愛と希望と勇気とは?
今日は、「どんと祭り」と「愛と希望と勇気の日」です。
【活用場面】
心の強さ!人と犬の交流!
1959年の今日、南極で1年ぶりにタロとジロの生存が確認された日です。
南極観測隊は第2次越冬隊を乗せた宗谷が氷に閉ざされ到着できず、やむを得なく同行した樺太犬15頭を置いていかざるを得ない状況になり、一年後に迎えに行った際には7頭は鎖に繋がれたまま死んでおり、6頭は行方不明で、タロとジロだけが生還しました。
その後、ジロは1960年の第4次越冬中に昭和基地内で病死しましたが、タロは翌年の5月4日に日本に帰国し、1970年まで北海道大学の植物園で飼育されていましたが、同年8月11日に老衰の為死亡しました。享年14歳。タロはそのまま剥製にされ、同植物園に展示されています。
ジロはその死後、遺体を日本に持ち帰り、同じく剥製にされて、こちらは今も東京上野の国立科学博物館の日本史館で他の犬の剥製と混じって展示されていますが、「樺太犬」としか書いておらず、「南極物語のジロ」などの特筆がないことから、見学をしている多くの人は南極物語のあのジロとは気がつかず、素通りしていますが、なんとかジロだと認識して頂ければ幸甚ですが・・・
南極観測隊の第1次越冬隊で犬係の北村隊員が第3次越冬隊としてタロとジロに再会した時の言葉です。
「犬たちにも、人間と同じような気持ちや心の動きがある。犬たちの能力を最もよく引き出すのは、力ではなくやはり心だと私は信じている。」
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赤坂喰違の変!
1874年の今日、時の右大臣岩倉具視が東京赤坂で不平士族に襲撃される暗殺未遂事件が起きました。
これを喰違の変と呼びます。
岩倉具視が襲われたのは、不平士族の強い恨みからでした。
前年の明治6年(1873年)10月に政府内で起きた征韓論争に敗れて、征韓派参議の西郷隆盛・江藤新平・板垣退助らが下野しました。
このことにより、不平士族らは一層の不満を高め、征韓論争を主導した岩倉具視や大久保利通に対する恨みは特に強くなりました。
明治7年1月14日の夜、公務を終え、赤坂の仮御所から退出して自宅へ帰る途中だった岩倉具視の馬車が、喰違門にさしかかった際、高知県士族の武市熊吉ほか8名の襲撃者が、手に手に太刀を引き抜いて一斉に岩倉具視を襲いました。
鉄血宰相ビスマルクの吸えなかったタバコ!
今日は、ピース記念日/たばこの日です。
【活用場面】
煙草一服の旨み!服することの意味を理解する!禁煙を勧められるかも?
大の愛煙家で知られるプロシア(ドイツ)の鉄血宰相ビスマルク(1815-1898)が、1866年のオーストリアとの戦いの時、「この戦いがすんだら、気持ちよくたばこを吸おう」と、ポケットに1本のたばこを大切にしまい込んでいました。
戦いを勝利で終え、さわやかな気分で荒れ果てた野戦の跡地を見回っていたビスマルク。そこに、部下の竜騎兵が瀕死の重傷を追って横たわっていました。
「何か、気付けになるものを」と訴える兵士。ビスマルクは迷わず一本のたばこを取り出し、火を付けて、兵士の口に差し込みました。
兵士は笑みを浮かべて、「ありがとう」とかすかに言い、静かに息を引き取ったのです。
後年、ビスマルクは、「悲しい勇者の頬に浮かんだ、感謝に満ちた微笑が忘れられない。私は生まれてこのかた、自分で吸わなかったあの1本のたばこほど、うまいと思ったことはない」と、しみじみと語っています。
吸わなかったたばこが一番美味しかったたばこだったそうです!
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