フライドチキンと海のおと。 -10ページ目

けったいな夢 #.9

山田孝之の勤める自転車屋さんに行った。
僕の自転車のチェーンが緩んでいるので、修理してもらおうと思ったのだ。


「あい、はまちゃん。久しぶりね」


なぜか沖縄の方言で彼は言った。
彼の手は機械オイルで真っ黒に汚れている。


「ランチまだでしょ? 食べていけばいいさぁ」


彼は取りかかっていた修理を放り出して、
奥の厨房に籠ってしまった。


しばらくして。


「あい、お待たせ」


彼は、イカ墨のパスタを作って持ってきた。
もちろんパスタは真っ黒だ。
そしてなぜか、
彼の真っ黒に汚れていた手はびっくりするくらいきれいになっていた。


あれえ、このパスタって。
ええっ、このパスタって。


案の定、パスタからは濃厚な機械オイルの香りが漂っていた。


「愛情込めて作ったさあ」


山田孝之はにっこり笑った。
でも目は笑っていなかった。






という夢を見た。


書架

みなさま。
僕は無事です。
何事もなく、ぴんぴんしております。
こんな時に怪談など不謹慎かな……とは思ったのですが、
それでもこんなブログを楽しみにして下さる方も、
ありがたいことにたくさんいらっしゃるようで。
だから
「俺は無事だ」
というメッセージを込めて、
今日も怪談をアップします。
それではどうぞ。





一人暮らしのS君が持つ、大きな書架。


S君が帰宅すると、必ず本の配置が変わっているという。
何度並べなおしても徐々に入れ替わり、
一週間も経つとかなり配置はばらばらになる。


一度隠しカメラでも仕掛けてから家を出たら? と僕が言うと、


「そんな恐ろしいこと、できませんよ」


とS君は唇だけで笑いながら言った。

石垣島ラー油誕生の秘密はドラマチックだ。

『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』

辺銀愛理著/マガジンハウス



いわずもがなの超有名調味料、石垣島ラー油。
その、通称“石ラー”が出来るまで、が綴られた


『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』


という本を読んだ。
あの美味しい調味料誕生の裏にこんな物語があったのか!
とひそかに感動してしまう。


こういう本を読んでいつも思うのは、
やはり実話に勝るスペクタクルはないな、ということ。
いや、まあ波乱万丈!という話ではないけれどね。
筆者の方、すごく色んな体験をしてらっしゃる。


たとえばまず、ペンギン夫婦、という部分。
辺銀、と書いてぺんぎんと読むのだけど、
実はこれレッキとした本名なのだ。
もちろん戸籍登録もされている。
もともとごくフツーの苗字だった筆者の愛理さん。
どうしてペンギンなどという名前を名乗ることとなったのか。

そこに至るまでの話が、
淡々と書かれているけどかなり面白いのだ。
ああー、こんなことってあるんだー!って不思議に納得。


ちなみに辺銀さん、などという苗字は日本でタダ一つ。
フツーの苗字だった愛理さんが、
様々な経験をして個性豊かであたたかい人達に出会って、
不思議な偶然が重なり合って石垣島ラー油という傑作を産む。
もちろんできてすぐに売れたわけじゃない。
不遇の時代もあった。
愛理さんはそれら苦難を苦難とは思わず、
持ち前のタフさと明るさで


「なんとかなるさー」


と乗り越えてゆくのだ。


読むだけでパワーをくれる。
本人達はいたってフツー、という感じで書いてらっしゃるが、
これはがなかなかドラマチックな話なのだ。
もっとも、それがフツー、と言えるほど、
辺銀夫婦にとって“笑顔で努力”は当たり前のことなんだな。
そこがすごい。
成功する人って(本人達が成功しようと思っていたかは別として)、
やっぱりこういう人達だ。


数々の名言もある。
僕がぐっときたのは、



「あの日あの時のあの言葉がなければ今の自分達はなかった、
              という運命の瞬間が人間には必ず訪れる」



というくだりだ。


人生の交差点で立ち止まった時、
後を押してくれる言葉が訪れるのかもしれないなあ、と思った。
いや、もう訪れているのかもしれないけれど。



ところでこれ、NHKの朝ドラにぴったりの内容じゃないかなあ?
絶対に見ごたえたっぷりだと思うけどなあ。

すうーっ。 後編

その日の夜。
さっそく妖怪が出たらしい。


O君が布団でとろとろとまどろんでいた時。
すうーっ、と壁から足が出てきた。


それは辺りをうかがうような様子だったらしい。
すうーっと出てはすっと引っ込み、
またすうーっと出ては素早く引っ込み。
眠さで感覚が麻痺していたO君は、
出ては引っ込むその白い足を無感動に見ていた。
そしてまた足が出て、
今度は一気に反対側の壁に走りぬけた。
舞台のカミテから出てシモテに入るように、
それは一瞬で対面の壁に吸い込まれた。


しかし、一瞬ではあったが薄明かりにその姿を見た。
上半身裸の、だるまのような生き物だった。
大きな頭、丸みを帯びた胴体に手はない。
丸い胴体から、直接細長い白い足がはえていた。


そいつはシモテの壁の中に入っていったかと思うと、
またしばらくして壁から足をすうーっと出した。
そしてまた素早くカミテの壁の中に走りこんだ。
そいつは土の壁を自由に出入りできるようなのだ。
ただ、目的はわからない。
結局化け物の目的など人間に理解できるわけもないのだ。


僕はこういう話を色々な人からたくさん聞いてきたが、
この状況で体験者がとる行動は大体一つだ。
しらんぷりをする。または、
気付いていてもアンタになんか興味ないですよ、というふりをする。
O君もそうしたようだ。
そうすることが最善に思えた。


結局その後何回かそいつはカミテからシモテを往復した。
O君はいつしか眠ってしまったようだ。




翌日すぐに、思い当たる木箱を仔細にチェックした。
原因と思しきものはすぐに見つかった。
壁に接地していた面に、古い紙が貼ってあったのだ。
それには毛筆で、
縦四本・横五本の線からなる格子柄が描かれていた。
それが何なのかはわからないが、
とりあえずは木箱を元あった場所にきっちりと置いた。
壁に日焼けの跡があったため、
寸分たがわず置くことができたようだ。
以来、そいつは出てくることはなかった。
その木箱のことは両親に聞いても、
「存在すら知らない」と言われたそうだ。
いつかきっちりとお払いをしなきゃ、
と言ってO君はまたからからと笑った。



O君は、写真くらい撮っておけばよかったな、
という好奇心をあわてて引っ込めた。
そういったものは、
もう出てこないのならそれに越したことはないのだ。

すうーっ。 前編

O君は今、事情があって一軒家に一人暮らししている。
その家に妖怪が出て困っていた、と言って彼はからからと笑った。
そんな話に目がないと知っていて、
なかなか僕に話してくれなかった。
どうして? と聞くと、


「もう出なくなった。だから安心して話せるかな、と思って。
 だってアンタ、今出てるんだよ、というと俺んちに来るだろ?」


と言う。
専門的な知識もない人間がそんなことして、
妖怪の怒りを買うようなことになったらたまらんからな、と付け加えた。





きっかけは大掃除だ。
一階の一部が店舗スペースになっていて、
そこが現在は物置と化している。
探し物がひょっとしてそこに紛れているんじゃないか、
とO君が一人で片付けはじめた。


いったんはじめてしまうと中途半端はイヤな性分で、
とりあえず大きく四つくらいの島を作り、
それぞれの島を大雑把にジャンルで分けてしまうことにした。
父の島と母の島と店舗用の島。
そしてそれ以外の物を置く島。
そう決めてはじめるとはかどった。
ほとんど見えなかった壁面も見えるようになってきた。


と、応接間に面している壁の一番下に、
錠が下りていて何が入っているかわからない木箱があった。
古いものだ。

大きさは両手でやっと抱えられるくらい。
錠も、なんだかいかめしいデザインだった。


その家はO君のおじいさんの代から使われているので、
いつからあったかもわからないものを自分が勝手に開けてしまうわけにはいかない。
とりあえずそこにあっては通路を確保できないので、
O君はその木箱を“それ以外の物を置く島”の一番上に重ねた。
<つづく>