「ああ~空気がおいしい!」
東京からUターンして、生まれ故郷の今の土地に着いたときに
当時、喘息だった5歳になる二男が発した言葉だった…
子どもには感じるんだなあ~ 東京で診察をうけていた医者が言っていた、
「空気のきれいな場所に変われば良くなる可能性はあります」と。
実際、その夜、いままで激しかった咳が、一夜にして止まった(驚き)
私は高校卒業して上京し、時々、この地に帰ってくることはあったが
そんなこと一度も感じたことはなかった。
それに、私が上京して23年も経っているというのに…
確かに、我が家に近づくにつれて驚きの連続だった、
いまだに信号機も一つも無く、全くといっていいほど変わっていない。
まるで浦島太郎の気分だった、が、玉手箱はない(笑)
いやいや、四人のこどもたちは玉手箱ならぬ『宝箱』だったにちがいない…
東京育ちの子どもたちは、すぐ近くに駄菓子屋やスーパーなどの
お店が無いことにビックリというか、少々不満顔であったようだ。
近くの店までは、約3キロ。それも一山超えて行かななければならない。
それならと、川遊びや泥んこ遊び、手製のブランコづくりなどをし、
自然のなかで子どもたちが工夫して遊ぶことをしむけた…
予想以上の子どもたちの喜びに、私もホッとしたことを思い出す。
四人子どもがいると、子ども同士で遊んでくれるのでとても助かった。
もちろん近所の子たちとのふれあいのおかげで伸び伸びと育っていった。
とりわけ長男の存在は、他の三人にとって、
かなり大きな役割と頼もしさがあったようである。が、
ときには長男の実験台として扱われることもあったようだ…
金髪騒動!
長男が高校後の進路を保育士か美容師にしようかと迷っていた頃のこと
家に帰ると「金髪の子」がいて、一瞬驚いたが、
よく見ると一番下の息子ではないか(ギョ!なにがあった?)
どうやら、長男が美容師への道を歩もうと決めて、試しにヘアカラーを
弟を実験台にチャレンジしたようである…
小学校の先生が何と言うだろうか?と、私の脳裏をそんな思いが駆け抜けた。
全校生徒40人前後の小学校だっただけに当然目立ってしまったが
幸い大きな問題にはならなかった。子どもたちの行動には冷や汗がでる…
その長男は、その後、美容師になって
今でも家族みんなの髪のカットをしてくれるので大変助かっている。
それぞれの『宝箱』から、なにがでてくるのかこれからも楽しみである…












