暑い。
暑いのだ。
今年も関西はメチャクチャ暑い。
7月初旬まで、拍子抜けする涼しさだったこともあり、ここに来ての猛暑は中年の身体には堪えますわ。
さて。
タイトル通り、そんなこんなで、カルトから脱出して13年が経過しました。
厄介な教団との関わりの日々は、つい昨日のようでもあり、遠い昔のようでもある。
が、やはり時の経過は色んなものを包んでくれますね。
ゴリゴリ2世だったワシですので、脱塔時には胃が痛みましたし、どこにいても、何をしていても漠然とした緊張、不安に苦しんだものです。
理性を駆使して脱塔ロジックを積み上げてはいたものの、あの聖句やこの雑誌、あの親族やこの友人の、理屈や反応が次々と頭に浮かび、文字通りうなされたもんです。
が、やはりそれは、必要な苦しみでした。
その苦しみを避けていたなら、いまだにワシはカルトメイトでしたし、もしかすると今のように心身が健康でいられたかも定かではないのです。
脱塔時の苦悩を聞かれた時、よくこんな例えで説明します。
そう、独裁某国からの亡命です。
自由を奪われ、あらゆるライフイベントを管理され、資産の保持や家族計画まで干渉した挙句、密告天国で戦々恐々とした日々を送らざるを得ない某国での人生を続けるなら、ワシは亡命してでも、ある程度「自己責任」で生きることのできる国への亡命を企図するでしょう。
それには思想のダイナニズム、場合によっては家族との別れも覚悟する必要がありますが、自分を偽り、束縛の中で不満を溜め込んで生きていくより、はるかに良い、と思うからです。
ものみの塔というカルト教団コミュニティで育ち、生きてきたワシにとっては、脱塔とはそれくらいの経験だったのです。
亡命、脱塔したからと言っても、そこにオートマチックな幸福があるわけではない。
新たな世界で、一から築かなければならないものもあるし、年齢によっては、既に取り返しのつかないことも多くあるけど。
ワシは、憤まんを宿しながら不健康な精神状態で自分や他人を欺きながら生きるより、新しい世界で苦労と共に獲得するわずかな幸福を噛み締めながら生きることを、選びました。
だから、脱塔しようか、どうしようか、悩んでいる人。
ボーダーを超える時の苦しみは避けられないけど。
その苦しみに値するものを、あなたは得るのだ、と。
ワシは約束しましょう。
○親子関係
脱塔後の親子関係は最悪でした。
ワシは40前で脱塔したのですが、当時既に高齢だった1世両親とかなり、やり合いました。
離れて暮らしていたので、その点は救われましたが、そりゃもう、暫くは腹立たしいやら、悲しいやら、もうよく分からん感情を抱えながら悶々としていましたね。
今振り返ってみて、ワシが脱塔直後の期間において大切だったな、と思う事は、とにかく理論的に完全に親を論破した事でした。
論破したことにより、双方の見解の相違を超えて、理論的正義がこちらにある、との共有認識が生まれ、親は「組織も不完全」「背教者の影響を受けたくない」「私はエホバを待つ」などのセリフを連発し始めました。
これは言い換えると、理性的な論理体系で答えることを放棄したサインですので、こーゆー発言に終始し出すと、「理論上は」これ以上、話しても無駄です。
このフェーズを迎えると、親としてのワガママを前面に押し出してきます。
感情的には子どもに同じ価値観で生きてほしいし、歳をとってから自分の生き方の間違いを認めたくないでしょうから、かなり熱のこもった泣き落としや怒りのぶちまけ攻撃をしてきます。
ここからは、どこまでこちらが冷静でいられるか、です。
親に付き合って、常に怒ったり泣いたり怒鳴ったりしてしまうと、感情がもつれて別の問題を連れてきます。努めて冷静であること、が、カギです。
2世信者にとって、場合によっては脱塔が即ち親との絶縁を意味することもあるでしょう。
いや、教団はそれを推奨しているのですから、多くの場合はそうなる、と言っても過言ではありません。
特に若い方にとっては、親との早々の離別は人生の大きなトゲとなりかねません。
その先の人生、就職や結婚、出産などといった人生の一大事にも、親が無視を決め込むこともあります。
が。
諦めましょう。
これは断言できますが。
あなたが脱塔した事を受けて、その後あなたを避けるような人格の親ならば、早めに距離を置く方が絶対に幸せです。
そーゆー種類の親とは、あなたが教団に残ることを甘んじて受け入れる事で共に生きる選択をしたとしても、決してあなたの心は満たされません。
ならば。
悲劇の2択になりますが、ワシはその手の親とは、早めに距離をとる方を薦めます。
ワシの場合は、親を論破→感情戦→諦観→安定の道を辿りましたが、そこに至るには、やはりかなりの根気がこちら側に必要でした。
切らざるを得ない親でなかったことを、感謝しなければならん、と、今は思いますが。
まあ、今は両親とも他界しましたから、こんな落ち着いたことを言えているのかもしれませんがね…
○友人関係
これも当初、自己憐憫のタネでしたが。
脱塔時、ワシはエホ友以外とは、まともな友人付き合いをしておらず。
故郷の同窓生はおろか、職場の同僚ともビジネスライクな付き合いに終始していましたので、脱塔時、友人と呼べる世人は、まあ、いませんでした。
それを寂しく思うこともあります。過去記事にもそんな価値観で齢を重ねてきたことを、おセンチに嘆く記事も書いていますが笑
でもね。
これは、どーにでもなりますよ。
友達欲しけりゃ、作ればいい。悲しむ時間があるなら、それくらいの努力、しましょう。
職場の同僚と積極的に飲みにいくとか。
趣味のサークル探すとか。
恥を忍んで学生時代の友人に連絡とってみるとか。
マッチングアプリでパートナー見つけるとか。
どーにでもできる。
そもそも、カルト時代の友人も、「教団に背く奴とは口を聞かない」なんていう令和の時代にびっくりな人権無視のスタンスの面々だったわけで。
そう、つまりは、そもそも我々には本当の友人なんていなかったんですよ笑
この点、ワシは途中で開き直りました。
そもそも、カルティーだろうが世人だろうが、ワシのようなクセ者に友人がいっぱいいるはずがなく。
それによくよく考えたら、1人でいることが好きで、他人に干渉されたくないワシは、友人ごっこはあまり向いていない事に気付き。
今は、職場にほんの数人、定期的に飲みにいくメンバーがいるのと。
少数の慕ってくれる後輩が可愛いこと、高校時代の友人1人と年1で飲みに行くこと、が「友情」カテゴリーを掠ってるくらいで。
でも、それで、十分。
エホ証で言うところの、「真の友」なんていうキャラは、全くいないし、ワシには不要なのよ。
だから。
色んな人がいると思うけど、そこまで心配する事でもないかな、というのが13年生の率直な感想です。
○家族関係
ヨメもワシと同じく筋金入りの2世でしたが、脱塔して13年も経つと、そもそもエホ的会話なんて当然ないし、お互いがそれを想起させるような振る舞いも発言も全く無くなりましたね。
街でエホ証を見かけても、現役さんが布教で自宅を訪れても、もはや、「どこかの宗教をしている人たち」、という俯瞰で感想を述べ合うレベルで、自分たちの出身母体であることすら、意識下にないような日々です。
やはり、脱塔して時間が経てば経つほど、彼らの異質さが際立っている事は実感しますし、彼らの行動原理などをふと思い出す時にも、その狭量で偏った思考に、今更ながらに鳥肌がたつほどで。
よくもまあ、あんなカルトに身を沈めながら、社会で「普通の人」のように生活していたな、と、改めて戦慄するほどの異彩を、彼らは放っています。
故に、脱塔して、真っ当で普通の日々を長年送っていると、心身ともに彼らの領域に同化されるような事は全くなくなり、完全に切り離された精神状態に移行していきます。
今やヨメとも、子どもたちとも、エホだった事をベースに今を語る事は全くなく。
道端にいる気色の悪いカルト連中、という実に健全な笑侮蔑を彼らに向けており。
逞しい子どもたちは、もはや元エホをネタとして友人たちに披露するような吹っ切りぶり。
あのままエホやったら、人生終わってたな。
エホ辞めたことが、おトーさんの最大のファインプレーやな。
なんて。
時々息子たちは、笑っています。
だが。
ここでも言える事ですが、別に脱塔したからと言って、幸福な家族生活が待っているわけではなく。
それなりの、人並みの、苦労は当然あったわけで。
息子たちは結構な反抗期があったり。
学校で友人関係で揉めたり。
学費が高くて苦労したり。
子供のことを思うと、夜も眠れないような事も、人並みにありましたからね。
○親族関係
ワシの母方親族は、母の影響で叔母家族がいまだに現役のはずですが。
まあ、母が他界した今、全く連絡もないし、こっちもしてません。何の支障もないし。
現役の従兄弟が2人いたので、その2人のことは少し気になりますが。
薄情な宗教なので、ワシが脱塔した時点で、彼らも、もうワシに興味などないのでしょう。
父方の親族は、ど田舎の旧家であり政治家一族だった事もあり、親父が信者になった時点で関係は最悪になっていました。
親父は信仰の問題で祖母の葬式も出ませんでしたから、向こうはカンカンで、親父亡き今、ワシはもちろんワシのノンエホ兄達とも完全に疎遠になっています。
まあ、これも、別にどーでもええのよ。物理的にも心理的にも遠いし、それほど思い入れもないし。
↑ちょっとドライすぎるか笑
問題は、ヨメ側の親族。
ヨメの一族は、ドカルトの王道、頭がおかしいほどエホ脳の面々なので、これが苦労した。
いや、今もそこそこ苦労してる。
しょっちゅう記事にしてるので、ここでは細かいことは書きませんが、彼らと共存していく上で重要なのは、「諦めること」と「拘らないこと」。
上から目線で説教されても、特殊な習慣をさも常識のように説かれても、笑って流す。
場合によっては、「ほー、へぇー」と、聞くフリをする。
そう、傾聴ボランティアですよ。
まあ、ワシも時々、「ここは譲れん」と思うポイントでは、鬼の形相で釘を指しますが、そんなケースほとんど無いし。
こっちが諦めると、向こうもある意味、カルトに引き入れることを諦めてくれて、楽になります。
これも、13年という、結構な歳月が作り出した、奇跡の産物なのかもね。
さて。
長くなりましたが。
脱塔を望みつつ、実現できていない皆さん。
本日のまとめです笑
親子関係では、腹を決めましょう。
改宗ごときで関係断絶を望むような親とは、時に疎遠になる方が幸せですよ。
友人関係では、努力しましょう。
エホじゃなくても、みんな友人をつくる努力はしていますから。
家族関係では、時間の経過が最大のクスリです。
あなたが妙に拘わったり、中途半端にカルトとの接点を持ったりしなければ、異常な世界の人々とは自然に距離ができるものです。あなたがそうするなら、子どもたちも、普通に育つはずです。
親族関係では、達観しましょう。
彼らを諦め、こっちの拘りを捨てれば、彼らも諦めてくれます。そして、親と同じで、彼らが断絶を求めるなら、歓迎しましょう。
カルト信仰を前提とした血縁なんて、人生のお荷物以外、何者でも無いですよ。
そうそう。
本文で言及しなかったけど。
一番厄介なのが、あなたが結婚していて、配偶者が組織に残る事を望む場合ですね。
これもあっさり言っちゃいますが。
配偶者が信仰前提の結婚生活しか認めないなら、サッサと離婚しちゃいなさい。
時間の無駄です。
まだ愛情があったり、子どもがいたりと、とても難しいケースもあるでしょう。
が。
相手が変わらない限り、展望は開け無いこの手の問題を、長く引きずっても、あなたが精神的に追い込まれるだけです。もう、そんな事してる間に、ハゲます。
このケースで、相手の思いを尊重して脱塔を思いとどまったり、再婚を躊躇ったりしている人もいますが、ワシの知る限り、その手の人達で、一人も幸せそうな人を知りません。
中途半端な絆の切り方は、ジワジワとあなたと周りの人を傷付けるだけです。
離縁を持ち出してなお、あなたが相手に妥協する程度の覚悟なら、そもそも脱塔など、あなたには無理なのです。それなら諦めて、カルトのまま、かりそめの生活を送った方が良いと思います。
勘違いしないで下さい。
別に、それを誰も責めませんし、ワシは人生の選択肢として、アリだと思っています。
が。
それでも脱塔する事を選択するなら、大きな決断が漏れなく付いてきます。
子どもがいる場合は親権をどちらが持つか、など難しい問題もあります。時には相手に全てを奪われたように感じる事もあるでしょう。
が。
そこで立ち止まったら、せっかく脱塔したのに、飼い殺しされてあなたが苦しむ事になります。
もうね。
次の人見つけて、再婚しちゃいなさい。
どんな理由があろうとも、相手のペースに乗って中途半端にカルトの土俵に戻る事になると、あなたは絶対不幸になります。しかも、以前よりも不幸になります。
若くて魅力的な間に、ハゲる前に、次の相手を見つけなさい。ハゲてるワシが言うのだから、間違いありません。
もう、再婚する歳じゃないし、そんな気もないって?
なら、一人で生きていく覚悟を持ちなさい。
その覚悟を持てないなら、脱塔は無理、ということです。
一人で孤独に生きていくか、大勢の偽善者に囲まれて一人じゃない、と勘違いして生きていくかは、あなた次第なのですから。
おいおい、えらい簡単に言ってくれるなー!
お前、何考えてんねん!
と、言われそうですが。
13年で悟ったこと。
それは。
物事の真理なんて、単純で残酷なもんで。
本日のコーナーでは、その辺をシンプルにお伝えしたかった、と。
そーゆー風に理解していただければ、幸いです。
ではでは。
猛暑が続きますが。
皆さんが、重くて暑苦しいカルトの鎧を1日も早く脱ぎ去って、幸せな日々を送れるよう願っております。
これ、ホンマに願っております。
と言うわけで。
カルトOBからの、おバカで無責任な現在地報告と、大クセアドバイスでした。
PS.熊本地震で被災された皆さん。本当にお疲れ様です。10年間に震度7が3回なんていう悪夢。皆さんの心労をお察しします。どうか、お身体を大切に。ワシなんかには何もできませんが、皆さんが少しでも早く復興出来るよう、心よりお祈り申し上げます。



