何のために、の家 その1
幽霊屋敷の話ではない、念のため。
僕は昔、
和歌山のとある山中で妙な家を見たことがある。
山中、といっても分譲されている場所だ。
緩やかな斜面を山の頂上に向かって車で走っていた。
友達と四人で。
僕は助手席に乗っていた。
道中にも“〇〇台”みたいな、
いかにも最近拓けましたという分譲地がちらほらあった。
しかしそこは、
そういった分譲地よりぐっと山の中にあったのだ。
鬱蒼と茂った木々の狭間に隠れるように、
その四戸だけの分譲住宅は存在していた。
どの家も新しい。
だからこそ異様だった。
四戸すべて空き家なのだ。
清潔感のある真っ白い壁に、
何か言い知れぬ凄みを感じた。
とはいえ真昼間のこと。
男が四人いるので恐怖感はなかった。
暇な僕達は車道沿いに車を停め、
探険することにした。
<つづく>
閉所が怖い
恐怖症は意識するとやばい、
というものらしい。
メジャーなもので高所や閉所や先端など、
調べてみると多孔性というのもある。
これは穴がずらずら並んでいるものがコワいというやつ。
蓮とかね。
分かる気がする。
僕はある瞬間から閉所を意識してしまった。
それはテレビの、氷山の海を行く、みたいなロケ。
ドライスーツを着ているだけでどきどきする。
なのに、分厚い氷の下を泳いでいる。
もしここでボンベの空気がなくなっても、
上には氷があるのでどうすることもできない。
く、苦しい。
書いていて、何だか苦しい。
そういえば、
映画「オーメン2」でもそんなシーンがあった。
悪魔の子ダミアンの正体を探ろうとした人間がダミアンの怒りを買い、
様々な方法で殺されてしまうのだ。
その殺され方の一つに、
分厚い氷が張った川に落ちてしまい、
下流にずんずん流されてしまう、というのがあった。
窓ガラスをどんどん、と叩くように、
流れる川の中側から氷を叩いて助けを求める少年。
氷を割るための道具などすぐにはないからどうしようもない。
透き通った氷だから、
少年が溺れてゆくさまが克明に分かる。
ああ怖い。苦しい。
体の幅ぴったりの棺桶なんか、
恐怖以外なにも感じない。
もし生きて埋葬されたら。
考えたら体中が痒くなる。
あ、すみません。
もう書くのやめます。
階下の住人
K君はハイツの二階に住んでいる。
朝、ゴミを捨てた時に、たまたま真下に住む住人を見た。
三十歳くらいの普通の女性だ。初めて見た。
ちょうど部屋に入るところだった。
背中から声をかけようとして、ぎくりとした。
四十センチほど開けられたドアの隙間から、室内が見えたのだ。
中には老婆が数十人、ひしめきあうように立っていた。
ゴルフ場
ゴルフそのものに恨みがあるわけではありません、念のため。
世界で活躍するゴルファー達には別に何の文句もありません。
僕が嫌いなのはゴルフ場、なのだ。
深い理由なんかない。
実に、実に単純な話だ。
よってこれは極めて偏りのある意見なのかも知れない。
ま、営利目的のブログではないのでいいじゃないか。
つまりこうだ。
どっかの社長さんがゆったりゆったり歩いているその芝生。
きれいにきれいに刈られた芝生の、広いグリーン。
そんなものを作るために一体どれほどの、
かつて森だったその場所を住処にしていた小さな生き物を追い払ったのだろう。
それが衣食住に関わることならまだ納得もゆく。
分譲地として開拓した。
生き物の住処は奪ったが、まあそこは幸せな家庭の住処となったのだ。
まだわかる。
工場ができた。
……人間のよりよい暮らしのため。
まあ、まだなんとか。
でもね。
ゴルフ場って。
いいでしょう、ゴルフしなくても。
確かにあなた達にとっちゃ娯楽なんでしょうよ。
リラクゼーションのためか接待のためかはわからんけど。
でもね。
生態系のバランスを崩してまですることですか?
小さな生き物達の住処を奪ってまですることですか?
日本の原風景たる自然を破壊してまで、
あの動かないちっちゃなボールをひっぱたきたいですか?
前もアメリカザリガニのことを記事で書いたが、
こと日本の固有種は生命力が弱いのだ。
少ない緑、汚れた水では生きられないものも多い。
そういった美しくもはかない生き物達を、
消えゆく種にはしたくない。
この先何十年も何百年も、
めだかにはきれいな水をすいすい泳いでもらいたいのだ。
という、ただこれだけの偏見にまみれた理由だ。
だからゴルフ場はキライだ。
僕的にはなくっても全然いい。
こんなことを書くと多方面からお叱りを受けるかもしれないけど。
手相を見てみれば
手相占い芸人・島田がブレイクしてテレビでよく見るようになってから、
なんだかちょっと自分の手相を見る機会が多くなった気がする。
と言って占いの類はあんまり気にしていないんだけど、
ま、気休めというか、いいことを招きよせたいというか。
左手で見る、とか本に書いてあった。
見てみる。
生命線、運命線、感情線、頭脳線、
ともにぐぐいっと長い。
端っこが掌から出てしまっている。
本によれば、長生きはするようだ。
そして子供のころに気管支が弱かった、と。
おお。当たっているではないか。
細かな線はあんまり見えない。
なんだかごちゃごちゃはしていない。
ぱきっとした手相だ。
それがいいのかどうかはわからないが、
大器晩成、とは書いてある。
大器ねえ。晩成ねえ。
どんな大器かわからないし、
何歳くらいで晩成なのかわからないけど。
95歳くらいで石油掘り当てたりして。
「婆さんや!庭から石油がっ!ポチの小屋の前から石油がっ!」
「爺さんや、そんなことよりわたしの入れ歯をしらんかね」
「は……入れ歯か……」
といって三歩歩いたきり石油のこと忘れたりして。
でも悪い手相ではないみたいだから、まあ悪い気はしない。
こういうのは生き方次第でどんどん変わってゆくとも聞くし。
人生に合わせて変わってゆくのかもしれないな。
僕は、そうですね、
ずっと面白い文章が書けて、
それをずっと「面白い!」と言いながら読んでくれる人がいれば、
まあしめた人生かな。