フライドチキンと海のおと。 -4ページ目

lullaby  その2

「だーい丈夫だって補聴器つけてるし。
 あたしがきっちり歌えてるの知ってるでしょ?
 大体アンタ、難聴の人間が聞こえないくらいちっちゃい音でストリートに出るつもり?!」



WさんはRにそう言うとカラカラと大声で笑った。



Wさんの音楽の趣味もよくわかっている。
フェイバリットはチャゲ&飛鳥。
ギターを触ったことのある方ならお分かりだと思うが、
ビギナーにチャゲ&飛鳥はちょっとハードルが高い。
しかしRは練習に励んだ。
何しろRにとってWさんは大切な幼馴染。
確かに初恋の相手ではあるものの、
そこから一歩踏み出したことはない。
踏み出すことは怖かったし、
極めてプラトニックな今の関係に彼は満足していた。



『もちろん彼は、彼女を愛していたんだと思います』



確かに体の疼きは感じていた。
Wさんの長いさらさらな髪が風に踊っている時など、
覚られないようにその香りを胸いっぱいに吸い込んでいたし、
白くて細いむきだしの手足をこっそり盗み見たりもしていた。
とはいえ、そういった行為だけでもう胸がいっぱいになっていた。
それこそ彼が彼女を愛していた所以なのかもしれない。


それほどまでにピュアに、
RはWさんを想っていたのかもしれない。
だからこそ彼は踏み出すことを恐れていた。



(このままでいい。このままがいい)



おまじないのようにRは胸につぶやく。
そして毎日チャゲ&飛鳥の“LOVE SONG”を練習した。
WさんはWさんで、
同じ中古楽器屋で買ったレトロな型のマイクをいつも鞄に入れ、
お守りのように持ち歩いていた。
そして河原などでRと練習をする時、
アンプにもつないでいないそのマイクで歌った。
RはWさんの歌に合わせ、
一生懸命にギターをかき鳴らした。
<つづく>

lullaby  その1

『それは彼が、生まれて初めて書いたオリジナルソングなんです』



Rは十七歳でギターを買った。
それまで楽器など弾いたこともない。
音楽的なセンスがあったわけでもない。
そんな彼がギターを買った理由は一つ。
彼の幼馴染であり、また初恋の相手であり、
フォークデュオでボーカルとして歌ってみたいというWさんがそう望んだからだ。


WさんとRは仲が良かった。
幼馴染といって、
思春期の訪れとともにヘンに意識しあうようなこともなかった。
同じ高校に、毎日一緒に登下校していた。
周知のカップル、というよりは周知の幼馴染。
二人がいつも一緒にいることは見慣れた風景のようなもので、
クラスメイトから冷やかされるようなこともなかった。



『そんな二人だったから、
 彼女にとってフォークデュオを組む相手としては彼しか考えられなかったんですよね』



Rにとっては喜ばしい出来事だ。



「フォークデュオ組まない?」



と彼女に言われた時、
しなくてよい余計な想像までついついしてしまった彼だが、
もちろん快諾した。





かくしてRはギターを手にすることになる。
中古楽器屋で、そのフォークギターは五千円だった。


ただ、Rには危惧している点もあった。
Wさんは軽度の難聴だったのだ。
<つづく>

何でも食えるやつはえらい、のか?

ま、どーでもいいっちゃあどーでもいい話ですけど。


僕はワサビがあまり得意じゃない。
お寿司にもそんなにつけない。
ちょっぴりが美味しいと思っている。


がーしかし。


あなたの周りにもいません?
アメリカに住むファットママがパンにバター塗る時みたいに、
たあっぷりワサビを盛ってお寿司を食べる人。


いや、いいんですよ。
好き好きだし。
そう、好き好きなんですよ、ワサビの量なんて。
でもそういう人ってね、よく


「ワサビはたっぷりつけなきゃ旨くないよ」


とか言うんですよ。
それだけならまだしも、


「そんだけしかワサビつけられないの?」


みたいなことを得意げに言う。
これでもか的どや顔をしながら。
めんどくせいなあ。

あれ、なんでしょね?
大人は辛いもん食べられた方が偉い、的な。
僕だって辛いものが全部だめなわけじゃない。
とくにワサビが好きじゃないのだ。
あのツーン感が。
だが別に、
僕は辛いものが全般的に食べられなくてもいいと思っている。
だって辛いものが苦手なのは体質だ。
甘いものが苦手なのと一緒。
アレルギー体質と一緒。
鍛えても筋肉が付きにくいのと一緒。
顔が脂っぽいのと一緒
花粉症と一緒。
ロングパットが苦手なのと一緒。


じゃあ何か?
カスタードクリームが大好きな人は偉いのか。
そばアレルギーじゃない人はそばアレルギーの人に優越感を感じるのか。
マッチョメンは草食男子を見下しているのか。
メンズビオレ洗顔フォームを買うことは恥ずかしいのか。
スギ花粉をガンガン吸いこみながらロングパットを一撃でキメるやつあ、
神に選ばれた人間なのかっ。




ああ、そういえばお酒。
あれも強い人って、


「男ならこれくらいの酒、イッキに飲めなきゃ」


って言うね、言うね。


冗談じゃない。
これも体質だ。
生まれつきアルコールを体内で分解できない人もいる。

だいたい、うまい酒を飲むのに男も女もないっつーの。


何でも食えるやつはえらい、のか? のか?




……いや、別になんかあったワケじゃないっすけど。
世の中、愛し愛されて回っているってこと、忘れちゃなんねえよ。

わが一族は美白

ことに僕は美白で、
その肌は象牙のようなのだ。
もっちりぷりぷりとしていて、
僕が憧れるワイルド野郎のイメージとはかけ離れている。
しわも少なく童顔なせいで、
実年齢よりもかなり幼く見られる。


数年前、馬鹿な新卒生(彼は当時23歳、僕は34歳)に、


「はまさん、僕より2、3歳上っしょ?」


と言われた時は怒りを通り越して感心してしまった。


仕事先でも、
どう考えても自分より4~5歳年下だろうという奴に平然とタメ口をきかれる。
イヤだイヤだ。
ひげも生えないし。



肌が弱いのも難点だ。
夏場はアセモで背中が痒くなり、
冬場は乾燥肌で背中が痒くなる。
しかも、
春はスギ花粉で目鼻が痒くなり、
秋はブタクサで目鼻が痒くなる。
なんなんだ、もう。



まあ、かようにいろいろと弱いので、
快適な日常生活を送るためにはいろんなアイテムが必要になる。
リップクリームは手放せないし。
お風呂上りの乳液(当然敏感肌用)も手放せないし。
アイボンものど飴も湿疹の薬も手放せないし。
あ、口内炎の薬も手放せない。
なんなんだ、もう。
ちえっ。


僕的には財布だけを持って手ぶらで歩く、
というのに憧れる。
ものすごく近所でしかそれができないのでね。


ええい。


美白なんかいらね。
ロマンスいらね。

押し入れ

D君の部屋の押し入れは夜11時ちょうどから五分間、開かなくなる。


戸は微動だにしないのではなく、
ちょうど誰かが向こうから押さえているくらいの抵抗で動かないのだ。



五分経つと、すっと戸は動くようになる。




もちろん押し入れの中には誰もいない。