また、すごい映画を観てしまった。
最近……ではないな。
大昔からホラーが大好きな僕。
でも最近とくにホラーづいている僕。
『ミスト』に続いては、『REC』を観た。
近頃じゃげっぷが出るくらいたくさんある、
噛まれたら唾液から感染してゾンビ化してしまう、もはや一ジャンル。
『バイオハザード』とかそうでしたね。
比較的新しいのでいくとウィル・スミスの『アイアムレジェンド』とか。
『REC』もそれに属するタイプだ。
しかも属性がもう一つ。
ハンディカメラで撮っているのだ。
あの『ブレアウィッチプロジェクト』とか、
『クローバーフィールド』とかと同じね。
ドキュメンタリーっぽく演出してるタイプの。
もちろんハンディで撮るための設定は準備されている。
消防士を密着取材するために、
スペインのあるテレビ局のレポーターとカメラマンがアパートに向かう。
そこで一行は、未知のウイルスに感染して獣のように狂暴化した住民に襲われる。
感染を防ぐためにアパートは隔離され、外に出してもらえない。
死んじまうかもしれない状況の中で、
レポーターはテレビマン根性を出して、
「何が起きても撮り続けろ」
とカメラマンに命じる。
だから恐怖と惨劇の一部始終を、
ハンディカメラは追い続けるのだ。
で、結論。
めっちゃ怖かった。
僕は前記したようにホラー大好き野郎なので、
知らず知らずのうちに斜に構えてホラーを観てしまう感がある。
ついつい書き手として見てしまうのだ。
ここでこう来たら怖いのか、とか、
逆にこう来たらしつこくなるな、とかね。
この『REC』は、
久々に書き手としての感覚を忘れて没頭した。
いやもう、怖い怖い。
ラストまで恐怖と緊張感を引っ張ってく力がすごい。
話のシンプルさが功を奏しているようだ。
ウイルスが生まれた理由、
感染した理由について深く言及していないところも効果的。
理由がはっきりすればするほどホラーって力を失うからね。
もう最後の、
最上階の空き室に籠城するところなんかヤバかった。
もう来ないで!もう来ないで!って思ってた。
でもやっぱりキヤガッタ。
最後に現れたあいつ。
どんだけ、どんだけおっそろしいルックスしてやがんだ。
で、眠れなくなって二時間くらい『ガキの使い』のDVDを観た。
松ちゃん、浜ちゃん、助けてー!って思いながら。
そんな三十七歳。
そんな三十七度目の春。
久しぶりに夜中にトイレに行けなくなった、三十七度目の春。
すごい映画を観てしまった。
映画『ミスト』を観た。
これは僕の敬愛するスティーブン・キングの『霧』という中短編が原作になっている。
ずっと観よう観ようと思っていたが、
ついにきっかけが訪れて我がDVDプレーヤーにひと働きしてもらうこととなった。
いろいろ書きたいがネタばれしてしまうのでやめよう。
いやあ、よかった。
面白い映画だった。
キングは映画に恵まれない作家として有名だ。
『IT』とかひどい。
『ドリームキャッチャー』もひどかった。あくまで僕的には。
中短編はかなりの数がテレビ映画化されているし、
その多くはずいぶんぞんざいに脚本化されている。
巨匠キューブリックが撮った『シャイニング』も、
僕は十分怖かったけどキングは全然満足しなかったみたいだ。
のちに自分がメガホンを取ってリメイクしているからね。
そんな中にも、原作もいいが映画もよかった、という作品もある。
『ショーシャンクの空に』(原題は「刑務所のリタ・ヘイワーズ」)とかすごくいい。
『スタンドバイミー』もいい。『キャリー』も秀作だ。
『ミザリー』もめっちゃ怖いし、『ペット・セマタリー』も怖悲しい。
でも、今回の『ミスト』はちょっと違う。
原作も確かに面白い。
でもそんなレベルじゃない。
僕に言わせれば、原作をはるかに凌駕している。
キング作品でそれはすごく珍しいことだ。
物語はすごくシンプルである。
ある田舎町が嵐に襲われる。
台風一過、やれやれという感じで主人公演じるトーマス・ジェーンが大型スーパーに買い物に出かける。
するとスーパーが、というよりも町全体が霧にすっぽり包まれるのだ。
三十センチ先も見えない、濃密な霧だ。
人々はスーパーに立て籠もらざるをえなくなる。
と、霧にまぎれてわらわらとあらわれるのだ。
なんだかよくわからない生き物達が。
主人公たちは力を合わせ、
サバイバルに打って出る。
とまあそんな感じ。
大体原作通りにストーリーは展開してゆくのだけれど、
ねちっこくてイライラする人間関係のもつれとかがホント神経に障る辺り、
原作よりも世界に奥行きを与えている気がする。
そしてラスト15分。
いやあ。ああ、すごいな。
これはキツイ。
うわあ。ああそうくるか。
たまらんなあ。おお。ふう。
と、何だか言葉にならないヘンな声をたくさん上げてしまった。
ウィキってみると、
「劇場予告編で「衝撃のラスト15分」と宣伝されたエンディングは原作とは異なるもので、
完全に映画オリジナルである。
キングは「執筆中にこの結末を思いついていればこのとおりにしたのに」と絶賛しているという。」
と書かれている。
なるほどなあ。
いやあ本当にすごいラストだった。
お化けって怖いなあ、とか、
いやいや本当に怖いのは人間だよ、とか、
安直に誰が悪いとか誰が怖いとか決められない。
ただ、圧倒的に胸が締め付けられる。
すごいラストだ。
愛あるゆえに。愛深きゆえに。
僕的には、
「胸締め付けられラスト」で言えば『猿の惑星('68)』に匹敵する。
※以上はあくまで個人的な見解です。
映画としては優れていると思いますが、
時節柄、すべての方が楽しんで観られる内容ではありません。
愛すべきバカ
これまで何度かTという男について書いた。
奇跡的な寝言をほざく男のことだ。
天然ボケが健忘症にかかって、
さらに鉄筋コンクリートで後頭部を強打したようなこの男、
様々な名言も残している。
その一部をさらりと紹介しよう。
ジェームズ・ボンドの映画を見ていた時。
スパイってかっこいいな、
と僕が言った時の、彼の一言。
「……あれはしんどいぞー」
遠い目を画面から離さずに言った。
君こそMI6の何を知っているんだ、と問いたい。
駅で電車待ちをしている時。
喫煙コーナーに、
タバコに火を点けようとしている青年がいた。
ジッポーライターのオイルが切れているせいか、
火はなかなか点かない。
四苦八苦してフリントをこすっていると、
ジッポーが青年の手からするりと落ちてホームを転がった。
それをじっと見ていた彼の一言。
「……だから言ったのに」
……もちろん彼は青年に対して何の注意勧告もしていない。
スパゲティを作ろうと、
スーパーで買い物をしていた時。
彼は国産のトマトを手に取り、
しばし考えて残念そうに棚に戻した。
そして次にイタリア産のトマトを取り、
また何事か考えて棚に戻す。
僕がしびれを切らして尋ねた。
「いったいどこのトマトが欲しいんだ?」
その答えとしての、彼の一言。
「……うーん。……カゴメ?」
もはや言うこともない。
他にもある。
回転寿司でサラダ巻きを食べた時の一言。
「歯ごたえ、ぷりっぷり!」
そんな歯ごたえのサラダ巻き、怖い。
プレミアムアイスクリームを食べた時の一言。
「口の中でとろけるよ~っ」
グルメコメントとして一見正しいようだが活用が違っている。
ツカダ精三さん、
という方に会って名前の漢字を説明してもらった時の一言。
「なるほど、“精力”の精に“精力三倍”の三で精三ですね」
…………。
という、
本当にネタに事欠かないTなのでした。
安直な歌詞
先におことわりしておきますが、J‐POP、大好きです。
ミスチル大好き。コブクロもいいなあ。
スーパーフライなんかほんとすごいと思う。
いきものがかりもいいセンスしてる。ぐっとくる。
最近だとフランプールとかもいいなあ。
だからこそ。
だからこそですよ。
「ああ、安直に書いているなあ」
と分かってしまう詞がすごく気になる。
例えば、「胸が痛くて」という表現。
もうイイでしょうよ、この言い回し。
失恋とか成就しない恋愛というのは胸が痛いもんです。
それを「胸が痛い」という、
そのまんまの言葉を簡単に使ってしまうところ。
なんだかなあ。
誰もが抱く普遍的な感情なのだから、
ぜひ誰も思いつかない表現で言い表してほしいのだけど。
または、
「届けこの思い」、もしくは「届かないこの思い」。
日本人の恋愛って成就しないもんなんかなあ。
そしてレトリックを多少使った「ゆらゆら揺らめいて」。
何だか“逃げ”を感じる。
プロなんだったら他の表現も考えられたでしょうよ。
比喩で言えば「花火のように」。
はかなさの代名詞として引用しすぎでは?
「逢いたいのに逢えない」。
それは分かってる。恋愛なんだから。
逢いたいのに逢えないもんなんだよ。
だからそれをそのまま詞にせずに、
もう一歩踏み込んだ観点で
「逢いたいのに逢えないということ」を語って欲しい。
「君の代わりはいないことにやっと気付いた」
だからわざわざ言うことではないんだって。
もう一度書くけれど、J‐POPは大好きです。
だからこそ、
真剣に自分や他人と向き合って書かれている詞も多くあるからこそ、
「ま、メロディーに合わせて書かなきゃなんないし、こんなもんでいっか」
という間に合わせ的気持ちで書かれた歌詞が好きじゃない。
もしこれらを、
「安直に書いていない。心の内から湧いて出た言葉だ」
というのならプロとしてのセンスを疑ってしまうし、
そもそもプロモーションに大きな問題があるように思える。
「J‐POPだからこんなもんだ」
「あくまで商売だからこんなもんだ」
「十代の女の子相手だからこんなもんだ」
という台詞は、
プロのミュージシャン、
または商業音楽に携わる人間なら絶対に言ってはならない。
消費者を舐めちゃいけない。
「こんなもんだ」
と思っているのは作り手の勝手である。
作り手のそういう気持ちが音楽を容易い商品に変えてしまうのだ。
今手がけているこの一曲を使い捨ての商品にするか、
百年歌い継がれる名曲にするかは作り手の意識次第なのだ。
ちなみにミスチルの桜井さんは、
「善人の仮面の内に存在する本心、本当の自分、つまり“人間”ということ」
というテーマの歌を
「きっとウルトラマンのそれのように、君の背中にもファスナーがついていて」
と表現している。
拍手喝采。
何のために、の家 その7
G君とS君は、
女子達が待っている最初の部屋の真反対の部屋で落ち合ったようだ。
「わっ」
という、どちらともつかない驚きの声が聞こえた。
ルービックキューブを真上から見たような間取り、
と書けばイメージされやすいかもしれない。
ほぼ正四角形の四畳半の和室が八つ、
ぐるりと真ん中の六畳間を取り囲んでいるのだ。
すべてのふすまを取り払ったら、一つの大きな和室になる。
計算すると四十二畳。
畳とふすま以外、何もない家。
「一体何なんだよ、この家……」
G君が搾り出すように言った。
「ねえ」
Eさんが唐突に切り出した。
「さっき気付いたんだけどさ」
「……何?」
Yさんが不安げな声を出した。
「この家さ、台所もトイレも無いんだよね」
四人は黙った。
沈黙を破ったのはS君だった。
「……何のために建てられたんだろ……」
誰も口にできなかったその言葉に、Eさんは鳥肌を立てた。
次にYさんが言った。
「その鍵もさ、わざとじゃない?」
YさんはG君の手にある鍵を指差す。
「わかりやすいとこに置いて、わざと鍵に気付かせて、それで」
わああっ、とG君が突拍子も無い声を上げた。
「出よう。すぐに出よう」
Eさんは全身を貫くような圧倒的な恐怖を感じた、という。
転がるように家を出た。
しかし、Yさんは冷静に施錠し、
最後にハンカチで鍵をぬぐった。
車に乗ってしばらく走り、
家が完全に見えなくなっても、
メンバーはまだ誰も何も喋らなかった。
やがて国道沿いに駅舎が見え、
コンビニやパチンコ店の存在を確認して、
やっとEさんの震えは止まった。
今もEさんはあの家を思うと暗い気持ちになるという。
もう場所も思い出せないが、
今も確かに建っているであろう、あの家。
誰が、何のために。
くだらない好奇心がつけた心の傷はまだ癒えない。