血も凍るような怖い話 前編
十五年以上前、U君が高校生の頃の話。
当時彼は大阪の北部、
ほとんど京都との境辺りに住んでいた。
山裾にある古い家で、
U君の六畳間は離れに一部屋だけ孤立して建っていた。
雨がしとしと降る、ある梅雨の夜。
U君はその部屋で友達六人と四方山話に花を咲かせていた。
何組の誰それは可愛い、とかいった話が一通り終わった頃。
極めて自動的に、座は怪談話に移行した。
静かな夜だ。雨音以外は聞こえない。
場を盛り上げるため、
U君は蛍光灯を消して懐中電灯を一つつけた。
うおっ、と興奮気味の声が上がった。
こうして百物語ははじまった。
一人。また一人。
怪談話を終えてゆく。
誰もが話しなれているネタなのか、ムードたっぷりに話す。
どの話もけっこう怖い。
「トイレ、行けなくなるなあ……」
誰かが小さくつぶやいた。
話を聞きながら、U君は焦りはじめた。
怖い話が思いつかない。
知っているはずなのだ。
聞いたことがあるのだ。
取って置きの話。
しかし、頭にもやがかかったように浮かばない。
四人目が話しはじめた頃から、
部屋の中がうるさくなってきた。
みしみしっ、とか、ぱしっ、とか音が鳴る。
これだから古い家はやだよな、
と誰かが冗談っぽく笑って言った。
だが、その音の不自然さにはみんな気付いていた。
<つづく>
酔っぱらいのたわごと
「ああ、今日はよく働いたなあ」
泡盛を飲むことが多いが、
最近はハイボールも好きだ。
酒にはあまりこだわらない(というか味の差がわからない)ので、
トリスとかの安いウイスキーで十分美味しく飲めてしまう。
それでも少々自分を癒してあげたい時は、
ジャックダニエルのシングルバレルとか、
マッカランのオールドを飲む。
木の焦げた薫りが香ばしく、
しみじみうまい。
蒸留酒は大丈夫なのだが、醸造酒はかなり悪酔いする。
ビールの後、ワインなんか飲んだらもう最悪だ。
日本酒を三合飲んだ時。
完全に記憶が飛んだ。
JR大阪駅で飲んでいたはずなのに、
気が付くと京都の河原町にいた。
朝、素っ裸でゴミ捨て場に投棄されていた。
拳と足の裏が血まみれだった。
荷物なんかひとつもない。
道ゆく人達が、
ああ、深酒はやめようと思いましたね。
もちろん今は常識的な、
美味しい飲み方をしてますよ。
だって大人だもの。
でもたまにハメを外したくなる夜もある。
人間だもの。
刃物は美しい。そして
僕は子どもの頃、あまりおもちゃを買ってもらえなかった。
だから工作の要領で、実にたくさんのおもちゃを作った。
紙粘土。ボール紙。アルミ箔。セロハンテープ。
それらを料理するためのアイテムとして、
常にカッターナイフが中心にあった。
僕はこのカッターをはじめとした、
刃物全般がすごく好きだ。
と、書くと何だか危ないおじさんのようだが、
それでも好きなのだからしょうがない。
だって何でも作れてしまうんだもの。
チャンバラ用の木剣とか。
輪ゴム鉄砲とか。
実に実に数え切れないほどのおもちゃを、
僕はカッターで作り出した。
僕の中で刃物とは“物を創りだすための物”なのだ。
鉛筆削りなんか芸術的に上手かった。
ところが何かの雑誌で読んだのだけれど、
最近はカッターで鉛筆を削れない子供が多いとか。
それは何だか少し寂しい。
刃物は確かに危険だ。
僕も何度手を切ったことか。
でも手を切って僕は、
刃物とは気をつけなければ危険なものなのだと知った。
それもちょっとバカっぽいけれど。
しかし、
「刃物は危険なもの」
とだけ大人に教えられているのなら、それは寂しい。
刃物は危険なものだけれど、
新しいおもちゃを創り出せるものでもあるのだ。
まあうちの親はそんなことビタ一教えてくれなかったけれどね。
身を持ってしか学習できないというのも問題ではあるけれどね。
危険な遊びばっかりしていた。
シンナーが燃えるものと知らずに火をつけ、
危うく算数の教科書を全焼させてしまうところだった。
爆竹を買ってはほぐし、火薬だけを集めたりしていた。
よい子はまねしないでね。
まあ、そういうことを繰り返した結果、
こんな面妖な大人ができあがったというわけである。
今のところその面妖さはブログのネタくらいでしか役立っていないが、
それでも仕事関係では、
「よくそんなところからアイデアが出るね」
とか、
「その切り口は思いつかなかったよ」
とか言われる。
そんな時、子どもの頃の無茶なモノ作り遊びが、
ほんの少し役に立っているのかな、と思ったりもする。
まさに変なおじさん
僕は昔、朝の通勤電車で変なものを見たことがある。
五十歳くらいのおじさんだ。
ドアのすぐそばに立って景色を見ている。
背広を着ていて、なんだかくたびれていた。
そのおじさんはハンチング帽を被っていた。
帽子の具合がよくなかったのか、
すっと頭から取って形を整えた。
その時に見えたのだ。
左耳のすぐ上に小さなスイッチがあった。
そいつは銀色で、五ミリくらいのツマミがある。
オンとオフが切り替えられるようになっている。
(……えっ。……えっ!?)
と思って僕がもう一度目を凝らすと、
おじさんはまたすっと帽子を被った。
帽子のフチのところでスイッチは隠れてしまった。
おじさんはまた外の風景を眺めはじめた。
その表情は深い哀愁を纏い、
朝の喧騒に不似合いなようでいて、
また妙にしっくりとはまっているようでもあった。
翌日も同じ電車の同じ場所に乗ったが、
おじさんを見つけることはできなかった。
ただそれだけの話である。
世にも奇妙な寝起き。
先にお断りしておきますが、怖い話ではありません。
何の夢も見ず、明け方目が覚めた。
まだ外は暗い。
周りを見る。見たことがない部屋だ。
あれ? あれ? と思う。
見たことがない部屋で寝ているのだ。
自宅とまるで様子が違う。
ふと横を見た。
知らない人間が寝ている。
髪が長い。女であることだけはわかる。
僕は半ばパニックになり、
枕元にある携帯を開いて発光させ、女の顔を見た。
見覚えがない。
というか思い出せない。
ふっ、と携帯が暗くなった。
三十秒後に光が消える設定なのだ。
携帯を閉じ、
もう一度開いて発光させた。
そのまましばらく。
あ。あ、あ、あ。
わかった。
嫁だ。
我が愛しの嫁だ。何だ。嫁だ。ははは。
ということは。
横に寝ているのが嫁、ということは。
あ。何だ。俺のマンションだ。
よく見たらなじみの我が家だ。
いつもと変わらない、
ただの平和な朝なのだ。ははは。
と、いうところまで恐らく一分はかかっている。
目覚めてから今の状況を理解するまで一分。
いつもと何ら変わらない状況を理解するまで、だ。
友達に話すと「それは異常だ」と言われた。
夢を見ていたとしても、
普通は大体数秒で認識できる、という。
僕の場合、たまにこれが起こる。
どういう状況が重なればこれが起こるのかはわからない。
アルツハイマーのはじまりなのだろうか。
それとも単に頭が悪いでおさまる話なのだろうか。
本当に怖くなることがある。
俺、大丈夫だろか? と。
誰か詳しい方、いらっしゃいませんか?