なるじゃないか。

今の経歴って無視できんのだよな。

あと結局家庭があるひとは時間の自由きかないじゃん。