昨日、東京競馬場で行われました

サラブレッド7944頭の頂点を決める競馬

の祭典、第93回東京優駿(日本ダービー)

は道中、皐月賞とは違って逃げずに

中団からレースを進めた1番人気の

ロブチェンが最後の直線で先に抜け出した

パントルナイーフやバステールとの激しい

叩き合いを制して優勝を飾り、皐月賞に

続くクラシック2冠に輝きました。

そして勝った松山弘平騎手はデビュー

18年目で悲願のダービージョッキーと

なりました。

2着にはアタマ差で4番人気のパントル

ナイーフが入り、3着には11番人気の

バステールが入りました。

今週は東京競馬場で春のマイル王決定戦、

伝統の第76回安田記念が行われます。

安田記念は明治・大正・昭和にわたって

競馬に携わり、競馬法の制定や東京優駿

(日本ダービー)の創設などに尽力し、

日本中央競馬会の初代理事長も務めた

安田伊左衛門氏の功績を称えるため、

1951年に安田賞の名称で創設され、

1958年に安田伊左衛門氏が亡くなった

ため、現在の名称に改称されました。

昭和期において、短距離系競走のレース

体系がまだ整備されていなかったため、

春に行われる安田記念が唯一、日本一の

マイル王決定戦として行われていました。

その後、1984年のグレード制導入に伴い

安田記念はGⅠに格付けされ、現在

中央競馬の上半期におけるマイル王

決定戦として位置づけられています。

 

思い出の馬は、初のGⅠ格付けとなった

安田記念に優勝し、春の短距離三冠にも

輝いた名ランナー ハッピープログレスです。

ハッピープログレスの父は短距離系

種牡馬フリートウィングで代表産駒には

日経新春杯に勝ったフリートホープ

障害重賞に勝ったフリートマウント、

トキノツヨシがいて、地方競馬での重賞

勝ち馬も輩出しています。

ハッピープログレスは昭和56年の

クラシック組で同期には二冠馬カツトップ

エース、菊花賞馬ミナガワマンナ、

天皇賞馬メジロティターン、安田記念馬

キヨヒダカやサンエイソロン、アジシバオー

ホーワセキト、トドロキヒホウなどの

重賞勝ち馬がいます。

 

ハッピープログレスは旧馬齢3歳秋の

京都でデビューし、初戦の新馬戦は5着に

敗れましたが、2戦目の新馬戦に勝つと

続く中京での条件戦にも勝って連勝し、

この勢いで格上挑戦となるオープン馬

相手の中京3歳ステークスに8頭中の

8番人気で出走すると、低評価を覆して

優勝を飾り、3連勝を果たしました。

 

年が明けて4歳になったハッピープロ

グレスは、クラシックを目指して東上する

ことはなく、春のオープンの短距離戦に

出走しましたが、3連敗に終わりました。

秋に入ってうって変わって今度は菊花賞を

目指し、菊花賞トライアルの神戸新聞杯や

京都新聞杯に参戦するも、いずれも勝つ

ことは出来ず、菊花賞に駒を進めることは

出来ませんでした。

結局、4歳時は1勝も出来ずに終わりました。

 

年が明けて古馬になったハッピー

プログレスは、再び短距離戦線に戻り

条件特別とオープン競走の短距離

ステークスに勝って連勝を飾り、

この勢いで中京記念やマイラーズカップに

挑みましたが、まだ力が足りなかったのか

いずれも15着、10着の大敗に

終わりました。

その後、ハッピープログレスは脚部不安を

発症したため、長期休養に入り、9ヶ月の

休養後、中京でのCBC賞で復帰しました。

このレースには桜花賞馬ブロケード

阪神3歳ステークスを制したサニー

シプレー、前年の覇者アグネスベンチャー

スプリンターズステークスを制した

シンウルフや日経新春杯優勝馬

アジシバオーやツキマリーなど、個性

溢れるメンバーが参戦。

ハッピープログレスは16頭中7番人気での

出走となりました。

レースは快速馬ゲイルスポートがハナを

奪って果敢に逃げ、その後ろから

シンウルフが続き、ブロケードとサニー

シプレーは中団からハッピープログレスは

後方からという展開で進みました。

第3コーナーでシンウルフ、アグネス

ベンチャーが仕掛けて上がって行き、

ハッピープログレスも先行集団に取り

つくと、ゲイルスポートが更にギアを上げ

後続集団に4馬身差をつけて

直線の勝負へ。

内を通って逃げ込みを図るゲイルスポート

をアグネスベンチャーが鋭く伸びて

交わしにかかると、今度は大外から

ハッピープログレスが豪快に追い込み

ゲイルスポート、アグネスベンチャー、

ハッピープログレスの3頭による

叩き合いになりましたが、ゴール前で

ハッピープログレスが抜け出して優勝を

飾り、初重賞制覇を果たしました。

年が明けて6歳になったハッピープロ

グレスはダートの条件特別で復帰するも

ダートが合わなかったのか殿負けを喫し

続くスワンステークスでも黄金の馬

ハギノカムイオーの前に3着に敗れました。

しかし、次の阪急杯では後のマイル王と

なる新鋭のニホンピロウイナーや

ダニッシュガールを相手に最後の直線で

追い込みを決めて勝ち、2つ目の重賞を

獲得しました。

その後、また休養に入ったハッピー

プログレスは、昨年、優勝したCBC賞に

連覇をかけて復帰し、出走しましたが、

短距離路線で才能を開花させたニホン

ピロウイナーの前に2着に敗れ、連覇は

なりませんでした。

 

年が明けて7歳になったハッピープロ

グレスは現役を続行し、始動戦となった

オープン特別で再びニホンピロウイナーの

前に2着に敗れると、続くマイラーズカップ

でも4着に敗れてしまいました。

それでもハッピープログレスは脚の状態と

相談しながら、関東での短距離戦線に

参戦すべく、東上しました。

関東での初戦、当時は3月に行われ

ていた電撃6ハロン、1200mの重賞競走

スプリンターズステークスに挑みました。

このレースには、重賞勝ち馬ワールド

キングや良血プロメイドなどが出走。

ハッピープログレスは1番人気に

支持されての出走となりました。

レースは、スタートしてイクエヒカル、エース

パシフィック、サンデーベストの3頭による

激しい先行争いが行われる中、プロメイド

は中団から進み、ハッピープログレスは

後方からの競馬となりました。

第4コーナー手前でハッピープログレスも

するすると上がって行って先行集団との

差を詰め、各馬、内と外に大きく分かれて

直線の勝負へ。

直線に入って内をついたノーザンキーラー

が一旦先頭に立つと、今度は更に内を

ついたワールドキングがノーザンキーラー

を交わして先頭に立ちましたが、大外から

ハッピープログレスが豪脚を繰り出して

追い込み、ゴール前で一気に差し切って

優勝を飾り、3つ目の重賞を獲得しました。

続いてハッピープログレスは、今度は

1400mの重賞競走、当時の京王杯

スプリングカップに参戦しました。

このレースには桜花賞馬シャダイソフィアや

ドウカンヤシマ、アップセッター、キヨヒダカ

トウショウゴッド、ニシノスキー、ダスゲニー

スイートカーソンなどの重賞勝ち馬が出走。

この実績あるメンバーでもハッピー

プログレスが1番人気に支持されました。

レースはスタートして快速馬ゲイルスポート

がハナを奪って逃げ、その後ろから

シャダイソフィア、キヨヒダカ、ドウカン

ヤシマが続き、トウショウゴッドは中団から

ハッピープログレスは例によって後方から

という展開で進みました。

第4コーナーでリードアイリス、ドウカン

ヤシマ、内からシャダイソフィアが先頭との

差を詰め、ハッピープログレスも中団まで

上がって、直線の勝負へ。

直線に入って各馬が内と外に分かれる中

リードアイリスが先頭に立つと、真ん中から

シャダイソフィア、内からドウカンヤシマが

先頭に立つ勢いで脚を伸ばして来ましたが

その直後、大外からハッピープログレスが

豪快に追い込んで来て、先に抜け出した

ドウカンヤシマ、ワールドキング、

ダスゲニーらを一気に交わして差し切って

優勝を飾り、4つ目の重賞を獲得しました。

重賞2連勝の勢いのまま、ハッピープロ

グレスは、グレード制導入によるGⅠに

格付けされたマイル王決定戦安田記念に

駒を進めました。

このレースには前年の覇者キヨヒダカや

桜花賞馬シャダイソフィア、大井競馬から

鳴り物入りで移籍して来たサンオーイや

タカラテンリュウ、ドウカンヤシマ、

ダスゲニー、ミスラディカル、シュウザン

キングなどの重賞勝ち馬の他、連勝して

波に乗って絶好調のアサカシルバーなどが

出走しました。

1番人気にはアサカシルバーが支持され

ハッピープログレスは2番人気での出走と

なりました。

レースは、激しい先頭争いの中から

キヨヒダカが先手を取って逃げ、続いて

スピードトライ、シャダイソフィアが続き

タカラテンリュウ、アサカシルバー、

サンオーイは中団から、ハッピープロ

グレスは例によって後方から、

ダスゲニーは最後方からという展開で

進みました。

第4コーナーで各馬が内と外に大きく

分かれて差を詰める中、キヨヒダカと

スピードトライが互いに譲らず、2頭が

並んで直線の勝負へ。

一番内をついたキヨヒダカが逃げ込みを

図る中、馬場の真ん中からサンオーイが

キヨヒダカを交わす勢いで脚を伸ばして

来ましたが、大外からハッピープログレスが

豪脚を繰り出して追い込み、一気に先頭に

立つと、更に大外から追い込んで来た

ダスゲニーに1馬身3/4差をつけて優勝を

飾り、この勝利でハッピープログレスは、

1200m、1400m、1600mの短距離重賞

競走3連勝で春の短距離三冠に輝きました。

関西に戻り、夏を休養したハッピープロ

グレスは秋初戦としてスワンステークス

から始動しましたがニホンピロウイナーの

前に3着に敗れ、続くこの年に創設された

第1回マイルチャンピオンシップでは

最後方からレースを進めたハッピープロ

グレスが第4コーナーで大外から一気に

捲くって、最後の直線に入り、内をついて

先に抜け出したニホンピロウイナーを

大外から豪快に追い上げ、あと一歩で

ニホンピロウイナーを捉えられるところで

半馬身差およばず、2着に惜敗となって

しまいました。

あと10mあったならばハッピープログレス

が差し切ったと今でも思っています。

レース後、ハッピープログレスの年内限り

での引退が発表され、引退レースとして

初重賞制覇を果たした12月に行われる

CBC賞に出走することになりました。

このレースにはニホンピロウイナーの

参戦はありませんでしたが、桜花賞馬

シャダイソフィアやキヨヒダカ、シンウルフ

ロングハヤブサ、キタヤマザクラ、トーア

ファルコンなどの重賞勝ち馬が出走。

ハッピープログレスは斤量61キロを

背負っての出走となりましたが、それでも

2番人気に支持されました。

レースは、スタートしてロングハヤブサ

ハルマゲドン、リードアイリス、シンウルフ

の4頭による激しい先頭争いが行われ、

その後ろからシャダイソフィア、キヨヒダカが

続き、ハッピープログレスは例によって

後方からという展開で進みました。

第4コーナーの手前でロングハヤブサ、

シャダイソフィア、キヨヒダカが仕掛け

ハッピープログレスも外から中団まで

上がっていき、ハルマゲドンが先頭で

直線の勝負へ。

内をついたシャダイソフィアが先頭に立つと

馬場の真ん中からロングハヤブサが

伸びて来ましたが、大外からハッピー

プログレスが最後の豪脚を繰り出して

先に抜け出したシャダイソフィアと

ロングハヤブサを一気に差し切って勝ち

ラストランを優勝で飾り、6つ目の重賞を

獲得しました。

そして1985年1月27日 思い出の

中京競馬場において、有終の美を飾った

CBC賞でのゼッケン「13」を身に着けた

ハッピープログレスの引退式が

行われました。

 

引退後、日本中央競馬会がハッピー

プログレスを種牡馬として購入し、

1985年から九州種馬場で繋養されました。

しかし、場所的にも優秀な牝馬には

恵まれず、代表産駒を送り出すことは

出来ませんでしたが、それでも勝ち馬を

輩出するなど、頑張ったと思います。

1995年2月2日付で用途変更となり、

種牡馬引退後は、静かに余生を送るため

那須種馬場にて繋養されていました。

 

そして、ハッピープログレスとのお別れは

突然やって来ました。

2000年4月8日、ハッピープログレスは

22歳の老齢をおしてJRA主催の桜花賞

開催記念イベントで観客に展示されるため

長距離輸送の末、カツラノハイセイコと共に

阪神競馬場に連れてこられ、久しぶりに

ファンの前に姿を現しました。

しかし、この日はさすがにお疲れ気味で、

ハッピープログレスは元気がなかったと

言われています。

そして、展示を終えて馬房へと連れて

帰られる途中、ハッピープログレスは突然

倒れ、係員があわてて駆けつけたものの

急性心不全を起こしたハッピープログレス

は、突然22歳の生涯に幕を下ろして

しまいました。

あれだけ7歳まで頑張って活躍してくれた

馬だけに、あのような形で命を落として

しまったのは、本当に残念です。

 

やはり、22歳という老齢の馬にとっては

長距離遠征は厳しかったのだと思います。

以前、ハイセイコーやオグリキャップ、

トウカイテイオーなどが引退後、ファンへの

お披露目のため、札幌や東京競馬場に

来ましたが、その都度、何事も起きずに

無事に北海道に帰ってくれることを

祈っていました。

因みにハイセイコーはパドックに入ると

走ると思ったのか、自ら気合を入れて

いました。

名馬達に会えることは嬉しいのですが

老齢の馬達にとっては長距離輸送の

負担も大きいですし、かなりのストレスも

かかってしまいます。

今年はエイシンフラッシュが東京競馬場に

来ましたが、何事もなく無事に帰れて、

本当に良かったです。

 

今週は東京競馬場で春のマイル王決定戦

第76回安田記念が行われます。

トロヴァトーレ、アドマイヤズーム

ガイアフォース、ワールズエンドに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

ついに歴史が動きました。

昨日、東京競馬場で行われました牝馬

クラシック第2戦第87回優駿牝馬

(オークス)は道中、後方からレースを

進めた今村聖奈騎手が手綱を執る5番

人気のジュウリョクピエロが、最後の

直線で馬群を割って一気の末脚で

抜け出して優勝を飾り、第87代樫の

女王の座に就きました。

2着にはクビ差で3番人気のドリームコア

3着には2番人気のラフターラインズが入り

1番人気に支持されたスターアニスは

やはり距離が合わなかったのか12着に

終わりました。

また、今村聖奈騎手はJRA女性騎手

としてクラシックレース初騎乗初制覇の

偉業を達成し、場内は大歓声に包まれ

まさに筋書きのないドラマに感動しました。

今村騎手、本当に落ち着いた見事な

騎乗でした。

実況アナも言っていましたが、ジュウリョク

ピエロちゃんもスタンドの大歓声に対し

何度も頭を下げていましたね。

本当に愛らしく可愛かったです。

ジュウリョクピエロと今村騎手、そして

関係者の皆様、本当におめでとう

ございます。

歴史的瞬間を見ることが出来て、本当に

良かったです。

今週は、東京競馬場で春のクラシックの

クライマックス、競馬の祭典、第93回

東京優駿(日本ダービー)が行われます。

東京優駿は1932年(昭和7年)に

イギリスのダービーステークスを範として

目黒競馬場にて創設されました。

後に創設された皐月賞・菊花賞と共に

三冠競走を構成しています。

そしてダービーに優勝することは日本の

競馬に関わるすべてのホースマンが

憧れる最高の栄誉あるレースとされて

います。

昭和期では皐月賞は最も速い馬が勝つ、

菊花賞は最も強い馬が勝つ、ダービーは

運のある馬が勝つと言われていました。

日本の競馬における日本ダービーの

存在は特別で、創設期より日本競馬に

おける最大の栄誉ある大競走とされて

います。

その年の競馬を語る時は必ず東京優駿

(日本ダービー)優勝馬が挙げられるように

日本競馬界の象徴であり、ホースマンに

とっての最大の目標であるとことには

創設以来、変わっていません。

 

思い出の馬は、花の昭和47組の関西の

エースと言われたロングエースです。

ロングエースの父は英ダービー馬で

昭和を代表する長距離系種牡馬

ハードリドンで日本での代表産駒には

オークス馬リニアクインやロングホーク、

ハードイット、マサヒコボーイ、スズカハード

ナラサンザン、ヨロズハピネスなどの

多くの重賞勝ち馬がいます。

そして、兄には最優秀3歳牡馬に選出

されたロングワンや弟には昭和50年の

クラシック戦線を賑わしたロングファストが

います。

ロングエースは私が日本の競馬史上

最強の世代だと思っている昭和47年組で

同期には菊花賞・有馬記念を制した

イシノヒカル、皐月賞馬ランドプリンス、

天皇賞馬タイテエム、有馬記念馬

ストロングエイト、天皇賞・有馬記念などを

制し、史上最強馬としても名前があがる

タニノチカラ、幻のクラシック馬ヒデハヤテ

ヒンドスタン最後の傑作ハクホオショウ、

悲劇の名馬ハマノパレード、逃げる精密

機械トーヨーアサヒ、名中距離馬ナオキ、

超音速スガノホマレ、ローカルの鬼ノボル

トウコウ、障害の王者グランドマーチスや

クリイワイ、タケクマヒカル、イナボレスなど

挙げれば切りがないほど、中央競馬の

歴史に名を残す多くの名馬達がいます。

 

この年の春のクラシック戦線は前年

暮れに発生した馬インフルエンザや

4月の厩務員ストの影響で大幅に

日程が遅延してしまい、日本ダービーも

例年より1ヶ月以上も遅れて開催される

ことになりました。

この春のクラシックの開催が遅れたことは

眼病や転倒事故による怪我で旧馬齢

3歳でのデビューができなかった

ロングエースにとっては幸いとなりました。

旧馬齢4歳の1月の京都でデビューした

ロングエースは新馬戦を圧勝し、続く条件

特別を連勝して3連勝を飾ると、堂々と

クラシックを目指し東上しました。

 

この年の関西のクラシック戦線は阪神3歳

ステークスを制し、最優秀3歳牡馬に

選出されたヒデハヤテが圧倒的な強さを

見せ、きさらぎ賞を圧勝後、関西の

総大将として東上し、関東での初のレース

となった京成杯でも圧倒的な強さで勝って

5連勝を飾り、クラシックの有力候補と

言われました。

しかし、脚部不安を抱えながら無理して

出走したスプリングステークスで2着に

敗れると更に脚部不安を悪化させてしまい

戦線離脱となってしまいました。

しかし、この年の関西勢は有力馬が多く

ロングエースと共に、この年の3強馬の

一角を成した良血馬タイテエムは関西で

3勝して東上し、スプリングステークスで

ヒデハヤテをやぶってクラシックに

名乗りを挙げ、また4連勝して東上し、

京成杯でヒデハヤテの2着に入り、

弥生賞でもロングエースの2着に入った

ランドプリンスもまた3強の一角として

クラシック戦線に躍り出ました。

 

ロングエースは東上後、初のレースと

なったオープン競走でランドプリンスや

関東の有力候補のイシノヒカル、インター

ブレインなどを全く寄せ付けずに勝って

4連勝を飾り、更にクラシックの登竜門

である弥生賞でも再びランドプリンスを

やぶって5連勝で重賞初制覇を果たし、

ヒデハヤテ無き後、関西のエースとして

クラシックに挑みました。

そして迎えたクラシック初戦の皐月賞、

このレースには西の実力馬ランドプリンス

とタイテエムの他、東の有力馬イシノヒカル

アローエクスプレスの弟トルーエクスプレス

ノボルトウコウなどが出走。

ロングエースが圧倒的1番人気に支持され

2番人気にタイテエム、3番人気にランド

プリンスと関西の3強が人気を集めました。

レースはアローエクスプレスの弟の

トルーエクスプレスが強引にハナを奪って

逃げ、2番手にファインダイヤと関東馬

2頭が先行し、3番手にロングエース、

4番手にタイテエム、5番手にランド

プリンスと関西の3強が続き、イシノヒカル

は最後方からという展開で進みました。

第4コーナーで外からロングエースと

タイテエムがトルーエスクプレスに襲い

かかって直線の勝負へ。

最後の直線でロングエースとタイテエム

2頭の一騎打ちになるかと思いましたが

2頭共に伸び脚が悪く、内から鋭く伸びた

ランドプリンスが一気に先頭に立ち

大外から豪脚を繰り出して追い込んで来た

関東のイシノヒカルをおさえて優勝を飾り

両横綱と言われたロングエースは3着

タイテエムは4着に敗れるという波乱の

結果となりました。

そして迎えた第39回日本ダービー、

このレースには皐月賞を制したランド

プリンス、雪辱を期すロングエースと

タイテエムの関西の3強のほか、関東の

有力馬豪脚のイシノヒカル、ヒンドスタン

最後の傑作ハクホオショウや快速馬

スガノホマレ、ダービートライアルだった

当時のNHK杯を制した西の新星ランド

ジャガーやタケクマヒカル、ストロングエイト

ノボルトウコウ、ユーモンド、タケデンバード

など後の重賞勝ち馬達が出走しました。

当時のフルゲートは28頭でしたが、

ファインダイヤが出走取消、選ばれし

27頭でのレースとなりました。

当時は、スタート直前まで各馬に係員が

付きそい、全馬がゲートに入ると係員が

一斉に離れてゲートが開き、大歓声の中

スタートするというやり方でした。

毎年、この時が一番ドキドキする瞬間で

各馬が大歓声の中、一斉にスタートする

光景は、まさに壮観で見ていて、いつも

感動していました。

しかし、騎手の人達にとっては頭数が

多いため、各馬が内に切れ込んで来て

位置取り争いをするため、毎年命がけの

戦いだったそうです。

 

この年の日本ダービーは7月に行われた

ことから、七夕ダービーと呼ばれました。

1番人気はロングエースが支持され、

2番人気に皐月賞馬ランドプリンス、

3番人気に四白流星の貴公子タイテエム

と関西の3強が上位を占め推されました。

 

レースは、スタートして大歓声の中、

激しい位置取り争いが行われ、内枠を

利してスガノホマレが激しい先行争いを

制して先頭に立って逃げ、その後ろから

ナイスジャック、ユーモンド、タケクマ

ヒカルが続き、向こう正面に入ると

10番手以内にタイテエムとロングエースが

いて、ランドプリンとハクホオショウは

中団から、イシノヒカルは後方からという

展開になりました。

第3コーナーでユーモンドが先頭に立つと

タイテエムも早くも2番手に上がり、それを

見てランドプリンス、ロングエースも

先行集団に取りつき、第4コーナーでは

ストロングエイトも上がって行って

直線の勝負へ。

直線に入って馬場の真ん中から

タイテエムが先頭に躍り出ると、外から

ランドプリンス、内からはロングエースが

鋭く伸びて差を詰め、大外からは

ハクホオショウも追い込んで来ましたが

最後はロングエース、ランドプリンス、

タイテエムの3強が横一線となって

ゴールまで、激しい競り合いを演じ、

ゴール前で内から伸びたロングエースが

壮絶な死闘を制して優勝を飾りました。

このロングエースの勝利により、馬体重が

500キロ以上の馬はダービーに勝てない

というジンクスも解消され、この3強による

壮絶な死闘は、競馬史上に残る

名勝負として今でも語り継がれています。

しかし、この勝利がロングエースにとっての

最後の勝利になってしまいました。

夏を休養したロングエースは秋に入って

菊花賞目指し、京都新聞杯からスタート

したものの、タイエテムの6着に敗れ

続く菊花賞でもイシノヒカルの5着に終わり

そして有馬記念でも8着に大敗するなど

ロングエースはダービーで燃え尽きて

しまったかのように凡走を繰り返して

しまいました。

やはり脚部が悪かったのか、その後

ロングエースは脚部不安のため、長期

休養に入って復帰を目指しましたが

治療の甲斐なく、二度と競馬場に

その雄姿を見せることなく、そのまま

引退となってしまいました。

 

引退したロングエースは当時あった

北海道浦河の東部種馬センターで

1975年から種牡馬として繋養されました。

私も牧場巡りで当時の少ない情報の中で

この東部種馬センターに何とか行って、

ロングエースに会うことが出来ました。

ロングエースは、とても人懐っこくて、

可愛くて、私の姿を見ると、すぐに駆け

寄って来てくれて、一緒に写真を撮らせて

もらったり、思い出話を聞いてもらいました。

 

ロングエースは、当時の内国産種牡馬

不遇の時代にあって、初年度産駒から

宝塚記念やNHK杯を勝ち、代表産駒と

なったテルテンリュウをはじめ、その後も

日経新春杯や神戸新聞杯に優勝した

スピードヒーローなどの重賞勝ち馬も

コンスタントに輩出し、更に日本競馬史上

初となる白毛の競走馬であるハクタイユー

や地方競馬での重賞勝ち馬を送り出すなど

内国産種牡馬として好成績をあげました。

 

1993年24歳になったロングエースは

種牡馬を引退し、生まれ故郷の

岡崎牧場で静かに余生を送りました。

 

記録によりますと

1994年3月3日、日本の競馬史上最強の

世代と言われた昭和47年のダービーを

制したロングエースは老衰のため、

25年の生涯に幕を下ろし、静かに天国に

旅立って行きました。

 

今週は東京競馬場で春のクラシックの

クライマックス、競馬の祭典、第93回

東京優駿(日本ダービー)が行われます。

ロブチェン、グリーンエナジー

アウダーシア、パントルナイーフに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、東京競馬場で行われました春の

古馬牝馬マイル王決定戦、第21回

ヴィクトリアマイルは1番人気の

エンブロイダリーが道中、好位追走から

直線で力強く抜け出して優勝を飾り、

昨年の桜花賞、秋華賞に続くGⅠ競走

3勝目を挙げました。

2着には2番人気のカムニャックが入り

3着には写真判定の結果、3番人気の

クイーンズウォークが入りました。

今週は、東京競馬場で牝馬クラシック

第二冠目、樫の女王決定戦第87回

優秀牝馬(オークス)が行われます。

優駿牝馬(オークス)は、1938年に

イギリスのオークスステークスを範として、

4歳(現3歳)牝馬限定の阪神優駿牝馬

競走として創設され、皐月賞、東京優駿

(日本ダービー)、菊花賞、桜花賞と共に

日本のクラシック競走のひとつとされて

います。

創設当初、桜花賞は最もスピードのある

繁殖牝馬の検定競走とされたのに対し、

優駿牝馬(オークス)はスピードと

スタミナを兼ね備えた繁殖牝馬を

選定するためのレースとされました。

施行場も1946年阪神競馬場から東京

競馬場に変更され、その際に名称も

優駿牝馬に改称され、1965年からは

オークスの副称が付けられ、現在に

至っています。

また、日本では優駿牝馬(オークス)の

優勝馬を樫の女王という通称で

呼ぶこともあります。

 

思い出の馬は、史上最短記録で優駿牝馬

(オークス)を制した昭和57年第43代

樫の女王シャダイアイバーです。

シャダイアイバーの父は、日本競馬の

血統を大きく塗り替えたと言われた

名種牡馬ノーザンテーストで、代表

産駒にはダービー馬ダイナガリバー、

有馬記念・天皇賞を制したアンバー

シャダイ、天皇賞馬ギャロップダイナ、

オークス馬ダイナカール・アドラーブル、

桜花賞を制したシャダイソフィア・ダイナ

アクトレスやダイナレター、マチカネ

タンホイザ、ダイナフェアリー、レジェンド

テイオー、アスワン、スルーオダイナなど、

挙げれば切りがないほどの重賞勝ち馬を

世に送り出しました。

そして、シャダイアイバーの妹には

新潟記念に優勝したダイナオレンジが

います。

 

シャダイアイバーは昭和57年の牝馬

クラシック組で同期には、桜花賞馬

リーゼングロス、エリザベス女王杯を

制したビクトリアクラウンやメジロカーラ

ヤマノシラギク、ミスラディカル、

ラブリースター、ダニッシュガールなどの

重賞勝ち馬がいます。

 

当時あった抽選馬として育成されていた

シャダイアイバーは育成時より慢性的な

脚部不安を抱えていたため、大幅に

デビューが遅れ、旧馬齢4歳の3月中山で

ようやくデビューに漕ぎつけ、初戦の

ダートでの新馬戦は6着に敗れたものの

2戦目のダートの新馬戦で5番人気ながら

3馬身差をつけて快勝しました。

続いてシャダイアイバーは格上となる

オープンのフラワーカップに挑みましたが

初の芝に戸惑ったのか12頭中の6着に

敗れました。

しかし、次の条件特別を快勝して2勝目を

挙げ、ぎりぎりでオークスに駒を進める

ことが出来ました。

そして迎えた第43回優駿牝馬(オークス)

このレースにはアローエクスプレスの娘

桜花賞馬リーゼングロス、オークスの

前哨戦フラワーカップを制したトシシゲ

エースや後の重賞勝ち馬メジロカーラ、

ヤマノシラギクなどが出走。

牝馬クラシックの最有力候補だった

ビクトリアクラウンが故障で早々と戦線

離脱してしまったため、中心馬が不在で

各馬実力伯仲の中、距離への疑問が

あるものの、桜花賞を制したリーゼン

グロスが当時あった単枠指定での1番

人気に支持され、シャダイアイバーは

24頭中の7番人気という低評価での

出走となりました。

レース直前に1番人気の桜花賞リーゼン

グロスが放馬するという大アクシデントが

ありましたが、馬体検査の結果、異常なし

ということで、そのまま発走となりました。

レースはスタートして大外枠から内に

切れ込んでワールドサファイヤが先手を

取って逃げ、2番手にシャダイアイバー

3番手の好位をリーゼングロスが進み、

4番手にライラックポイント、メジロカーラと

ユーセコクインは中団からという展開に

なりました。

第3コーナーでリーゼングロスが2番手に

上がると、シャダイアイバー、ユーセコ

クイン、ライラックポイント、スイートヘッド

ピアレスレディも上がって先頭集団に入り

各馬が一団となって内と外で大きく

分かれて直線の勝負へ。

最後の直線に入って内をついたシャダイ

アイバーが先頭に立つと、馬場の

真ん中からリーゼングロスが追い込み

シャダイアイバーとリーゼングロスの

2頭による500メートルに渡る激しい

叩き合いとなりましたが、最後はシャダイ

アイバーがゴール前でリーゼングロスを

半馬身振り切って勝ち、重賞初制覇を

クラシックで果たすと共に史上最短記録

となるデビュー78日目でのオークス優勝を

果たしました。

しかし、この優勝がシャダイアイバーに

とっての最後の優勝となってしまいました。

もともと慢性的な脚部不安を抱えていた

シャダイアイバーは、その後、競走馬に

とっては不治の病と言われている屈腱炎を

発症してしまい、長期休養を余儀なく

されてしまいました。

1年後、古馬になったシャダイアイバーは

復帰は果たし、2戦したものの、いずれも

精彩を欠いた走りで凡走したため

安田記念での17頭中の16着を最後に

引退し、北海道の社台ファームで

繁殖牝馬になりました。

繁殖牝馬として10頭の産駒の内、ガレオン

ブラウンアイボリー、オークツリー、

ステッペンウルフの4頭がオープン馬に

なるなど、シャダイアイバーは繁殖牝馬と

しても優秀な繁殖成績を残しましたが

シャダイアイバー自身の脚部の弱さも

受け継がれてしまったのか、脚部不安で

大成しきれなかった産駒もいるなど、

産駒から惜しくも重賞優勝馬は送り出す

ことは出来ませんでした。

 

記録によりますと

2000年2月4日、シャダイアイバーは

老衰のため、20年の生涯を終え、

静かに天国へと旅立っていきました。

 

今週は東京競馬場で牝馬クラシックの

二冠目第87回優駿牝馬(オークス)が

行われます。

ドリームコア、アランカール、エンネ

ラフターラインズに注目しています。

第87代樫の女王に輝くのは、どの馬か

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。