フライドチキンと海のおと。 -14ページ目

The Teenage Landscape その1

唐突だが、〈ラブレター〉というタイトルの名曲、
日本にはまっこと多い。
歌っている人達も錚々たる面子だ。
美空ひばり、THE ALFEE、槇原敬之など。
新しいところではGackt、大塚愛、
BoA、河口恭吾といったところか。


僕が中学生の頃に指標としていたブルーハーツ。
彼らの数ある名曲の中にも〈ラブレター〉というバラードナンバーがある。
一九八八年の十一月にリリースされたアルバム、
〈TRAIN-TRAIN〉の八曲目に入っている。
こんなフレーズで〈ラブレター〉ははじまる。



  本当ならば今頃 僕のベッドには
  あなたが あなたが
  あなたがいてほしい
  今度生まれた時には 約束しよう
  誰にも邪魔させない
  二人のことを



何度聞いても泣かせる。

時代を超越した名曲だ。
こんなにドラマチックに完成された恋の歌を、
わがことのように立派に歌えるほどの恋愛経験など当時の僕達にはなかったが、
それでも僕の親友マツキはこの頃ほのかな恋心を抱いていたのだ。
一九八八年。
僕は十四歳だった。






僕はその頃マツキとパンクバンドを組んでいた。
マツキはへっぽこギタリストで、
僕は人格破綻ボーカリスト。
そこに性欲三倍ベーシストのタカモトと、
超硬派不良ドラマーのフルタチがいた。

まあいろいろと問題のあるメンバー達なのだが、

なかでもフルタチは本来の意味での問題児だった。
彼はもうその時代にもほぼ絶滅危惧種といえる硬派で、
いつも教室の隅の椅子にどっかり座り、
どこか達観したような目でぼんやり黒板を見ていた。
背が高く、猛禽類のような顔をしている。


思えばこいつをバンドに誘う時も緊張した。


「バンドぉ? 俺はそんなに暇やないんじゃゴルァ!」


とか、


「俺を拘束すると料金が発生するど」


とかニヤリ笑われながら言われるんじゃないかと思ったのだ。
だが実際フルタチは、


「え、バンド? ドラム? ええよええよ。やらせてやらせて」


と、思わずズッコケてしまうほど軽い二つ返事でオーケーした。
そこのところ実に意外だったが、
まあ腕のいいドラマーと組むことができて単純に嬉しかったのだ。
<つづく>

愛壜

壜に入った炭酸飲料、というものに惹かれてしょうがない。
壜入りラムネを買い込んでいる、
というのは以前も書かせてもらった。
今はそれにデカビタCが加わった。
大人の箱買いだ。
といっても一本50円。
スーパーで安売りしていたのでひゃっほうとばかりに買ってしまった。


また別の日にそれもまた激安スーパーで、
「三ツ矢サイダー・プレミアム」というのを買った。
それはその時はじめて見た。
壜入り。高級感のあるデザイン。
パッケージにざらめ使用、とある。
こくのある甘さ。これはもうたまらん。
味も見ずに五本買った。一本60円。
そんだけしか残っていなかったのだ。
箱があればたぶん箱ごと買っていた。
いや、それももうすこぶる旨かった。
甘さもなんだかとろりとしている気がする。
今時のさっぱりした飲み物ではないけれど、そこがいい。
いい水で、いい砂糖で、
ただそれだけで作っていてそれだけで旨い、という感じ。


そしてしつこいようだが、
壜入りというのがしみじみいいんだなあ。
これがペットボトルに入っていると一気に興ざめだ。
なんでしょうね。重みかな。
とにかく今日も一日お疲れ様的充実感を補うには、
僕の場合どうにも壜入りが適しているようなのだ。


コカコーラの壜もかっこいいやね。
レトロデザインがたまらん。
と、ここまで書いて思い出した。
ヴィレッジヴァンガードで、確か250円くらいの高級コーラを見た。
すごく珍しい外国のブランド。
壜入り。
名前が思い出せないなあ。
まだあるのかなあ。
ちっくしょう。飲んでみてえなあ。

黒い絵 その5

奥さんはT実ちゃんが目を覚まさぬよう、
足音を忍ばせて灰色の紙束と黒の紙束を抱えた。
そしてそのまま近くの公園へと向かった。
そこには大きなグラウンドがあるのだ。



「奥さんは不思議に思ったんです。
 同じ黒で塗り潰されたたくさんの紙なのに、
 T実ちゃんはどうして順番通り並べようとするんだろうって」



奥さんの思った通りだった。
黒の紙にも灰色の紙にも、
色の濃度に微妙な階調があったのだ。
なんらかの法則にのっとり、
T実ちゃんは紙に順番をつけていた。


奥さんはグラウンドに立つと、
左から順に紙を並べはじめた。
しばらく黒い紙が続いた。
何も書かれていない白い紙も間に挟まれていた。
奥さんは列を変えた。
白い紙。再び黒い紙。たまに灰色の紙。
黒い紙、灰色の紙。白い紙。



「奥さん、もうとっくに、それがなんであるか気付いてたんですって」



手にした紙はすべて並べつくした。
白と黒と灰色の紙は、
横十六枚×縦十八枚の巨大な一枚の絵になった。
モノクロの肖像だ。
黒い帯のような影が、上から左右に二本垂らされている。
遺影だった。


奥さんは震える手で、
その誰のものかもわからない遺影を携帯のカメラに収めた。

家に帰るとT実ちゃんが泣き叫んでいた。
Wさんがなぜか帰っており、
リビングのフローリングをバールで剥いでいた。
Wさんの足元にはもう七・八枚の床板が剥ぎ取られて散乱していた。



「あった。ほんとにあった」



奥さんを見ると、Wさんはほっとしたように何度も頷いた。



「あの占い師の言ったとおりだ」



Wさんは床板の下から、
本来そこにあるべきではないものを次々と取り出した。
風呂敷に包まれた骨壷。
誰のものともつかない位牌。
そして、見覚えのある遺影。



床下から出てきたものはすべて、
占い師の助言通りの手順でしかるべき供養をした。
すると文字通り憑き物が落ちたように、
T実ちゃんはすぐにもとの元気な少女に戻った。
不動産業者にはフローリングの弁償代と、
その他多額の賠償金を払わせた。





Kさんは最後に、
「もう一度言いますけど、わたしが担当したお客様の話じゃないですよ」
と念を押した。そしてKさんいわく、
Wさんはすべてが決着したあとにこう言ったらしい。



「あれはたぶん、何かの実験だったんだよ」

黒い絵 その4

それから何日か、
T実ちゃんは灰色で紙を塗り潰した。
Wさん夫婦は知人のつてを頼ったり、
様々な病院を渡り歩いてT実ちゃんのことを調べた。
似た症状はいくつかあったが、
だからと言って特効薬があるわけではない。
言いようがない症例なのかもしれないが、
医者の見解にも納得がいかなかった。



「夫婦の意見もちぐはくになってて。
 もう二人とも、ダメかもしれないな、って思ってたらしいですね」





ある日。
T実ちゃんは昼寝をしていた。
寝ている時は静かなのだ。


ふと気付いた。
T実ちゃんが仰向けで寝ているリビングには、
珍しく塗り潰された紙が散乱していない。
T実ちゃんが今まさに手がけている一枚があるだけだ。
黒く塗られた紙と一緒に、
灰色の紙も部屋の隅で束ねられている。
目に付かない場所にしまおうとするとT実ちゃんが暴れるのだ。
その頃のT実ちゃんは怒ると唸り声を上げるようになっていた。


疲れ切った頭で奥さんは、
束ねられた灰色の紙を見ていた。



「わたしにも経験あるんですけど。
 えらく疲れてる時って、普段じゃ働かない回路が動くんですよね」



奥さんの脳に電流が流れた。
それまで考えもつかなかったことだ。





ちょうどその頃。
外回りをしていたWさんは、
後ろから腕を掴まれた。
振り向くと、初老の男が立っていた。
知っている顔だ。
その辺りではちょっと有名な、
路上で手相を見ている占い師だ。



「あなた。大変なことになりますよ」



占い師はきつい目でWさんを睨み、そう言った。
<つづく>

黒い絵 その3

「ご飯もあまり食べなくなって痩せていったんです。
 でも、無理に食べさせようとしても暴れて手に負えないらしくて」



落ち着かせるすべは一つ。
紙とクレヨンを与えることだ。


活発な女の子だったのに、
ほとんど何も話さなくなった。
Wさん夫婦もストレスで痩せ細った。
夫婦仲も険悪になりつつあった。
診療内科医も首をかしげるばかりだった。





ある日、T実ちゃんははたと黒クレヨンを置いた。
もう何十本使ったのかわからない。
リビングには黒く塗り潰された紙が散乱していた。
T実ちゃんはぼんやりと何か考えているようだったが、
しばらくして今度は灰色のクレヨンを手に取った。
そして熱心に、
紙を灰色で塗り潰しはじめた。



「見かねた奥さんが聞いたらしいんですね。
 “T実ちゃん、それ、何の絵?”って。すると」



T実ちゃんはゆっくりと奥さんを見た。
しかし、その目は奥さんをとらえてはいなかった。
どこか遠くを見ていた。
というよりも、生命感がなかった。
スーパーに並んでいる、
ラップをかけられた魚を思わせる目だった。

奥さんは戦慄した。




「T実!」


思わず声を荒げていた。


「やめなさい!」


奥さんはT実ちゃんの手からクレヨンをひったくった。
するとT実ちゃんは、
今までのものとは比べ物にならない凄まじい声を上げた。


「ぐいゆるうあ! げあああ!」


人間の声帯から出る声とは思えなかった。
奥さんがクレヨンを渡すまで、
T実ちゃんは声を上げ続けた。
<つづく>