肉球が 好きで好きでたまらん「をじさん」の『ぷにゅぷにゅ』なブログ -24ページ目

肉球が 好きで好きでたまらん「をじさん」の『ぷにゅぷにゅ』なブログ

さいたま新都心で、肉球愛好会を開店していたものの、父の介護でしばし閉店 「笑顔の介護」始めました!

先日の2回にわたる入院


この要因は、食事をとらない→血栓溶解剤等の薬を飲まない→血栓が飛ぶ→多臓器疾患


この連鎖だったんです


もともと、狭心症の症状があり、血栓溶解剤を片時も離せなかったのですが…


この血栓…脳にも飛んでしまったのでしょうか…


時々、物忘れ…と言うよりボケの症状が出てきています


亡き母がそうであったように、その症状の初期は、寝起きなどの時に強く表れ


普段は、普通の会話ができる…


しかしながら、その「普通の時間」が、徐々に少なくなっていく…


ボケの進行と言うのは、そんな感じなのでしょうか…


これは、私の実感です。


たぶん、この進行を止めるということは、難しいのでしょう…


そんな父と、これからも普段通りに付き合っていくことになります


人間の尊厳…それをひと時も忘れないように…


それが、私にできる 愛のある笑顔の介護になるんでしょう…

今日は敬老の日


先人の知恵について、お話ししましょう…


年齢を重ねるということは、円熟味が増すということ…


そんな簡単なことなのですが…


なかなか人はそれを受け入れようとはしません…


若さこそが全て 若いことが素晴らしい…


勿論、それは、疑う事なき真実でもあるのですが、若さゆえ誤ったり、若さゆえ妥協してしまったり


様々な経験を積み重ねて、人は大人になっていくのです


そんなことをつぶやく私も、もうすぐ還暦(とはいっても、あと2年もありますがww)


私の曾祖父のお話をいたしましょう…


88歳でこの世を去った、母方の曽祖父


亡くなったのは、赤いちゃんちゃんこを着て、米寿のお祝いをした直ぐ後のことでした


ある夏休みのこと、「あの山に、傘雲が掛かっているから、もうすぐ雨が降るぞ…」


曽祖父が、ボソッとつぶやきました…


その日の天気予報は、一日晴れ…「何言ってんだか・・・」 そんな気持ちでいた、少年時代の私


所が、数時間もしないうちに、大粒の雨が降ってきて…


曽祖父は、下手な天気予報より、過去の経験をもとに、その日のその場所の天気を言い当てました。


これは、当時の私の絵日記に記されていて、夏休み一番の思い出となりました…


過去の経験を、体で覚え、実社会に役立てる…


昭和30年代 まだ、天気予報も、今日のように不正確極まりない時代に


先人は、当然のようにそれを教えてくれた…


「お年寄りを大切にしましょう」 その先があって 「お年寄りの知恵を拝借しましょう」


そんな社会が実現されることを、切に願います

先日、久しぶりの家に帰った父


まず最初に何をするのか?そう思って見ていたら…


杖を、所定の位置に…


そこには、亡き母の杖が…


仲よく2本並びました


その亡き母の杖…


実は、山登り用に、私が贈ったもの


生前、日本全国の山を登り、山野草や高山植物を愛でるのが趣味だった二人


その母が使っていたのが、富士登山に使う木の杖でした…


「これ、重いでしょ?」


そう言ったら、母は「お父さんとお揃いの物だからねぇw」


そんなことを言っていましたが…


体力が落ちてきたころ…それを思い、登山用の最も軽い杖を買ってあげたのです…


その後、母に会うたび「これ、軽くていいねぇ。田舎じゃ売ってないもんねぇ」


そう言って喜んでくれた、金色の杖


その金色の杖の隣に、今の自分を支えてくれている、赤い杖を置くのでした…


秋は、感傷の季節ですねぇ…

父がショートステイしている施設の周りは、田んぼ


自然豊かな、お城の跡地だそうです…


その田んぼは、今、黄金色に実った稲が、首を垂れています。


この、美しき日本の原風景の中を通って、施設に着きます


「あぁ綺麗だねぇ…もうすぐ刈り取りだな…旨い米が今年もできたねぇ…」


そんなことをつぶやく親父


でも、私は、気になることがありました…


昔なら、絶対に見られなかった風景…


稲穂の中に、ひときわ大きな丈の「粟・稗」が沢山…


田んぼの雑草を退くのは、当然の野良作業


私の田舎の昔の田んぼに、粟や稗などは、一切見られなかったのに…


親父にそのことを告げると…


「来年が大変だよ…もっと増えちゃうから」


父は、農家の出身ではないのですが、当然のように農家の大変さは知っています


手入れが行き届かない田んぼ…それは、父にとっても、残念なことだったのでしょう…


手を入れることの重要性


それは、人にも言えることです。。。


手を掛けないで、良いものを作ったり、施したりするのは、望めないでしょう


手を掛ける=愛情


そう信じます…


介護も、きっと同じ…


手をかけて、愛情を込めて…ふぁいと∼∼∼

入院で、寝たきり生活が長かったせいか、筋力が大きく衰えてしまった父


太もも周りは、私の親指同士と人差し指同士で作った輪っかで回りきるくらい…


直径12センチぐらいになってしまいました…


「リハビリしなけりゃだめだよ…」


そう言うものの、歩行器なしでは、それも不可能な現実…


宇宙人が、歩行に際して、手を差し伸べるのを見て、私はそれを優しく止めました…


「歩かないとダメなんだよ…だから、なるべく手を貸さないようにしようね…」


優しさだけでは、回復に向けたリハビリは難しいですね


私、父の介護を「現状維持」や「進行阻止」と言う位置づけではなく


出来れば「ゆっくりゆっくり回復」までを、視野に入れた介護にしたいのです


一時期は、お医者さまから「覚悟を…」とまで言われたのに


劇的に回復したんですもの…


人の生きる力を信じます…そして、父の生きる力を信じます…


そのためには、鬼になることも、必要な時があるって…


大原のおばちゃんから、お聞きしたことがあります…


この方も、100歳近い義母様をを介護されています


いろいろな体験談をお聞きしたこと。。。


これが今ではとっても役に立っています…


ゆっくりやればできますって…


ゆっくり笑顔で介護


ねぇ 親父!

あわただしく9月も過ぎていきますな…


昨日、解体作業業者が来て、大まかなスケジュールを仮置きしました


この計画で行くと…


ここ、さいたま新都心での営業最終日は23日


とりあえず、23日までは、16日の定休日以外、営業をいたします。


と言うことは、残り営業日は今日を入れて11日


大事にしなければなりません…


これまで、皆さんには、大変お世話になりました<(_ _)>


次の開店まで、しばしお別れです。


勿論、浦和の試合(トップレディース共に)と通販および各種イベント等には、


出店することにしています。


特にイベントに関しましては、皆様からの出店ご依頼を心待ちにしております<(_ _)>


今後とも、よろしくお願いいたします

まだ入院前で、体調を崩していなかった父が通っていたデイサービス


昨日、2か月分たまっていた請求書を清算しに行ってまいりました


「遅くなりまして、すいませんでした…」


そんなご挨拶で始まったのですが…


もう、6人ぐらいのお年寄りが、お出でになっていて…


私ね、それまで、このデイサービスと言うものの実態を何も知らずにいたんですわ…


ましてや、父がお世話になっているというのに、一度もご挨拶にすら行ったことが無くて…


で、中で繰り広げられていたものは???


一枚の大きな画用紙に、ひらがなが12文字程度書かれている物…


これを、一文字づつ指をさして、単語を作っていくという作業


驚きました。


これって、幼稚園児に行う教育と似ていませんかね?


年を取ると、子供に帰る…と言うことは、耳にしていたのですが…


まさに、その現場を見たような気がします…


そして、もう一つ気が付いたのは?


まさに、うちの父が入所している施設


元をたどれば、幼稚園を経営している母体が運営していること


ノウハウは、生かされているんですねぇ…


感心をした一日でした…

(忘備録)


父の介護に寄り添って、宇宙人と確認したこと…


絶対にしてはならないこと


『厄介護には、ならないこと』


絶対にすること


『愉介護に、徹すること』


以上

父をまた介護施設に送りました…ショートステイ=私が言うところの湯治…第2章の始まりです


第1章の終了=一時帰宅は、テーマを「親父の大好物」としました。


老人が元気であること、一番重要なことは、たぶん、食欲があるかどうかなのでしょう…


食欲…これがなくなってしまったら、大変気にしなくてはならないこと…


赤ん坊は、突然熱を出したりしますが、3人の子供を育てた私としては


食欲があるかどうか…これを判断基準にしていました。


老人の場合も同じです…ただ、赤ん坊と違って、自分の意志で食べたいものを言えるかどうか…


それだけの違いなのではないでしょうか…


ですから、赤ん坊の場合は、ご両親の気配りが大事なんですね…


親父は、生魚…特に近海の魚が大好物でした


自分では、料理の「り」の字もしないのにw新鮮な青魚が手に入ると


母の捌く姿を横で見ながら…この時だけでしたね、台所に立ったのはw


ということで、近所のスーパーの魚屋さんに「戻りカツオ」を捌いてもらいました


腹の部分に、綺麗な縞の入った新鮮なカツオです


皆さんのご家庭では、どのようなカツオの刺身を召し上がるのでしょうか?


土佐造りのように、タタキで…とか、皮を引いて、普通の刺身で…とか


ウチの田舎では、背身は、皮を引き、腹身は、皮を残してそのまま刺身に…


そんな独特の食べ方をするんです…


腹身の、白いカツオの皮をそのまま食べると、ほんのり甘くて、とってもおいしいんですよ…


「戻りガツオが手に入ったよ」と、家に戻る車の中で父に話したら…


「うわ~~もう、よだれが出てきたわw」との返事


そうなんです、施設では、衛生面や、健康面を考えてのことなのでしょう


刺身は、出ないそうなんです。


一番の好物を、目を細めながら食べる父の姿を見て、宇宙人も目を細めました


食後の果物は、桃


これも、父が一番の好物である「水蜜桃」


小さく切って、皿に盛ったら「イチジクか?」


「いやいや、桃だよw」


一口、二口…それが限界のようです


好きなものを食べられる幸せ…


それは、私たちの幸せでもありました。

昨日、ショートステイに行っていた父を迎えに、介護施設に行ってきました…


待ちきれなかったのか、もう着替えも済ませて…


病院から、ほぼ直接施設に行きましたので、家には1か月ぶりです


施設に入所する時、一気にではなく、徐々に、その気になってもらうため


様々な準備をしました…


まずは、「今回の入院は、そもそもの原因は何だったかわかる??」


「なんだかわかんねぇなぁ」


「あのね、一番の原因は、処方された薬を、きちんと飲まなかったことなんだよ…昼夜逆転したり、食事をとらないからと言って、飲まなかったり…」


「だって、食後って書いてあるべよ…」


「それは、3食きちんととっている人のこと」


「寝てばかりだから、腹が減らねぇんだよ」


って言うようなやり取りがあり…


「昔、おふくろとよく湯治に行ったよねぇ…岩手や青森に…」


「おぉおお行ったねぇ 楽しかったわ」


「それとおんなじ所があるそうな…温泉には入れて、食事が出て…」


「そうなの?」


「そこに湯治に行ってみようか??」


実は、ってなやり取りで、入所生活が始まったんです…


父は、最後まで、家を出ることを嫌がっていました・


まだ、血栓溶解剤等の処方、投薬が続いていますので


最低2週間に一度は、病院にも足を運ばなければなりません


私のいとこが、近所で開院をしているのですが、そこまで行く足がないし…


で、ラッキーなことがあったのです…


歩いて1分 そんな近所に、このいとこの知り合いのお医者さんが大きなクリニックを開院したのです


私は、相当についてる…


そんな医院にお世話になりながら、介護生活初日が始まったのです


それからの続きは。。。次の機会に