朝礼スピーチのねた ブクロ -3ページ目

人は人で育てられる!

今日は、鉄道ストの日と光仮面登場の日です。



【活用場面】

 発達期の子供を育てるために必要なこと。


に吠えるオオカミの声はもの悲しく、恐ろしさを感じさせますが、今日はオオカミに育てられた2人の少女の話です。


ずいぶん前の事ですが、インドで狼に育てられた2人の少女が発見されました。上の子は推定6才、下の子は2才で、それぞれアラマカラマと名付けられ、牧師夫婦が人間社会に適応できるように教育をしました。


しかし、下の子のカラマは間もなく死んでしまいます。


その後、アラマも数年経って短い一生を終えますが、この間のアラマは夫婦の一生懸命の教育にもかかわらず、2本足で歩くことが出来ず、狼のように4本足で歩き、食事も狼のように食べました。


言葉に至っては、数年間に数個の言葉しか覚えられませんでした。


このことからも分かるとおり、如何に幼児教育が大切か、そして、人は人が育てるから人間に育つと言うことが分かります。乳児・幼児期の教育は重要ですから、育児休暇もありですかね!

後藤新平の大風呂敷!

今日は、富士山の日とふろしきの日です。


【活用場面】

 目的の為には時に手段も選ばず!がむしゃらに猪突猛進!

 

「大風呂敷を広げる」と言えば、出来そうもない大げさな話のことですが、この諺をあだなに持つ人物がいました。


後藤新平は、非常に有能な人物で、その計画の大規模さから「大風呂敷」とあだ名されていました。


その大風呂敷ぶりを見てみましょう!(江藤新平と間違わないでね!)


児玉源太郎が台湾総督に赴任するとともに文政局長として同行した後藤新平は、当時の「阿片の習癖、島民の叛乱、群賊の横行」のなかでの統治をやってのける。


ここで後藤新平は総合的な都市づくりを行った。その財源を見出すため、台湾事業公債発行と台湾銀行創設を成功させ、阿片・樟脳・塩・酒の専売事業による歳入増加、土地調査による地租の確立を成し遂げ、台北の近代都市づくりも着手した。上下水道、道路、市域の拡大であり、インフラとしての公衆衛生と都市計画の一体化である。まさにソフトな都市経営とハードな都市建設の一体化をみごと台湾で成し遂げた。


この後、満州鉄道総裁に就任した際には、満鉄調査部の設立、鉄道の広軌化の実現、長春の都市計画、大連築港、旅順の教育機関の創設など次から次へと手を打っていった。その後の第二次桂内閣の逓信大臣、寺内内閣の内相兼鉄道院総裁に就任し、どっぷりと政治の世界に入り込み、インフラの整備に係わり続けていった。


阿部新政権の風呂敷の中身は「三本の矢」かな?

厩戸皇子の豊聡耳!

今日は、竹島の日、猫の日、おでんの日に太子会です。


【活用場面】

 神童と言われてた人に!信じる信じないも個人の意志!


太子会とは、聖徳太子をお祭りしている夢殿のある京都広隆寺、それに聖徳太子が建立した大阪四天王寺などで聖徳太子を偲んで行われる法会の事です。聖徳太子の命日と言われているようですが、実際は命日ではないようです。


私の時代の教科書には「聖徳太子」の冠位十二階や十七条憲法と習った記憶がありますが、今の教科書には「厩戸皇子」の名称が記述されているそうです。


聖徳太子伝説で有名なのは、豊聡耳(とよとみみ)」と呼ばれる一度に10人の話を聞き、各々に的確な答えを返したと言う話です。


ある時、聖徳太子が人々の請願を聞く機会があった。我先にと口を開いた請願者の数は10人にも上ったが、皇子は全ての人が発した言葉を漏らさず理解し、的確な答えを返したという。


この故事に因み、これ以降皇子は豊聡耳(とよとみみ)とも呼ばれるようになった。


しかし実際には、10人が太子に順番に相談し、そして10人全ての話を聞いた後それぞれに的確な助言を残した、つまり記憶力が優れていた、という説が有力であるそうですが・・・。


また、古い書物に残る記述では、『上宮聖徳法王帝説』、『聖徳太子伝暦』では8人であり、それゆえ厩戸豊聰八耳皇子と呼ばれたとか、 『日本書紀』と『日本現報善悪霊異記』では10人と記述があるそうです。さらに『聖徳太子伝暦』には11歳の時に子供36人の話を同時に聞き取れたと記されているそうです。


諸説ある聖徳太子伝説ですが、今から約1400年ほど前に現代日本のグランドデザインを作り上げた能力を考えれば、信じてみたい話ですね!