素浪人、伏見を行くの噺③ 潜伏先  | 面白きコトも無き世を面白く…するのは自分の心意気
~浪人達の集まる場所~

幕末をよく知らない方は

寺田屋
池田屋
近江屋

がごっちゃになってしまう方もいらっしゃるかと思います。
事件は○○屋でよく起きているのが幕末の特徴でもあります。
実はそれも当然なんです。

当時幕末の動乱を駆け抜けていた多くの人間が浪人でした。
この浪人とは戸籍に登録された土地を離れ諸国を放浪する者の事を差します。

江戸時代、日本は現在の都道府県(実際にはもっと細かく)が藩主と言うお殿様を長とする
藩(はん)』
と呼ばれる別々の国のような状態でした。
その各国(各藩)から同じ志を持つ人間が国を飛び出してきたり、藩の命令だったり、時には ※国を捨てて 終結した場所が幕末の京都でした。

※国を捨てる事は当時脱藩と呼ばれる大罪でした。

京都や江戸などの都市には政治は勿論、貿易や都市で仕事をする藩士のための藩邸と呼ばれる各国(各藩)の現在で言うところの大使館兼宿泊施設のようなモノがありました。

しかし、浪人達の多くは国を抜け出してきたり、捨ててきたような藩の許可を得ず集まってきた現在で言うところのビザもなく不法入国してきた者達。
当然藩邸を利用することなど出来ません。

そこで藩邸を使えない浪人達が定宿としたり集会所としたり、時には身を隠すために使っていたのが船宿などでした。

集まった浪人達も様々、思想を掲げた志士と呼ばれる者達もいれば、腕に覚えのある者、金のため、名誉のため、立身出世のため。

大きな転換期を向かえようとしていた日本。
沸騰する京都は思惑の違う者達に溢れ、一介の浪人が一攫千金の夢を叶える事も出来る場所になると同時に治安も悪化していきます。

そんな中で治安維持を目的として徳川幕府が取り締まりを強化した場所がそんな得体の知れない浪人達の集まる○○屋などの旅館や船宿になり、自然と幕末の大きな事件はそう言う場所が多くなるのです。

そして改めて


寺田屋

ここはその混沌とする幕末に大きく影響する事件が起きた、幕末好きなら一度は訪れたい場所なのです。

素浪人である私がこの時代が好きなのもご理解頂けるかと思います(笑)

さてさて、それでは次回も引き続き幕末噺にお付き合いくださいませ(^_-)