フライドチキンと海のおと。 -52ページ目

寺で見た“それ” その4

槍は子供の手首くらいの太さの鎖でぐるぐる巻きにされていた。
その鎖の先は、太く頑丈そうな木の柱に深々と打ち込まれている。


ぞくりと震えがきた。


柱の、鎖の打ち込まれた辺りに、
無数の細かな亀裂が入っていたのだ。
何かはわからない。
でも明らかにその太い鎖は、
引っ張られたことがあるようだった。

途方もない強い力で。


槍の周り一メートルくらいに、細かなゴミが層になっていた。

最初それは枯れ枝や木の葉に見えた。


僕は目を凝らした。


いや、枯れ枝じゃない。木の葉じゃない。


虫だった。


大小様々な蛾や、

何かよくわからない体節がたくさんある不気味な虫やゲジゲジ。

それら大量の虫の屍骸が五センチくらいの層になって、

槍の周囲に堆積していた。



それは信者のようだった。

僕には虫達が、狂気的な教祖を恋い慕う信者に見えたのだ。




そしてもう一つ、僕を戦慄させたもの。


お札だ。

槍の全体にびっしりと、
経文めいた言葉が書かれたお札が何十枚も貼られていたのだ。
そのほとんどは筆を使い、

行書体のような崩した字で書かれていたので、
幼い僕にはなんと書かれているか全然わからなかった。


ただ二文字だけ、はっきりとわかる漢字があった。


『禁』

という文字。

そして、


『呪』


という文字。




なんだ。なんだこの威圧感。


僕の体中の危険感知物質がアラームを鳴らしていた。



<ココニイテハイケナイ>



そう思った刹那、全身にぶつぶつと鳥肌が立った。


僕は振り返らず、突進するように出口に向かって走った。
光の差す方へがむしゃらに走ると、すぐに外に出た。

安堵感でほとんど泣きそうになっていた。
僕の鬼気迫る表情を見て、
大きな銀杏の木の下でタバコを吸っていた父が変な顔をした。
そしてすぐにやりと笑い、


「寺では悪さすんなよ」

と言った。

僕も顔を変な具合にゆがめ、少しだけ笑った。

それはおそらくとても変な笑い顔だったろうけど、

その時にできる精一杯のつよがりだったのだと思う。






寺で見た"それ"  その3

すると、
またも廊下が現れた。

今度もまた様子が違っていた。


突き当りまでは十メートルくらい。

高い天井から蛍光灯が吊るされているのは、
さっきと変わらない。

ただ、
廊下の左右に部屋がいくつもあるのだ。

一つ一つは四畳くらいの広さ。


そしてそれらの部屋には、
座敷牢のような木の格子がはめられていた。

つまり格子越しに部屋の中は丸見えである。

格子の木は太く頑丈そうだが、
かなり古く、黒く燻されたような色をしていた。

それは刑事ドラマなどで見た、
刑務所を思わせる光景だった。
僕はどきどきしながら廊下を進んだ。


いずれの部屋も空っぽだ。

中には何もない。

と、思っていたら。


あった。

最後の部屋。
廊下の突き当たりの、右側の部屋にだけ。


それは、ぼろぼろに錆びた槍だった。

先端が三叉になった槍が一本、
無造作に立て掛けられていたのだ。
〈つづく〉


寺で見た“それ” その2

引き戸を開けると、中には廊下があった。
奥行きは5メートルくらいで、
突き当たりが左に折れている。

なんだ廊下か、と思い、すぐに違和感を抱いた。

その通路が、なんだか妙な具合なのだ。


少し考えて、すぐにわかった。


窓がないのだ。

外光がまったく差しこんでいない。

やたら高い天井からチェーンで吊るされた蛍光灯が、
ひたすら薄暗く通路の古びた木の床を照らしていた。


当然僕は中へ進んだ。
すぐに奥に突き当たり、
そのまま左に折れた。


と、また引き戸があった。
そして、


『この先立入厳禁』

と書かれている。
さっきの扉に書かれていた注意書きより、いくぶん語気が荒い。



なんだ。この異様な構造。


怖くなったが、まだ後ろに帰り道は見えている。
僕は迷うことなく、その引き戸も開けた。
<つづく>


寺で見た“それ” その1

お盆なので、ちょっとそれっぽい話を。


小学校四年生の時だったか。
家族と、いとこと一緒に京都のお寺に観光に行った。
名は伏せるが、かなり有名な場所だ。
今も京都のガイドブックには百パーセント名前が載っている。


そのお寺でおまいりをした後、
親はベンチで休憩をはじめた。
腕白だった僕は親連中が休憩しているのをいいことに、
いとこと一緒にかくれんぼをはじめた。
お寺の中で、だ。バチ当たり極まりない。
神をも、いや仏をも恐れぬ行為だ。


とても大きなお寺だったので、
廊下が複雑に入り組んでいた。
それはちょっとした迷路のようで、
かくれんぼや鬼ごっこをするといかにも楽しそうだったのだ。
子供だったのだからこの発想はしょうがない。


いとこから上手く隠れることができ、
僕は嬉しくなった。
ニヤニヤしながら、ふと、隠れていた部屋の後ろを見た。


パーテーションがあり、その向こうに木の引き戸が見える。
見るからに古そうな引き戸だ。


嬉しさで少し気持ちが大きくなった僕は、
足音を忍ばせて歩くとパーテーションの向こうに回った。


木の引き戸には、

『この先、関係者以外の立ち入りをお断りしています』


と毛筆で書かれている。


僕はそこに書かれている意味を十分理解した上で、
ゆっくりと引き戸を開けた。
<つづく>



よけろ

何年か前の夏、和歌山の沖にある小島に一人で行った。


その日、その島に訪れた好事家は僕だけだったようで、
集落を離れて山道を歩くともう誰ともすれ違わなかった。


日が傾きかけ、そろそろ船が島に着く時間になった。
僕は急いで山を降りていた。


すると突然後ろから、


「よけろ!」


と声をかけられた。
思わず身体がびくっとなってしまうくらい大きな声だ。

僕は振り向いた。

誰もいない。

暮れなずむ山道があるだけだ。
確かに太い男の声だった。

また前を向くと、


「いまだ、よけろ!」


とまた声がした。
さっきよりも大きな声だ。
再び振り向いたが、やはり誰もいない。


いや、いた。

ではない。


あった。


道の脇に、小さなお地蔵様が立っていた。

それは苔だらけで、
周囲の石に溶け込んでいたせいか歩いている時は気がつかなかった。


僕はお地蔵様をじっと見た。
お地蔵様は何も言わない。


僕はそのまま前を向き、
歩調を崩さないように気をつけて歩いた。
100メートルほど下った時、


「よけろ」


と小さな声が聞こえた。
さっきのお地蔵様があった辺りからだ。

僕はその声を無視し、船着場に向かった。


到着してすぐに船が来た。
僕はそれに乗り、島を離れた。


僕は小さくなっていく島を見ながら首をひねった。


一体何から「よけろ」なのか。
僕は「よける」ことができていたのか。
もし「よける」ことができていなかったら、
僕はどうなっていたのか。



島がどんどん小さくなり、見えなくなった頃、和歌山の港に着いた。