赤坂喰違の変! | 朝礼スピーチのねた ブクロ

赤坂喰違の変!

 1874年の今日、時の右大臣岩倉具視が東京赤坂で不平士族に襲撃される暗殺未遂事件が起きました。

 これを喰違の変と呼びます。


 岩倉具視が襲われたのは、不平士族の強い恨みからでした。
 前年の明治6年(1873年)10月に政府内で起きた征韓論争に敗れて、征韓派参議の西郷隆盛・江藤新平・板垣退助らが下野しました。
 このことにより、不平士族らは一層の不満を高め、征韓論争を主導した岩倉具視や大久保利通に対する恨みは特に強くなりました。

 明治7年1月14日の夜、公務を終え、赤坂の仮御所から退出して自宅へ帰る途中だった岩倉具視の馬車が、喰違門にさしかかった際、高知県士族の武市熊吉ほか8名の襲撃者が、手に手に太刀を引き抜いて一斉に岩倉具視を襲いました。