先週行われました上半期を締めくくる夢のグランプリ第62回

宝塚記念は1番人気のクロノジェネシスがまさに横綱相撲の

圧倒的な強さで優勝。

ファン投票1位に応えると共に牝馬で初のグランプリ3連覇を

果たし、グランプリ馬の貫禄を示しました。

2着には鳴尾記念優勝馬で牡馬のユニコーンライオンが牝馬

3強の一角を崩して入り、無敗のレイパパレは3着に敗れ、

初の敗戦となりました。

クロノジェネシスは凱旋門賞に行くのでしょうか。

これだけの名牝なので、よく体調を見極めて参戦を決断して

欲しいと思います。

今週からはいよいよ夏競馬が始まります。

今週は福島競馬場で第70回ラジオNIKKE賞が行われます。

昭和人の私としては日本短波賞としてのイメージが強く、

ダービーで敗れた馬やダービーに出走出来なかった馬達が

参戦したことから、当時は残念ダービーとも呼ばれていました。

 

思い出の馬は根性の馬と言われた昭和49年第23回優勝馬

スルガスンプジョウです。

スルガスンプジョウは昭和期、打倒北海道として頑張っていた

青森県出身の綺麗な栃栗毛の馬でした。

名伯楽成宮厩舎に所属し、昭和49年のクラシック組で同期には

2冠馬キタノカチドキやダービー馬コーネルランサーやインター

グットがいます。

旧馬齢3歳の時、新潟でデビューしたスルガスンプジョウは新潟

で新馬、特別を連勝してエリートコースに乗り、続く特別戦は後の

ダービー馬コーネルランサーの2着に敗れたものの、存在感を

示しました。

その後脚部不安のため、4ヶ月の休養を取りましたが、復帰戦

の特別戦を格の違いを見せて勝ち、ダービーに出走しました。

スルガスンプジョウはマイラー系種牡馬バーバーの仔であった

ため、前年のダービーで同じバーバーの代表産駒で皐月賞と

NHK杯であの怪物ハイセイコーと接戦を演じたカネイコマが

ダービーでは惨敗していたことから、距離を不安視されたものの

5番人気に推されました。

直線で大本命のキタノカチドキが内へ外へと大きくヨレて3着に

敗れるという大波乱の中、スルガスンプジョウも直線で前を

塞がれる等、大きな不利を受けた中で6着と善戦しました。

次に出走した残念ダービーとも呼ばれていた日本短波賞

では距離も短くなったことから、1番人気に支持されました。

当時行われていた中山競馬場の直線に入ってヒカルジンデン

との一騎打ちとなりましたが、スルガスンプジョウは持ち前の

勝負根性を発揮して競り勝ち、初重賞を獲得しました。

そしてヒカルジンデンとの競り合いの際に絶対に負けたく

なかったのか、スルガスンプジョウが競っていたヒカルジンデン

の首に嚙みついたとの逸話が今でも残っています。

夏を無事に超したスルガスンプジョウは秋初戦、1番人気で

挑んだセントライト記念では課題の距離を克服して快勝し、

人気に応えました。

しかし、ダービー卿CTではまさかの3着に敗れましたが、続く

クモハタ記念では人気に応え、有力古馬を押さえて優勝。

しかし、これがスルガスンプジョウにとっての最後の勝利となり

ました。

当時まだ中距離路線が整備されていなかったため、古馬になった

スルガスンプジョウは長い距離の重賞戦線を歩まざるを得なく

アルゼンチン共和国杯や日本経済賞では善戦したものの、

なかなか優勝するまでには至りませんでした。

そして長年不安を抱えていた脚部の悪化により日本経済賞が

スルガスンプジョウにとっての最後のレースとなってしまいました。

生涯成績は12戦6勝 12戦中10戦が1番人気だったことからも

当時の競馬ファンのスルガスンプジョウへの期待と人気の高さが

わかります。

引退し種牡馬になったものの、当時は内国産種牡馬の不遇の

時代であったため、産駒には恵まれませんでした。

そして1982年静かに11歳の生涯を閉じました。

今週は、福島競馬場で第70回ラジオNIKKE賞が行われます。

残念ながらダービー組からの出走はないため、残念ダービー

とはなりませんが、上り馬のプレイイットサム、適正距離に戻った

ノースブリッジ、残念皐月賞組からシュヴァリエローズとアサマノ

イタズラの逆襲に注目しています。

上半期のレースが終わって少々気が抜けてしまっていますが、

今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。

先週行われました第26回のユニコーンステークスは、7番人気

のスマッシャーが優勝し、2着には14番人気のサヴァが入り、

1番人気のラペルーズは13着に惨敗する等、波乱の結果と

なりました。

本当にダート界は難しいものがあります。

また全馬とレースの無事を祈っていましたが、ピンクカメハメハが

レース中に心不全を起こして落馬し、急死するという悲しい出来事

が起こってしまいました。

名牝スイープトウショウの妹として海外でも優勝し、今後の活躍が

期待されていただけに残念です。

わずか3年の短い生涯でしたが、安らかに眠って下さい。

お疲れさまでした。

今週は前半戦を締めくくる大一番、夏のグランプリレース宝塚

記念が阪神競馬場で行われます。

しかし、今年の出走メンバーは人気投票で10位以内に入っていた

三冠馬コントレイルは体調が戻らず断念、デアリングタクトも

故障のため休養に入り、天皇賞馬ワールドプレミも出走しない等、

夏のグランプリレースとしては寂しいメンバー構成となりました。

 

思い出の馬は、美しい馬体でスピード感溢れる中距離馬として

君臨したナオキです。

ナオキの母、エイトクラウンも名種牡馬ヒンドスタンの仔として

鳴尾記念や宝塚記念に優勝する等、牝馬ながら牡馬と互角に

戦い、活躍した名牝でした。

ナオキは、私が今でも最強の世代と思っている花の昭和47年組

を代表する1頭ですが、旧馬齢の3歳でデビューするものの、

勝てずに故障を発症し、初勝利をあげたのは4歳秋の未勝利戦

でした。

しかし、この勝利をきっかけに2連勝してオープン入りを果たすと

年が明けて5歳の古馬になりオープン戦を持ち前のスピードで

レコードタイムで優勝、その勢いで中京記念に勝って初の重賞を

獲得しました。

素質が開花し、関西オープン馬にナオキありを示しましたが、

天皇賞や宝塚記念、暮れのハイセイコーが出走した有馬記念等

の大きな重賞レースでは善戦するものの、なかなか勝ちきれ

ませんでした。

6歳になって1番人気の推された金杯を快勝し、活躍を期待され

ましたが、脚部不安を発症して休養を余儀なくされてしまいました。

7歳になって復帰を果たしますが、当時の7歳馬はというと、

もう高齢でピークを過ぎたと見られることが多かったですが、

ナオキはその見方とは逆に中京競馬場で復帰初戦のオープン戦

を快勝すると中京記念に勝って連覇し、続く鳴尾記念ではレコード

タイムで優勝して3連勝を飾ると共に母エイトクラウンに続いて

母仔制覇を果たしました。

その勢いに乗って関西の雄キタノカチドキが圧倒的な人気を

集めた春の天皇賞に挑戦しましたが、先行してレースを引っ張った

ものの、直線で脚が止まり、8着に敗れました。

そして迎えた第16回宝塚記念、2番人気に推されたナオキは

スタート直後からハナを奪って得意のペースで逃げを展開すると

直線に入ってもそのスピードが衰えることなく加速し、各馬を

寄せ付けることも無く、2馬身半の差をつけて優勝。

鳴尾記念に続いて、宝塚記念での母仔制覇を果たしました。

しかし、このレースがナオキの現役最後の勝利となりました。

その後、得意のコースである中京競馬場の高松宮杯で4着に

敗れるとツキが落ちたのか、急に衰えがやって来てしまったのか

1番人気に推された京都記念では11着に惨敗し、5度目の

挑戦となった秋の天皇賞では7着に敗退しました。

そして、レース後に左後肢の第一趾骨の骨折が判明したため、

引退を表明し、静かに競馬場に別れを告げました。

ナオキはふっくらとした綺麗な馬体と華麗な走りを見せた

まさに美しき中距離の名馬でした。

但し、父が短距離血統のサウンドトラックだったためか、長距離の

重賞レースでは苦戦を強いられました。

当時は短距離のレース体系がまだ整備がされていなかったため、

大きな重賞レースは距離が長い等、出るレースも限られ、

天皇賞も春、秋とも距離が3,200mでした。

そのため、ナオキは天皇賞に果敢に5度挑戦するものの、

いずれも3着以内にすら入ることは出来ませんでした。

タラレバになってしまいますが、当時、現在のレース体系であった

ならば、ナオキは間違いなく天皇賞に勝てたと思っています。

ナオキは引退後、期待されて生まれ故郷である北海道の大塚

牧場で種牡馬になったものの、当時は内国産種牡馬の不遇の

時代であったため、代表産駒としては、今は無き重賞レースの

カブトヤマ記念に優勝したチェリーテスコぐらいで、多くを残す

ことは出来ませんでした。

そして1983年からは宮城県に移って細々と種牡馬生活を

続けていましたが、1990年5月5日種付け中の事故により

22歳でこの世を去りました。

今週は阪神競馬場で上半期を締めくくる第62回宝塚記念が

行われます。

今年も新旧の牝馬同士の激突が注目され、、アーモンドアイ

引退後、まさに無敵の女王として君臨するクロノジェネシス、

無冠のシルバーコレクターカレンブーケドールと、6戦無敗の

若き次世代女王レイパパレとの初対決が本当に楽しみです。

そしてアリストテレスの巻き返しとキセキが大逃げを打ち、レース

を盛り上げ、アッと言わせることが出来るか注目です。

今週も悲劇が起きることなく、全馬が無事にゴール出来ることを

祈りながら、前半戦を締めくくる大一番のレースを見ます。

先週行われました第38回エプソムカップは8ヶ月の休養明けの

3番人気ザダルが直線で外から抜け出して優勝。

弟のクラシック候補コマンドラインで注目され1番人気に推された

アルジャンナは10着に敗れました。

またクラシック戦線で活躍したサトノフラッグが不利を受けながらも

馬郡を割って追い込んで来て、わずかに届きませんでしたが

2着に入り、今後の活躍が期待される結果となりました。

今週は先週に引き続き、GⅢレースのユニコーンステークスが

東京競馬場で行われます。

ユニコーンステークスは、1996年の中央競馬のダート路線の

整備に伴って創設され、現在は7月に行われるジャパンダート

ダービーの前哨戦とし位置づけられています。

ここで2週連続GⅢレースを持ってくるのであれば、GⅡの目黒

記念やGⅢの鳴尾記念をGⅡにしてこの週に持ってくれば良い

ような気がしますが。

 

思い出の馬は稀代のオールラウンダー、アグネスデジタルです。

アグネスデジタルはアメリカで生産、日本で調教された外国産馬

として、1999年に中央競馬でデビューしました。

同期にはダービー馬アグネスフライトや皐月賞と菊花賞を制した

エアシャカールがいます

アグネスデジタルは、芝とダートのGⅠレースを制する等、今後も

なかなか現れないであろうオールラウンダーの馬で、強さともろさ

を持ち合わせた馬でした。

旧馬齢3歳でデビューし、ダートの新馬戦を勝ったものの、次の

芝のレースで大敗したため、ダート路線に切り替えたのが功を奏し

指定交流競走の全日本3歳優駿に優勝。

4歳になって芝での重賞競走に挑戦するも惜敗が続き、再び

ダート路線に切り替えると、ユニコーンステークスに優勝。

この勢いで芝GⅠのマイルチャンピオンシップに出走し、誰もが

ここは無理だろうと思っていましたが、クラシック戦線で活躍した

ダイタクリーヴァやキングヘイローを相手に何とレコードタイムで

快勝。

今後の活躍が期待されましたが、古馬になって挑んだ芝の重賞

レースで惨敗が続いたため、再びダート路線に切り替えると

交流競走を連勝し、その勢いのまま伝統の芝GⅠ競走の秋の

天皇賞に挑戦。

ここでも何とGⅠ馬テイエムオペラオーやメイショウドトウ、

ステイゴールドという強敵を相手に優勝を飾りました。

そして海外GⅠ競走の香港カップに挑戦すると、ここでも見事に

優勝。

年が明けてもその勢いは止まらず、今度はダートGⅠ競走の

フェブラリーステークスに挑み、1番人気に応えて優勝する等、

GⅠ競走4勝を含む5連勝を飾りました。

そして再び海外遠征を行い、ドバイワールドカップでは6着に

敗れましたが、そのあしで再び香港に遠征して香港マイル優勝馬

エイシンプレストンと共にクイーンエリザベス2世カップに出走。

ゴール前でエイシンプレストンに差され、2着に敗れたものの

海外競走における日本馬による1,2着の独占は史上初の

出来事となりました。

香港から帰国後、連戦による疲労からか脚部不安や体調不良と

なったため、約1年間の休養に入りました。

旧馬齢7歳になり、交流重賞・かきつばた記念(名古屋)で復帰

したものの、4着と敗れ、年齢からも峠は越したかと思われ

ましたが、次に2年前に11着に敗れた安田記念に出走すると、

直線に入って外から追い込み、先に抜け出した新鋭のローエン

グリンを差し切り、1年4ヶ月ぶりに、そして何とレコードタイムで

奇跡の復活劇を演じました。

しかし、これがアグネスデジタルにとっての最後の勝利に

なりました。

この年の有馬記念を最後に引退して種牡馬となり、厳しい種牡馬

環境の中でも多くの重賞の勝ち馬を送り出しました。

国内外の競馬場で走り、芝やダートを問わず出走して優勝し、

中央、地方、香港でGⅠレースを3連勝する等、これ程オール

ラウンダーの活躍を見せた馬は日本の競馬史上で存在しない

と言われています。

現在24歳になったアグネスデジタルは、2020年に種牡馬を

引退し、十勝軽種馬農業協同組合種馬所で静かに余生を送って

いるとのことです。

今週は第26回のユニコーンステークスが行われます。

ダート戦線は主役の入れ替わりが激しく、とても難解な分野だと

思います。

注目は、前回強い勝ち方をしたゲンパチフォルツァと前回謎の

惨敗をしたラペルーズの巻き返しに期待します。

またここに全力と言っているルーチェドーロにも注目しています。

今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。