大変ご無沙汰しております。

 皆さん、お元気にしておられるでしょうか。


 ワシは相変わらず怒ったり笑ったりしながら日々過ごしております。


 

 それにしても。

 今年の夏も暑かった….いや、まだ夏継続中なので、暑いですね、の方が正しいか。

 この先の予報も猛暑日が続く予想の関西。

 湿度も高く、完全に亜熱帯ですな。

 いやはや。



 皆さんは、どんな夏でしたか?

 現役JWの時は、夏季はひたすら奉仕をした記憶しかないのですが。

 現役の方は、今年の夏も忙しかったのでしょうか。



 ワシは、学生時代、夏はとにかく補助開拓をしてましたもんね。

 それも、今の生ぬるい(ごめんなさい笑)、テキトー奉仕で15時間、とかでなく、ストップウォッチで一軒目から最終の家まで計測する、ガチの60時間。


 高校時代は近所の再訪問先に雑誌を届けて、チャリで遠方の集落まで汗だくになって向かいました。

 オカンは他の開拓者の車やオヤジの送迎で奉仕場所に、先に来ていて。

 汗して「尊い奉仕」に打ち込むワシを、嬉しそうな視線で見ていましたね。

 まあ、多少方向性は歪んでましたが笑、オカンなりの息子愛だったんでしょうね。最近はそんな風に思えるようになってきました。


 当時は、田舎ということもあって、信者の足である、軽自動車が集落のはしに10台以上並び、それはそれは壮観でした。

 そして、午前9時からの奉仕が始まるまで、会衆の面々が数十人、大きな輪を作って談笑しながら開始を待つ、ってスタイルでした。


 田舎でしたから、移動はとにかく軽自動車。

 時々旦那さんの普通車で来る信者がいたら、羨望の眼差しで見られてましたね。


 今思うと80年代の日本のJW信者、特に田舎の信者達は、まだまだ貧しかったんでしょうね。

 が、あれくらいの貧しさが、宗教家としては丁度良いサイズ感だったように思います。


 奉仕の開始を待つ信者の輪が、汗をカキカキ自転車で到着したワシを、暖かい目で迎えます。


 長老の1人が、「ほすちゃん、汗、絞れるんじゃない?」と囃し、ドッと笑いが起こります。

 そんなワシを、オカンは誇らしそう?というか、愛おしそう?に見ていましたね。


 子どもの多かった時代といえ、ワシの会衆には、ワシと同年代では熱心党はおらず、みんな中途半端2世でした。

 二つ上に現役兄貴がいましたが、彼はとにかく気分屋で社会性も低めでしたしね。


 まあ、そんなこんなで、ワシは地元では数少ない、熱心な若者だったのよ笑

 

 今振り返ると、よくやってたなー、と思いますけどね。

 生まれ変わったら、もう出来ませんよ。

 

 結婚し、家庭を持ってからの夏も、忙しかった記憶しかないですね。

 とにかく夏の休暇を全て、大会や自発奉仕に消化してましたし。

 長老になってからは、会衆の模範?として、仕事をしながら補助開拓をした年もあったなー。

 ヨメや子どもはしないのに笑


 まあ、ワシは見栄っ張りなんですよ。


 小さい子どもを連れて、遠方の夏の大会に出席するのは大変だったけど、それなりにいい思い出でもあります。

 大会が全て終わった後、友人達と別れて、駐車場から帰路に着く時の寂寞感は、なかなか味わい深かったなー、と。

 蝉時雨の中、「祭りの後」感と、達成感と。


 大会でいい子にしてたご褒美に、マクドでポテト買ってやるよ!、ってな程度のサプライズで、きゃっきゃっと喜ぶ幼かった子ども達。


 可愛かったな〜😂



 とまあ。

 そんな、夏。

 

 日々暑いですが、ワシは嫌いじゃないのですよ。



 今年の夏。

 ワシは甲子園と一人旅で夏休みを消化しました。

 ここ10年ほどのルーチンですが、現役時代とは比べ物にならないくらい、自由で開放的な夏の過ごし方ですね。


 もう、狂った終末論にも、監視社会にも関係がありませんから、好きなように休みを使っております。

 もちろん、ヨメの理解あってこその、自由気ままなバカンスだ、と言うことは分かっております。

 感謝しなきゃいかんです。



 楽観主義者であるワシの旅は、いつも想定外で溢れております。




 自宅から大阪に向かい、なんばから南海特急で和歌山へ。



 普段JRばかりのワシですから、たまには私鉄に乗りたいのよね。(←鉄ちゃん的思考)


 で、その特急で早速、酔いました。

 普段乗り物酔いなんて殆どしないワシですが、南海特急が、揺れる揺れる。あれ、あかんでしょ。


 出だしから不穏です。


 ワシは旅程を綿密に練ってから旅立つタイプで、乗り物の指定席チケットの事前確保は勿論、訪問先や食事の場所も決めてから出掛けます。


 なので、和歌山に着いたら、駅ビルにある有名なラーメン屋で、昼飯を堪能する!と決めていたのに。


 改札を出てすぐの、そのお店。

 既に長蛇の列😱


 乗り換え時間が50分しかないので、この行列に並んでる時間は無い、と。

 早速予定変更を余儀なくされ。


 しゃーなしで付近をウロウロしますが、テキトーな店もなく、結局、駅近のプロントに入りました。



 まあ、ジェノベーゼは美味かったけど、プロントなんてどこにでもあるし。

 何なら先週もプロントでコーヒー飲んだし。


 旅先で行く店じゃなかろうに、と自虐しながら、和歌山港に向かいました。


 ここから、南海フェリーで徳島に渡ります。

 南海フェリーは、某YouTuberが好意的に紹介していたので、いつか利用してみたい、と思っていたのと、今回の旅では四国に渡る必要があったこともあり。


 個人的に、長距離フェリーはちょっと抵抗がありますが、この航路は2時間半程度ということで、初心者のワシにピッタリだろう、と。


 それに、南海フェリーには展望デッキがあって(どんなフェリーにもあんのかな?)、爽快だよ!とYouTubeで紹介されていたことが、利用の決め手でした。



 そしてフェリーに乗船したら、↑こーんな真っ青な夏の空を展望デッキから見上げて。


 ワシは自由だぁぁぁ!

 と。


 風を受けながら叫んでくるよ!と、ヨメに宣言してきたのに。



 当日、実際の海は、どーんより…


 ワシが旅立つまでは、とにかく晴天が続いていたので、青空と潮風がワシを迎えてくれると信じて疑いなかったのに。

 ヨメに、「船で感動しすぎて、熱中症にならんようにな!」なんて言われてたのに。


 なんか、ぬる〜い天気笑

 ついには風と雨が強くなってきて…


 いやいや、こんなこともあるさ!

 でも、展望デッキに上がれば、こんな天気でもそれなりに気持ちいいはずさ!

 そうさそうさ、何てったって、「展望」できるんだよ!


 イソイソと、船室を出るワシ。

 


 ……。


 「天候等により閉鎖することがございます」


 

 人生、思い通りにならんのです。

 ええ。

 思い通りになるんなら、苦労なんかしないんですよ。


 にしても、天気は良くないが、展望デッキを閉鎖するほど悪天候でも無かろうに。

 とか、ブツブツ言いながら船室に戻るワシ。


 と、地獄はここからでした。


 もうね。

 南海フェリーも、揺れる揺れる!😰



 雑魚寝の出来る、↑こーんな安めのエリアで横になっていたのですが。


 もうね、ずーっと、上下、左右に揺れます。

 この日の海が荒れていたのか、フェリーとはこんなもんなのか知りませんが、とにかく気持ち悪い😰

 湾を出たら揺れが余計に強くなり、もう、2時間半、苦行でした。


 周りではしゃいでいた家族連れも、ママさんを始め、子どもたちまでもエチケット袋どこやー、と騒ぎ出す始末。


 もうね。

 フェリーは、もう乗らん。

 ジェノベーゼが出てきそうになったわ。マジで。



 で、やっとの事で、四国に上陸。徳島駅へ。



 うすーく気持ち悪いまま、ディーゼル天国徳島を味わい、マニア垂涎の2700系の特急「うずしお」で高松へ。



 指定席を確保してたのに、自由席の方がガラガラで快適やないかい!的なツッコミはありましたが、まあ、高松へ向かうことができ。



 船酔いが少し残っていたワシですが、そこはせっかくの一人旅。

 おまけに「うどん県」に来たのですから、讃岐うどんはマストでしょ!とばかりに意気込みます。


 とは言いつつ、乗り換え時間と、キャリーバッグ持ち、かつ雨天であることを勘案して、周辺をウロつかずに、駅ビル内のうどん屋で食欲を満たすことに決定。


 ところがところが。

 店に入ったワシは、すぐにうどんを頼まず、お店のお姉さんのお勧めにノって、よせばいいのに「ほろ酔いセット」に手を出します。



 ↑これに、さらに、とうもろこしの天ぷらまでついて、1000円!

 こりゃお得でしょ、と上機嫌なワシ。


 そーだよな、お昼にお目当てのラーメンも食べられんかったし。

 まだ時間はあるから、飲みのシメに、讃岐うどん、ってシナリオで、ゆっくり攻めていきましょーや、と。

 1人で納得してまして。


 つい、気分よく、生をおかわり。

 

 お。この、シラスおろしも美味そうですね?と、追加注文。

 いやー、ビール飲むと、脂っこいもん欲しくなるよね、と。串カツ盛り合わせをオーダー。

 串カツ食べると、ビール足らんよー、と。

 生をおかわり。


 で。


 結果、腹一杯に😤


 うどん?

 無理無理無理無理。


 って事で。

 うどん県のうどん屋まで来ながら。

 どこの居酒屋でも食べられるメニューでエンド。


 まあ、アホですわ笑




 今回の旅のメインは、↑でした。


 そう、知る人ぞ知る。

 定期運行する唯一の寝台特急、サンライズ瀬戸です。出雲市から来るサンライズ出雲と岡山で併結し、東京に向かうという、子どもたちや鉄ちゃん憧れの列車なのです。


 ワシは予約が始まる1ヶ月前の午前10時丁度に予約サイトにアタックする、いわゆる「10時打ち」に何度もチャレンジし、やっとチケットを手にすることができたのです。


 しかも、最も快適でグレードの高い、A寝台シングルデラックスをゲット。


 それからと言うもの、毎晩、サンライズの旅を夢想して興奮する夜を過ごしましたよ笑


 で、高松駅に入線してきたサンライズに乗り込み、自分の部屋に入ると。



 もう、テンションマックスです。

 ↑こーんな素敵な個室なんですよ!


 いやー、諦めずに何度も10時打ちして良かったー、と。暫し、感慨に浸りました。



 が。



 噂には聞いておりましたが。

 これまた、揺れる揺れる笑



 でね。

 結果。


 東京までの10時間弱、ほぼ酔ってました笑


 もうね。

 この日は午前中の南海特急に始まり、南海フェリー、ほろ酔いセット(←これは自業自得笑)、サンライズ、と。


 ずーっと酔ってる。

 いやー、なかなかメンタル鍛えられる1日でしたね。


 あ、それと。

 上りサンライズの見所は、小田原市の高台にある、根府川駅周辺から見える朝日なんですが。



 ハイ、ここもしっかり曇天でした笑

 朝日を眺めるどころか、この時間帯、この辺りに大雨警報が出てるくらい、大雨☔️


 もう、何から何まで、うまくいかないのよね。



 でもね。

 ワシは諦めんのよ。


 今回の楽しみはまだあって。


 そう、「人生最高標高更新」のミッションです。

 今回の旅では、東京に用事は無かったので、サンライズで早朝に東京駅に着いた後、軽く朝ごはんを食べて、すぐに北陸新幹線で長野に向かう行程。


 そしてレンタカーに乗って、志賀高原の横手山山頂を目指すのです。

 横手山の山頂はなんと2307mもあり、おまけにそこまでスカイレーターとリフトで気軽に登れちゃうのです。


 登山の苦労はゴメンなのに、高い所が大好きなワシ。

 リフトで絶景、ってのなら、こんなワシにフィットした山は無いではないか!と。



 フェリーからの美しい水平線に、高山からの雲海を、一つの旅で見る。

 おまけに、途中の移動手段は夢に見た寝台特急で!

 っていうキャッチフレーズの、今回のワシの旅の集大成、横手山。


 ここまでは何一つ予定通りに行かず、酔いっぱなしだったけど笑


 最後に、スコーン!と絶景を見て、フラストレーションを、吹き飛ばせ!と。



 HPでは、↑こんな素晴らしい景色が紹介されていたので、もう、そらテンション上がりますよね。


 でもね。

 もう。

 ほら。今回のワシの負のパワーですよ。



 うっすら、皆さんもお気付きでしょうが。



 濃霧で、見事に、なーーーんにも、見えませんでした笑



 サンライズで東京に着いた時は雨模様だったのに、長野に降り立った時は、真っ青な夏の空だったので、期待してたわけですよ。


 長野の夏空を見て機嫌を直したワシは勢い込んで志賀高原にレンタカーを走らせたわけですが、山岳地帯に入ってから天気が急変。

 バケツをひっくり返したような大雨に😂


 それでも諦めの悪いワシは、悪天候で閑散としたリフト乗り場に意地で向かって。

 係のお姉さんに、「今日登っても、カフェも営業してませんし、景色もこんな感じ(乗り場で既に雨模様の濃霧笑)ですよ」と言われつつ。


 いや!

 登ります!登らせてください😂と泣きつき。


 カッパを頂いて、ひとり、ホンマにひとり、スカイレーターとリフトに乗り込みました。

 リフトの係員のオジサンが、「ホンマに行くのかよ」ってな顔してましたし。

 駐車場にそこそこ車はありましたが、そんな天気でしたから、そこから登る人は本当にいなかったのですが。


 まあ、ここまで来たら、意地ですね笑


 おまけに、あんなに曇ってたのに。

 泣きながら下山してきて、恨めしげに山頂を振り返ったら、すっかり霧が晴れてる笑


 いやー、きっとワシは、なんかに取り憑かれてますわ。



 

 帰宅後、こんな思い出ををヨメに面白おかしくしたら、まあ、爆笑してくれましたわ笑


 おまけに。


 「人生最高標高」って言うけど、パパは富士山行ったことないの?と言われ。


 ん?

 そー言えば、中学の修学旅行で、富士五合目までバスであった事を思い出し。

 ググってみたら、富士宮側の五合目は2400mあるらしい事を確認。


 なんじゃそら、とまた泣き笑い😂


 そもそもミッションがミッションとして成立してなかったのね。


 と。




 まあね。


 こうして、当初の思惑が全く達成できなかった、オジサンの夏休みでしたが。


 こうやってネタにもなるし。

 ヨメや、職場の同僚には、そこそこウケたし。


 まあ、人生、思い通りにはならんのよ、という貴重な教訓にもなったし。(←ちょっと強引笑)



 トータルで見ると。

 また、楽しい、夏の思い出が積み上がりましたよ。



 カルトに翻弄された夏も。

 オジサンになってからの、失敗続きの夏も。


 ネガティブに振り返ろうと思えば出来るけど。



 なかなかどうして。

 今のワシは、全て、楽しい思い出と美化出来る強さ、鈍感さがある。



 カルト布教の合間にみた親の愛情深い視線や表情。

 高校生の宗教少年を讃える貧しき信者達の、ある種、羨望の眼差しも。


 はっきりと映像として記憶に残る今。



 すっかりオジサンになったワシが、酔いながら見た海も、見えなかった山も。


 記憶のフォルダに残して、ジジイになってから思い出し、ノスタルジックに笑おうと思う。



 そんな。


 ワシの夏。



 カルトを脱出して10数年。



 ワシの心は、とても健康ですよ、と。

 ひさびさのブログで報告させて頂きました。




 では、また✋


 いやー、やっと一週間終わりましたね。

 散々な一週間でしたよ。


 妙なクレイマーに絡まれて時間を浪費し。

 他部署上役に噛みつかれ、我慢できずにブチギレてしまい。

 大型顧客の偉そうな顧問(もちろんほぼ反社)からの電話に、正当に(←これ大事)キレてしまい、オフィス至近のホテルに呼び出され。

 その後始末に各所への連絡を余儀なくされ。


 唯一の楽しみだった金曜夜の女子会に行こうと思ったら、ドタキャンされ😂



 拗ねながら、帰宅中です笑


 さて。

 先日、初めて某中学校の授業を担当させて頂く機会があり。

 関東某所に行ってまいりました。

 

 普段は大学でお話をさせて頂くことはあっても、中学校は初めて。

 昭和生まれのワシは、中学校といえば短ランにボンタンのヤンキーが跋扈してるイメージなので笑、授業もそれなりに苦労するだろうな、と構えていきました。



 ところが。

 セレブな地域の学校だったこともあり、まあ、なんともお行儀の良い、可愛い子供たちばかりで。

 心が洗われました。


 調子に乗って冗談交えて話しても笑ってくれるし、暖かいヤジも飛ばしてくれる。


 最後には2人の女子生徒から感謝の言葉、的なメッセージも、超棒読み笑で送ってもらいました。

 ちょっと帰るのが名残惜しくなり、振り返って写真を撮る、単純バカオジです。



 

 学校現場の苦労は大変なもので、数時間程度、雰囲気を感じたくらいでこんなこと言うと怒られそうですが。

 青少年教育に携わるというのは、なんという特権なのでしょう!

 皆さんも、そう、思われませんか?(大会調笑)


 ワシ、もうこの際、金八になる!と。

 マジで2秒ほど決意しました。


 普段の仕事では、エゴの権化、自己欲を正義理論にすり替えて偉そうにマウントをとってくる市民という名の爺や、部下のことを考えずに偉そうに押さえつけてくる上司たちと関わってばかりいると。

 時に、ホントに純な、表層的な理想を見て感激してソノ気になってしまうという、流行病に侵されてしまうのでしょーかね。


 

 ワシはね。


 自分が年々アホになっているような気がしてて。

 そして、そんな自分が嫌いじゃ無くて。



 妙な正義感を振り回してカスハラしたり。

 付け焼き刃の偏った聖書知識で人生悟ったつもりになって説教したり。


 そんな歳のとりかたでなく。

 バカでいい。


 今でも、充分、アホであるが。


 アラフィフになってまで喜怒哀楽丸出しで。

 ちょっとした経験で理想を垣間見て憧れて、今から教師になろうかしら、と瞬間的に本気で考えたり。

 脚フェチであることに最近気付いたり。

 13Kg減量したのに、4年かけて12Kgリバウンドしたり。


 そんなワガのバカさ加減を自嘲しつつ、空気を読めないが空気を悪くしない老人になるような。


 これからもそんな、歳のとり方をしたいよ。



 聖書片手に演壇から偉そうに語ったり、個別訪問したりして慢心するより。


 アホでいいから。

 退職して暇になったら、気が向いた時に最寄駅のゴミ拾いや、公園の草抜きや。

 公共スペースにお花を植えてキャッキャ言ってる老人になりたい。



 中年になってこの域に達したワシを、褒めてやりたいのよ。



 おい、ワシ!

 ええ調子で老けていってるやないかい!

 

 他部署であっても上司にマジギレして職場でザワつかれたり。

 女子会ドタキャンで泣きそうになってる笑ワシが好き❤️



 人生、アホで良い。 

 人間、バカで良い。


 クレイマーも上司も神様も。

 ワシのアホバカ加減には、かなうまい。



 そんなワシの正常進化。いや、老化。

 どなたか、夏休みの自由研究にどーぞ😤


 なんじゃ、この記事😂

 1週間で一番怠惰な日曜の朝、ワシを起こしたのは、親族グループLINEの通知音でした。


 そこにあったのは、JW組織によって地方に派遣された甥っ子による、現地での「励み多い交わり」や、繰り返される仲間達のもてなしに「エホバの深い愛を感じた」と綴る、ハイテンションなコメントの数々でした。


 彼は地方の王国会館をリニューアルして回る一団に任命され、現在日本各地を転々としています。

 現役の皆さんのお近くにそーゆーグループがいるなら、その中にワシの甥っ子も含まれているかもしれません。


 送られてきたコメントにある、些か大袈裟な感情表現の奥に、普段ポーカーフェイスだった彼をも突き動かす、現地での熱烈な歓迎ぶりを想像できます。


 添付された複数の写真に映る彼の弾ける笑顔。

 仲間に囲まれて幸福そうな笑顔。

 改装作業中に突然向けられたレンズをはにかみながら見つめる笑顔。

 親でなくても、ちとキュンとくる、甘酸っぱいシーンの数々です。



 彼の心の中に生じた暖かな感情や。

 示される親切に対する、純粋な感謝の念は、尊いものだろうし。

 そのラブシャワーの先に、唯一神の意向を見たという彼なりの悟り(誤解)の境地も、かつての若輩ほすまんを想起すると、分からないではありません。

 

 かつてワシもそんなラブシャワーに浸り、自らを包む幸福感の正体を、あっさりと「神の恩寵」と解釈していた、稚拙な日々がありました。


 まあ、若いが故の無双感、無敵感の先にある安直な結論なわけです。


 JWが得意とする、こうした内向き愛情ごっこは、深い愛情が源泉ではなく、どちらかというと自己愛や精神的不安定がもたらす、魂の擬態であることに気付かされたのは、かなり経ってからでした。


 カルトは集団主義を助長し、社会からの孤立を促進することで、信者を取り込み、骨の髄までしゃぶり尽くします。

 そこには「神の愛」などという高尚なシロモノとは無関係な、人の弱さにつけ込んで人生を骨抜きにする、一部の特権階級を中心とした人々の極端な欲望の発露であることは、ワシなような阿呆でも、半世紀生きていれば分かるようになるわけです。


 人間は弱く。

 自分の理想に沿った考えを意識的に採用していってしまう、正常性バイアスの虜になる人々がカルトに陥るわけで。

 JWも、本来愛情を向けるべき肉親よりも、同じくバイアスの虜となり、卑怯な生き方を優先する仲間に磁力を感じてしまいます。


 そりゃ、楽だもんね。

 そっちの方が。


 

 まあ。

 もはやそんな講釈を、親族や、ましてやカルトに夢中な甥っ子に直接放つようなヤボは致しません。


 悲しいけど、甥っ子が自分で気付くようになることを、祈ってやみませんがね。



 さて。


 一方で「この世」に生きる我が子たち。


 上の息子は、サラリーマンな日々のストレスを土日に一気に解消すべく、合法賭博と性欲笑を満たすために、昨日から帰ってきておりません。


 下の息子は、テスト前であるにも関わらず、でっかいヘッドホンをつけて、数時間で何十人も殺戮するアクション映画を、ポテチを食べながらベッドで鑑賞しています。



 一見。

 爽やかで高尚な甥っ子の日々と。

 堕落して怠惰な息子達の日々。


 このコントラストに笑いが込み上げる、不道徳なワシ。



 どちらが幸せなのかは、本人達が決めれば良い。

 だが、一つ言えること。


 甥っ子が歩く道は、ワシが「かつてきた道」。



 途中でその闇に気付いて、軌道修正する「謙虚さ」と「勇気」があれば良いが。


 その願いを抱いた、日曜の朝でした。


 今日から5月ですね。

 早いなー。


 新しい生活を始めた方々も、そろそろ慣れつつ、しんどさが溜まる時期です。


 皆さん、いかがお過ごしですか?



 さて。

 先日、義父母宅に出向いた時の事です。


 久々に義姉を含む現役親族とゆっくりと話ができました。


 話題は、義父母会衆にいる、とある長老一家の話になり。



 その長老家には年頃の女の子がいまして。

 彼女、最近不登校になって高校を辞めてしまったそうで。

 そして、この春から別の高校の通信制に改めて入学したそうです。


 彼女が学校を辞めた理由ってのが、悲しいJWあるあるでね。


 なんでも彼女は、親に内緒で部活に入り。

 しかも軽音とダンス部の掛け持ち。


 義姉が言うには、彼女は「霊的活動を理由に部活を時々休む」事もあって部活メンバーとトラブルになり、そしてイジメに遭い、挙句耐えられなくなって。

 おまけに長老である父親には、部活の掛け持ちについて許可を得ていなかった事もあり。

 父親が子どもに寄り添う前に「嘘をついていた」と責める日々。


 まだ幼い彼女の心は、キャパオーバーしたのでしょう。

 鬱診断され、処方された薬を飲むと朝起きられなくなり。どん底を見たようです。


 やっと回復傾向になったので通信制に入学したわけです。

 

 義親族達の見解は、そもそも軽音やダンス部という、いかにも「世的」な部活動を選択する彼女の霊性も問題だし、親とその事をしっかり話し合っていないから、こーゆー問題が起きる、と。

 なぜに親子でしっかり話し合わないのか、理解できない、と。

 おまけに彼女はとっても可愛らしい見た目をしており、それをしっかり意識して、周りから「可愛い」と言われる、告白されると、自慢するタイプの子だったから、もともと危険だったのよ、とか。

 挙句に、通信制での登校日を楽しみにできるようにまで回復した現在の彼女を評して、喜ぶのでは無く、「世との交友が楽しいなんてやっぱりあの娘は危ない」との、追い討ち批判付き。


 もう、現役が繰り広げる、このありがちな展開、皆さんも容易に目に浮かぶでしょう?


 義親族の話題は、ここで、自分たち親族の成功体験に移っていきます。


 それは、この親族で唯一の現役3世(うちの子は離脱してますから)甥っ子君の話です。

 彼は、中学時代、サッカー部だったのですが。

 運動部という危険笑な道をあえて選ぶのにあたって、甥っ子君は父親(ワシの義兄ね)に許可を得るべくしっかりと話し合いを行い。

 彼の父親は、「霊的活動を最優先にする」こと、「休日は集会や奉仕なので試合には出られない」ことを、先生に証言する、という条件付きで、入部を許可しました。


 偉いのは甥っ子で。

 彼はしっかりと先生に証言して父親の条件をクリアしたうえ、部活を謳歌しながらも「霊的活動」も実に真面目にこなしました。


 今や彼は、二十歳そこそこで援助奉仕者であり、同年代では組織のキャリアアップの最先端を行く形で、現在某地区に派遣されています。


 それを義親族みんなして、賞賛し。

 なぜに件の彼女とその父親は、このように出来ないのか、というネガティブな方向に話をまとめるのです。



 ワシは、溜め息が出ました。


 ワシは何も、義親族の前で今更、ステレオタイプにJW批判をするつもりはないし、この彼女の事も殆ど知らない。

 でも、この現役のパターン思考が多くの子供達を苦しめる、という典型的な事例を目の前に出されたため、もう、ウンザリしたのです。



 因みに、甥っ子と彼の父親の関係は、JWである事を除外しても、いい関係、距離感だと思います。


 JWルールの善し悪しは置いておいても、親に嘘をついてまで部活をしたく無い、しっかり親を説得したい、という甥っ子の誠実さは、清々しいし。

 また父親の方も、子どもの想いと信仰とのバランスを見極めて条件を出し、双方に配慮する差配は、どんな親でも参考になるだろう、とも思うし。


 この親子を個人的によく知っているワシとしては、実に彼ららしい、ストーリーだな、と感じるわけです。


 だから、彼らを非難するつもりはなくて。

 再々ここでも書いているが、とても良い青年に育った甥っ子君が、その人生をカルトに捧げつつあるのを見るのは辛いが。彼の人生である。

 もう、彼も大人だしね。


 言い方は悪いが、自己責任なんだから、好きに生きてくれ、って事である。



 ただ。

 未成熟の心に、消えない傷をつけ続ける、件の彼女は、素直に可哀想に思って。



 でも、皆さんも分かるでしょう?

 ここで、ワシが急進的に義親族の価値観を罵っても、攻撃しても、彼女が救われるわけでは無いし、ワシと義親族との緊張が増すだけで、何の意味もないのです。

 ワシにサタンが宿った、というおバカな結論を分かりやすく与えたことになるだけ。


 でもね。

 じゃあ黙って聞いておこう、ともならないのが、ワシなのよね。


 そもそも、ワシはそんなに人間はできていないし、黙って聞いていると、ワシもその場の浅はかな結論に同調していたと思われるのも、大いに癪だったわけです。


 だから。

 とにかく、心を落ち着かせて、いくつかの問題提起をしてみることにしました。



 どーしようかな、と思ったワシは。



 高校生くらいの女の子が、可愛いと言われたい、って思う事って、ダメな事なんかな?

 と。

 努めて平静に呟いてみました。


 みんなが黙っているので。



 親子の話し合いが必要だ、って言うけど。

 そのオヤジさんである長老は、娘が「軽音とダンス部に入りたい」と相談しても、そもそも受け入れないんじゃないの?それを彼女は分かってるんでしょ?


 ワシの問いに無言の義親族たち。



 だから、彼女は黙ってやるしかなかったんだよね。それを責めるのは、彼女を追い込むだけよ。

 それに、通信制に通うことを楽しむ彼女に、「世との交友の側面から見て危険だ」って事だけど。

 鬱だった彼女に笑顔が戻った事は、単純に喜ばしい事じゃ無いの?


 彼女は、普通の女の子なんだよ、きっと。


 親や周りが、自分の思う通りに生きてくれない事に、駄々を捏ねてるだけにしか、聞こえないわ。



 ここでやっと義姉が、甥っ子の例を出して、反論?をしてくる。

 見解や価値観の相違があったとしても、親子で意思疎通をするのは重要だ、甥っ子の例がそれを示している、と。

 彼女もそうすべきだった、と。


 ワシは。

 甥っ子は良い子だ、と認めた上で。

 誰でも甥っ子と同じように出来るという前提が、そもそもおかしいんじゃないのか?


 身体と同じように心だって成長の差がある。

 彼女はまだそこまで強く無いのかもしれないし、彼女は甥っ子ほど割り切った信仰を持っていないのかもしれないよ、と、返した。


 そして。

 周りを見てごらんよ。

 JWとして育てられても、甥っ子みたいに「模範的」に育っている子がどれだけいるの?


 (丁度この話題の前に、近隣の会衆の女の子が15歳で妊娠した、との話題があったので)

 早すぎる妊娠や、自暴自棄になって借金を抱える子や、自殺した子。一体、何人見てきたのよ?

 義姉と親しいO家にしてもU家にしても、徹底的なJW教育を施してきたのに、今はどう?

 離れてるばかりか、親子断絶してたり、病んだりしてるよね?



 もう、この辺りで、義親族メンバーは、お通夜状態笑


 でもドSのワシは、続けます。

 

 みんな、子どもを、どうしたいわけ?

 分かりやすく組織が示したライフプランに、無理やり合わせようとして、自己満足したいだけじゃ無いの?

 子供の人生、って言う視点で物事を解釈してやる事が、あまりに欠けてるよ。


 JWである事が正義だとしても。

 みんながみんな、高校生くらいで「模範的」だとも限らないだろうに。


 ワシはね。

 今聞いた、彼女の話の感想は、「普通の女の子だな」としか思わないわ。


 やりたい部活があって、でもそれを反対する親がいて。

 なんとかやり過ごすために、つかなくていい嘘をついて、でも結局露見して、傷付いて。

 可哀想だよ、ホントに。

 普通の高校生活を送らせてあげてよ。


 親が浅はかな自己の価値観と、組織内の評判ばかり気にして、子どもの人生を犠牲にしてるだけやん。

 

 すると、義姉の方から、「だから今、マスコミに批判的に報道されてるって事かな?」と問いかけてきて。


 ワシは驚きましたが。


 努めて平静を保ちつつ。


 それもあると思う、と。


 こども家庭庁の発信を全て鵜呑みにする必要は無いとしても。

 JWの生き方を、親が正しいと思うのは勝手だけど、その信仰とやらを、自分の望むタイミングで、望む形で、望んだ通りに子どもがトレースする事だけに狂った結果、子供が犠牲になった、というケースも少なからずあると思うし、実際我々も離散家族をたくさん知ってるじゃないの?


 それを、今の兄弟姉妹は反省すべきだし。

 組織もそれを反省すべきだよ。



 義親族は黙って聞いていましたが、ワシは、ここまで言い切れたことに、ホッとしたし、満足しましたね。


 そしてここで、ヨメが、ナイスアシストをします笑


 私も漫画を捨てられるとか、よく分からんルールを押し付けられたので、めっちゃ悔しかったけど、今はそんなルールないやん!

 恨みに思う人がいても、しゃーないわ!


 まあ、このエピソードは義親族なら分かる、ヨメのお笑いエピなので、場はうまく笑いで纏まりましたね。



 今回は、いろんな条件が整って、義親族がワシの話を割と素直に聞いてくれたのですが。

 まあ、どこまで響いているかは分からんし。

 いや、おそらく「霊性の低い人の意見」程度に思われているでしょうが。


 それはそれで、いいのよ。

 もう、期待はしてないし。



 ただ。

 可哀想なのは、件の彼女。


 義父母会衆のT長老の長女ちゃん。

 気付いてくれたらええなあ。


 君は、悪く無いよ。

 普通の事を普通に欲しているだけ。

 今しかない青春を、君は楽しむべきだし、そうして欲しい。

 その上で、君がどんな生き方をするか選んだらいい。


 親の言いなりや、教団の言いなりになって生きても、君は君じゃ無くなるだけだよ。


 そりゃね。

 親と上手くいく方がいいし、組織とも穏便に付き合えるなら、それもよし。


 でもね、それが叶わない状況なら、まずは自分の心を大切にしなよ。

 オジサンは心配だよ、ホンマに。



 この話題の最後に、ワシは。


 彼女の父親は長老クビだな、と。

 外聞を娘の気持ちより優先してる時点で、人としてアウトだよ、と。


 この発言は、大いにウケました笑

 まあ、これも、誰かを非難する類のゴシップが喜ばれるこの組織の恥部なんですが。

 敢えてそれを分かってて、毒を吐くワシの性格の悪さも露呈しましたな。



 という事で。

 がんばれ、T家の彼女👊


 実はね。

 昔、信仰という名で虚栄心の塊だったワシにとっては、父親であるT長老にも相当理解ある考え方を持っているのだけど。


 それは、また気が向けば書くとして。



 今回は。

 宗教2世、3世の人生が壊れていく音が聞こえてくる気がしたので。

 そのメカニズムを解きつつ。


 マイコン現役に少しだけの冷水をかけたつもり、という、お話でした。

 友よ。


 虚構から覚めたとて、それが必ずしも幸福に繋がるとは限らない。


 いや、現実を生きるからこそ、辛く、生きにくい世の中なのかもしれない。

 

 知らぬが仏、とはよく言ったもので。

 現世における無知という状態は、ある意味幸せを指す、とすら言えるのかもしれない。


 

 脱塔して10年とちょっと。

 いろんなものを見て、色んな人と会って。


 脱塔当初、ワシの気持ちは「釈放」という表現がピッタリとくる、ある「しがらみ」からの解放を心から喜ぶ、澱みない感情だったと思う。


 現役の家族や友人との関係もあったので、感情の浮き沈みの大きい、実に複雑な日々ではあったけど、何よりもカルトから足を洗った爽快感に満たされ、誇りに思っていたような。


 だから、過激派のワシは、両親の「信仰」を引き剥がしにかかったし。

 教団に残る友人に冷たい言葉を吐き、遠ざけることで自分の心を守った。


 でも、病魔に苦しむ母を前に、この人の仮初めの信仰を引き剥がすことは、助けることでなく、苦しめることに他ならないのではないか、という迷いが生じた。


 その後、脱塔した仲間たちと合流し、心の隙間を埋めることも、覚えた。

 同じ場所に傷のある仲間と心を通わせることは、それなりの治療になる事を知り、癒されもした。


 しかし。

 教団における自己の扱いに不満を持ち、ただ単に教団に恨みを持っているだけの人もいることに気付かされる。

 それに、教団批判に人生を賭けようとする人の危うさも、見えてきて。

 特に、運動家たちとの接触が、ワシを大いに覚めさせた。


 ワシはいつしか、脱塔した事が人生のアドバンテージになっている、と勘違いしていたのかもしれません。


 いつからだろうか。

 一部の脱塔者の現役批判が、「兄弟ゲンカ」に見えてきたのは。


 人間なんて、愚かしい。

 もちろん、ワシも含めて。



 ワシは。

 一つの真理があって、その真理さえ学べばオールオッケー、という価値観の中で幼い頃から生きてきた。

 ワンイシューで幸福が手に入るという、ビギナー向けの詐欺のようなおバカな世界にいた自分を恥じ。

 そして、その価値観の稚拙さに、はたと気づき。

 その価値観を脱ぎ去ることに成功した、と思っていた。


 

 が、しかし。

 教団とは距離を置いても、考え方は変わっていなかったようだ。


 教団は正しい!

 から。

 教団は間違っている!

 の。


 思考が反転しただけの、それでいて同じ、ある種の一神教に、ずーっと傾倒していたのかもしれない。



 もちろん、ものみの塔が、愚かな宗教団体であることは間違いない。

 聖書を都合よく解釈し、権威づけに利用し、私利を追い求め、他者を支配することが目的となっている、有害な宗教だと思う。

 

 しかし。

 そこに所属していないことが、幸福を意味するわけでも、「賢明さ」の証であるわけでもない。

 これは、JW達が、JWに所属しているだけで幸福で、賢明な生き方だ、と思い込むことの裏返しであり、同じレベルの思考だ。


 そんな単純な事を、最近しみじみと感じる。



 だから、友よ。

 なあ、友よ。



 好きに生きなよ。

 人生は、そんな単純ではないけど。


 ないからこそ、思想や宗教が成否の決定材料にはなり得ないのよ。



 

 長男の友人が、自死した。

 親御さんの苦悩の表情が居た堪れない。

 

 その一方で、似たような年齢の現役の甥っ子が、教団から「類稀な特権」を得て、現役親族は大いに沸いている。



 カルトというファンタジーから出て、現実に向き合うからこそ存在する辛さ、というのは、間違いなくある。

 一方で、虚構に身を沈めるからこそ苦悩をキャンセルできる愚かさが、その人の心を救うこともまた、あり得る。




 ワシはもう、JWに戻ることはないし、教団の幼稚な聖書ごっこも正視に耐えない悪行にしか見えない。

 ワシは、教団幹部が支配欲と保身のためにこの教団を運営し、無垢な末端信者を弄んでいる事実を知ってしまったから、幼稚な「バイブルワールド」に浸った童であり続けることは、もう出来ないのだ。



 でも。


 その結論が、ワシを幸福にしたわけではない。

 偉くなったわけでもない。



 そう。そもそもワシは、それで救われたわけでもない。



 ワシは、ワシらしく生きた、と。

 ただ、それだけだ。



 だから、友よ。


 君も、ただ。

 ただ、ただ、自分らしく生きてくれ。


 君がどこに所属するのか。

 誰に従うのか。

 何を喜び、何に泣くのか。



 ワシはそんな事で、君を峻別し、見下したりはしない、と。

 約束しよう。




 桜が美しい。

 今年もまた、この季節を迎えられた。

 今日食べる飯も。

 明日飲むお酒も、きっと旨かろう。


 妻と長く共にいられる事を喜び、子どもたちの些細な成長に感動し。

 大好きな映画に心を震わせ、壮大な雪景色に荘厳な神性を感じ。

 見知らぬ地への気ままな旅と、ベースボールをこよなく愛するベタなオジサンとして。


 時に亡き両親や友人を想い、泣き。

 いつか迎える自分の死を、覚悟しつつ。




 ワシは生きていく。

 それ、だけ。


 だけ。



 だから。

 友よ。


 君もそーしてくれ。



 そう。

 勝手にしてくれ。

 

 

 ワシも。

 これからも、ずーっと、勝手に生きるから。


 君がどんな神を信じていようと。

 必要だったら、呼んでくれ。


 出来ることだけ、やってあげるから笑




 宗教的フリーライダーとして、やっと10年と少し。


 JWを含め、他人の宗教なんて、どーでも良い、と気付かされたオジサンの。


 唐突な呟き。



 敬具