昨日、中山競馬場で行われました

記念すべき100回を迎えた伝統の中山

記念は3番人気のレーベンスティールが

最後の直線で内から鋭く抜けだて勝ち、

重賞5勝目を挙げました。

2着には4番人気のカラマティアノス、

3着には2番人気のエコロヴァルツが入り

1番人気に推されたセイウンハーデスは

12着に敗退しました。

今週は中山競馬場でクラシックの登竜門

第63回弥生賞ディープインパクト記念が

行われます。

弥生賞ディープインパクト記念は

1964年に弥生賞という名称で4歳

(現3歳)馬限定の重賞競走として

創設されました。

施行距離やコースは幾度かの変遷を経て

1984年より皐月賞と同じ中山競馬場

芝2000mとして行われ、これにより

クラシック戦線に直結する重要な前哨戦

として位置づけられています。

2020年からは、2019年に亡くなった

名馬ディープインパクトの功績を称え

同馬の重賞初勝利となった弥生賞の

競走名を改称し、弥生賞ディープインパクト

記念として開催されることになりました。

そして長年に渡り、このレースの優勝馬

からはダービーをはじめとする数多くの

クラシック優勝馬が誕生しています。

 

思い出の馬は、不運に見舞われ、まさに

吹雪のごとく、春の訪れと共に去って

しまったダイシンフブキです。

ダイシンフブキの父は、マイラー系種牡馬

ドンで代表産駒には快速馬サクラシンゲキ

をはじめ、ドロッポロード、ブルーマックス

マークヒリュウ、ニシノミラー、ワールド

キング、コーリンオー等の重賞勝ち馬が

います。

ダイシンフブキは旧馬齢3歳秋の中山で

デビューすると、スピードを活かして

新馬戦で2着馬に4馬身差をつけて圧勝。

続く特別レースにも圧勝して、新馬・特別の

エリート路線に乗り、クラシックに名乗りを

挙げました。

そして次に初の重賞競走への挑戦となる

京成杯3歳ステークスに駒を進めました。

このレースには当初デビューして3戦とも

圧勝での3連勝中の評判馬ダイナ

アクトレスが出走予定だったためか、

出走を回避する馬が多く、少頭数での

レースになる予定でいましたが、ダイナ

アクトレスも、結局回避してしまったため、

5頭立てでのレースとなりました。

このレースには、後に中央競馬史上初の

牝馬三冠を達成するメジロラモーヌや

札幌3歳王者カリスタカイザーが出走。

1番人気はメジロラモーヌでダイシンフブキ

は2番人気での出走となりました。

レースは最初にハナを奪って逃げたのが

カリスタカイザーでしたが、すぐに予想に

反してメジロナモーヌがカリスタカイザーを

交わして先頭に立ち、ダイシンフブキは

3番手からという展開で進み、第4コーナー

でダイシンフブキが仕掛けてメジロラモーヌ

との差をつめて、直線の勝負へ。

内で逃げ込みを図るメジロラモーヌを

馬場の真ん中からダイシンフブキが鋭く

伸びてメジロラモーヌ交わして先頭に立ち

2着馬に3馬身半差をつけて快勝。

重賞初制覇を果たしました。

次にダイシンフブキは、当時の関東3歳

チャンピオン決定戦だった朝日杯3歳

ステークスに挑みました。

このレースには後に皐月賞を制する

ダイナコスモスや後のダービーで快走を

見せるグランパスドリームなどが出走。

ダイシンフブキは1番人気に支持されました。

レースはカリスタカイザーが好スタートで

飛び出して先頭に立ちましたが、すぐに

ダイナフランカーが交わして先頭に立ち

ダイシンフブキは4番手から追走、

グランパスドリームは中団から、ダイナ

コスモスは最後方からという展開に

なりました。

第4コーナー手前で内を通ってダイシン

フブキ、外からダイナコスモスも仕掛けて

上がっていって直線の勝負へ。

最後の直線に入ってカリスタカイザーが

先頭に立とうとしましたが、内からダイシン

フブキが鋭く伸びて一気に交わして先頭に

立ち、外から猛然と追い込んできたダイナ

コスモスおさえて優勝を飾り、2つ目の

重賞を獲得すると共に4連勝での

無敗の3歳王者に輝きました。

そして、ダイシンフブキは、この年の

最優秀3歳牡馬に選出されました。

 

年が明けて4歳になったダイシンフブキは

無敗の3歳王者にはなったものの、競馬

関係者からは血統的背景などから、

クラシックでの距離への疑問が囁かれて

いました。

そのため、ダイシンフブキ陣営はクラシック

を睨みながら、まずはダイシンフブキ自身が

距離の壁への試金石となる弥生賞に

挑みました。

このレースには朝日杯3歳ステークス

2着のダイナコスモス、良血馬ニッポー

テイオー、新鋭のアサヒエンペラーや

マウントニゾンなどが出走。

1番人気はアサヒエンペラー、2番人気は

サクラトモエオーで、ダイシンフブキは

実績では断然ながら、距離への疑問からか

重賞初挑戦の2頭に劣る3番人気での

出走となりました。

レースは、スタートしてニッポーテイオーが

ハナを奪って逃げ、2番手にダイシンフブキ

3番手にダイナコスモスが続き、サクラ

トモエオーは中団、アサヒエンペラーは

最後方からの展開で進みました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

ニッポーテイオーが差を広げにかかり

ダイシンフブキとダイナコスモス、外から

サクラトモエオーも仕掛けて差をつめ、

直線の勝負へ。

直線に入って逃げ込みを図るニッポー

テイオーをダイシンフブキとダイナコスモス

が必死に追い込み、3頭による激しい

叩き合いになりましたが、最後はダイシン

フブキが抜け出し、追い込んで来たダイナ

コスモスをクビ差制して優勝を飾り、無敗の

5連勝を飾ると共に距離の壁を克服して

見せました。

そして迎えたクラシック一冠目の皐月賞

このレースには弥生賞でやぶったダイナ

コスモス、ニッポーテイオー、アサヒ

エンペラーや西で重賞を連勝して来た

フレシュボイス、共同通信杯4歳ステークス

の勝ち馬ダイナガリバーやタケノコマヨシ、

ウインドストースなどが出走。

レースはメイショウタイテイの逃げで始まり

ダイシンフブキは先頭集団の中で5番手を

追走、ニッポーテイオー、アサヒエンペラー

ダイナガリバーは中団から、ダイナコスモス

フレッシュボイスは中団よりやや後ろからと

いう展開で進みました。

第3コーナーでダイシンフブキが仕掛けて

先頭との差を詰めて直線の勝負へ。

ダイシンフブキは最後の直線に入って一旦

先頭に立ちましたが、いつもの伸び脚は無く

直線半ばで馬群に沈み、結局7着に

終わりました。

そしてレース後には骨折が判明し、

日本ダービーを前に戦線離脱となって

しまいました。

後の話でダイシンフブキはレース前に脚に

不安が出ていたものの、苦渋の決断で

出走に踏み切ったそうです。

その後、ダイシンフブキは休養に入るも

再び競馬場に姿を見せることはありません

でした。

引退後、1988年から種牡馬になった

ダイシンフブキでしたが、内国産種牡馬

不遇の時代にあって、更に血統的(短距離、

濃いインブリード)な事情で可能な配合が

限定されてしまうということもあって、種牡馬

として人気が出ず、代表産駒にも恵まれ

ませんでした。

 

記録と不確かな情報によりますと

1995年に用途変更となって種牡馬を

引退したダイシンフブキは乗馬となって

いくつかの牧場を転々とし、人知れず

消息不明となってしまったとのことです。

現在なら功労馬として余生が送れた

のではないかと思うと残念でなりません。

 

今週は中山競馬場でクラシックの登竜門

第63回弥生賞ディープインパクト記念が

行われます。

パントルナイーフ、アドマイヤクワッズ

バステール、タイダルロックに注目して

います。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、東京競馬場で行われました今年

初のG1競走第43回フェブラリー

ステークスは、今回は出遅れることなく

道中好位を進んだ2番人気のコスタノヴァ

が直線で鮮やかに抜け出して優勝を飾り

G1昇格後3頭目となる連覇を達成しました。

2着には3番人気のウィルソンテソーロが

入り、1番人気のダブルハートボンドは

3着に終わりました。

また、発馬で腰を落として立ち遅れて

最後方からの競馬となり、最後は8着まで

押し上げてゴールしたラムジェットが

ゴール通過後に騎手が下馬したため、

その後の経過が心配されましたが、

佐々木調教師より「右トモだけど大丈夫」

とのコメントがあり、大事に至ることなく

無事で本当に良かったです。

 

今週は、中山競馬場で記念すべき

第100回伝統の中山記念が行われます。

中山記念は1933年に創設された中山

5歳馬特別競走を前身として1936年に

創設されました。

春の古馬GⅠレースを目指す古馬達

による伝統のレースとして定着しており

歴代の優勝馬には名立たる名馬達の

名前が連なっています。

そして2017年からは優勝馬に対し

GⅠ競走の大阪杯への優先出走権が

付与されています。

 

思い出のレースは、名門高松厩舎の

ジンデンが優勝した昭和48年第47回

中山記念です。

ジンデンの父は短距離系種牡馬ラティフィ

ケイションで代表産駒には阪神大賞典に

優勝したスインホウシュウやハーバー

ローヤル、マルブツシックスなどいます。

 

ジンデンは昭和46年のクラシック組で

同期には疾風の差し足と言われた二冠馬

ヒカルイマイ、天皇賞馬ベルワイド、

菊花賞馬ニホンピロムーテーやヤシマ

ライデン、オンワードガイ、メジロゲッコウ

ロングワン、カツタイコウ、フィドール、

ゼンマツ、ハスラー、エリモカップ、コーヨー

などの重賞勝ち馬がいます。

ジンデンは、当時私が応援していた高松

厩舎に所属し、旧馬齢3歳12月の中山で

デビューし、新馬・特別を連勝してエリート

路線に乗り、クラシックに名乗りを

挙げました。

しかし、年が明けて4歳になったジンデンは

東京4歳ステークスに参戦するも7着に

敗れ、その後、脚部不安を発症してしまい

春のクラシックに出走することは

出来ませんでした。

秋に復帰したジンデンでしたが、なかなか

成績が振るわず、セントライト記念でも

12頭中の11着に大敗し、菊花賞への

出走も断念しました。

しかし、その後ようやく体調が戻ったのか

条件戦、条件特別を連勝し、続くオープン

競走でもオンワードガイやオオクラ、

タケブエなどをやぶって3連勝を飾り、

一気にオープン入りを果たしました。

 

年が明けて古馬になったジンデンは

中山記念10着、東京新聞杯7着と全く

振るいませんでしたが、京王杯SHで

2着、夏の函館の巴賞で2着に入るなど

健闘したものの、結局この年、5戦するも

1勝も挙げることは出来ませんでした。

 

年が明けて6歳になったジンデンは

年明け初戦の条件特別を快勝し、続いて

AJC杯に挑みましたが、距離が

合わなかったのか、オンワードガイの前に

しんがりの9着に大敗しました。

そして、次にジンデンは、昨年10着に

惨敗した中山記念に参戦しました。

このレースには、超音速スガノホマレ

ヒンドスタン最後の傑作ハクホオショウ

逃げる精密機械トーヨーアサヒ、オープン

大将コーヨーやタケデンバード、イナボレス

クリイワイ、タクマオー、スイノオーザ

古豪アカツキテルなどの個性あふれる

重賞勝ち馬達が顔を揃えました。

1番人気はスガノホマレ、2番人気に

ハクホオショウでジンデンは14頭中の

5番人気での出走となりました。

レースはトーヨーアサヒがいつものように

逃げ、その後ろから差がなくコーヨー、

タクマオーが続き、ジンデンは4番手

スガノホマレ、アカツキテル、クリイワイは

中団から、ハクホオショウは後方からの

競馬となりました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

スガノホマレとハクホオショウが仕掛けて

上がっていき、各馬一団となって差をつめ

トーヨーアサヒが先頭で直線の勝負へ。

直線に入ってトーヨーアサヒを交わして

今度はコーヨーが先頭に立つと、馬場の

真ん中からスガノホマレが追い込み、

ハクホオショウ、クリイワイが伸びを欠く中

最内からジンデンが鋭い伸び脚を見せて

一気にコーヨーを交わして先頭に立ち、

コーヨーに1馬身1/4差をつけて優勝。

念願の初重賞制覇を果たしました。

鋭い伸び脚での勝利で、この年での活躍が

期待されたジンデンでしたが、この勝利が

ジンデンにとっての最後の勝利で最後の

レースとなってしまいました。

 

記録によりますと

1973年に引退とだけあって、ジンデンは

何が原因で引退となったのか、引退後、

ジンデンは、どうなったのかについての

記録が無いのが残念です。

 

今週は、中山競馬場で記念すべき

第100回伝統の中山記念が行われます。

エコロヴァルツ、カラマティアノス

レーベンスティール、チェルヴィニアに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、東京競馬場で行われました

クラシックの前哨戦、節目となる伝統の

第60回共同通信杯トキノミノル記念は

道中2番手を進んだ2番人気のリアライズ

シリウスが直線で抜け出して先頭に立ち、

追い込んで来たベレシートをアタマ差

おさえて勝利し、重賞2勝目を飾りました。

2着には豪脚を繰り出して追い込んで来た

4番人気のベレシート、3着には3番人気の

ロブチェンが入り、1番人気に推された

ラヴェニューは4着に敗れました。

また昨日、サウジアラビアのキング

アブドゥルアジーズ競馬場で行われました

第7回サウジカップは直線で内から伸びた

昨年の年度代表馬に日本のフォーエバー

ヤングが必死に追い込んで来たナイソスに

1馬身差をつけ、レース史上初の連覇

という偉業を達成しました。

関係者の皆様、本当におめでとう

ございます!

今週は、東京競馬場で今年初のGⅠ競走

第43回フェブラリーステークスが

行われます。

フェブラリーステークスはJRAが施行する

ダート重賞競走では、最も古い歴史を持つ

競走で、1984年に前身となるフェブラリー

ハンデキャップ競走として創設されました。

1994年にはGⅡ昇格し、それと共に

名称もフェブラリーステークスに改称され

ました。

その後、中央競馬と地方競馬の交流

競走が拡大される中で1997年には中央

競馬のダート重賞競走として初めて

GⅠ競走に格付けされ、国内の上半期の

ダート最強馬決定戦として位置付けられて

います。

 

思い出のレースはダート戦で躍動した

ハツノアモイが優勝した昭和61年

第3回フェブラリーステークスです。

ハツノアモイの父は、万能系種牡馬

サンシーで代表産駒には桜花賞、

エリザベス女王杯に優勝したハギノ

トップレディやサンシードール、トウショウ

サミット、キリサンシー、ニッポースワロー

などの重賞勝ち馬がいます。

ハツノアモイは昭和59年のクラシック組で

同期には三冠馬で皇帝シンボリルドルフ

ビゼンニシキ、スズパレード、スズマッハ

ニシノライデンなどがいます。

 

ハツノアモイは旧馬齢3歳秋の中山で

デビューし、初戦の新馬戦は2着に敗れ

ましたが、2戦目の新馬戦を快勝。

その後、条件特別に出走するも、当時

関東ではシンボリルドルフ、ビゼンニシキ

ハーディービジョンの関東3強馬が

いたため、善戦するも勝てず、その後

朝日杯3歳ステークスに果敢に挑むも

ハーディービジョンの2着に惜敗しました。

 

年が明けて4歳になったハツノアモイは

京成杯に挑戦しました。

このレースには後の重賞勝ち馬ニッポー

スワローやホッカイペガサスも出走し、

ハツノアモイは1番人気に推されました。

レースはニッポースワローが2番手から

先頭に立って逃げる中、ハツノアモイは

後方からの競馬となりました。

ニッポースワローが軽快に逃げる中

ハツノアモイも第4コーナーで仕掛けて

上がって行き、ニッポースワローが先頭で

直線の勝負へ。

直線に入って逃げ込みを図るニッポー

スワローをハツノアモイが馬場の中央から

豪快に追い込んでニッポースワローを

交わし、1馬身差をつけて優勝。

重賞初制覇を果たすと共にクラシックに

向けて乗りを挙げました。

しかし、この年のクラシック戦線は

ハーディービジョンが戦線を離脱した

ものの、シンボリルドルフとビゼンニシキの

実力が群を抜いており、ハツノアモイも

クラシックを目指したものの、弥生賞5着、

NHK杯はしんがりの9着、そしてダービー

では21頭中の16着に大敗してしまい

ました。

その後、ハツノアモイは休養に入り、

暮れの特別競走で復帰したものの、またも

しんがりの16着に大敗してしまいました。

 

年が明けて4歳になったハツノアモイは

重賞競走に出走するも大敗が続き、

この年、重賞や特別競走に14回も出走

したものの、札幌記念5着、函館記念

5着、ダートの特別競走での2着が

4回というのが精一杯で、結局1勝も

出来ずに終わりました。

 

年が明けて6歳になったハツノアモイは

初戦の特別競走に勝利し、久しぶりに

3勝目を挙げると、2年前にダートの重賞

競走として創設された当時の名称

フェブラリーハンデキャップに参戦しました。

このレースには第1回の優勝馬ロバリア

アモン、トップハンデ62キロを背負う第2回

優勝馬アンドレアモン、スプリンターズ

ステークスを制したマルタカストーム、

重賞勝ち馬チェリーフットやドウカンテスコ

トチノニシキ、スーパーグラサードなどの

後の重賞勝ち馬が出走し、ハツノアモイが

1番人気に支持されました。

レースはスタートしてヨシカツイッセイ、

エアハート、マルタカストームの先行争いで

始まり、その後ろからスーパーグラサード

ドウカンテスコが続き、ハツノアモイは

7番手から、アンドレアモン、トチノニシキは

中団から進み、ロバリアアモンとチェリー

フットは後方からという展開になりました。

第3コーナーでエアハートが先頭に立つと

スーパーグラサード、トチノニシキ、ドウカン

テスコが仕掛け、ハツノアモイも差を詰めて

直線の勝負へ。

直線に入ってマルタカストームが先頭に

立つと、内からスーパーグラサード、外から

トチノニシキ、ドウカンテスコ、更に後方から

アンドレアモン、チェリーフット、ハツノ

アモイが追い込んで来て大混戦となり、

5、6頭がまとめてゴール板を過ぎるという

大接戦の中、最後に鋭く伸びて差し切った

ハツノアモイがハナ差で優勝を飾り、

2つ目の重賞制覇となりました。

しかし、この見事な勝利がハツノアモイに

とっての最後の勝利となってしまいました。

続く中山記念での5着後に脚部不安で

長期休養に入ったハツノアモイは1年

3ヶ月後に復帰し3戦したものの、いずれも

惨敗を喫してしまい、根岸ステークスでの

13頭中10着を最後に地方の岩手競馬に

転籍しました。

記録によりますと、地方では10歳まで

7戦したものの、未勝利に終わり

1990年に引退。

引退後、ハツノアモイは種牡馬となった

ものの、産駒はわずかしか残せず、

1994年に13歳で亡くなったとのことです。

 

今週は東京競馬場で今年初のGⅠ競走

第43回フェブラリーステークスが

行われます。

ダブルハートボンド、ロードクロンヌ

ラムジェット、ウィルソンテソーロに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。