兄貴へ


 この前は、LINEをくれてありがとう。

 兄貴がいつも他界した両親の誕生日や、命日にラインをしてくれるおかげで、エホバに入信した兄弟とそうでない兄弟、という生きる道を分つ事になった我々の絆が、かろうじて繋がっているのだと思う。

 本来は、ワシがその役をしなければならなかったのに。

 

 ワシは、親の狂信に加担した弟でした。

 なのに兄貴は、ワシが母に連れられ、エホバに引き込まれたことを、同情してくれましたね。

 散々そのお陰で苦渋を舐めてきたのに、全く恨み言を漏らすこともなく、それどころか、ワシを気遣ってくれるその姿を見て、ワシは後ろめたい気持ちと、貴方の懐の大きさに圧倒される気持ちとに挟まれ、愚かなプライドに翻弄される日々です。


 貴方は、母やワシを恨んでもよかった。

 子どもの頃から、信者でもないのに誕生日や祝祭日のイベントを全て奪われました。

 人一倍努力家で、その甲斐あって難関大学に合格したと言うのに、その大学進学の意思を責められもしましたね。

 学生時代に暮らしたボロアパートには、母の差金であるエホバの信者が頻繁にドアを叩き、貴方の貴重な時間を奪いました。

 いつも苦笑いで全てを水に流していた貴方も、流石に結婚を決意した時に母が発した、「会場がホテルであっても、教会スタイルでの結婚式には出席しない」という無情な言葉には、感情が爆発しました。

 貴方は愛すべき人との門出を祝う事ができない、と語る親や、ワシの言葉に傷付き、絶句しました。

 今でも貴方が、珍しくワシのアパートに電話をしてきて、「頼むからお前が母を説得してくれ」と

言ってきた夜の事をよく覚えています。

 冷静な貴方が、「なぜ、いつも自分達の主張ばかり通すのか?自分達だけがいつも正しいと断言するのは傲慢ではないか?」と涙ながらに訴えてきた時、ワシは動揺しました。

 でも…

 当時のワシは、全く貴方に寄り添わなかった。


 数ヶ月後、お互いに帰省した実家で久々に会った時、とても気まずかったよね。

 でも、非礼を詫びたワシを見て貴方は、「ああ、気にすんな」と目を逸らして言いましたね。


 その後も。

 母が貴方の最愛の人に協会の出版物を渡したり、子育てに宗教的見地から進言したりしても、いつも笑って流してくれたね。孫に誕生日のお祝いや節句をしない両親だったから、奥様方の親からの気遣いと比較して、夫婦間で気まずい空気が流れていたのではないか、と。今更ながらに申し訳ない思いです。

 きっと、奥さんや子ども達の複雑な思いを受け止めつつ、実家でも母やワシの事を慮って厳しい事を言わなかったのだと思う。


 両親が亡くなった時、貴方の自己犠牲には驚かされっぱなしでした。

 貴方は、片道3時間近い道中をものともせずに、何度も母の病院に通いましたね。

 毎日深夜に及ぶ仕事をクリアしながら、それでも、母の顔を見るのが最後になるかもしれないから、といつも笑顔で。


 とても記憶に残っている夜があります。

 母がもう長くない、と医者に宣告された夜。

 日曜だったので、翌日からの仕事のために貴方は、夜遅くに病院を後にして、終電で帰路につきました。しかし、その数時間後、急激に血圧が下がった母の病状をワシからLINEで伝え聞いた貴方は、まだ長い道中の途上にいながら、いてもたってもいられなくなり、途中の駅で降りてしまいました。

 結局、その直後に母は持ち直したため、その事を伝えると、あっけらかんと「良かった!朝まで待って、始発で帰るよ!」と言って電話を切りましたね。

 疲労はピークだったろうに、そんな事より母の無事を喜ぶという。貴方らしい、愛情深いエピソードです。


 母が亡くなった時には。

 あんなに気丈に振る舞っていたのに。

 電車で帰るのを見送るワシに手を振り、走り出した電車の中で、貴方がワシから目を逸らして前を向いた途端、とんでもない量の涙が頬を伝ったのが見えて、ワシも泣けてしまいました。

 その後にすぐきたLINEには。

 「もう、母は褒めても怒ってもくれない。そう思うと号泣してしまったわ」と。

 貴方の愛情をよく表す言葉だったので、よく覚えています。


 両親が他界して、10年近くが経ちます。


 貴方は、毎年、両親の誕生日と、命日には、LINEに、両親への思いを綴ったメッセージを残してくれます。


 その度に。

 貴方の深い愛情を思わずにはいられません。


 ワシは、何十年もの間、愛とは何か、と言う事を学び、反芻し、他の人に教えてきた人物です。

 しかし、神の名の下に剃り込まれたその言葉の数々は、今となればとても空虚で、実体が無いものです。


 翻って、貴方の愛情深い日々を思い返すたびに、人として本当に大切なものは何か、教えられる思いです。


 ワシは貴方にはなれない。

 でも、貴方がしたように、素の愛情を周りの人に分け与えられるように、意識して生きることは出来る。いや、そうして生きていきたい、と。


 貴方のLINEを見て思ったのです。


 

 神を信じろ、とか。

 最も偉大な人に倣え、とか。


 そんな大仰なことではない。

 すぐそこの身近な人を尊敬し、その道をトレースする事こそに、人生の意味を知る。


 誰にも恥じない人生を送る事の秘訣が、こんなに側にあった、ということ。


 そんな事を貴方に伝えると、きっと、「やめろよ」と笑うでしょう。

 

 でも。

 ありがとう。


 神様への信仰よりも大切な事を。

 この歳で教わったバカな弟を、これからもよろしく、と。

 

 今度会った時に、目を合わせて言わせてくれ。

 

 でも、きっと恥ずいから。

 酒を飲みながら、言わせてな。


 信仰という名の下に傲慢な生き方を顧みず、周りに迷惑かけ倒した、バカな弟より。

 日本においてJW信者が猛烈に増え始めた高度経済成長期。

 多くの信者にとっては、1975年が大きな里程標だった。

 フレデリック・フランズの著作である「神の自由な子となって受ける永遠の生命」というトンデモ本に記載された情報に基づき、当時の信者たちは本気で1975年にハルマゲドンが来て世界が滅び、自分たちは楽園で永遠に生きられる、と、信じた。


 その偽預言が霧散した後は、もっぱら「1914年を見た世代」が死に絶えるまでに終わりが来る、という、少々ボカシた終末論が「真理」とされた。

 この見解は、1914年当時の出来事を認識するためには成人していなければならんのでは?とか、10歳程度でも物心ついているので「見た世代」にカウントできるのでは?とかの、無意味でバカバカしい想像力を背景に、20年ほど引っ張られた。


 1990年代からは、教団が「世代」の解釈を弄ぶ事で、この預言の賞味期限を伸ばし始めた。

 聖書預言の意味する世代は文字通りの世代ではない、とか、ナントカ、かんとか、ゴチャゴチャした事をしょっちゅう聞かされた。


 そして現在では、この「世代」とは、実際に見た世代とともに生きた世代とが重なる事を意味する、とかの、アホらしい頭の体操のような教義に発展?し、延命措置を施されている。


 こうした変遷を俯瞰的に見ると、実におバカな、偏差値の低いエセ宗教の、嘘の上塗りだ、という事が、誰の目にも明白なのだが。

 その宗教にどっぷり浸かった人や、今さら後戻りできない、と考える妙にプライドの高い人たちは、そのおバカな預言を信じるしかない。


 ワシは、2世だったが。

 ワシにとっての預言第2形態である、90年代の変更の際に、一気に冷めた。

 キリスト教系宗教ゆえに、預言以外にも受け入れられる道徳律が多かったこともあり、暫く茶番に付き合ったが、その後展開される2000年以降の第3形態を知る頃には、完全にこのエセ宗教を捨てる覚悟が出来た。


 これ以上、人生を無駄にはできないから。


 幾らかの友人達は、ワシと同じ道を選んだ。

 辞め方は様々だが、ワシの脱塔と前後して、棄教の道を選んだ人も、多かった。



 ワシは、現役信者達をみて、よく思う。

 

 アンタら、あんなアホな教義、マジで信じてんのか?

 ホンマにJWの言う通りのタイミングで、重なる世代とやらの終焉が訪れ、終わりが来ると思ってんのか?と。


 大抵の現役は、もちろん!と言う。

 というか、ワシがこんな質問をする事そのものを不謹慎なもの、と嫌悪する。


 組織を疑うなんて、背教的!

 私はエホバを待つわ!

 1世紀当時のクリスチャンと同じように、救いだけを見つめるわ!


 とまあ、こんな反応が返ってくる。

 カルトとは恐ろしいものだ。



 が。

 先日、面白い事を聞いた。



 我が家を、某長老夫婦が訪問した時である。

 ワシが所属していた会衆は、関西の地方都市であり、典型的な過疎地域であったため、ワシが現役時代には会衆の人材不足も深刻だった。

 100人近い成員に対して長老は常に3〜4人。

 到底、行き届いた監督が出来る人数ではなかった。


 ところが。

 現在、その田舎会衆には、成員は減ったのに、約10名もの長老と、それに近い数の援助奉仕者が所属しているのだそうな。


 社会動態に反して、なぜにそんな牧者が増えたのか?とワシが訝しむと、その長老夫婦は。

 近年、都市部から大量の移住者が押し寄せており、その恩恵である、と教えてくれた。


 どうやら、リタイア世代を中心に、特に生活に余裕のある層の信者達が、都市部の生活を捨て、田舎でのセカンドライフを満喫しようと、我が街に移住してきているのだ、と。

 どうやら、色んなところから聞こえてくるところによると、我が地方の別の田舎会衆でも同様の現象が起こっており、長老余りが発生しているらしい。



 もう、笑うしかない。


 シニア層が、田舎でのセカンドライフを楽しむのは、悪いことではない。

 いや、一般的には実に結構なことである。

 ゴミゴミとした都会で、馬車馬のように働き、やっと引退を迎えた世代が、穏やかな余生を田舎で過ごそう、と願うのは、実に自然の発想ですらある。


 が。

 この発想は、人生一度きり、の人々の発想だからこそ、健全なのだ。

 

 そう。

 この世はもうすぐ終わる、って息巻いて家々に伝えて回ってる本人達が、なんで有限の余生を楽しむ、ってな発想の元に移住してんのよ。

 アンタら、田舎に移住しなくても、もうすぐ楽園が来て、そこでライオン撫でながらフルーツで満腹になるんでしょ?

 田舎に移住する金があるなら、寄付しなよ。協会に寄付するの、好きじゃん。誰かの役に立ちたいんでしょ?

 移住なんてしてる間に、終わりが来ちゃうよ。

 時間が勿体無いやん。

 大学行く時間も、部活してる時間も、惜しいって言って、多くの人の可能性奪ってたやないかい。

 なのに、えらい、悠長な事してんのね、オメーら。

 

 まあ、結局。


 今更、宗教投げ捨てて生きていく度量も覚悟も自尊心も正義感も誠実さもないけど、意識下では、楽園が来る、なんて事が怪しくなってきたので、そーっと笑、現実的な余生の過ごし方を模索し始めてるんだと思う。

 

 なっさけねー。


 笑わせるのが、その移住理由で。

 一応、「必要の大きな場所に移る」が理由らしく。

 いやいや、こんな田舎に10〜20人もの指導層はいらんやん。

 今や、都市部の会衆の方が高齢者で溢れてるやろーに。ホンマに信者の必要に関心があるなら、都心部でバカ高い家賃払いながら、高齢者のお世話をしてあげなさいよ。


 こーゆーところが、コイツらのタチの悪いところで。


 終わりなんて来ないから、普通にセカンドライフ楽しみまーす!

 って言えば許してやんのに。

 「必要の大きなところ」だの。

 「奉仕を拡大する」だの。


 しょーもない嘘を建前にしないと、行動できない偽善者達なのよ。


 悲劇はまだある。

 こーゆー、うっすら信仰を失って移住出来るのは、そこそこの金持ちだけ。


 そう、経済力がない人たちは、こんな偽善すら実現しないのだ。

 じゃあ、どーするか?

 そう、もう凝り固まるしかないのだ。


 終わりが来る!

 もうすぐ来る! 

 絶対くる!

 来てもらわないと困る!泣

 信じない奴は死んじまう。

 ワシらが正しい、正しいのだァァァ


 最近、多いでしょ、こーゆー感じの信者笑


 

 まあ、好きにすればええよ。それぞれの人生だしね。

 でもね、ワシは、どーせカルトなら、純粋に信仰してビンボーしてる奴の方が、まだ好きだな。



 偉そうに子ども達の可能性を奪ってた年代の連中が、いそいそと田舎暮らしを企ててなお、信仰あるふりしてるのを見ると、人間性の底辺を見た気分になるね。


 ああ、カルトな人種の何と愚かで見苦しい事か!

 嘆かわしくて、ハゲそうになるわ。



 で。

 因みに、我が家を訪れた長老夫婦の要件は。

 今の家を残しつつ、別の田舎に家を買ったので、そっちに移住する、との事でした笑


 ああ、ブルータスよ、お前もか!



 にしても、謎にお金持ちやなー、君らも。

 ま。

 勝手にしてくれ。

 暑い。

 暑いのだ。


 今年も関西はメチャクチャ暑い。


 7月初旬まで、拍子抜けする涼しさだったこともあり、ここに来ての猛暑は中年の身体には堪えますわ。


 さて。

 

 タイトル通り、そんなこんなで、カルトから脱出して13年が経過しました。


 厄介な教団との関わりの日々は、つい昨日のようでもあり、遠い昔のようでもある。

 が、やはり時の経過は色んなものを包んでくれますね。


 ゴリゴリ2世だったワシですので、脱塔時には胃が痛みましたし、どこにいても、何をしていても漠然とした緊張、不安に苦しんだものです。

 理性を駆使して脱塔ロジックを積み上げてはいたものの、あの聖句やこの雑誌、あの親族やこの友人の、理屈や反応が次々と頭に浮かび、文字通りうなされたもんです。


 が、やはりそれは、必要な苦しみでした。

 その苦しみを避けていたなら、いまだにワシはカルトメイトでしたし、もしかすると今のように心身が健康でいられたかも定かではないのです。


 脱塔時の苦悩を聞かれた時、よくこんな例えで説明します。


 そう、独裁某国からの亡命です。

 自由を奪われ、あらゆるライフイベントを管理され、資産の保持や家族計画まで干渉した挙句、密告天国で戦々恐々とした日々を送らざるを得ない某国での人生を続けるなら、ワシは亡命してでも、ある程度「自己責任」で生きることのできる国への亡命を企図するでしょう。

 それには思想のダイナニズム、場合によっては家族との別れも覚悟する必要がありますが、自分を偽り、束縛の中で不満を溜め込んで生きていくより、はるかに良い、と思うからです。


 ものみの塔というカルト教団コミュニティで育ち、生きてきたワシにとっては、脱塔とはそれくらいの経験だったのです。


 亡命、脱塔したからと言っても、そこにオートマチックな幸福があるわけではない。

 新たな世界で、一から築かなければならないものもあるし、年齢によっては、既に取り返しのつかないことも多くあるけど。

 ワシは、憤まんを宿しながら不健康な精神状態で自分や他人を欺きながら生きるより、新しい世界で苦労と共に獲得するわずかな幸福を噛み締めながら生きることを、選びました。


 だから、脱塔しようか、どうしようか、悩んでいる人。

 ボーダーを超える時の苦しみは避けられないけど。

 その苦しみに値するものを、あなたは得るのだ、と。


 ワシは約束しましょう。


○親子関係

 脱塔後の親子関係は最悪でした。

 ワシは40前で脱塔したのですが、当時既に高齢だった1世両親とかなり、やり合いました。

 離れて暮らしていたので、その点は救われましたが、そりゃもう、暫くは腹立たしいやら、悲しいやら、もうよく分からん感情を抱えながら悶々としていましたね。


 今振り返ってみて、ワシが脱塔直後の期間において大切だったな、と思う事は、とにかく理論的に完全に親を論破した事でした。

 論破したことにより、双方の見解の相違を超えて、理論的正義がこちらにある、との共有認識が生まれ、親は「組織も不完全」「背教者の影響を受けたくない」「私はエホバを待つ」などのセリフを連発し始めました。

 これは言い換えると、理性的な論理体系で答えることを放棄したサインですので、こーゆー発言に終始し出すと、「理論上は」これ以上、話しても無駄です。

 このフェーズを迎えると、親としてのワガママを前面に押し出してきます。

 感情的には子どもに同じ価値観で生きてほしいし、歳をとってから自分の生き方の間違いを認めたくないでしょうから、かなり熱のこもった泣き落としや怒りのぶちまけ攻撃をしてきます。

 ここからは、どこまでこちらが冷静でいられるか、です。

 親に付き合って、常に怒ったり泣いたり怒鳴ったりしてしまうと、感情がもつれて別の問題を連れてきます。努めて冷静であること、が、カギです。


 2世信者にとって、場合によっては脱塔が即ち親との絶縁を意味することもあるでしょう。

 いや、教団はそれを推奨しているのですから、多くの場合はそうなる、と言っても過言ではありません。


 特に若い方にとっては、親との早々の離別は人生の大きなトゲとなりかねません。

 その先の人生、就職や結婚、出産などといった人生の一大事にも、親が無視を決め込むこともあります。


 が。

 諦めましょう。


 これは断言できますが。

 あなたが脱塔した事を受けて、その後あなたを避けるような人格の親ならば、早めに距離を置く方が絶対に幸せです。

 

 そーゆー種類の親とは、あなたが教団に残ることを甘んじて受け入れる事で共に生きる選択をしたとしても、決してあなたの心は満たされません。

 ならば。

 悲劇の2択になりますが、ワシはその手の親とは、早めに距離をとる方を薦めます。


 ワシの場合は、親を論破→感情戦→諦観→安定の道を辿りましたが、そこに至るには、やはりかなりの根気がこちら側に必要でした。

 切らざるを得ない親でなかったことを、感謝しなければならん、と、今は思いますが。


 まあ、今は両親とも他界しましたから、こんな落ち着いたことを言えているのかもしれませんがね…


○友人関係

 これも当初、自己憐憫のタネでしたが。

 脱塔時、ワシはエホ友以外とは、まともな友人付き合いをしておらず。

 故郷の同窓生はおろか、職場の同僚ともビジネスライクな付き合いに終始していましたので、脱塔時、友人と呼べる世人は、まあ、いませんでした。

 それを寂しく思うこともあります。過去記事にもそんな価値観で齢を重ねてきたことを、おセンチに嘆く記事も書いていますが笑

 でもね。

 これは、どーにでもなりますよ。


 友達欲しけりゃ、作ればいい。悲しむ時間があるなら、それくらいの努力、しましょう。

 職場の同僚と積極的に飲みにいくとか。

 趣味のサークル探すとか。

 恥を忍んで学生時代の友人に連絡とってみるとか。

 マッチングアプリでパートナー見つけるとか。

 どーにでもできる。


 そもそも、カルト時代の友人も、「教団に背く奴とは口を聞かない」なんていう令和の時代にびっくりな人権無視のスタンスの面々だったわけで。

 そう、つまりは、そもそも我々には本当の友人なんていなかったんですよ笑


 この点、ワシは途中で開き直りました。

 そもそも、カルティーだろうが世人だろうが、ワシのようなクセ者に友人がいっぱいいるはずがなく。 

 それによくよく考えたら、1人でいることが好きで、他人に干渉されたくないワシは、友人ごっこはあまり向いていない事に気付き。


 今は、職場にほんの数人、定期的に飲みにいくメンバーがいるのと。

 少数の慕ってくれる後輩が可愛いこと、高校時代の友人1人と年1で飲みに行くこと、が「友情」カテゴリーを掠ってるくらいで。


 でも、それで、十分。

 エホ証で言うところの、「真の友」なんていうキャラは、全くいないし、ワシには不要なのよ。


 だから。

 色んな人がいると思うけど、そこまで心配する事でもないかな、というのが13年生の率直な感想です。


○家族関係

 ヨメもワシと同じく筋金入りの2世でしたが、脱塔して13年も経つと、そもそもエホ的会話なんて当然ないし、お互いがそれを想起させるような振る舞いも発言も全く無くなりましたね。

 街でエホ証を見かけても、現役さんが布教で自宅を訪れても、もはや、「どこかの宗教をしている人たち」、という俯瞰で感想を述べ合うレベルで、自分たちの出身母体であることすら、意識下にないような日々です。


 やはり、脱塔して時間が経てば経つほど、彼らの異質さが際立っている事は実感しますし、彼らの行動原理などをふと思い出す時にも、その狭量で偏った思考に、今更ながらに鳥肌がたつほどで。

 よくもまあ、あんなカルトに身を沈めながら、社会で「普通の人」のように生活していたな、と、改めて戦慄するほどの異彩を、彼らは放っています。


 故に、脱塔して、真っ当で普通の日々を長年送っていると、心身ともに彼らの領域に同化されるような事は全くなくなり、完全に切り離された精神状態に移行していきます。


 今やヨメとも、子どもたちとも、エホだった事をベースに今を語る事は全くなく。

 道端にいる気色の悪いカルト連中、という実に健全な笑侮蔑を彼らに向けており。

 逞しい子どもたちは、もはや元エホをネタとして友人たちに披露するような吹っ切りぶり。


 あのままエホやったら、人生終わってたな。

 エホ辞めたことが、おトーさんの最大のファインプレーやな。

 なんて。

 時々息子たちは、笑っています。


 だが。

 ここでも言える事ですが、別に脱塔したからと言って、幸福な家族生活が待っているわけではなく。

 それなりの、人並みの、苦労は当然あったわけで。


 息子たちは結構な反抗期があったり。

 学校で友人関係で揉めたり。

 学費が高くて苦労したり。


 子供のことを思うと、夜も眠れないような事も、人並みにありましたからね。


○親族関係

 ワシの母方親族は、母の影響で叔母家族がいまだに現役のはずですが。

 まあ、母が他界した今、全く連絡もないし、こっちもしてません。何の支障もないし。

 現役の従兄弟が2人いたので、その2人のことは少し気になりますが。

 薄情な宗教なので、ワシが脱塔した時点で、彼らも、もうワシに興味などないのでしょう。


 父方の親族は、ど田舎の旧家であり政治家一族だった事もあり、親父が信者になった時点で関係は最悪になっていました。

 親父は信仰の問題で祖母の葬式も出ませんでしたから、向こうはカンカンで、親父亡き今、ワシはもちろんワシのノンエホ兄達とも完全に疎遠になっています。

 まあ、これも、別にどーでもええのよ。物理的にも心理的にも遠いし、それほど思い入れもないし。

 ↑ちょっとドライすぎるか笑


 問題は、ヨメ側の親族。

 ヨメの一族は、ドカルトの王道、頭がおかしいほどエホ脳の面々なので、これが苦労した。

 いや、今もそこそこ苦労してる。

 しょっちゅう記事にしてるので、ここでは細かいことは書きませんが、彼らと共存していく上で重要なのは、「諦めること」と「拘らないこと」。


 上から目線で説教されても、特殊な習慣をさも常識のように説かれても、笑って流す。

 場合によっては、「ほー、へぇー」と、聞くフリをする。

 そう、傾聴ボランティアですよ。

 まあ、ワシも時々、「ここは譲れん」と思うポイントでは、鬼の形相で釘を指しますが、そんなケースほとんど無いし。

 こっちが諦めると、向こうもある意味、カルトに引き入れることを諦めてくれて、楽になります。


 これも、13年という、結構な歳月が作り出した、奇跡の産物なのかもね。



 さて。

 長くなりましたが。


 脱塔を望みつつ、実現できていない皆さん。

 本日のまとめです笑


 親子関係では、腹を決めましょう。

 改宗ごときで関係断絶を望むような親とは、時に疎遠になる方が幸せですよ。


 友人関係では、努力しましょう。

 エホじゃなくても、みんな友人をつくる努力はしていますから。


 家族関係では、時間の経過が最大のクスリです。

 あなたが妙に拘わったり、中途半端にカルトとの接点を持ったりしなければ、異常な世界の人々とは自然に距離ができるものです。あなたがそうするなら、子どもたちも、普通に育つはずです。


 親族関係では、達観しましょう。

 彼らを諦め、こっちの拘りを捨てれば、彼らも諦めてくれます。そして、親と同じで、彼らが断絶を求めるなら、歓迎しましょう。

 カルト信仰を前提とした血縁なんて、人生のお荷物以外、何者でも無いですよ。



 そうそう。

 本文で言及しなかったけど。


 一番厄介なのが、あなたが結婚していて、配偶者が組織に残る事を望む場合ですね。


 これもあっさり言っちゃいますが。

 配偶者が信仰前提の結婚生活しか認めないなら、サッサと離婚しちゃいなさい。

 時間の無駄です。

 まだ愛情があったり、子どもがいたりと、とても難しいケースもあるでしょう。


 が。


 相手が変わらない限り、展望は開け無いこの手の問題を、長く引きずっても、あなたが精神的に追い込まれるだけです。もう、そんな事してる間に、ハゲます。


 このケースで、相手の思いを尊重して脱塔を思いとどまったり、再婚を躊躇ったりしている人もいますが、ワシの知る限り、その手の人達で、一人も幸せそうな人を知りません。

 中途半端な絆の切り方は、ジワジワとあなたと周りの人を傷付けるだけです。

 離縁を持ち出してなお、あなたが相手に妥協する程度の覚悟なら、そもそも脱塔など、あなたには無理なのです。それなら諦めて、カルトのまま、かりそめの生活を送った方が良いと思います。

 勘違いしないで下さい。

 別に、それを誰も責めませんし、ワシは人生の選択肢として、アリだと思っています。

 

 が。

 それでも脱塔する事を選択するなら、大きな決断が漏れなく付いてきます。

 子どもがいる場合は親権をどちらが持つか、など難しい問題もあります。時には相手に全てを奪われたように感じる事もあるでしょう。

 が。

 そこで立ち止まったら、せっかく脱塔したのに、飼い殺しされてあなたが苦しむ事になります。


 もうね。

 次の人見つけて、再婚しちゃいなさい。


 どんな理由があろうとも、相手のペースに乗って中途半端にカルトの土俵に戻る事になると、あなたは絶対不幸になります。しかも、以前よりも不幸になります。


 若くて魅力的な間に、ハゲる前に、次の相手を見つけなさい。ハゲてるワシが言うのだから、間違いありません。


 もう、再婚する歳じゃないし、そんな気もないって?

 なら、一人で生きていく覚悟を持ちなさい。

 その覚悟を持てないなら、脱塔は無理、ということです。


 一人で孤独に生きていくか、大勢の偽善者に囲まれて一人じゃない、と勘違いして生きていくかは、あなた次第なのですから。



 おいおい、えらい簡単に言ってくれるなー!

 お前、何考えてんねん!


 と、言われそうですが。


 

 13年で悟ったこと。

 それは。

 物事の真理なんて、単純で残酷なもんで。

 本日のコーナーでは、その辺をシンプルにお伝えしたかった、と。


 そーゆー風に理解していただければ、幸いです。

 

 

 ではでは。

 猛暑が続きますが。


 皆さんが、重くて暑苦しいカルトの鎧を1日も早く脱ぎ去って、幸せな日々を送れるよう願っております。

 これ、ホンマに願っております。

 


 と言うわけで。

 カルトOBからの、おバカで無責任な現在地報告と、大クセアドバイスでした。


PS.熊本地震で被災された皆さん。本当にお疲れ様です。10年間に震度7が3回なんていう悪夢。皆さんの心労をお察しします。どうか、お身体を大切に。ワシなんかには何もできませんが、皆さんが少しでも早く復興出来るよう、心よりお祈り申し上げます。


 

 梅雨の季節になりましたね。

 皆さん、いかがお過ごしでしょうか。


 ワシは最近、再び読書にハマっています。

 数年に一度、活字を大量に取り入れたくなり、あらゆる本を買って読み漁ります。


 で、満足すると、また数ヶ月から数年、全く読まなくなる、という。

 変態です。



 この前読んだ小説に、とても心に響く言葉がありました。

 人生における、とてもシンプルな真理、というか。


 

 先端医療を司る医師を題材にしたフィクションなのですが、そこに登場する魅力的な医師や、大学病院の経営陣、患者などの心理描写が素晴らしく、分厚い文庫でしたが、あっという間に読了しました。


 この作家は、専門性が強く求められる世界を演出するために、相当緻密な取材をしたうえで執筆したらしく、後書きでは、現実の医療の最前線で働く医師からも、「現実世界に近い」との評を得るほどの力作でした。


 さて。

 この作品のある場面で主人公は、葛藤を抱え苦悩しつつ、こんな事を語るのです。



 自分が出会ってきた多くの患者は、さまざまな決断を強いられる中で、孤独と闘い、ときに誰かに助けられながら、自分で道を決めてきた。

 自分で道を選んだ患者は、結果が自分の望んだものとは違ったとしても、後悔をすることなく、自分の人生を受け入れた。


 逆に、人に決定を委ねた者は、何事においても不満を抱く。


 医療者も患者も、自分で進む道を選ばなかった者は、少しでも自分が考えていた経過と違うと、誰かを責める。

 こんな事になっているのは自分のせいじゃない、お前のせいだ、と訴える。


 人生の意味は、自分が納得できるか、だ。

 結果がどうあれ、自分が決めた道なら後悔はない。



 刺さりました。

 正に、医療現場のみならず、人生そのものではないか、と。



 仕事でも家庭でも、あまりに他責志向の跋扈する近年の風潮ゆえに、問題が起きても、とにかく他者に要因を求め、自分を諌める場面に出くわす。


 ワシの脱塔経緯も、こんな他責思考との壮絶な闘いだった。


 親から継承されたカルトに束縛された日々を呪って見せるくせに、家庭環境や経過した時間を理由に、離脱する苦悩に立ち向かうことから逃げ続けていた。

 

 そして、心のどこかで、いつも他責思考が蠢いた。


 カルトから出られなくても、仕方ないよ。

 親に小さい時から洗脳され、家族や友人を信者で埋め尽くされたのだから。


 ネットに浸ると、こんなワシをみんなが慰める。


 仕方ないよ!

 ほすまんはよく頑張ってるじゃん!

 離脱できなくても、大丈夫だよ!

 僕たち、私たちは、君のことを理解してるよ!

 だから、一緒に留まりながら、教団や親を呪いながら、ガス抜きして生きていこう!

 君は悪くない、悪くない…


 仮初の安心が、ワシを支えた。


 が。

 そんなワシに本当に必要だったもの。

 それは。


 「さまざまな決断を強いられる中で、孤独と闘い、ときに誰かに助けられながら、自分の道を決める」ことだった。

 「結果が自分が望んだものと違ったとしても、後悔することなく、自分の人生を受け入れ」る事ができる道を選択する勇気だった。


 今。

 ワシも、心から思う。


 「人生の意味は、自分が納得できるか、だ。」



 ワシにとって。

 離脱に伴う苦しみや傷を誰かのせいにして回避し、死ぬまでカルトメンバーとして生きて行くことは、全く納得のいかない人生だ。


 誰が慰めても。

 誰が唆しても。


 覚醒しつつも教団に留まる道を選択することは、人生の意味を無くすに等しいものだった。


 ワシは、ワシの納得できる道を進む事が、死ぬより大事だったから。



 もし、まだ、のほほん、と信者ヅラして留まっていたら、どーなっていただろう?


 きっと。


 ワシの生い立ちを考えると、しゃーないさ。

 誰それも、そーした方がいい、って言ってたし。

 ヨメも、親も、波風立てるな、って言ってるし。

 親が悪いのさ。

 組織が悪いんだ。

 いや、社会構造の問題じゃねーか?

 2世信者は同情されて然るべきだ。

 法律変えろよ。

 教団潰せよ…


 とかって、自分を慰めてたろうな。


 ヤバ。

 マジで、ありそうで怖い。

 ワシは、そんな奴だから。

 でも、死ぬまでそんな言い訳してる人生なんか、ゾッとするよ。


 そしてね。

 忘れちゃならんのは。


 たとえ脱塔したからと言って、無条件に幸せが待っていたわけではない、って事。


 脱塔後、親子関係も、家族関係も、親戚付き合いも、お世辞にも上手くいったわけではない。せいぜい、いまだに、微妙なラインといったところ。

 途端に仕事がうまくいくこともなかったし。

 脱塔後に起業した、投資が上手くいった、資格をとって転職した、といったキラキラ系の投稿をよく見掛けるが、ワシに限って言えば、そんな事も全くない。

 素敵な出会いがあったわけでも、もちろんないしね(もちろん、そんな歳ではないので笑)。


 言ってみれば、穏便に信者ヅラしてた方が、ある意味、それなりに穏やかな日々だったかもしれないのだ。

 脱塔することによって、かえって抱えなくて済むストレスを数多く拾ってきた、と言えなくもないから。



 が。

 しかし。



 ワシは、大切な事を知っている。


 そう。


 ワシの道は、ワシが選んだのだ。

 だから。

 この道がどんな結果を連れて来ようと、ワシは自分の人生に納得している。


 このことは。

 どんな事より重要で。

 どんな事より尊い、ワシにとっての人生の美学に等しいのだ。



 

 仕事帰りに、駅前に立つ若いJW男女を見かけた。


 君ら。

 目が死んでるぞ。


 君らが、ホンマに信じてるなら、ええよ。

 勝手にしてくれ。


 が。

 少しでも覚醒してるなら、納得できる選択をしなさい、と。ダサすぎるぞ。


 お節介にも心で毒づきながら、彼らの前を通り過ぎる。



 カッコよく生きることは、ワシにとって重要だ。

 ワシにとってのカッコよさは、他責に溺れるのではなく、自分で信じた道を、自ら選択し、その選択に責任を持って生きることだ。



 キラキラした日々が待っているわけではない。

 友達も、家族すらも離れて行くかもしれない。


 だけど。

 

 ワシは、自分の人生に納得している。



 意外にも、文庫本に読み耽る午後に、そんなことに、気付いた。

 先日、現役親族を訪ねた時、昨年行われた国際大会の話題になった。


 親族は大会そのものには対象地域では無いので出席していないが、大会に先立って行われた、海外ゲスト向けの「イブニングギャザリング」と呼ばれる、いわゆる晩餐会に参加がかなったらしく、その話を興味深く聞くことができた。


 組織から出た身としては、イブニングギャザリングって何?なのだが。

 なんでも、国際大会に訪れる海外ゲストとの大規模な「交わり」の場らしく。

 それをなんと、大阪の某高級ホテルの宴会場を貸し切って華々しく行ったらしい。


 驚くばかりだが、この晩餐会では、日本のJW組織の歴史を紹介する動画上映の他に、オーケストラによる演奏や、ミュージカルも披露されたらしく、さながらどっかの大使館主催の立派な晩餐会並みのスケールだったようで。


 驚いてばかりだが、国際大会に参加する海外ゲストの多くは、この前日や当日、アクティビティ(もちろん宗教関係なしの観光ツアーですよ)に参加し、そのあと、夜は高級ホテルで「交わり」を楽しむ、というスケジュールだったようだ。

 一体、何しに来とんねん。


 大阪、神戸周辺の会衆にはこの交わりに参加する「特権」が差し伸べられ、3名までの参加が許されている、との発表があったようで。

 晴れてうちの親族は、その特権にありがたく与かった、という事です。やれやれ。


 義姉は、この日のために、そこそこ値の張る着物を購入し、プロによる着付けまでしてもらった上で、その交わりに参加したそうな。


 写真を拝見したが。

 まあ、これが外国人に媚びる日本人の典型みたいな写真の数々で、ゲンナリでした😮‍💨



 それにしても、である。

 定職を持たない事を美学とすらしてきたエホ信者達に、よくぞこんなブルジョワジーの暇つぶしみたいな華美な体験を実現する経済力があるものだ、と感心する。


 いくら円安日本とはいっても、地球の裏側から一週間単位で家族旅行しようと思えば100万単位の金と、膨大な暇が必要だろうし。

 おまけに高級ホテルでパーティーをしようと思えば、これまた結構な出費が必要なはず。


 そんな金、どこから出てるのよ?

 それこそ、世界的な均等を図るため、とか標榜して各会衆から上納金ぶんどってる組織のくせに、よくも特定の富裕層信者のために「不均衡」なイベントを企画するよね。恥知らずが。


 恐らく。

 これはJW系旅行社による国際大会ビジネスの一環で。

 高級パックツアーよろしく、観光や現地人との交流を売りにした、アコギな商魂の賜物であることは、容易に想像がつく。


 事業で成功した信者や、不労所得で飯が食える富裕層信者にとっては、聖職者ぶりながら贅沢な暇つぶしが出来るので、大いに好評らしい。

 そして、話し手となるような組織幹部達は、当然「派遣」という名の「御招待」なので、全く懐を痛めない。

 世間で言うところの、贅沢な海外出張、くらいの感覚だろう。


 まあ。

 協会幹部は置いといて。

 各信者が自分の金を何に使おうが勝手だが、組織公認のイベントくらい、質素に慎ましく開催すべき、くらいの常識感覚はないのかね、この組織の信者には。そんなまともな感覚が皆にあれば、こんなツアー、成立しないだろうに。

 組織の言う通りにパートタイムで生計を立てて、健康保険や年金の支払いに四苦八苦している信者達は、このことをどう思ってるのだろう?


 救いようが無いのは、うちの親族のような、それにキャッキャと乗っかる、カルティー達で。

 国際的な交わりの機会に励まされたわー、とか言って鼻高々でした。

 

 周辺在住カルティーの参加費は、「完全寄付制」らしく笑

 まあ、暗黙の空気で、お一人10000円、寄付箱に入れてきました、だとさ。



 協会側にも、「大義名分」はある。

 団体ツアーにして高級ホテルを利用した方が、安全性に長ける、とか。

 この世の会社に企画させるよりも、JWファーストで安心だ、とか。


 にしても、そんなに安全性を気にするなら、国際大会など、するな。大規模イベントなど、しないことが一番のリスクヘッジだよ。

 それでもするというなら、貧困層の信者を招いてやれ。富裕層の信者は、来たければいつでも自費で来れるのだから。


 

 と、いうわけで。


 世間も、JW界隈も同じ。

 貧しいものが虐げられ。

 正直者がバカを見る。


 え?姉妹、貧困なの?

 生活保護を使いなさい!

 行政を活用しなさいよ!

 え?

 アタイは明日から国際大会なのよ!

 向こうで観光三昧、高級ホテルでパーティーした後、統治体に謁見してくるのよ!

 祝福だわー


 って感じよ。



 あーあ。

 ワシの現役時代、特売時間にしかスーパーに行かないの!って言いつつ。

 マクドの80円バーガーを買い溜めして一週間凌いでいたM兄弟達、どーしてるかなー。

 終わりが近いから、って言って新聞配達だけで妻子を養っていたのに、身体を壊して地獄を見ていた家族もいたなー。


 みんな、どーしてんの?



 ↑ワシが見た写真をイメージしてAIに作らせてみました笑

 ホンマに、まんまこんな感じの写真でしたよ。



 客観的に今のJWを評すると。


 他人に厳しく、自分に甘い。

 選民意識と自己愛が異常に強い。

 間違いを認めないくせに、他人の間違いは許さない。

 嘘つき。

 成金主義で、幹部の腐敗が蔓延している。

 

 あ。

 あと、最近では、すぐ裁判起こす笑



 ねえ。お願い。

 なんで、こんな宗教に入ってんの?


 ねえ。ねえ。

 教えて。


 イホ証の皆さん、教えてよーーー