日本の男、寅さん!
今日は、男はつらいよの日です。
【活用場面】
思い切りの悪い職場に!
『男はつらいよ』は、渥美清主演、山田洋次監督のテレビドラマおよび映画で、テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズです。
毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描いています。
そんなフーテンの寅さんには名言も多いんです。一例を紹介しましょう。人生の先輩の言葉として参考にしてみては如何でしょうか?
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若いときっていうのはな、
胸の中に炎が
燃えている、
そこへ恋という
一文字を放り込むんだ、
パァーッっと
燃え上がるぞ!
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燃えるような
恋をしろ。
大声だして
のたうち回るような、
恥ずかしくて
死んじゃいたいような、
恋をするんだよ。
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日本の男は
そんなこと言わないよ。
何も言わない、目で言うよ。
お前のことを愛してるよ。
すると向こうも目で答えるな。
悪いけど、私あんたのこと嫌い。
するとこっちも眼で答えるな。
わかりました、いつまでもお幸せに。
そのままくるっと背中を向けて
黙って去るな。
それが日本の男のやり方よ
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思ってるだけで
何もしないんじゃな、
愛してないのと
同じなんだよ。
愛してるんだったら、
態度で示せよ。
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ああ、この人を
幸せにしたいなぁと思う。
この人のためだったら
命なんかいらない、
もう、俺死んじゃってもいい、
そう思う。
それが愛ってもんじゃないかい?
坂本の余裕が成長の証!
今日は、プロ野球誕生の日/ジャイアンツの日です。
【活用場面】
成長を確認する!
ジャイアンツ優勝の立役者の一人、坂本の成長が伺える話です。
練習中に行われた巨人のサイン会で、気さくにファンとの写真撮影に応じていた坂本は、相手が子供の場合、動作を一つ増やした。
軽く頭をポン、ポン。
そのしぐさには余裕があり、<大人の振る舞い>に映った。
そういえば、宮崎キャンプの締めくくりとなった19日、チームが慌しく球場を去る中で、坂本は選手の昼食を用意してくれた現地のスタッフの一人にさりげなく贈り物を手渡した。
自身の折れたバットを加工した特製の靴べらだ。
受け取った女性は「これ、飾ります」と感激していた。
彼女たちは毎年、キャンプを手伝っており、坂本の新人時代もよく覚えている。
「あの頃はまだ身体が細くて、背番号は61でね」と懐かしそうに振り返った。
嬉しかったのは靴べらそのものではなく、ちょっとした心遣いをできるようにまでなった坂本の成長だろう。
次代のリーダーとして「風格」をまといつつある23歳。
それを最も実感したのは、久しぶりに再会した彼女達かもしれない。
チキンラーメン誕生秘話!
【活用場面】
人の喜びを糧にする職場に!
世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されたのは、1958年8 月25日の事です。日本が高度経済成長期にさしかかった時期で、日清食品の創業者である安藤百福が食に携わることを決意したのは、戦後の焼け野原で飢餓状態の人びとが溢れているのを目にし、「衣食住というが、食がなければ衣も住も芸術も文化もあったものではない」と強く感じたからだそうです。また、戦後の焼け野原に闇市が立った時、ラーメンの屋台に長い行列ができていた様子も、安藤の脳裏に深く焼き付いていました。ようやく手にしたラーメンを食べている人びとの顔は、幸せそうな表情に包まれていたそうです。安藤は「日本人は本当にめん類が好きなのだ。」と実感し、漠然とではありましたが、そこに大 きな需要が暗示されているのも感じとったのでした。
1957年、理事長を務めていた信用組合が倒産したために無一文となっていた安藤は、かねてから胸に温めていたアイデアを、ついに実行に移すことにしました。「いつでも、どこでも、手軽に食べられて家庭に常備できるラーメンをつくろう」。そう決意すると自宅の裏庭に研究用の小屋を建て、一人、手探りの状態で「家庭でお湯があればすぐに食べられるラーメン」の開発に取り組み始めました。安藤はインスタントラーメンの開発にあたって、次の5つの目標を立てました。
・おいしくて飽きがこない味
・家庭に常備できる保存性
・調理に手間がかからない簡便性
・安価
・安全かつ衛生的
そして、これらの目標を実現するため、早朝から深夜まで、睡眠時間を削り研究に没頭する日々が、休むことなく丸一年も続いたそうです。
今日も感謝しつつ、戴きますm(_ _)m