フライドチキンと海のおと。 -54ページ目

ドキという男 その2

ドキの部屋は夏休みの図書室のようにしんとしていた。


「……食べた?」
「うん。唐揚げにして食べた」


ドキはぼそぼそと言った。僕はあきれた。


「お前、ペットだろ? よく食えるな」
「いや、友達だ」


だったらなおさら、と言いかけて僕はやめた。


「……友達だから食べたのか?」
「うん、そう」


ドキは遠い目をしていた。

「あいつらが人間の愛玩のためだけに生まれてきたかと思うと、なんだかすごくやりきれない」


僕はさらにあきれた。

「お前だって愛玩のために飼っていたんだろ?」
「違う。彼らは友達だ。そこんとこが大事だ。間違うな」


ドキはむっとしながら言った。


「だから、友達だったらさ」


そこらで僕は少し疲れ、呼吸を整えた。
そしてしげしげとドキを眺めた。
ドキは目を細め、水槽の底でせわしなく息をするエイを見ていた。


「これからも、お前は友達を喰うのか」
「食べる」
「……完全に友達と認識している相手を喰う心中ってどんなだい?」
「愛でいっぱいだ」


僕はドキの部屋を出た。
いかん。やつに孤独感を味わわせては。
そう思い、僕は週に二回はドキの部屋に行くようになった。
<つづく>










ドキという男 その1

ドキという友人がいる。


こやつは友達が少ない。

中学を卒業してから20年間植物園で勤務しているのだが、
中学時代の友人わずかと、
植物園の同僚わずかと。
飲みに行ったりするメンバーは五人ほどだ。


僕がその一人である。


ドキには人間の友達が少ない分、
動物の友達が多い。
ペットをたくさん飼っているのだ。
僕が知っているだけで、鳩、猫、わけのわからないトカゲ、
わけのわからないカエル、ハツカネズミ、サイケな色の蛇、
ぎらぎら光る巨大な甲虫数種、ミドリガメ、エイ、ナマズ、太ったひる。


ちなみに彼の部屋にいる動物群をペットと呼ぶと少しむっとし、


「彼らは友達だ」


と訂正する。


「そこんとこが大事だ。間違うな」


とも言う。そして、


「いいなあ、おい見ろよ。このナマズの背中の筋肉の盛り上がり」


みたいなことも言う。僕にはよくわからない。



ある日ドキの部屋に行くと、
そのナマズが忽然と姿を消していた。


「ドキ。ナマズは?」


僕が聞くとドキはしばしぼんやりとし、


「ああ。死んだ」


と言った。


「死んだ?」
「うん、死んだ。昨日、逆さになってぷっかり浮いてた」
ドキはなぜかせかせかと貧乏ゆすりをした。
「そうか……」
「そうだ」
「埋葬したのか?」
「いや。食べた」


ドキはこともなげに言った。
<つづく>


















おいしいなあ。

仕事中にコーヒーを五杯も六杯も飲むので、
帰る頃にはすっかり胃がただれている。
そこで緑茶に切り替えようと努力はしているのだが、
どうしてもコーヒーの甘い苦さを舌が求める。

で、どうせ今日も胃が荒れる。


そういえば最近インスタントコーヒーをかなり久しぶりに飲んで、
その完成度の高さにびっくりした。
薫りがすごく立っているのだ。
昔は、豆のコーヒーとはどこか“別物”の印象があり、
「コーヒー飲料」という名前がマッチする感じのものだったのに。

日本の技術はすごいなあ。

やっぱり同業他社がしのぎを削ると商品のクオリティは上がる。
なんにしてもおいしいコーヒーが安く飲めるのはいい。
ドトールとかも200円くらいなのにおいしいなあ、と思う。


そんなことを言いつつも、
500mlのパックに入った極甘コーヒー飲料もたまに買う。
なんというか、優し~いのだ、味が。
飲みながらにやにやしてしまう。
それだけだと口が甘くなりすぎるので、
しょっぱいスナック菓子も食べる。
ばりばり食べ、ぐいぐい飲む。
で、太る。
で、困る。


たまたま世界でも有数の先進国に生まれた。
幸せなことだ。
だって、食うに困ったことがない。
困るどころか、
月の小遣いの何分の一かを出せば、
世界中のおいしいものを食べることができる。
大好きな人と笑いながら。
幸せなことだ。


おいしい食べ物。面白い本。
そして大好きな人。


よくわからないが、僕にはそれで十分なのかもしれないなあ、
と思うようになっている。

たぶんこの先何年か、
ひょっとしたら何十年か。


もしかしたら死ぬまで。


その考え方は変わらない気がする。








でかい男

僕は身長が180センチある。
これで得したことはいろいろある。
例えば、


・スーツを着るとかっこいい
・高いところのものが取れる
・満員電車での呼吸が楽
・強そうに見えるので喧嘩を売られにくい
・頼りがいがあるように見られる


などなど。
もちろん損したこともいろいろある。
例えば、


・浴衣を着るとすごく変
・高いところのものが取れるので余計な仕事を押し付けられる
・新幹線や飛行機などで、高い金を払わないと楽に座れない
・強そうに見えるので逆に喧嘩を売られる
・むやみに警戒される


などなど。
他にイヤなのは、既製品が合いにくいことだ。
靴は29センチ。靴屋でよく言われるのは、


「そのサイズは作ってませんね」

か、


「誰も買わないので1足だけ余ってますね」


のどっちかだ。
また妙な色具合のやつが残っていたりするんだ。ちえっ。


ベッドを買う時も苦労した。
ゆったり寝ると、だいたいくるぶしから先がはみ出る。
で、どうしても高いものを買わなくてはいけなくなる。
いいベッドだから高いんじゃない。ただでかいからだ。
そんな時いつも


「これって本来払わなくてもいいお金だよなあ」

と思う。

総合してみると、イヤなことの方がちょっと多い。


「じゃあ背が低かった方が良かったか」


と聞かれると、答えに窮する。
だって経験したことがないですからね。

と言うと、


「贅沢な悩みだ」


みたいなことまで言われる。

いやいやそんなこと言われても。困りますよ。

そういえばイギリス人男性百人にした質問で、


「自分のルックスに満足しているか?」


というのを雑誌で見たことがある。
答えは78パーセントが「NO」。
理由が興味深い。圧倒的に多かったのが、


「足が長すぎてバランスが悪い」


だった。
他には、


「顔が小さすぎてブキミ」とか、
「表情が甘くて、男としての鋭さにかける」とか。

そして


「顔立ちの整った東洋人が一番きれいだと思う」


という意見もすごく多かった。
日本人の欲しがっているものを、
彼らは「不要なもの」として認識している。



結局は、まあそういうことだ。
隣の芝生は青く見える、と。



背が高い人間は相応の悩みがある。
二枚目にも相応の悩みがあるのだろう。
自分と外見的特徴が異なる人間に対して


「贅沢な悩みだ」


などとたやすく言える人の神経を疑ってしまう。


僕だってこの身長で苦い思いをしたことや、
いやなことを言われたことも何度だってある。
ついこないだも……ちょっと詳細は語りたくないが、
腑に落ちなかったからこれを今書いているわけで。


まあ……グチと言われたら、そうなんですがね。
ちえっ。
















夏、午後。水風呂、ラムネ。

僕の家にはクーラーがない。

引っ越してきた日も暑かったけど、

家のすぐとなりにある大きな公園からいい風がびゅんびゅん吹くので、


「ま、クーラーなくてもいっか」


と思い、今に至っている。


でも盛夏、八月である。

風が通るとはいえ、やや熱風だ。

とりあえずは扇風機でまかなっているが、

どうしてもと思った時は水風呂に飛び込むことにしている。

今日はもう二度入った。

これがもう、とっても気持ちいいのだ。

水道の水もあたたまっているので、

冷たすぎるということもなく、

しかし気温よりは全然低い。

ガス代もかからない。いいことばかりだ。


風呂用文庫などを読みながらちゃぷちゃぷ使っていると、

ぐんぐん体温が下がって行くのがわかる。

ふと顔を上げると、目が痛くなるほどの青空だ。

ウチの風呂場にはドアがあり、

そのドアはベランダに通じているので、

僕の場合は全然気にせずにドアを全開にして風呂に入る。

爆裂するようなセミの声とグラウンドを走る子どもたちの声がBGMだ。


青空に入道雲が広がる。

入道雲、なんて言葉もさりげなくいいなあ。

あの雲の形を入道に例えた人の気持ち、なんかわかる。

京都では丹波太郎というらしい。

たまたま読んでいる風呂用文庫に書いていた。


風呂から上がると、肌がさらさらになっている。

体温がかなり下がっているので、

熱風も少し心地いい。

冷たいラムネを飲む。

さっきまでのBGMに、

ラムネの壜のからころ、という音がまじる。


うん、三十七歳の夏もなかなかいいな。