おもいこミスト
もちろんこういったこと、
プラスに働かせたらいいことばかりだ。
負けていないと思い込む。
ストレスなんかないと思い込む。
苦労ののちにこそ大きな飛躍があると思い込む。
自分が思い込んでいるからこそ、それはパワーに変わるのだ。
誰かに思い込まされていたとしたら、
失敗した時に必ずその人のせいにする。
人間とは弱きものだから。
そして
それは縦にワンダッシュするパワーになる。必ず。
人間とは強きものだから。
勇気とは、「自分を信じる力≒思い込み」だと思うのだ。
怖い話ではない、念のため。
先日の朝。
はじめてはっきりと、
幽霊を見てしまった? という話だ。
僕は駅に向かっていた。
知人からすごく怖い話を聞かされていた僕は、
ブログにその話をまとめようと思い、
その話の特に怖い部分を何度も反芻していた。
(やだなあ。怖いなあ)
などと思いながら改札を通り、
ホームに降りる階段へ向かった時だ。
階段の手すりの前に、おばさんが立っていた。
年齢は五十歳くらい。中肉中背。
そのおばさんの腰から下が、すっぱりとなかった。
僕は人目もはばからず、
「おわあ!」
と叫んでしまった。
おばさんはびく、と反応する。
あれ? 幽霊らしからぬリアクション。
そして一秒ごとに脳に情報が届き、認識した。
壁の手すりから下がベージュに塗り分けられている。
おばさんはベージュのパンツをはいている。
おばさんの腰から下が、
カメレオンの保護色よろしく壁の色に同化していたのだ。
しかもおばさんはウエストバッグをやや斜めにつけていた。
そのバックの斜めの角度が、
ちょうど手すりの斜めの角度とシンクロしていた。
で、バッグより下が遠目に消えて見えた、と。
なあんだ。
でもその時には「おわあ!」と叫んでしまっていた。
レッキとした人間であるおばさんにも、
むしろ妙なやつであるのはこっちであるという認識も与えてしまっている。
で、僕は時計を見るふりをした。
「さっきの悲鳴は、電車を逃してしまったゆえのモンなんです」
と言わんばかりに。
おばさんは怪訝な表情をいぜん崩さず、
「56分、まだ出てないよ」
と言った。
怖い怖いと思っていたら、
ありもしないものを見たりもする。
人間とは精神に支配されているものよなあ、
と改めて痛感。
俺ってビビリだなあ、
とも改めて痛感。
『ザ・ウォーカー』、旅の意味
最近いろんな映画を観てますが、
その中でも特に印象的だったものを一つ。
『ザ・ウォーカー』
デンゼル・ワシントン主演、ゲイリー・オールドマンが悪役。
ヒロインは、おおなんとブラック・スワンで悪い子ちゃん役を演じたミラ・クニス。
雰囲気が違ったんでわからなかったな。かわいいじゃないか。
ネタバレしない程度に解説を。
壊滅的な最終戦争の後の地球。
ま、北斗の拳的世界だと思ってください。
主人公のセリフを引用するなら、
「(戦争前は)ものがあふれていて、人々は何が大切かを忘れている。
昔は捨てていたものを、今は奪い合っている」
そんな世界。
核シェルターから出たイーライ(デンゼル・ワシントン)は神からの啓示を受ける。
それは「一冊の本を持って西を目指せ」というもの。
イーライは瓦礫の中から、
世界にただ一つだけ残されたかの本を探し出し、
そこから三十年かけて歩き、ひたすら西を目指す。
一方、知力とカリスマ性で一つの町を治めた男・カーネギー(ゲイリー・オールドマン)。
さらに強大な支配者となりたいと願っている。
そのために必要なのは、イーライの持つ世界でただ一冊の本。
その本にはあらゆる真理が書かれている。
力づくで本を奪おうとするカーネギー。
本を守り、西へ向かうイーライ。
イーライを慕い、旅の共となったソラーラ(ミラ・クニス)。
はたして本の正体とは。
本には一体何が書かれているのか。
そして西の果てにあるものとは。
そしてそして、イーライの体に隠された秘密とは。
そんな感じです。
ま、カンの良い方にはおわかりですよね、本の正体。
結構序盤にネタバレしとりますが。
僕が面白いな、と思ったのはイーライの行動。
本を守るために彼のとった様々な行動は、
奇しくも本の教えとはまったく真逆のもの。
そしてカーネギーの行動もしかり。
本を手にするために彼のとった行動もまた、
本の教えとはまったく真逆。
このあたり、シニカルでよかった。
アメリカ人もこういう感覚で脚本書くんだ、って。
そして、本の中身。
おう。おう。
そうだったのか。
あーそうか、考えたら伏線張られてたわ。
クリリン、オラ馬鹿だから気づかなかったぞ。
おう。すごいじゃないか。
荒廃した戦争後の世界を旅する男の話、
ってもうめったやたらとあるじゃないですか。
小説とか映画とか漫画とか、のべつまくなしに。
そのなかでも、
この映画の“旅の理由”は一番好きかもしれない。
すごくしっくりきましたね。
面白かったです。
シンプルに。
映画っていいなあ、ってまた思っちゃった。
ラスト、胸に沁みます。
良かったね、イーライ。
lullaby その9
ドアを閉めているから聴こえないのではない。
確かに泣き止んでいる。
そして。
違う音が聴こえる。
違う声が聴こえる。
懐かしいメロディーが。
RとWさんしか知らないはずのメロディーが。
誰かが歌っている。
思わず哺乳瓶を取り落した。
幻聴かと疑った。
俺はこんなにこっぴどくアルコールにやられたのか、と。
だが、違った。
確かに聴こえる。
生まれてはじめて書いたオリジナルソングが。
その歌は、チャゲ&飛鳥のそれに似ていた。
まぎれもない。
Wさんの声だった。
(……幽霊だって何だっていい)
Rはドアに手をかけ、
(せめてもう一度だけ)
ゆっくりと押し開いた。
歌声はベビーベッドから聴こえた。
赤ん坊が、Wさんの声で静かに歌っていた。
遠い昔、スタジオで、河原で聴いたあの声だ。
忘れようもない、Rが惚れこんだ声だ。
Rの胸には恐怖心も、なぜか驚きの感情すら去来しなかった。
ただこう思った。
やっぱりきれいな声だなあ。
やっぱり毎日でも聞いていたいような声だなあ。
瞬間、Rはその場に突っ伏していた。
吠えるように泣いた。
号泣しながら彼は、
額を床に叩き付けるようにして何度も何度もWさんと赤ん坊に詫びた。
涙は止まらなかった。
いつまでも流れ続けた。
『全部話してくれた時、やっぱりすごくびっくりしましたけど。
それでも父を責める気になんて、これっぽっちもなりませんでした。
だって、片親でわたしを立派に育ててくれたんだから』
ナルミさんは手話を駆使してそう言った。
もちろんナルミさんには赤ん坊の頃の記憶などない。
当然あのとき自分が歌った、Rのオリジナルソングの記憶も。
『わたしは子守唄を聴いたことがありません。
母に抱いてもらったこともありません。でも、
父の作った歌があったかいことだけは知っています。
だって、それは母を想って作られた歌なんですもん』
彼女は今年で二十歳になる。
難聴は母親から忘れ形見のように受け継いでしまったが、
定期健診の結果、
心臓に欠陥は見られないという。
『実はね、今日も定期健診の日だったんですよ』
ナルミさんは診断表らしきものをバッグから出した。
そして、
『体脂肪率と体重が載ってるんで見せられないですけどね』
と言い、いたずらっぽく微笑んだ。
lullaby その8
ある夜。
赤ん坊は泣き止まない。
その日は得意先におもむき、陳謝した。
後輩の起こした小さなミスだった。
Rは得意先の担当者になじられていた。
「事情は聞いてるけどさ。大変だろうけどさ。
できないんだったらやるんじゃないよ。
そんなハンパな育てられ方、子どもにとっても迷惑なんじゃないの?」
泣き止まない赤ん坊を充血した目で見つめ、
Rは今日のミスについて考えていた。
やおら彼は赤ん坊の肩に手をかけ、揺すった。
「……なんで俺を苦しめるんだ? お前のことが大好きなのに。
どいつもこいつも、なんで俺だけを苦しめるんだ?
なあ、なんでだ? なんでだ? なんでだ? なんでだ?」
ストレートであおったウイスキーは、
Rの睡眠不足の脳から正常な判断力を奪っていた。
三度、四度と揺すり続けた。
赤ん坊は火が点いたように泣き叫んだ。
泣き止ませなければいけない。
慌てたRは、そっと赤ん坊の首に手をかけた。
『やみくもに働いた彼の手は荒れて、節くれ立っていました』
赤ん坊の首のところで作った両手の輪は、
とても赤ん坊の首のサイズに一致するものではなかった。
それは彼が思った以上に細く、
そのあまりのか弱さにRは驚愕した。
『両手なんて必要ない。片手で十分、絞め殺すことができる、と』
そう思ったとたん、
やわらかくてあたたかい感情が胸の内から噴出した。
Rは首からそっと手を放し、
赤ん坊の泣き声に合わせるようにしてすすり泣いた。
ひとしきり泣いた後、
彼はキッチンでざぶざぶ顔を洗った。
そしてやかんを火にかけると、
ミルクの準備をはじめた。
粉の量はきっちり守り、
お湯の温度も間違わないようにミルクを作った。
その時だった。
『赤ん坊の泣き声が止んでいたんです』
<つづく>