昨日、中山競馬場で行われました第72回

オールカマーはスタートして上手く先手を

とって逃げた障害帰りの9番人気の

7歳馬メイショウゲキリンが逃げ切って

優勝を飾り、重賞初制覇を果たしました。

2着には6番人気のキャントウェイト、

3着には3番人気のヴーレヴーが入り

1番の人気に推されたレガレイラは、

最後の直線でいつもの伸びがなく

4着に敗れました。

また、9月18日米国ベルモントバーク

競馬場で行われましたジョッキークラブ

ゴールドカップは断然の1番人気に

推された昨年の日本のJRA年度代表馬

フォーエバーヤングが第4コーナー手前で

先頭に立つと、そのまま2着馬に

3馬身1/4差をつけて圧勝。

日本調教馬初の海外GⅠ4勝目を挙げ、

連覇がかかるBCクラシックへ向け、

好発進しました。

今週は、中山競馬場で秋のGⅠ競走の

初戦となり、節目となる伝統の第60回

スプリンターズステークスが行われます。

スプリンターズステークスは1967年に

4歳(現3歳)以上の馬によるハンデ

キャップの重賞競走として創設され、

昭和期においては中央競馬で行われる

唯一の短距離の重賞レースでした。

その後、1年を締めくくるスプリント系の

大レースを開催しようとする機運が高まり

1990年レース体系の見直しに伴い、

スプリンターズステークスはGⅠ競走に

格上げされ、更に短距離系の競走体系の

整備により、秋競馬で最初に行われる

GⅠ競走として現在は定着しています。

 

思い出の馬は、桜の女王にも輝いた

金襴緞子の可愛い娘ブロケードです。

 

ブロケードの父はマイラー系種牡馬

イエローゴッドで代表産駒には海外では

イギリス2000ギニーを勝ったネビオロや

アイリッシュ2000ギニーに勝った

パンパポールなどを輩出し、日本では

ダービー、皐月賞の二冠を制した

カツトップエース、皐月賞馬ファンタスト、

スプリンターズステークスを制したサクラ

ゴットやハーディゴッド、カツダイナミック

などの重賞勝ち馬がいます。

ブロケードは昭和56年の牝馬クラシック組

で、同期には牝馬優駿オークスに勝った

テンモン、エリザベス女王杯を制した

アグネステスコやエイティトウショウ、

カバリエリエース、オオシマスズランなどの

重賞勝ち馬がいます。

 

ブロケードは旧馬齢3歳夏の函館の

新馬戦でデビューし、1番人気に応え

2着馬に7馬身差をつけて圧勝。

華々しいデビューを飾りました。

しかし、その後に骨折が判明し、休養を

余儀なくされてしまいました。

 

年が明けて4歳になったブロケードは

6ヶ月ぶりに条件特別で復帰して勝ち、

2勝目を挙げると桜花賞を目指して西下。

当時の桜花賞トライアル阪神4歳牝馬特別

に参戦すると、アグネステスコに6馬身差を

つけて圧勝。

無傷の3連勝で一躍桜花賞の有力候補に

躍り出ました。

そしてブロケードは牝馬クラシックの初戦

桜花賞に堂々と駒を進めました。

このレースには後のオークス馬テンモン

後のエリザベス女王杯馬アグネステスコや

京成杯3歳ステークスを制したカバリエリ

エース、クイーンカップの勝ち馬タケノ

ダイヤなどが出走。

無敗の桜花賞馬を目指すブロケードは

1番人気に支持されました。

この年の桜花賞は、長く降り続いた雨の

影響で田んぼのような不良馬場の中で

行われました。

レースはスタートしてミスナオコが先頭に

立ち、2番手にヒロウイナーとブロケードが

続き、今度はヒロウイナーが先手を奪うと

ブロケードも負けじと2番手を追走し、

アグネステスコは中団から、テンモンと

タケノダイヤは後方の馬群の中という

展開で進みました。

第3コーナーでブロケードが先頭に立つと

外からテンモンとタケノダイヤも仕掛けて

上がっていき、各馬が内と外に大きく

広がる形で直線の勝負へ。

不良馬場の真ん中をとおったブロケード

外からテンモン、タケノダイヤも追い込み

ましたが、不良馬場をものともせず

ブロケードが後続馬をぐんぐん引き離し

「金襴緞子が泥にまみれてゴールイン」

という杉本アナの名実況も飛び出す中

2着のテンモンに3馬身半差をつけて圧勝。

4連勝で無敗の桜の女王に輝きました。

続いてブロケードは、東京に戻り優駿牝馬

オークスに出走しましたが、やはり距離に

疑問があるのか、桜花賞でやぶった

テンモンの13着に大敗してしまいました。

その後、ブロケードは夏の休養に入らず、

函館に遠征し、今や伝説となった新旧の

桜花賞馬対決となり、競馬ファンが大いに

注目し盛り上がった函館記念の前哨戦の

巴賞に出走しました。

このレースにはハギノトップレディの他

タケノハッピーやメジロホークなどの

重賞勝ち馬も参戦。

斤量トップの59キロを背負ったハギノ

トップレディが圧倒的1番人気に推され、

ブロケードは3番人気での出走と

なりました。

レースはスタートして予想どおり、ハギノ

トップレディがスピードの違いを見せて

先頭に立って逃げ、2番手にブロケードが

追走、タケノハッピーは中団から進み

向こう正面に入るとハギノトップレディが

2番手ブロケードに6馬身以上の差を

つけて引き離す展開になりました。

しかし、第3コーナー手前でブロケードが

仕掛けて一気にハギノトップレディを

交わして先頭に立つと、場内からは

大歓声が沸き起こりました。

そして、第4コーナーでは今度はハギノ

トップレディが差し返してブロケードに

並びかけて直線の勝負へ。

直線に入って逃げ込みを図るブロケードを

外からハギノトップレディが追い込み、

新旧の桜花賞馬同士の激しい競り合い

となり、最後は2頭の桜花賞馬が並んで

ゴール板を駆け抜けましたが、先輩

桜花賞馬の意地か、ハギノトップレディが

アタマ差、差し切って勝ち、ブロケードは

健闘むなしく2着に敗れました。

重賞競走ではなく、オープン競走の巴賞

でしたが、この桜花賞馬同士による

壮絶な死闘は、今でも伝説のレースとして

語り継がれています。

続いてブロケードは予定どおりに函館記念

に出走するも、同じ4歳のホーワセキトの

前に2着に終わりました。

東京に戻ったブロケードは秋の初戦

牝馬東京タイムズ杯から始動し、牝馬

同士のマイル戦では敵は無く、1番人気に

応えて優勝を飾りました。

そしてブロケードは西下し、牝馬クラシック

最終戦エリザベス女王杯に出走しましたが

やはり距離の壁か、アグネステスコの前に

13着に終わりました。

この敗戦で、今後は短距離路線に舵を

切ったブロケード陣営は、中京での

CBC賞に参戦して2着に入るなど

古馬相手でも引けを取らない距離の

適性を見せました。

 

年が明けて古馬になったブロケードは

当時2月に行われていたスプリント王

決定戦スプリンターズステークスに

参戦しました。

このレースには前年の覇者で快速馬

サクラシンゲキ、皐月賞馬ハワイアン

イメージやシャダイダンサー、前年2着の

コンパニオン、同期のヘーゼルブロンド

などが出走。

快速馬サクラシンゲキと桜花賞馬

ブロケード、どちらが早いのか、両雄の

スピード対決に注目が集まりました。

1番人気はサクラシンゲキ、ブロケードは

2番人気での出走となりました。

レースはスタートして好ダッシュを見せた

サクラシンゲキがハナを奪って先頭に立ち

ヘーゼルブロンドが絡んでいきましたが、

すぐにブロケードがヘーゼルブロンドを

交わして2番手に上がり、コンパニオンと

シャダイダンサーは中団から、ハワイアン

イメージは後方からという展開になりました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

じりじりと差を詰めて来たブロケードが

サクラシンゲキに並びかけ、この2頭が

他馬を引き離し、競り合いながら

直線の勝負へ。

内からサクラシンゲキ、外からブロケード

予想どおり2頭の一騎打ちとなりましたが

残り100mでブロケードがサクラシンゲキ

を振り切って優勝を飾り、初のスプリント王

に輝きました。

しかし、この勝利がブロケードにとっての

最後の勝利となってしまいました。

昭和期において、当時は3歳~4歳に

かけて、過酷なローテーションをとる馬が

多くいたためか、特に牝馬においては

早々と燃え尽きたかのように急に走らなく

なってしまう馬もいました。

ブロケードが勝てなくなってしまったのは

決して燃え尽きたのではなく、当時の

短距離戦はハンデ戦が多く、ブロケードの

実績では重い斤量を背負わざるを

得なかったことや、レース体系がまだ

整備されておらず、出走できるレースが

限られていたことが影響していたと

思われます。

スプリント王に輝いたブロケードは中山

記念で4着に入った後、京王杯スプリング

ハンデに参戦。

牝馬ながらトップハンデ57キロを背負い

ながらも、1番人気に推されました。

レースは逃げるシュンシゲを2番手で

追走したブロケードはゴール前でようやく

シュンシゲを捉え、勝ったかに思えましたが

大外からエビスクラウンの強襲にあい

ハナ差の2着に惜敗しました。

続いてブロケードは目標としていた安田

記念に出走。

ここでもブロケードはトップハンデ57キロを

背負わされながらも、1番人気に

推されての出走となりました。

レースは京王杯スプリングハンデを

再現するように、シュンシゲを2番手で

追走し、最後の直線半ばで先頭に立ち

このまま押し切って勝つかと思いましたが

今度は大外からスイートネイティブの

強襲にあって、またしても2着に惜敗して

しまいました。

その後、ブロケードは昨年と同様に夏の

北海道に遠征しましたが、札幌記念7着

巴賞3着、函館記念4着と善戦するも

勝つまでには至りませんでした。

そして後半戦に入って昨年と同様に中京に

遠征し、昨年2着に敗れたCBC賞に出走

しましたが、7着に終わりました。

 

年が明けて6歳になったブロケードは

現役を続行、西下してマイラーズカップに

出走し、ロングヒエンには敗れたものの

ダービー馬オペックホースや宝塚記念を

制したカツァールに先着して2着に入る等

まだまだ衰えていないことを証明して

見せました。

 

そしてブロケードは東京に戻り、昨年と同じ

路線をとって京王杯スプリングハンデに

1番人気に推されて出走しましたが、

5着に敗れてしまいました。

 

しかし、次に参戦した昨年2着に惜敗した

安田記念では1番人気をイーストボーイに

譲ったものの、牡馬のキヨヒダカ、イースト

ボーイと同じハンデ56キロを背負い、

2番人気で出走。

最後の直線でキヨヒダカ、イーストボーイ

との激しい叩き合いになりましたが、

またしてもハナ差の2着に惜敗しました。

 

その後、3年連続で北海道に遠征し、

函館の巴賞でまたしても2着に惜敗すると

続く函館記念では桜花賞馬リーゼングロス

皐月賞馬ハワイアンイメージ、後の

天皇賞馬モンテファストやエリモローラ

トウショウゴッド、オーバーレインボーなど

重賞を勝っている牡馬の一線級をおさえて

1番人気に支持されて出走しましたが、

人気薄の伏兵ドウカンヤシマの前に

またしても2着に惜敗してしまいました。

そして、このレースがブロケーにとっての

現役最後のレースとなりました。

 

最後まで衰えを見せることなく、安定した

走りを見せていたブロケードは函館記念を

最後に引退し、北海道の門別で繁殖牝馬と

なりました。

9頭の産駒から勝ち馬は輩出したものの

代表産駒には恵まれませんでしたが

ファミリーラインからは中央・地方での

重賞勝ち馬を出すなど、その血は確実に

受け継がれていきました。

 

記録によりますと

2000年9月30日に用途変更となり

繁殖牝馬を引退したブロケードは繁殖先の

牧場で功労馬として余生を送りました。

そして2010年11月16日

ブロケードは老衰のため、32年にわたる

生涯を終え、天国に旅立って行きました。

 

今週は中山競馬場で秋のスプリント王

決定戦、伝統の第60回スプリンターズ

ステークスが行われます。

フリッカージャブ、スターアニス、ルガル

ジューンブレアに注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、中山競馬場で行われました伝統の

第80回セントライト記念は、道中、

2、3番手を追走した12番人気の

ジャスティンシカゴが最後の直線で内から

馬群を割るように豪快に伸びて、優勝を

飾り、重賞初制覇を果たしました。

2着には2番人気のサヴォアフェール、

3着には6番人気のアウダーシアが入って

菊花賞での優先出走権を獲得しました。

また、9月7日に2007年宝塚記念、

ジャパンカップや弥生賞、札幌記念、

京都記念などに優勝し、2007年度の

年度代表馬にも選出され、種牡馬としても

多くの重賞勝ち馬を輩出し活躍した

名馬アドマイヤムーンが病気のため、

23歳で亡くなったとの訃報が入りました。

さらに9月9日には2008年の菊花賞や

京都大賞典などに優勝し、2009年の

ジャパンカップでは名牝ウオッカとの

ハナ差の激闘を繰り広げたオウケン

ブルースリが繋養先のうらかわ優駿

ビレッジAERUでスタッフの皆さんによる

懸命な治療の甲斐なく肺炎による呼吸

不全のため、21年の生涯に幕を下ろした

との訃報が届きました。

競馬を盛り上げてくれた名馬2頭の突然の

訃報を聞き、本当に淋しい限りです。

天国でゆっくり休んで下さい。

お疲れさまでした。

 

今週は、中山競馬場で伝統の第72回

オールカマーが行われます。

オールカマーは、出走馬に広く門戸を

開けたレースとして1955年に

創設されました。

1986年から1994年までは「地方競馬

招待競走」として行われていて指定交流

競走が広く行われるようになるまでは

中央競馬では数少ない地方競馬所属馬も

出走できるレースでした。

昭和期において、何でも出走して来いと

なっていたサンケイオールカマーは、毎年

今年はどこからどんな馬が参戦して

来るのか、楽しみにして見ていました。

 

思い出のレースは、白い名脇役アサカ

シルバーが勝った昭和59年第30回

オールカマーです。

アサカシルバーの父はマイラー系種牡馬

シルバーシャークで、代表産駒には

シーバードパーク、ラブリトウショウ

メイワロック、マークリシルバー、ホオカノ

ミハマシャークなどの中央、地方競馬での

重賞勝ち馬がいます。

アサカシルバーは昭和57年のクラシック

組で同期にはダービー馬バンブーアトラス

皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬

ホリスキー、黄金の馬ハギノカムイオー

幻のクラシック馬サルノキングやアスワン

ホスピタリティ、タカラテンリュウ、マサヒコ

ボーイ、エリモローラ、ワカテンザンなどの

重賞勝ち馬がいます。

 

アサカシルバーは旧馬齢3歳秋の福島で

デビューし、1番人気に支持された

新馬戦では僅差の3着に敗れたものの

東京に戻って出走した未勝利戦で

初勝利挙げ、続く条件特別にも勝って

連勝し、年が明けて4歳になって出走した

条件特別にも勝って3連勝して、一躍

関東のクラシック候補に名乗りを挙げ

ました。

続いてアサカシルバーはクラシックの

登竜門弥生賞に挑戦しました。

このレースには西の怪物サルノキングや

アスワン、イーストボーイなどが出走。

サルノキングが圧倒的1番人気に推され

アサカシルバーは7頭中の4番人気での

出走となりました。

レースは、サクラサワヤカの逃げで始まり

その後ろからアサカシルバー、イースト

ボーイが続き、サルノキング、アスワンは

中団からという展開で進みました。

しかし、向こう正面に入ると引っ掛かった

のか、作戦なのか、サルノキングが一気に

サクラサワヤカを交わして先頭に立つと

第3コーナーから第4コーナーにかけて

イーストボーイ、アスワンも仕掛けて差を

詰め、ちょっと置かれ気味になったアサカ

シルバーも差を詰めて直線の勝負へ。

最後の直線、外を回ったサルノキングが

堂々と先頭に立って引き離しにかかると

大外からアサカシルバーが猛追し、

サルノキングに迫るも、半馬身及ばず

惜しくも2着に敗れました。

そしてアサカシルバーはとクラシック

初戦となる皐月賞に挑みました。

サルノキングが戦線を離脱してしまった中

1番人気には黄金の馬と言われた快速馬

ハギノカムイオーが支持され、アサカ

シルバーは20頭中の6番人気での出走と

なりました。

レースはハギノカムイオー、ロングヒエン

ゲイルスポートなどの快速馬同士が先行

争いを演じてペースが速くなる中、アサカ

シルバー、アズマハンター、アスワン、

ワカテンザンは中団を進み、最後の

直線での追い込みにかけるのか、

イーストボーイは後方からという展開で

進みました。

第4コーナーで1番人気のハギノ

カムイオーがまさかのスピードダウンと

なる中、アズマハンター、エリモローラ、

ワカテンザンが仕掛けて差を詰め

各馬が一団となって直線の勝負へ。

直線に入ってエリモローラが先頭に立つと

外からワカテンザンが追い込み、そして

今度は内から鋭く伸びて来たアサカ

シルバーが一気に先頭に立ち、このまま

押し切るかと思いましたが、真ん中から

アズマハンターが豪脚を繰り出して

一気に差し切って優勝を飾り、またしても

健闘むなしくアサカシルバーは3着に

惜敗しました。

続いてアサカシルバーは東京競馬場での

出走経験が無かったため、当時は

ダービートライアルだったNHK杯に参戦。

直線で追い込み、後のダービー馬

バンブーアトラスや皐月賞2着の

ワカテンザンに先着したものの、

またしても3着に惜敗してしまいました。

しかし、その後アサカシルバーは無念にも

脚部不安が発生したため、ダービーや

菊花賞に出走することなく、長期休養に

入りました。

 

年が明け古馬になったアサカシルバーは

10ヶ月ぶりに中山記念で復帰したものの

7着に敗れ、続くアルゼンチン共和国杯は

6着、京王杯スプリングハンデも7着に

敗れなど、精彩を欠いたため、再び

長期休養に入りました。

 

年が明けて6歳になったアサカシルバーは

10ヶ月ぶりに復帰すると条件戦を連勝し

再びオープン入りを果たしました。

しかし、次に出走した安田記念では1番

人気に支持されるも4着に敗れ、続く

エプソムカップでも1番人気に推され

ましたが、8着に惨敗してしまいました。

その後、福島に遠征したアサカシルバーは

七夕賞で3着に入り、続く新潟遠征での

関屋記念でも2着に入るなど、復調気配を

見せると、東京に戻り、オールカマーに

参戦しました。

このレースには高松宮杯を制した

キョウエイレアやテュデナムキング

スピーデイタイガーなどの重賞勝ち馬

上り馬のペキンリュウエンなどが出走。

1番人気には好調さからか、ペキン

リュウエンが推され、アサカシルバーは

3番人気での出走となりました。

レースは先手を取ったキョウエイレアが

逃げ、アサカシルバーは3番手を進み

その後ろからペキンリュウエンとビンゴ

カンタが続き、テュデナムキングと

スピーデイタイガーは後方からという

展開になりました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

スーパースワローとアサカシルバーが

仕掛けて差を詰めるも、軽快な逃げを

展開するキョウエイレアが後続馬に

1馬身差をつけて直線の勝負へ。

内を通って逃げ込みを図るキョウエイレア

を馬場の真ん中からスーパースワロー

外からアサカシルバーが追い込み

3頭による激しい競り合いになりましたが

ゴール手前でアサカシルバーが鋭く

抜け出して優勝を飾り、念願の初重賞

制覇を果たしました。

しかし、この勝利がアサカシルバーに

とっての最後の勝利となってしまいました。

レース後、再び脚部不安を発症した

アサカシルバーは再び休養を余儀なく

されてしまいました。

7ヶ月の休養後、7歳になったアサカ

シルバーは福島で復帰したものの

1番人気に推されたオープン特別では

往年の走りにはほど遠い走りで6着に

敗れ、続く2番人気に支持された新潟

大賞典でも13着に大敗し、このレースが

アサカシルバーにとっての最後のレースと

なりました。

その後、またしても脚部不安を発症した

アサカシルバーは1985年11月に現役を

引退し、種牡馬になりました。

シルバーシャークの後継種牡馬として

期待されたアサカシルバーでしたが、

当時の内国産種牡馬の不遇の時代の

中で種付け頭数や繁殖牝馬にも恵まれず

わずかな産駒からオープン馬を出すなど

健闘はしたものの、重賞勝ち馬などの

代表産駒には恵まれませんでした。

 

記録によりますと

1996年8月1日付けで用途変更となって

17歳で種牡馬を引退しました。

しかし、その後アサカシルバーが

どのような運命を辿り、いつ亡くなったか

については、残念ながら不明です。

 

今週は、中山競馬場で伝統の第72回

オールカマーが行われます。

コスモキュランダ、レガレイラ

エセルフリーダ、ジューンテイク

に注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

一昨日、中山競馬場で行われました

秋競馬緒戦、第71回京成杯オータム

ハンデキャップは10番人気の最軽量

ハンデ53キロのピコローズがゴール前で

馬群から鋭く抜け出し、2連勝で重賞

初勝利を飾りました。

2着には5番人気のエコロブルーム、

3着には8番人気のドロップオブライトが

入り、1番人気に推されたフォルテ

アンジェロは6着に敗れました。

今週は、中山競馬場で節目となる伝統の

第80回セントライト記念が行われます。

セントライト記念は日本競馬史上初の

三冠馬セントライトを記念して

1947年に創設され、3着までの馬に

菊花賞の優先出走権が付与されます。

昭和期においては関東の菊花賞

トライアルレースという位置づけでしたが

天皇賞(秋)が1984年から走行距離が

2,000mとなり、更に1987年からは

天皇賞が現3歳馬以上の牡馬・牝馬の

出走が可能となったことにより、菊花賞

だけでなく天皇賞(秋)を目指す現3歳馬達

の秋初戦のレースという位置づけに

変わっています。

よって菊花賞を目指す馬のほとんどが

昭和期においては神戸新聞杯または

京都新聞杯からでしたが、今は神戸

新聞杯に出走しています。

昭和期にセントライト記念に勝って

菊花賞を制覇した馬にはトサミドリ、

キタノオー、ハククラマ、キタノオーザ、

グレートヨルカ、アサカオー、

アカネテンリュウ、プレストウコウ、

シンボリルドルフ等、競馬史に名を刻んだ

名馬達の名前がズラリと並びますが、

競馬体系整備の影響か、シンボリルドルフ

が優勝した後、31年間キタサンブラックが

優勝するまで、菊花賞を制覇する馬は

現れませんでした。

そして、その後は一昨年、9年ぶりに

アーバンシックが菊花賞に優勝しています。

 

思い出のレースは、記憶に残る名脇役

ヌアージターフが優勝した昭和48年

第27回セントライト記念です。

 

ヌアージターフの父は昭和期を代表する

長距離系種牡馬ガーサントで産駒の

特徴は道悪も上手いが、気性が難しい

馬が多かったという印象があります。

そして代表産駒にはカブトシローと並んで

稀代の癖馬として名高い菊花賞、天皇賞を

制したニットエイト、オークスを制した

ヒロヨシとシャダイターキン、桜花賞馬

コウユウやタイシュウ、ダッシュリュー

ハイプリンス、ヒガシライト、ハイアデス

インターヒカリ、私の記憶に残る馬

ヨドヒーローなど、数多くのクラシックを

はじめとする重賞優勝馬を輩出し、

1973年に引退するまで第一線の

種牡馬として活躍を続けましたが、

後継種牡馬には残念ながら恵まれ

ませんでした。

 

ヌアージターフはハイセイコー世代である

昭和48年クラシック組で同期には

怪物ハイセイコー、二冠馬タケホープ

天皇賞馬イチフジイサミ、カミノテシオ

覆面の魔王ホウシュウエイトやユウシオ

サンポウ、ニューサント、ディクタボーイ

シルバーランド、クリオンワード、

ホウシュウリッチ、スピードリッチなどの

重賞勝ち馬がいます。

ヌアージターフは旧馬齢3歳7月、後に

ダービーや菊花賞、天皇賞を制する

タケホープや後に天皇賞馬となる

イチフジイサミが出走した東京の

新馬戦でデビューし、タケホープの前に

4着に敗れました。

当時の新馬戦は短距離ばかりで長距離

血統の馬にとっては、相当な実力がない

限り、なかなか早く勝ち上がることは

できませんでした。

ヌアージターフもその後2戦して2着2回と

善戦するも勝ち上がれず、夏の新潟に

遠征して4戦目の未勝利戦で初勝利を

挙げました。

その後、条件特別で善戦するも勝てず

3歳時は、9戦1勝に終わりました。

 

年が明けて4歳になったヌアージターフは

4歳初戦の条件特別を勝って2勝目を

挙げ、5着を挟んで5月に条件特別を

勝って3勝目を挙げたことで、何とか

ダービーへの出走権を獲得して、怪物

ハイセイコーの出現で大いに盛り上がった

ダービーに出走しましたが、結局7着に

終わりました。

 

夏を無事に超し、菊花賞に向けて始動した

ヌアージターフは、菊花賞トライアル

セントライト記念に出走しました。

このレースには、ダービー3着で後に

3強と言われた天皇賞馬イチフジイサミ

後の重賞勝ち馬サンポウ、弥生賞、

スプリングステークスで3着に入り、

春のクラシックを賑わせたキクカギョク

リュウ、ストロングエイトの弟ストロング

ナインや大橋巨泉さんの持ち馬

ロックプリンスなどが出走。

1番人気はダービー2着のイチフジイサミ

ヌアージターフは8頭中の6番人気という

低評価での出走となりました。

レースはスタートしてベルロイヤルが逃げ

その後ろからオンワードバリー、サンポウ

が続き、ヌアージターフは中団から、

イチフジイサミは後方からという展開に

なりました。

第4コーナー手前で、外から一気に

イチフジイサミが仕掛けて差を詰め

ヌアージターフは、まだ中団のままで

直線の勝負へ。

内で粘るベルロイヤルを外からイチフジ

イサミが交わしにかかりオンワードバリーも

差し返してくる中、内からヌアージターフが

鋭い脚を使って追い込み、3頭による

叩き合いになりましたが、ゴール前で

ヌアージターフが抜け出してイチフジ

イサミを押さえ、レコードタイムで優勝を

飾り、初重賞制覇を果たしました。

この勝利でヌアージターフは一躍、夏の

上り馬として菊花賞の有力候補に躍り

出ました。

セントライト記念での強い勝ち方と

血統的な背景からも誰もがヌアージ

ターフの菊花賞をはじめ、今後の活躍を

期待しました。

しかし、この勝利がヌアージターフに

とっての最後の勝利になるとは、この時

一体誰が想像したでしょうか。

その後、ヌアージターフは西下し、当時の

菊花賞トライアルレース京都新聞杯に

出走するも9着と惨敗し、そして本番の

菊花賞でも見せ場なく14着に大敗して

しまいました。

東京に戻ったヌアージターフは、当時

存在したクモハタ記念で5着に敗れると

暮れの長距離重賞競走ステイヤーズ

ステークスに参戦しました。

このレースには逃げる精密機械と言われた

トーヨーアサヒ、新潟記念の優勝馬

ヤマテスコや後に障害競走で大活躍する

サクラオンリーなどが出走。

圧倒的1番人気はトーヨーアサヒが推され

ヌアージターフは2番人気での出走と

なりました。

レースはスタートして大方の予想どおり

トーヨーアサヒが先手を取って逃げ、

その後ろからタカジョー、カシハタが続き

ヌアージターフは中団からという競馬に

なりました。

軽快な逃げを展開するトーヨーアサヒを

第3コーナーでヌアージターフが仕掛けて

3番手に上がり、第4コーナーで更に

トーヨーアサヒとの差を詰めて

直線の勝負へ。

逃げ込みを図るトーヨーアサヒをヌアージ

ターフも必死に追い込みましたが、トーヨー

アサヒのスピードは落ちることなく、

トーヨーアサヒが堂々とレコードタイムで

優勝を飾り、ヌアージターフも2着に入る

など実力があることを証明しました。

年が明けて古馬になったヌアージターフは

ハイセイコーとタケホープが参戦した

AJCC杯に出走。

ここでもタケホープの僅差の3着に食い

込むなど、好発進し、

続く目黒記念では斤量軽量のヒロクニに

足下をすくわれたものの、2着に入るなど

やはり距離が長いレースでは実力が

あるところを見せました。

 

しかし、その後は重賞レースでの常連

として出走するものの、決め手が欠いて

いたのか、距離が合わなかったのか、

なかなか勝ち星には恵まれず、5歳秋の

サンケイオールカマーでイチフジイサミの

2着に入ったのが目立つぐらいでした。

それでも秘めた能力を持ったヌアージ

ターフが出走してくると、いつ大器晩成の

血が開花して穴をあけるのではないかと

不気味な存在として穴党や個性派の

馬ファンには、とても人気がありました。

しかし、その後、目黒記念7着、天皇賞秋

では8着に敗れ、期待を裏切り続けて

しまいました。

 

年が明けて6歳になったヌアージターフは

ダートの条件特別に2戦するも、ダートが

合わなかったのか、何れも最下位に敗れ

次の芝での条件特別に出走するも、

もう走る気が無くなったかのように、またも

最下位に敗れ、このレースがヌアージ

ターフにとっての最後のレースとなりました。

 

そして、引退し種牡馬にならなかった

ヌアージターフがその後、どのような

運命を辿ったかについては残念ながら

不明となっています。

晩年のガーサントの代表産駒であった

ヌアージターフは、私にとって記憶に

残る名馬の1頭です。

 

今週は、中山競馬場で節目となる伝統の

第80回セントライト記念が行われます。

バステール、ゴーイントゥスカイ

アウダーシア、サヴォアフェールに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。