ご無沙汰しております。

 皆さん、お元気でしょうか。


 ワシは半年かけてやっと3kg落としたのに、ここ数週間の不摂生で一気にリバウンドしそうな日々です。

 そう。健康に過ごしておるのです。


 お盆の今週はフル出勤ですが、先週は恒例の甲子園詣りでした。


 雨上がりのナイターは美しかったですよ。



 野球が好きで無い方も、夕刻に外野席に座り、浜風を感じながら生ビールを飲み。

 2世にとっては羨望の、「部活ライフ」に命をかけんばかりの球児や、それに声援を送る在校生、保護者たちの熱を見るのは、とても風流ですから、是非、一度お出かけになることをお勧めします。

 外野席なんて500円で最大4試合見れますからね。子どもは100円だし。


 さて。

 本題です。

 今回の広陵高校の出場辞退の件。

 残念でしたね。

https://news.yahoo.co.jp/articles/940adf6b153956130ea58863e71939a7fbdbc38a


 ワシも部外者なので、事件の詳細は分かりません。ただ、こんな方法しかないのか、と残念に思うし、何よりも約160 名もいる部員のうち、今回の件に関係の無い大勢の子達のことを思うと、胸が痛みます。連帯責任、って何なんですかね。時代錯誤…

 また、加害者、被害者双方の親御さんを慮ると、複雑です。


 SNSはシンプルでした。

 被害を訴えている側と、加害側を聴取のうえ報告書を作成した学校や高野連の主張(事実認識)が異なる以上、甲子園を出場辞退させろ、加害者を刑事告訴しろ、の大合唱。

 退屈しのぎにインスタントな正義感を振り回す暇な野次馬は放っておけば良いのに、ムーブが大きくなり、学校爆破予告まで来たことで、結局広陵高校は、一回戦を勝っていたのに、異例の途中辞退となりました。


 ワシはこの一連の出来事を、複雑な思いで見ておりました。

 何より、理由は全く異なるけど、高校球児として夢を追うことを許されなかった1人の人間として、夢を突然剥がされた子どもたちの悲痛な思いを想起せずにはいられなかったのもあるし。


 物事を単純な二元論でジャッジして、人を引き摺り下ろそうとする世論に辟易した、ってのもあるし。


 

 いじめは、よくない。

 当たり前だけど、よくない。


 でも、SNSでしか自己主張できない匿名の無責任暇野郎どもが断罪するほど、物事は単純ではないと思う。



 少し、個人的な話をしますね。

 

 あのね。

 一年半ほど前に記事にしましたが、高校生の我が子がかつて「イジメ」をしたとの嫌疑をかけられたため、保護者として学校から呼び出しを受けた事があります。



 詳細は過去記事をご覧頂きたいのですが、学校に呼び出されたワシは、教員達の事務的で杜撰な対応に苦情を言ったものの、少なくとも複数の教員は、ウチの子を「いじめ」加害者、と認定していました。


 我が子は当時、一貫して「イジメじゃない」「あいつ(いじめを受けた、と訴えた子)は嘘ついている」と、言い続けていたのですが。

 ワシは、我が子の激しやすい性格や、都合の良いことを殊更強調したがる若者らしい未熟さを見て、我が子の主張を半信半疑で流していたのです。


 今年のGWのこと。

 息子の携帯が唐突に鳴りました。


 相手は、なんと息子からいじめ被害を受けた、と訴えた子でした。

 彼は一連の騒動の後、自主退学の道を選んでいたのですが、GWに久々に息子と遊びたい、との事で、その誘いの電話だったのです。

 その電話を苦虫を噛み潰したような顔で受けていた息子は、「なんであんな嘘(いじめられた、なんていう)をついたんや?」といきりたっていましたが、お相手の子は、「あの頃は勉強もついていけてなかったので、学校辞める理由が欲しくて、イライラしてた。謝るし許してくれよー」と、ヘラヘラと返してきました。

 息子は、「オレはオメーを許せるほど、そんな善人やないわ。もう、かけてくんな!」と吐き捨てて、電話を切りました。


 その電話をすぐ横で聞いていたワシは、暫し、呆然として。

 相手の子の口調から、息子の主張の方が正しかった事が、はっきりと伝わってきました。

 

 当時、やや疑いすら持っていた、息子の言い分をきちんと信じてやらなかったことを悔い、その場で息子に詫びました。

 その後、家に遊びにきた息子の友達にも話を聞くと、概ね息子の主張は第三者から見ても妥当で、あの件(息子がいじめ認定を受けた件)は、息子が嵌められた、と言うことだったようです。


 ワシは、ゾッとしましたね。


 息子の件は、ワシが学校に釘を刺したので大事にはならなかったですが。


 当時、誰かがSNSに投稿して炎上していたら、とか。

 息子がそれゆえに部活の大会を辞退させられていたら、とか。

 炎上しても、当時のあの調子じゃあ学校なんてどうせ守ってくれないし、「いじめてない!」なんて当事者やその親が言っても、当時は誰も信じてくれなかっただろうし…

 


 息子は中学の時から陸上に打ち込み、暑い日も寒い日も、足の皮がめくれても練習に明け暮れ、インターハイ出場を目指して頑張っていました。

 結局、先日の最後の県大会で、100分の数秒記録が及ばず夢破れ、号泣していたのですが。


 そんな彼の5年以上にわたる、血の滲むような努力が、ありがちでくだらない子ども同士のトラブルと、それを捌けない大人のせいで「辞退」と言う形で無駄になっていたら。

 無責任な匿名野次馬のから騒ぎのせいで犯罪者扱いされていたら。


 ワシは。

 いや、当事者の息子は何を思うだろう、と。

 そんな憂き目にあったら、10代の少年なんて、立ち直れねーんじゃねえかな。


 



 広陵高校の件が、本当のところどうだったか、なんて、分からない。

 

 でも。

 もし、世間で噂されるような単純な構図ではなかった場合、彼らの努力の結晶を奪った責任を、誰が取るのか。

 そもそも、仮にいじめがあったと仮定しても、関係の無いメンバーの勲章まで連帯責任と称して奪う理不尽を、誰が必要とするのか。


 歪んだ正義の暴走は、実に無責任だ。

 この問題も、数ヶ月で、いや、きっと数週間で風化する。

 この件で一生モンの傷を負った子ども達が残される一方、暇つぶしに成功者を引き摺り下ろした匿名の卑怯者どもは、次の獲物を探すだけ。


 高野連は、なんちゅうアホなんや。

 高校も、しかりだ。


 子ども達を守ったらんかい!

 情けない。



 辞退なんか必要ない。

 大会が終わってからでも、総括や事実究明はできるやろーに。


 イジめられた、と主張する親御さんのお気持ちも、よく分かる。自分の子どもが暴力を受けたとしたら、ワシでも我慢できんと思う。

 が、自分の息子や、親である自分が被害を訴えたせいで、連帯責任で甲子園を辞退なんかされたら、ますます辛いではないか。

 辞退なんかよりも、双方の認識の相違を穴埋めし、誠意ある対応をしていくことの方が大切だろうに。

 このままやったら、このご家族が、ますます学校関係者や他の部員から恨まれるだろーが。

 

 

 いじめられる、ってのは辛い。

 ワシも経験があるから、分かる。


 が。

 問題はそんな単純じゃないよ。

 そんな簡単なこと、分かんねーかな。


 なんでこんなに、想像力に欠ける連中が多いんだろう。



 オメーら、エホ証(※)か!

 と、吠えて。


 久々の記事を閉じますね。


※全能のイホバ神を崇拝する、と標榜するカルト教団の信者。善悪二元論による断罪が好きなアブナイ人達。罪名不詳、匿名通報による恣意的裁判で教団資格をキャンセルさせる事が好きな人種。


 ワシの二世信者生活での大きなストレスの一つ。

 それは何度か書いているが、高校生活における、武道拒否だった。


 田舎ではあったが、1000人以上の生徒が在籍するマンモス校において、宗教的信条に基づく生徒の武道拒否は、当時の高校生社会にとって極めて異質感があったと思う。


 ティーンエイジャーが体制を否定的に捉えることは、ある種の青春の定番ではある。

 当時も尾崎豊を崇拝する笑多くの若者が、「大人への反抗」を旗印に、思春期の幼稚なヒロイズムを存分に発揮し、喫煙や飲酒、パチンコ、時に無免許運転のバイクで学校に乗り込んだり、校舎の窓を割って回ったりして、「学校支配体制」を脅かした。

 今では考えられないが、暴力は学生生活の日常にあり、「タイマンを張る」とか「シメる」などは、ワシの時代の学生生活では常用語であり。

 実際、チンケなハンチクヤンキーに憧れて中途半端にイキっていた中学生時代のワシも、当時の番長にトイレに呼び出されてボコボコにされ笑、血だらけにされ、病院に運ばれ、口内裂傷で二針縫う羽目になった。

 今見るとコメディとしか思えない「ビーバップハイスクール」も、ワシの地域、時代ではリアルに近い世界を描いた、あるある満載の青春ストーリーだったわけで。


 若者の反体制は、安田講堂事件に象徴されるような学生運動として、社会全体を揺るがす多分に政治的思想を背景にしたものから、学校単位かつ思春期的揺らぎを充足する程度の尾崎的なものへと変化はしていたものの。

 ワシの時代にはまだ、普通にあった。


 同じく、大人の世界のそれも、学校現場でよく目にした。

 いわゆる日教組の強かった昭和の時代。

 ワシら世代は、日教組系の左傾教師が大半だったこともあって、学校で「君が代」を教えられなかったし、歌ったこともない。

 学校現場での日の丸奪取事件のような教師の過激な行動の多くは、時代が本物の戦争を知らない世代が社会の中心となったことを知らせる、「学芸会レベル」の反体制運動として、それなりに社会を騒がせていた。


 こうした、ある種の「定番」反体制は日常にあったものの、彼らのそうした発露は社会的認知もあり、その発生が人々の耳目を強く引くことはあまり無かった。


 そんななか。

 ワシは、田舎のマンモス校で、キリスト教的信条をベースにした、武道拒否を、単独で行った。


 その異質感は、半端なく。



 昭和の色濃く残る地方において、因習の多くを否定するJWに入信することは、それなりに覚悟を必要とすることだった。

 今でも鮮明に覚えているが、ワシが小学生時代、とある県境の集落に伝道に行ったところ。

 軽自動車からゾロゾロと降り立つ信者達の前に、1人の壮年男性が立ちはだかった。


 悪魔どもは帰れ!

 人々を不幸にする悪魔達は、今すぐこの場から出て行け!

 悪魔は、アメリカへ行けー!


 と、大声で怒鳴った。

 その声を聞いた集落の面々が次々に戸外に現れ、同調したり、睨みつけたりして、ワシらを集落へ入れないよう道を塞いだ。

 今思えば、チープな映画の舞台のような閉鎖性の強い集落だが。

 まだ部落差別や職業差別があからさまに残っていた時代、JWを信仰することへの偏見や、拒否反応は相当なものだったのだ。


 ワシはそんな体験を経て、日本の片田舎でJWを信仰するというのは、時にこうした憎悪を伴う「世間体」と対峙することを意味する、と身体で学んだのだ。

 

 だから案の定、ワシが武道拒否を表明した時。

 ワシの10代の学友たちは、昨日まで普通のティーンエイジャーだったワシが、訳のわからない宗教を持ち出して、急に(彼らにとっては)授業をボイコットする姿に、戦慄した。


 それを予期してはいたものの、自分への評価が気になるお年頃のワシは、その学友達から向けられる奇異の目に、胃が縮む思いだった。


 当時のワシの孤独は半端なく。

 とにかく、ワシが教師連中の呼び出しを喰らうたびに教室が凍りついたし。

 ワシのセンシティブな様子を見て、ワシ自身に拒否のモチベーションを正面から聞いてくる友人も殆どいなかった。


 それに加えて、当時未信者だったワシの親父は、ワシの通う高校の「オニ教師」であり。

 それこそ、思春期のイベント的反体制不良学生共の天敵で、生徒たちにとっては体制支配の象徴だった。

 親父は日教組にも組みせず、家系が保守政治家の流れもあったため、ガッチリ自民党的土建屋思想を公言するような、昭和な男だった。


 なのに。

 その息子が、反体制の声を、上げた。

 しかも、定番反体制では無く、異質かつ田舎では毛嫌いされるメリケン宗教の信条を掲げた、地域初の反体制。


 控えめに言ってもワシは学校の注目の的だった。

 16歳の一少年が、校長室に呼び出されて叱責され、教頭に罵られ、職員会議の晒し者になり。

 一度は実習室に呼び出されて出向くと、10人近い教師に囲まれて糾弾もされた。

 親父の教員スタイルにシンパシーを持つ何人かの教師からは、「親父さんが気の毒だぞ」と、何度も諭された。


 詳細は省くが。

 強がりで格好つけのワシは。

 あまりの緊張に耐えきれず、学校で隠れて嘔吐し、何度も不覚の涙を晒し、神経性胃炎で病院のお世話にもなった。

 


 が。

 皮肉にもこの経験が。

 その後、ワシのカルト生活が20数年にも及んでしまう、原動力になった。

 

 ワシは。

 社会から阻害され(少なくともワシはそう感じた)、学校という組織体制に反旗を翻す事で、いわゆる「カミ」を強く欲し、そして感じた。

 正義を訴えることで起こるハレーションに戸惑いながらも、同じく起こる体制側の動揺を見て、ヒロイックに酔った。

 大人達からの圧力に耐えるため、ワシは何度もイホバに祈った。

 熱烈に祈ったのだ。

 その度に、胸が熱くなった。


 この経験が、何十年もワシをこの宗教に留め置いたのだ、と。

 今は、そう思う。

 確かにこの期間、ワシは、「カミ」を強く感じたのだ。


 一方で、少し冷めたことを言うと。

 当時まだ無垢だったワシは、「社会常識」にがんじがらめになって、社会組織の歯車になり、真っ当な正義すら尊重できない「大人達」を軽蔑し、見下げていたのだと思う。

 そう、ある意味、セルフ「尾崎」だったのだ。


 おこがましいながら、稲垣真美著、「兵役を拒否した日本人」に登場する、日本JW草創期の灯台社における兵役拒否者達の思いも、それに近かったのでは?と思う。

 宗教信条を発端にした社会的孤立が、時間と共に信条そのものよりも、孤立することが存在意義へと変遷し。

 挙句、孤立こそが信条の正義の証、のような勘違いに至る。


 この強烈な「世間体」との対立こそが。

 当時のワシの未熟な社会性に強いインパクトを与え。

 その世間体に抗うことこそが、真理の探究に不可欠であり、キリスト者の本質を問う経験である、と。

 いつしか、ワシはそう頑なに信じるようになった。


 この未熟な実感は、ある意味、実に聖書的でもある。


 聖書の中でキリストも、パウロも。

 当時のローマ支配やユダヤ社会の中で何度も、反体制スタンスを明確にしている。

 そして、同志の中でも容易に発生する「体制的」宗教ユニティを象徴的に非難されてもいるのだ。


 ワシは、自分の信仰生活が、そうしたバイブルヒーロー達をトレースしているように錯覚していたのかもしれない。



 そんな経験を経て。

 ワシは、JWの熱心な信者になった。



 が。

 しかし。


 ワシは、知ることになる。


 そう。

 JWこそが。


 この、「世間体」にがんじがらめの「体制」社会の権化であり。

 誰よりもそうした支配を好み、集団心理で無知な信者を弄ぶ、エセキリスト教団体だ、ということを。


 考えてみれば、JW組織の中では、自由な行動も思想も徹底的に禁じられている。

 布教時間も、職業も、恋愛も、結婚も、性道徳も、服装すらも。

 個人の自由では無く、「統治体様」の言う通りにするよう求められる。


 ブルックリンにいた統治体を頂点に頂く明快なピラミッド型身分制を基に、徹底したカースト支配を確立する高位聖職者たちによる。

 統一テキストによる一元教育という名の画一性の押し付けにより、思想教育も徹底された。


 ご存知の通り、JW信者は個人的な聖書解釈や、テキスト批判などは御法度だ。

 それは背教のレッテルすら貼られる重罪である。


 JW組織は、世界中で思想の自由や信教の自由を求めて、訴訟すら厭わないのに。

 一方で、自分の囲う信者に対しては、一切思想の自由も信教の自由も認めない。

 まさに、「彼らは言うが、行わない」のだ。



 ワシは。

 ある時、思った。


 ワシは、真理のためには、時に世間体的体制から孤立し、抵抗しなければならない、と学んだのではないのか。

 それが、信仰の真髄だとすら悟ったのでは無かったのか。

 このサタンの「世」は、体制維持や各自が自己欲を優先するからこそ、ロジックよりも集団的圧力によって真理を圧殺する、と経験から学んだのでは無かったのか。


 なのに。

 なのに。


 JW組織は、そんなサタンの「世」の何倍も、集団圧力による尊厳の侵害が酷いのはなぜなのか?


 ワシは。

 長い夢を見ていたのではないのか。…





 こうした積年の思いが、ワシを脱塔という結論に導いたのだと思う。


 ワシは、とにかく「世間体」が嫌いだ。

 それは、現役時も、脱塔した今も。


 JWに限らず、世間の同調圧力も、まずは疑ってかかる捻くれ者である。

 

 だからこそ、少年時代に、「誇り高く」信教の自由を盾に体制に抗ったし。

 最終的に全体主義的宗教体制にNOを突きつけられたのだと思う。


 JWは、長年の宗教法人運営や、教勢拡大、資産運用に魂を奪われ、今や「世間体」を振り回す、中身の無い空っぽな宗教団体に成り下がった。

 

 10代のワシは、結局紆余曲折を経て、進級を許された。

 法的な決着を望まない良心的な人達が教師の中には少数ながらいたし。

 退学処分によりワシの将来が不利なものになる事を憂いてくれた教師もいた。


 おかげでワシは高校を卒業できたし。

 普通の大人になれたし。

 家族を養うことも出来ている。


 しかし、JWは、こうした「サタンの世」でも出来る妥協や人権尊重すら、出来ない。

 もしJW組織の中で、個人の思想により宗教的カリキュラムの一部を拒否したり、そのスタンスを公にしたりしたならどうなるか?

 もう、この宗教に関わった人なら分かるでしょう?

 そう、間違いなくその人を破門し、文字通り「抹殺」するだろう。



 正に、レイモンドフランズが喝破した通り。

 この組織にいること、この組織と闘うことは、「良心の危機」であり、「キリスト者の自由を求めて」生きることなのだと。


 そう思う。



 だから。

 だから、ワシは、失望した。


 だからワシは、辞めた。





 JW幹部達は。

 信者の信仰度合いや懐事情ばかり気にするのでは無く。

 まず、自らを省みるべきだと思う。

 

 最近、どーも調子が出ない。

 とんでもなく強い眠気、ダルさを急に感じたり。なーんか憂鬱だったり。

 急に汗が出てきたり、なんか自暴自棄な感情に苛まれたり。


 これ、どーやら男性更年期のようで。

 同年代の同僚が似たようなことを言っていた時、ワシは他人事で「へー」って感じだったけど。

 いよいよワシもそんな症状が出てきたのね。


 まあ、これも年齢的なもんだし、生理現象だから付き合っていくしかないんだけど、実に複雑な変化もあってね。


 そう。

 性欲が著しく減退したのだ。

 なのだー。

 そうなのだーーーー


 そもそも、アラフィフになってまで性欲あったんかい!気色の悪い!って思うでしょうな。


 すみません😅

 でも、それは置いといて。


 それより気になるのが。

 あのね、この状態になってからのワシはもう、聖人なのよ。

 その方向の邪さが全くないと、ここまで人としてクリーンになれるなんて。


 ネトフリでお色気系シーンが出てきても、「お❤️」と思わないし。

 街で見かけるミニスカ姐さん見ても、「寒そ」としか思わんし。

 電車でイチャつく民度の低いカップル見ても、「やっとるね〜うししし」ではなく、「見てられねーんだよ、しばいたろかガキが」ってな、理不尽な怒りの方が勝つ。

 そう、人間は、欲求を克服した途端に自己の行動原理が理性的になるのだ。

 まあ、ワシの場合、克服でなく、枯渇だけど笑


 腹が減ってる時にスーパーに買い物に行くと、余分なものをたくさん買ってしまうが、満腹で買い物に行ったら食品の購買欲は低下するらしい。


 そう、欲求を抑制することは、理性への近道なのだ。そうなのだ。



 このスーパー聖人ほすまんになってみて、気を付けなければならないことがあるのよ。


 それはね、自己の欲求が減退すると、理性的な判断値が勝ちすぎて、他者の道徳倫理に厳しくなるのだ。


 会衆の老害長老がやたらと若者の性に厳しかったりするのは、既に自分の欲求が消滅しているからこそ出来る、無神経で身勝手な振る舞いと言える。

 一方、若者は抑制し難い欲求と同居しながら自分をコントロールしようとしているので、そのギャップに日々大きなストレスを抱えている。


 なのに、そのことを忘れて、若者の自慰行為を公式に禁止したり、ベテラーの自慰テクを教育ビデオ内で披露して恥をかかせたりするイカレタ感覚は、正にこの欲求消滅者達による自己満足的ガバナンスの結果だと、ワシは思う。


 若者時の、あのどーしようもない強烈な性欲を思い出せよ。

 あれはね、精神の修練や宗教的価値観の保持でコントロールできるもんではない。断じて。

 性欲の発露を無制限にしたり、過剰に発散させる事は有害である事は否定しないが、性欲の存在や発散そのものに罪悪感を持たせるのは、間違っていると思う。


 まあ、これはJWに限らないが、やたらと性道徳に厳しいことを言うのは、枯れ果てたお爺やお婆だったりするから。

 ワシは、そーならんようにしなければ。



 でね。

 ワシは、男としての勝負はここからだと思う。


 性欲が奪われると本能的に「ええ男」であることへの拘りが失せるらしい。

 着るものに無頓着になり、加齢臭が強くなり、羞恥心が低下することで、だらしないジジイの量産体制が整う。

 

 ワシは、そーなってはいけない!

 そう、いけないのだ。

 ↑自分に言い聞かせてる



 首元ダルダルのシャツに飛び出た鼻毛で外出するような「小汚い」爺にならんためにも。

 明日からもせっせと、ええ匂いのする柔軟剤でシャツを洗おう。

 バーゲン時期にはちょっといけてるシャツを買わねばならない。

 欲しかったサングラスも、仕入れる予定だ。

 そしてまず、このグラマーなボディを引き締めなければならない!😤


 男は、こっからが勝負。

 多分。



 でもね。

 この前、言われましたよ。

 高校生の息子に。


 オトン、加齢臭するわー


 😱


 それと、食後にお箸でシーシーすんの、マジキモいし、やめてーや。


 😱



 ヤバい。

 ヤバいのだ笑



 性欲が無くなると、複雑だ。

 時に余分だった気持ちの重荷を脱ぎ捨てた爽快さがあるにはあるが、かつての生気みなぎるスケベパワーが損なわれた寂しさも強い。


 もう一生はらぺこにならないみたいな。

 


 一人暮らしをする上の息子のマンションに、衣替えのため訪ねて行った時のこと。

 タンスを漁る嫁が、奥から出てきたコンドームのダースと妊娠検査薬を見つけて大笑いしていたのだが。


 ワシは、笑いつつも泣き笑いだった😂笑



 ええのー、息子。

 お前は、腹ペコなのね。


 ワシはもう、胃もたれして、美味いもん食べたいとも思わんのよね。




 いやいや。

 やっぱり、枯れてからが勝負や!


 見てろよ息子達!

 ワシは、枯れてもツヤツヤのギラギラで、こわーいオヤジでいつづけるど!

 ↑これがイタイタしいと思う方はこちらをクリック



 なんだこの記事笑


 まあ、たまには生々しくても良いでしょ。

 これも、更年期ゆえの不安定さかもしれません。

 どうか、お許しを🙏

 

 


 今思えば、自分勝手なものである。

 

 覚悟は決めている、と何度も自分に言い聞かせていたし。

 まだまだ時間があるので、それまでに少しずつ上手く距離をとれる、と過信してもいた。

 

 そう。

 ワシは、現役バリバリのくせに、長男が中学に入学する歳までには、JWと距離をとり、うまくいけば完全に離脱する、と早くから決めていた。

 

 ワシの世としての経験のなかで、特に心労が大きかったのが「武道拒否」だったから、息子が武道拒否を求められる年齢までには、辞めよう、と

 あんな聖書的根拠の薄い教団ルールに、自分だけでなく、子どもの人生翻弄されてはまったもんじゃない、と強く思っていたから。

 

 そして、実際、長男が中学に入学した年の初夏に、我が家は一家で脱塔することに成功した。

 詳細は過去記事に譲るが、なんだかんだで、ワシは30年以上の信者生活に終止符を打つ事が出来たわけだ。

 

 

 ただ、自分勝手な話だ、と。

 最近強く思う。

 

 子どもに関わらせたくないような宗教なら、早いうちにやめればよかったのに。

 息子が思春期に差し掛かり、精神的バランスがとりらい時期まで、敢えてその決断を伸ばしたのは、完全にワシ個人の都合と虚栄心のためだったと言わねばならない

 

 長老、とか、監督、とかの呼称は、ワシのつまらんプライドをくすぐった。

 また、会衆の宗教的機密情報を独占できる優越は、ワシにとって心地の良いものだった。

 

 だから。

 できるだけ長く、その優越を安閑と享受したかったのだ。きっと。

 

 子どものために辞めた、と総括すると、ワシの罪悪感は和らいだ。

 だから、脱コミュニティの中でワシは、そんなスタンスで家族の脱塔を読み解いて見せたこともある。

 赤面者である。

 

 

 ただただ。

 自分の利益を最大化できるタイミングまで脱出を引き延ばし、無駄に家族を苦しませたに過ぎないのに。

 

 嫁は、まだいい。彼女も親だし、世だし。ある意味、ワシと同罪ともいえる。

 しかし、子どもたちは、純粋に被害者だ。

 

 ワシの頭の中では、長男の中学進学を軸にカウントダウンしてあらゆる理不尽を甘受していたが、息子はやめるその日まで、自分のエホ生活がいつ終わるのか、なんて全く知らなかった。

 いや、それどころか、この信仰生活がずっと続く、と思っていたはず。

 長男には特に、つらい思いをさせてしまったな、と。

 

 ワシらの時代よりも、信教の問題に関しては学校側の理解が格段に得やすい時代なので、学校での孤立感は昭和の世よりもましだったかもしれないが。

 そんな比較による心証緩和は、過去を見たワシだからできるもので、人生週目の息子にしてみれば、直面する種々の難題は、十分心労に値するものだったろう。

 

 

 よく脱塔コミュニティの中で、2世信者が1世信者(親)の責任を問う声が上がるが。

 考えようによっては、ワシのような2世は、1世親なんかより、さらに罪深いのかもしれん、と思う。

 

 1世は、ある意味、ただ騙されているだけ、とも言える。

 まあ、それで家族を巻き込むのだから、それとて罪深いのは言うまでもないが。

 

 ワシのような2世は、騙された親から託されたバトンが、スジ悪信仰であることをある程度知りながら、その悪しきバトンを3世である我が子に繋いだのだから。

 

 

 幸いなのが。

 息子たちが、そのことでワシや嫁を責めようとしないことだ。

 

 人並みに進学し、就職し、若者らしく社会に失望しつつも、前を向いて生きてくれている。

 

 長男とワシは全く性格が違うから、意気投合するようなことは、ほとんど無い。

 彼はワシの「昭和的父性論」の押し付けを嫌悪しつつも、互いの個性の違いを理解して、いい距離感で付き合ってくれている。

 10代前半まで親の都合でカルトに関わらざるを得なかったことや、それに伴う心の傷を持ち出してワシを責めたことも、一度もない。

 

 だから。

 ワシも、これ以上、彼の人生を邪魔しないように、できることはアシストしつつも、遠目に彼の成長を見守ろうと思う。

 

 かたやワシは。

 脱塔という人生最大のストレスに直面した時。

 その未体験の動揺や自尊心の揺らぎの一部を、親のせいにしてピンチを脱しようとしていた。

 オカンがこんな宗教にはまったから!

 子ども時代に、こんなものを得そこなったから!

 時に泣き、怒声を浴びせながら改心をせまった我が母親は、もう、この世を去った。

 自分は息子に理不尽を押し付けながら、自分の親には道義的責任を問う、この無神経。

 

 

 ワシは、なんちゅう利己的な男なんだろう。

 

 

 

 昨日。

 長男は、認知の進んだ義母の付き添い名目で、嫁とともに、記念式に出席した。

 

 あっけらかんとした様子で旧交を温め、嬉々とする現役親族を前に「僕、偉いでしょ?来てあげたよ」と得意顔だ。こうまでワシと性格が違うと、面白くなってくる。

 

 

 

 感心したくなる彼の割り切りとメンタルの強さに、頼もしさより滑稽さを覚えて笑いえる家族に、息子たちや、嫁が、してくれたのだ。感謝しかない。

 

 

 オトン、オカン、ありがとうな。

 息子たち、嫁。

 ありがとうな。

 

 

 なんでもかんでも、誰かを責めたり罵ったりする、世の中。

 

 

 そんな世相を遠目に見ながらも。

 ワシは、せめて、アホなワシを生かしてくれる家族に感謝しなければ、と。

 

改めて思う。