未来に=ミラクルに(Kamoさんの一人親・父さんの育児奮闘記) -18ページ目

未来に=ミラクルに(Kamoさんの一人親・父さんの育児奮闘記)

じっとしていても何も変わらない 動いてミラクル起こそう

この出逢い、偶然?必然?


今日は、皆既日食現象が世界中で騒がれた…


一瞬、真っ暗な闇から、再び太陽の光が輝く「ダイヤモンドリング」。


そんな『一筋の明り』を私が感じたのは、1年ちょっと前のこと…


それは新たなパートナーとの出逢いだった。


当然、このときはパートナーと呼べるようになるとは思ってもみなかった…


ミラクルに今日・明日・未来-出逢い


13年間、一人親で四人の子どもを育て、上の二人も社会人となっていたが


「頑張っている」笑顔の自分と、「悩みを抱え込んだ」別の自分がいて、


新たな自分の一歩を踏み出さなければとの思いで、


ある子育てサークルの集会に参加した。


彼女も私と同じように新たな自分の一歩をとの思いで参加していた。


私が『ことば絵』創作を開始したばかりのときで


会話の中で「ことば絵」を描いて差し上げることになった。


「わたし、毎日、子どもに『だ~い好き!』って言っているんですよ」と、


彼女のそのストレートな言葉に


「へえ~、すごいですね」と会話を少し交わすことができ


その明るい笑顔とひまわりの花がダブって、「ことば絵」を描いた。


その笑顔の陰には、生きることへの厳しい闘いをしていることをその時は


気づけなかった。私の笑顔に比べ、彼女の笑顔は本物だった。


後に偶然、再会し、年齢差が21もあることに驚いたが


なぜか、そんな距離感はお互いが感じなかった。


彼女も一人で子どもを育てていて、偶然がさらに重なり、


お互いが子育てについての意見交換やアドバイスをし合うように


なっていった。趣味や考え方も似ていた。無理なく会話もできた…


そしてお互いがパートナーとして大切な存在だと心に決めるのに


そんなに時間は必要ではなかった…。


あれから1年が過ぎた。


もちろん山あり谷あり、けっして平坦な道ばかりではなかった。


今日のダイヤモンドリングのような「あの日の一筋の明り」を


忘れないようにしていこう。

兄には負けたくな~い! でも兄はやはりすごい…
ミラクルに今日・明日・未来-拓哉絵家族

前回の子どもの絵の続き、一番下の子の描いた絵がもう1枚見つかった…


家族を描いたのだろう、「おとお=父の私」 「ゆか=姉」 「しょう=下の兄」


そして「まあ=上の兄」である。


上の兄の顔だけが、どこか強そうな怖そうな、


似顔絵とは別人の顔になっていることに今、気づいた…


当時、私はこの絵を見て、どう感じたのだろうか?見落としていた?


かもしれない…その時の記憶が定かではないのである。


きっと一番下の息子には、長男の兄は「怖い存在」であったのかもしれない。


それでも負けず嫌いの弟は、いつも長男に向っていき何事も挑戦していた。


長男も一応は手加減するが、気を緩めると逆転負けすることもあったので


真剣に相手をしてくれていた。


兄弟四人で二手に分かれての風船バレーは熱き闘いが延々と続くこともよく


あった。互いが協力し合い、その中で兄弟の絆も深まり育っていったのだろう。


今、下の子が少し踏み外したレールを兄弟みんなが真剣に叱り、なだめ


向きあってくれている。


長男の弟へのアドバイスのひと言ひと言に救われることもよくある…


「今は、わからないだろうけど、とにかくお父さんの言うことを聞いておけ」


「自分を大切にするということは、友達や他人を大切にすることだぞ、


それが全て自分にかえってくる…今、自分がなにをしたのかよく考えてみろ」


「これだけ言うのは家族だからだ!心配していることがまだわからないのか?」


きっと、弟も心の中ではわかっていると私は信じている…


そう思うのは、家族で「会話」ができているからだ。


さあ、ドーンと来い!顔晴るぞ~

ほめて育てていたあの頃…
ミラクルに今日・明日・未来-拓哉絵1
一番下の子が小学校2年になり初めのころに描いた絵
ミラクルに今日・明日・未来-拓哉絵2

上の2枚の絵は、四番目の子である一番下の息子が描いたものである。


今、この一番下の子が高1となり、第2反抗期中で、私とバトル中である。


何気なく小学生の頃の資料箱を開けてみたら、こんな絵がでてきた。


この頃は、「すごいねえ~」と、ほめてやっていることが多かったなあ…と


今、バトル中とはいえ、「どうして?そうんなこと…」と


繰り返し、しつこく問いただしたり、叱りっぱなし?なのかな?と


今朝、子どもと向きあって話をしてみた。


案の定、息子は開口一番「同じことをくどくど言うから…」と。


私は「『わかった、わかった』では何が悪くて、今後どうするのか


言葉に出して言わないと、相手に伝わらないから、きちんと言葉に出して、


お父さんや家族にも答えるように…」と。さらに


「それだけのことをした責任は行動でとらないといけない」と。


これが、子どもにとっては、「くどくど」なのだろうか?


確かにこの子は、言葉に出して言わないけれど、やるときはやる子だった。


この子の長所を見失いかけているのかもしれない…


ときに短所は長所でもあり、長所は短所となることがあるから


しっかりと、見極めたが、今は、「父さん、しんどいぞ~」と


本音の言葉が出た、今朝の出来事でした。


今日は天候も雨。私の気持ちそのもの…でも、明日か明後日には


やがて梅雨もあけ、晴天となるだろう。私と子どもの心も!

嬉しい『東京の味』の贈り物


ミラクルに今日・明日・未来-贈り物

いよいよ梅雨も明け、暑い夏へ突入という今日、


朝7時~10時までの午前中、町内あげての川の草刈掃除。


終えたあと、暑さと疲れでグロッキーになっていた。


午後から宅急便で東京のデザイン学校時代の友人から


「東京の味」の洒落た贈り物が届き、元気までもらった。


友人とは、卒業後もそんなに会っているほうではないが


不思議なことに38年になるが、人生の節目節目に必然的に


逢っている気がする。


「あの頃の私たちは何を考え、何を楽しんで……


何をしていたんだろうネ。今、振り返ってみて、たいしたこと


していなかったと思うよ。私は!」


と添えられた言葉に、私自身もそうだったかもしれない、と


なんだか肩の力がスーッと抜け、とても楽な気分になった。


というのも、今、一番下の子のことで今までにない「へこみ」を


していたからである。


子ども自身も今は、自分をどう表現していいのか、言葉にしていいのか


わからない時期なのだろう。


ここは、ドーンと構えて心の余裕を持っていないといけないなあ~


ついつい父親一人のため、母親の役も演じているようで、


子どものきもちとしては、パニックになっているかも…?


早速、子どもに、贈られてきた「東京の味」を渡しながら


コミュニケーションまでとはいかないが、言葉を交わし合っている。


そんなタイミングのよい「嬉しい贈り物」であった。


1年生のときは、帰ったら バッタン、ぐ~


ミラクルに今日・明日・未来-通学

東京からUターンして私の生まれ故郷のこの地に帰った頃は


母校の小学校も全校生徒55名。


高齢化、過疎化がすすみ、小規模小学校になっていた。


今後もさらに児童の数も少なくなるのが目に見えていた…


だが子どもたちは、この大自然の中でのびのびと育っていった。


小学校までは片道3キロ、行きは比較的楽だが、


帰りはのぼり坂になるため時間は登校時より1.5倍はかかる。


一番遠い子では、4キロ以上になる児童もいた。


1年生になった当初は、家に帰ると、バタンキュー…一眠り。


夏休みにちかくなる頃には、帰り道も遊びのコースとなり


体力もついて、楽しさも倍増していったようである。


ちょうどこの頃は、まだ土の道でがのこっており、


道幅拡張のため舗装され始めていた。


中学生になると、登校距離は5キロから6キロになり


自転車通学となる。


そのため、それまでに自転車に乗れるようにしていくのも


親子のコミュニケーションづくりのひとつでもあった。

なつかしいラジオ体操



毎年、夏休みのこの時期になると思い出す…


子どもがまだ小学生だったころ、夏休みの定番「ラジオ体操」は始まる。


ラジオ体操が終わった後の集団遊びもみんなの楽しみの一つのようで


毎朝、遊びを提案したり、前日に考え用意している遊びもあった。


朝6時30分開始、地域の子どもたちは分かれて近くの場所に集まる。


といっても、歩いて行くには時間がかかる距離だし、朝も早いので、


自転車に乗って急いでやって来る子もいた。我が子たちもそうだった。


地域の方や保護者の方も参加されており、


私もラジオ体操とゲームが終わるまで付き合った一人だった。


小学校では体操の授業や運動会などではスクラッチ体操をしていて、


ラジオ体操を知らない子がほとんどであったのにはビックリした。


それでも、高学年が前に出てなんとかリードしていく、


見よう見真似で、低学年の子たちも覚え、毎年その繰り返しをしていくのだ。



最終日には楽しいスイカ割りも


ラジオ体操のカードに参加した「ハンコ」を押してもらえるのも子どもたちの


楽しみのひとつでもあり、終わると我先にと競走しながら並ぶ。


すると、高学年の子が「ちっちゃい子から順番!」と一括(笑)


男の子たちはいっせいに「ええ~っ!早い順でいいじゃん~」とブーイング。


毎年この光景は変わらないのも今思い出すと、つい微笑んでしまう。


もう一つ、最終日の楽しみの「すいか割り」。


地域の方が作っているものを提供してくださり、子どもたちは大喜び!


なかなか思うようには当たらないが、意外な子が割ったりして


「うおお~っ!」と歓声があがり、自然と拍手の嵐となっていく…


年齢差を越えた遊びや集いは、得るものがたくさんあったと思う。


大人も一緒に参加していて今では懐かしい一コマである。


今年は、久しぶりにラジオ体操の場所に顔をのぞかせてみようかな?



柱のキズは~♪ ん?そこは柱ではないぞ…
ミラクルに今日・明日・未来-背の丈
子どもが四人いると、それぞれの身長の伸びが気になってくるときが


あったが、一番下の子がなかなか伸びない…


兄や姉からも「チビ~」と言って、からわれることもあったりした。


「ご飯をきちんと食べなくっちゃダメ!」と姉の注意にも、


そんなことわかっているよ~といった態度をしていたある夜のこと、


長男が身長をドアにしるしを付け始めた。


「おいおい、そこは柱ではないぞ~」と私が笑いながら言うと


子どもたちは「柱の~ キズは おとどしの~♪」と歌いだしながら


それでもドアにしるしを付けていった…


もう12年くらい前から始めているが、いまだにこのドアへのしるしは


続いている(笑)


上の写真は一番下の息子と一番上の息子が比べているところだが


今では、身長は逆になってしまった。



お絵かき競争~
ミラクルに今日・明日・未来-お絵かき2
兄弟同士で絵を描き合いながら、「ねえ、どっちが上手い?」


と私に聞いてくる。


年上の兄は、確かにストーリーを考え、絵だけでなくふきだしに


ことばとかを入れて工夫している。すかさず、弟も真似をするが、


見せる、見せないでひともんちゃくすることがある。


そこで考えたのが、一枚の紙に、交互に少しずつ絵を書き足していく


「足し絵」である。どこで終りにするかで絵の完成が変わってきて


とても面白い。


当然のことながら私も加わることになるが、その時の子どもたちの輝く目が


楽しみの一つでもあった。私が予想以外の絵を足すと


すかさず、子どもたちも今までとは全く観点を変えたり大きさをかえたりと、


どんどん広がっていく…子どもの可能性ってすごい!と感じるひとときだった。


夜、寝る前は、必ずといっていいほど私の即興の怖い話を聞きたがり、


布団をかぶり「ヒャー」と叫びながらも「つづきは?」と聞いてくる。


「続きはあしたね!」と言いながら子守唄のように話をしたことを思い出す。


しかし、子どもってよく覚えていて、


「あれっ?それ昨日言ったよ」とか「次は、こうだよねえ」と記憶力はすごい。


大自然は子どもにとって宝もの


ミラクルに今日・明日・未来-せみ採り
東京生まれの我が家の子どもたちにとっては、当初、


虫を見るのも嫌がっていた…さわるなんておっかなびっくりといった状態。


ところが娘がセミや虫とりにチャレンジ!弟たちもそれに続け!となった。


セミが逃げたときは、おしっこをかけられたり、それもよい体験に…


それからというもの、コウモリが道に倒れていたよといって、


スズメが羽根をいためて動けないでいたからといって、


野良犬が一匹ひきとられないでかわいそうだったからとか、


目が見えない野良猫が二匹もいたけど、誰も連れていかないからと、


次から次へと連れて帰って来る。


いつのまにか我が家は、ちょっとした動物天国化としていった。


子どもたちも一生懸命に治療の手伝いをし、世話をする…しかし、


そう長くは生きられなく、悲しい出来事に大粒の涙を流すことも多かった。


半面、ウサギの赤ちゃんが誕生したときはそれ以上の喜びの体感もあった。


ミラクルに今日・明日・未来-ウサギ

生きた動物は、子どもたちに生と死をはっきりと感じさせてくれて、


生の喜び、死の悲しみを体感していった。


しかし、死の直面で得たものも多かったようだ、自分がそれまで一生懸命に


育ててきた相手への感謝と喜びの気持ちが心の中に生まれていたと思う。


ある意味、死も歓喜へと変わっていったことが多かったと思う。


また、イノシシとか初めて生きた動物を見たときの驚きは想像を越えた…


興味と怖さが半分半分となって、活発だった下の子でさえとまどっていた。




山、川、畑、花、動物、大自然は遊び場の宝庫!
ミラクルに今日・明日・未来-川遊び2
川に笹舟や折り紙でつくった鶴などを流し、水の速さや深さを体感。


遊んでいるうちに、いつの間にか川の中で寝転がっていることもしばしば…


ミラクルに今日・明日・未来-柿とり
地域の方にお願いして、小学校の生徒に竹を使っての「柿もぎ」体験も。

地域の方から昔の収穫の仕方や美味しい時期や保存方法などを教わることも。


ミラクルに今日・明日・未来-ムクの木
市の指定文化財にも指定されている、樹齢数百年といわれるムクの木

我が家の位置の目印として一目瞭然。


今、子どもたちも成人したり、一番下は高校一年になったが、


もっと年齢を重ねたとき、今の私と同じように


この木を見たら、子どものころを思い出すのだろうか…


時代は移り変わっても、変わってほしくないこともありますね。


「ニャン」とお出迎え
ミラクルに今日・明日・未来-瓦絵ギョ

ミラクルに今日・明日・未来-瓦絵かるがも   瓦絵の一部                    

ミラクルに今日・明日・未来-瓦絵花火

郷土料理のみせ「どらねこ」は、ご主人のこだわりの空間というか


窓の外の景色を眺めながら、尾道水道を行き交う船を見たり、


時間の経過による景色や、季節によってもその一望が変化する…


古民家を改装した店内は、懐かしき良き時代の癒しの空間を感じる。


猫のように気まぐれな店主(自称)は、基本的には土日を開店。


電話予約によっては、平日でもOKのときがあるようだ。


花火の季節は、絶好の場所のようであるが、


今年の夏は「?」のようだ…どうされるのかな?


郷土料理をこよなく愛し、その素朴な味もさることながら、


「店からの眺めも『料理』のひとつですから」と訴える…


ミラクルに今日・明日・未来-どらねこ店内

昔の文豪が食べたかもしれない、郷土料理が味わえる


素敵なお店でもある


ミラクルに今日・明日・未来-四季膳絵
お勧めの「尾道四季膳」は旬の素材を生かしたこだわりの一品


ミラクルに今日・明日・未来-四季膳

懐かしい味が今もなお…


尾道の文学の館の碑横のガードをくぐりぬけ小路をあがると


郷土料理のみせ「どらねこ」がある。


友人から紹介してもらい何度か訪れ、郷土料理を味わいながら


尾道水道と青空を眺めながら、ついつい何時間も過ごしてしまう。


ミラクルに今日・明日・未来-郷土皿
海草を溶かし冷やして固めた「いぎす豆腐」(写真下左)と

         おからの上にままかりがのった「あずま」(写真下右)

ミラクルに今日・明日・未来-あずま絵
地元で捕れたあなごが丸ごと一匹入った「あなご丼」もおすすめの一品
ミラクルに今日・明日・未来-あなご丼絵

「郷土料理を次世代にも伝えていきたい」との店主の情熱と


地産地消にこだわり、手間ひまかけた素朴な味に、


私は月に一度は、この場所でホッとした時を過ごすことにした。


また「どらねこ」のメニューの絵も描かせてもらうことで、


郷土料理に引き込まれている一人でもある。


そんな思いから、この「どらねこ」の空間での「ことば絵」を描く時間も


私にとって大切なひとときとなっている。


異国からのお各さまも

ミラクルに今日・明日・未来-どらねこ店内風景

尾道を観光中に訪れたスイスの学生さん


『旬の会』と銘打って、友人たちと食事と会話を楽しんでいるところに


異国の学生さんが…食事のあと、自然と会話が始まった。


辞書を片手にコミュニケーション(笑)


しかし、言葉が通じなくても心は通じるものである。



ミラクルに今日・明日・未来-瓦絵1

瓦絵の制作も随分前から始めていたが、店の外では、なぜか割れていたり


残念なことがあった。それにこりず、また描き始めたので、


きっと今月中にはたくさんの瓦絵が店頭の石垣に並ぶことでしょう。