昨日、中山競馬場で行われました

クラシック初戦、第86回皐月賞は

スタートしてハナを奪って逃げた

1番人気のロブチェンが最後の直線で

リアライズシリウスとの叩き合いを制し、

最後まで先頭を譲らず逃げ切って優勝を

飾りました。

2着には4番人気のリアライズシリウス、

3着には9番人気のライヒスアドラーが

入りました。

今週は京都競馬場で春のマイル戦線を

占う上で重要となる第57回マイラーズ

カップが行われます。

マイラーズカップはマイル路線の拡充

および短距離系の馬にも活躍の場を

設けることを目的として、1970年に創設

され、現在はGⅠ競走である安田記念や

ヴィクトリアマイルの前哨戦として位置

づけられていて、春の短距離路線を歩む

馬にとって重要なレースとなっています。

昭和期においては、まだレース体系が

現在ほど整っておらず、出走できるレース

も限られていたためか、歴代の優勝馬や

出走した馬にはクラシック優勝馬をはじめ

現在のGⅠ優勝馬等、名立たる名馬達の

名前が連なっています。

 

思い出の馬は、関西の早いヤツと

言われたロングハヤブサです。

ロングハヤブサの父は中距離系

種牡馬ラッキーソブリンで代表産駒には

スプリンターズステークスを制した

シンウルフやスズマッハ、ホウエイソブリン

ラッキーゲラン、ラビットボール、ニホンピロ

ラックなどの重賞勝ち馬がいます。

 

ロングハヤブサは昭和59年のクラシック

組で、同期には皇帝シンボリルドルフ、

皇帝のライバルだったビゼンニシキ、

宝塚記念を制したスズパレードやニシノ

ライデン、スズマッハ、ダイゼンシルバー、

ミスタールマン、ゴールドウェイなどの

重賞勝ち馬がいます。

 

ロングハヤブサは旧馬齢3歳夏の函館で

デビューし、1戦目の新馬戦はクビ差の

2着に敗れましたが、2戦目の新馬戦を

快勝すると、続く条件特別も8馬身差を

つけて圧勝。

そして続く重賞初挑戦となったデイリー杯

3歳ステークスにも勝って重賞初制覇を

果たし、更に続く西の3歳チャンピオン

決定戦、阪神3歳ステークスにも勝利して

怒涛の4連勝を飾り、この年の最優秀

3歳牡馬に選出されました。

しかし、その後故障が判明したため、春の

クラシックへの出走は叶わず、長期の

休養を余儀なくされてしまいました。

約10ヶ月の休養後、当時の菊花賞

トライアル京都新聞杯で復帰したロング

ハヤブサでしたが、18頭中の13着に

大敗し、続くクラシック最終戦菊花賞に

挑むも、距離も合わなかったのか

シンボリルドルフの三冠達成の前に

しんがりの18着に惨敗しました。

この大敗を期にロングハヤブサ陣営は

短・中距離路線への舵を切りました。

そして1番人気で挑んだCBC賞でしたが

ハッピープログレスの前に6着に

終わりました。

 

年が明けて古馬になったロングハヤブサは

西の金杯から始動、このレースには

ロング一門から3頭が出走するという

異例の中、ロングハヤブサは最後の

直線で一旦先頭に立ちましたが、惜しくも

僅差の4着に敗れました。

その後も中京記念は10着に大敗、続く

マイラーズカップでも4着に敗れましたが

次のオープン特別で1年4ヶ月ぶりに

勝利を掴みました。

その後、新潟大賞典5着、阪急杯3着に

敗れた後、脚部不安を発症したため、

秋競馬に出走することなく再び休養に

入りました。

 

年が明けて6歳になったロングハヤブサは

約8ヶ月の休養後、昨年4着に敗れた

マイラーズカップで復帰しました。

このレースには阪神大賞典を連覇した

シンブラウン、後にマイラーズカップを

制し、中央・地方合わせて82戦23勝を

挙げた無事是名馬のミスターボーイや

グアッシュアウト、ドミナスローズ、キタヤマ

ザクラ、イズミスター、タニノブーケなど、

多種多彩な重賞勝ち馬が出走。

ロングハヤブサは6番人気という低評価

での出走となりました。

レースはスタートしてシンブラウン、ドミナス

ローズ、タニノブーケの激しい先頭争いで

始まり、ドミナスローズが2頭を振り切って

先頭に立って逃げ、ロングハヤブサは

5番手を追走という展開で進みました。

軽快に飛ばすドミナスローズをロング

ハヤブサが第4コーナーで仕掛けて

先頭との差を詰めて直線の勝負へ。

逃げ込みを図るドミナスローズを

直線半ばでロングハヤブサが鋭く伸びて

交わして先頭に立ち、外から追い込んで

来た1番人気のマツコトブキをおさえて

2年2ヶ月ぶりに3つ目の重賞優勝を飾り

ました。

続いてロングハヤブサはスプリンターズ

ステークスに参戦。

1番人気はユキノローズが推され、ロング

ハヤブサは2番人気での出走となりました。

レースは、1番人気のユキノローズが

出遅れるという波乱のスタートで始まり

エフテーエリザベスが逃げ、2番手に

タカラスチール、3番手にロングハヤブサ

ドウカンテスコは中団から、出遅れた

ユキノローズは後方という競馬に

なりました。

第4コーナーで外からタカラスチールと

ロングハヤブサ、内からドウカンテスコと

エフテーエリザベスの4頭が横一線に

並んで直線の勝負へ。

内からドウカンテスコが鋭く伸びて一気に

先頭に立ち、馬場の真ん中から

タカラスチール、外からロングハヤブサが

必死に追い込みましたが、わずか届かず

ドウカンテスコが優勝を飾り、ロング

ハヤブサは惜しくも2着に敗れました。

その後ロングハヤブサは京王杯スプリング

カップを5着とした後、GⅠ競走となった

安田記念に出走して積極的な競馬を

展開して3着に入るなど、天皇賞馬

ギャロップダイナを相手に大健闘しました。

この勢いのまま、ロングハヤブサは

阪急杯に参戦。

このレースには前走の安田記念で2着に

入ったホリノカチドキやコーリンオー

マルブツサーペン、ドミナスローズなどの

重賞勝ち馬が出走。

ホリノカチドキが圧倒的1番人気に

支持され、トップハンデを背負ったロング

ハヤブサは3番人気での出走となりました。

レースは、スタートして激しい先頭争いの中

ホリノカチドキが先頭に立って逃げ、

2番手にコーリンオー、ロングハヤブサは

3番手から進み、ドミナスローズ、

セントシーザーは中団からという展開に

なりました。

第4コーナーでロングハヤブサ、マルブツ

サーペン、コーリンオーが仕掛けて差を

詰め、ホリノカチドキが先頭で直線の

勝負へ。

内からマルブツサーペン、セントシーザー、

馬場の真ん中からホリノカチドキ、外から

ロングハヤブサの4頭が横一線になっての

叩き合いとなり、最後はロングハヤブサが

3頭を振り切って勝利し、重賞4勝目を

挙げました。

そして、続いてロングハヤブサは当時

2000mで行われていた高松宮杯に参戦

しましたが、距離の不安と連戦の疲れも

あったのか、18頭中の10着に敗れました。

 

夏を休養したロングハヤブサは秋に入って

オープン特別で復帰して2着に入り、

秋競馬での活躍が期待されましたが、2番

人気に支持されたスワンステークスでは

まさかの10着に惨敗してしまいました。

そして続いてロングハヤブサは目標と

していたマイルチャンピオンシップに

挑みました。

このレースにはスワンステークスに圧勝し

後に天皇賞や安田記念を制する良血馬

ニッポーテイオーをはじめタカラスチール

ダイナシュガー、トウショウペガサス、

コーリンオー、ホリノカチドキなどの

名うての名マイラー達が出走しました。

ニッポーテイオーが圧倒的1番人気に

支持され、ロングハヤブサは5番人気での

出走となりました。

レースは、大外からホリノカチドキがハナを

奪って逃げ、2番手にアサクサエリート、

先行集団にはリキサンパワー、ドミナス

ローズ、トウショウペガサスがいて、ロング

ハヤブサ、ニッポーテイオー、ダイナ

シュガー、タカラスチールは中団からという

展開で進みました。

第4コーナーでは各馬一団となり、ホリノ

カチドキ、ドミナスローズ、コーリンオー

ロングハヤブサの4頭が並んで直線の

勝負へ。

内で逃げ粘るホリノカチドキを外から

ロングハヤブサが交わして一旦先頭に

立ちましたが、内からタカラスチールと

ニッポーテイオーが鋭く追い込んで、

今度はタカラスチールが一気に交わして

先頭に立ち、ニッポーテイオーとロング

ハヤブサも必死に差し返しましたが、

タカラスチールがニッポーテイオーを

ハナ差おさえて優勝を飾り、ロング

ハヤブサもニッポーテイオーにクビ差に

迫る僅差の3着に敗れはしましたが、

まだ実力があるところを見せました。

しかし、その後脚部不安を発症したため

ロングハヤブサは、マイルチャンピオン

シップを最後に引退し、引退後は

1988年から故郷の北海道で種牡馬に

なりました。

但し、当時は内国産種牡馬不遇の時代で

あったため、中央、地方で共に勝ち馬を

輩出したものの、代表産駒には恵まれ

ませんでした。

 

記録によりますと

1995年11月28日付で用途変更となり、

種牡馬を引退し、その後は引退名馬

繋養展示事業の助成対象馬として

日高ケンタッキーファームで余生を

送りました。

そして2007年7月1日ロングハヤブサは

老衰のため、26年の生涯に幕を下ろし

天国に旅立って行きました。

 

今週は、京都競馬場で第57回マイラーズ

カップが行われます。

ベラジオボンド、ウォーターリヒト、

ファーヴェント、アドマイヤズームに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、阪神競馬場で行われました牝馬

クラシック開幕戦第86回桜花賞は

道中、中団を進んだ1番人気の

スターアニスが直線で力強く抜け出し、

牝馬クラシック1冠目を手にしました。

2着には5番人気のギャラボーグ、

3着には12番人気のジッピーチューンが

入りました。

今週は、中山競馬場でクラシック第1冠目

第86回皐月賞が行われます。

皐月賞は1939年に当時の日本競馬会が

イギリスの2000ギニーに範をとり、4歳

 (現3歳)の牡馬・牝馬限定の横浜農林省

賞典四歳呼馬として創設され、第1回は

横浜競馬場で行われました。

そして東京優駿競走、阪神優駿牝馬

(現:優駿牝馬)、京都農林省賞典四歳呼馬

 (現:菊花賞)、中山四歳牝馬特別

 (現:桜花賞)と共に五大特殊競走として

位置づけられ、東京優駿競走、京都

農林省賞典四歳呼馬と共に日本の

クラシック三冠競走として確立しました。

終戦後の1947年からは名称を

農林省賞典に変更され、1949年からは

名称を皐月賞に変更され、現在に至って

います。

日本ダービーは最も運のある馬が勝つ

菊花賞は最も強い馬が勝つと

称されるのに対し、皐月賞は最も速い馬が

勝つと言われています。

 

思い出の馬は、パワーあふれる重戦車の

異名を取ったハワイアンイメージです。

ハワイアンイメージの父はスワップス系の

中距離系種牡馬ファーザーズイメージで

代表産駒にはホッカイノーブル、エリモ

ファーザーの中央での重賞勝ち馬や

地方競馬での重賞勝ち馬などがいます。

そして姉にはスプリンターズステークスを

2連覇した快速馬メイワキミコ、妹には

カブトヤマ記念を制したプロメイドがいます。

 

ハワイアンイメージは昭和55年の

クラシック組で、同期にはダービー馬

オペックホース、菊花賞馬ノースガスト

天皇賞馬モンテプリンス、天皇賞、

有馬記念を制したアンバーシャダイや

快速馬サクラシンゲキ、ドロッポロード

オーバーレインボー、トウショウゴッド

サーペンプリンスなどの重賞勝ち馬が

います。

 

ハワイアンイメージはハイセイコーが繋養

されている北海道の明和牧場で誕生して

ハイセイコーと同じ鈴木勝太郎厩舎に

入厩し、増沢騎手が主戦ジョッキーに

なりました。

ハワイアンイメージは旧馬齢3歳12月の

中山でデビューし、1戦目の新馬戦は

12着に大敗しましたが、2戦目の新馬戦

では7番人気ながら快勝し、初勝利を

挙げました。

 

年が明けて4歳になったハワイアン

イメージは条件戦を2連勝して3勝目を

挙げ、クラシックに名乗りをあげました。

そして重賞初挑戦となった東京4歳

ステークスでは、9頭立ての8着と

惨敗したものの、続く弥生賞では

3着に入り、そして皐月賞トライアル

スプリングステークスでも2着に入るなど

能力が開花し始めたハワイアンイメージは

クラシックの一冠目皐月賞に挑みました。

このレースには、3勝を挙げて東上して来た

後のダービー馬オペックホース、弥生賞を

制したトウショウゴッド、後の天皇賞馬

モンテプリンス、スプリングステークス

優勝馬サーペンプリンスや快速馬サクラ

シンゲキなどが出走しました。

皐月賞当日は雨が降り、不良馬場という

最悪のコンディションでの競馬となりました。

1番人気はトウショウゴッドで、ハワイアン

イメージは4番人気での出走となりました。

レースは、ハワイアンジュエルがハナを

奪って逃げるも、向こう正面に入って

サクラシンゲキが交わして先頭に立ち、

ハワイアンイメージは3番手から、オペック

ホースとトウショウゴッドは中団から進み

サーペンプリンスとモンテプリンスは

後方からという展開で進む中、

第3コーナーの手前で1番人気のトウショウ

ゴッドがズルズルと後退し、故障のため

競走を中止するという波乱の競馬に

なりました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

ハワイアンイメージが仕掛けて2番手に

上がり、オペックホースも先頭との差を

一気に詰めて直線の勝負へ。

直線では各馬が馬場の良い外に

持ち出す中、内を通ったハワイアン

ジュエルが逃げ粘り、外からはハワイアン

イメージが交わしにかかり、大外からは

オペックホースが強襲して、ハワイアン

イメージとオペックホースとの叩き合いに

なりましたが、最後はハワイアンイメージが

オペックホースをクビ差おさえて優勝を飾り、

重賞初制覇を果しました。

しかし、続いて6番人気で出走した

日本ダービーでは、やはり距離の壁が

あるのか、27頭中14着に大敗してしまい

ました。

その後、ハワイアンイメージはクラシック馬

では異例となる、当時は残念ダービーとも

言われ、福島で行われていたラジオ短波賞

に参戦。

このレースでハワイアンイメージは

ダービー5着のハーバーシャレード

オークス4着の牝馬ジュウジアローに次ぐ

3番人気と、皐月賞馬としては低い評価に

なりましたが、レースでは先行策から直線

入り口で先頭に立ち、そのままゴールまで

先頭を譲らず、皐月賞馬の貫禄を見せて

優勝を飾り、2つ目の重賞を獲得しました。

 

夏を無事に越したハワイアンイメージは

クラシック最終戦となる菊花賞には全く

目もくれず、クラシック馬としては

異例となるローカル路線を歩み、福島

民友カップ、福島記念に優勝して、

クラシック馬による福島競馬での連勝に

福島の競馬ファンは大いに盛り上がり、

喜びました。

この勢いのまま、ハワイアンイメージは

有馬記念に挑みましたが、力およばず

7着に終わりました。

 

年が明けて古馬になったハワイアン

イメージは金杯3着、スプリンターズ

ステークス3着、中山記念5着と善戦は

したものの勝ちきれず、その後も芝の

表舞台よりローカルやダート戦に数多く

出走し、5歳時は9戦するもオープン

特別の1勝に終わり、6歳時は骨折による

長期休養を余儀なくされながらも5戦して

オープン競走の1勝、7歳時は10戦して

オープン特別を3勝するも重賞競走では

良い成績をあげることは出来ませんでした。

無事是名馬を地で行くように8歳まで

現役を続けたハワイアンイメージでしたが

8歳での2戦目となる当時のフェブラリー

ハンデキャップ競走での7着を最後に

現役を引退し、1984年3月4日には

中山競馬場で引退式が行われました。

 

引退後、ハワイアンイメージは生まれ

故郷である北海道の明和牧場で種牡馬と

なり、初年度こそシーズン途中からの

スタートだったため、種付け頭数も13頭と

少なかったですが、2年目以降は毎年

50頭前後を数えるなど、同じ明和牧場で

繋養されているハイセイコーの人気には

及ばなかったものの、初年度産駒からは

オープン特別2勝、重賞のAJCC2着、

エプソムカップ3着となったハワイアン

コーラルを出すなど、父ファーザーズ

イメージの後を継ぐ中堅種牡馬として

今後の活躍が期待されていました。

 

しかし、記録によりますと

1990年10月14日の午後、翌年の

種付けシーズンに備えて体力づくりに

励んでいたハワイアンイメージは、軽い

運動を終えた後、放牧地で気持ち

良さそうに走っていましたが、ふとした

拍子にトモを激しくひねって、腰の

あたりから地面に崩れ落ちるように転倒し

右後脚の大腿骨を骨折、検査の結果、

予後不良と診断され、安楽死の措置が

取られました。

やはり15歳という若さで逝ってしまった

父ファーザーズイメージと同じように

ハワイアンイメージもまた13歳という

若さであっという間に天国に旅立って

しまいました。

 

今週は、中山競馬場でクラシック第1冠目

第86回皐月賞が行われます。

グリーンエナジー、カヴァレリッツオ

パントルナイーフ、バステールに

注目しています。

今週も全人馬達の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、阪神競馬場で行われました

節目となる第70回大阪杯は、道中、

後方からレースを進めた1番人気の

クロワデュノールが、最後の直線で鋭く

伸びて力強く抜け出し、ゴール前で

メイショウタバルを差し切って優勝を

飾りました。

2着には最後まで逃げ粘った3番人気の

メイショウタバル入り、3着には2番人気の

ダノンデサイルが入りました。

今週は、阪神競馬場で牝馬クラシック

第一冠目、桜の女王決定戦、第86回

桜花賞が行われます。

桜花賞は、1939年にイギリスの

「1000ギニー」を範として、最もスピード

のある優秀な牝馬の選定および優秀な

繁殖牝馬を発掘するためのレースとして

4歳(現3歳)牝馬限定の競走「中山四歳

牝馬特別」を創設し、東京優駿競走

阪神優駿牝馬(現優駿牝馬)・横浜農林省

賞典四歳呼馬(現皐月賞)・京都農林省

賞典四歳呼馬(現菊花賞)と共にクラシック

競走のひとつとされました。

1947年からは名称を桜花賞に変更して

京都競馬場で施行されましたが、1950年

からは阪神競馬場で施行されています。

私は、毎年春を告げる満開の桜の中で

若い乙女たちによって繰り広げられる、

華やかさと美しさとスピード感あふれる

桜花賞が大好きです。

 

思い出の馬は、名人武邦彦騎手に初の

クラシックをもたらし、そして牝馬クラシック

初の二冠馬に輝いたアチーブスターです。

 

アチーブスターの父は昭和を代表する

長距離系種牡馬シプリアニで代表

産駒には有馬記念、天皇賞などを制した

女傑トウメイ、疾風の差し足と言われ

皐月賞、ダービーを制したヒカルイマイや

タカツバキ、シンモエダケ、アトラス、

ロッコーイチ、エクセルラナーなどの重賞

勝ち馬の他、地方競馬でも多くの重賞

勝ち馬を輩出しました。

 

アチーブスターは花の昭和47年の牝馬

クラシック組で、同期にはオークス馬

タケフブキ、最優秀3歳そして4歳牝馬に

選出されたトクザクラ、安田記念や

スプリンターズステークスを制した

快速馬キョウエイグリーンや悲運の名牝

タカイホーマ、シンモエダケ、カミノチドリ

などの重賞勝ち馬がいます。

 

アチーブスターは旧馬齢3歳秋の阪神で

デビューして7着に敗れ、その後は

未勝利戦での2着はあったものの、3歳戦

6戦するも勝つことは出来ませんでした。

年が明けて4歳になったアチーブスターは

デビュー以来8戦目となる未勝利戦で

4馬身差をつけて、初勝利を挙げました。

その後、条件特別戦で3戦するも敗退し、

デビュー以来12戦目となる3月の

条件戦で逃げ切りを決め、ようやく

2勝目を挙げました。

その後も条件特別の2戦で惨敗していた

アチーブスターは、格上となる重賞レース

当時の桜花賞トライアル阪神4歳牝馬特別

に強気に参戦すると、12頭中11番人気

ながら、既にシンザン記念を制するなど

7勝を挙げているシンモエダケの4着に

入る好走を見せ、ぎりぎりで桜花賞への

切符を手にしました。

なお、この昭和47年の上旬は馬インフル

エンザの流行により、関東地区の競馬

開催は不能となっていたため、クラシックも

延期となり、4月9日に予定されていた

桜花賞は5月21日に、オークスは

5月21日の予定から7月2日に

ずれ込むなど、混乱をきたしていました。

その影響で桜花賞トライアル阪神4歳

牝馬特別も同様に予定より遅く開催に

なりました。

 

この春のクラシック延期が功を奏したのか

アチーブスターは、ぎりぎりで桜の女王

決定戦、第32回桜花賞に駒を進める

ことが出来ました。

このレースには、シンザン記念や阪神4歳

牝馬特別を制し、既に8勝を挙げている

西の総大将シンモエダケ、京成杯3歳

ステークス 朝日杯3歳ステークスを制して

最優秀3歳牝馬に選出され、馬インフル

エンザを乗り越えて出走してきた東の

総大将トクザクラや後の重賞勝ち馬

キョウエイグリーンなどが出走。

1番人気はシンモエダケ、2番人気は

トクザクラでアチーブスターは名人武邦彦

騎手が騎乗することで、少し期待が持たれ

20頭中8番人気での出走となりました。

この年の桜花賞は、パワーのシンモエ

ダケかスピードのトクザクラかと言われ

この人気の2頭に注目が集まりました。

 

レースはスタートして強引にハナを奪って

キョウエイグリーンが逃げ、その後ろから

センコウクイン、センコウミドリが続き、

トクザクラは4番手から、シンモエダケと

アチーブスターは中団からという展開に

なりました。

キョウエイグリーンが超ハイペースで

他馬を引き離して逃げる中、第4コーナー

手前では、内々を通ってアチーブスター、

外からトクザクラも仕掛けて、徐々に差を

詰めて直線の勝負へ。

逃げ込みを図るキョウエイグリーンを

内からハジメローズ、真ん中からセンコウ

ミドリ、外からトクザクラが交わしに

かかると、内からアチーブスターが豪脚を

繰り出し、まさに異次元の追い込みで

一気に先頭に立ち、後続馬に3馬身差を

つけて圧勝。

重賞初制覇を成し遂げる共に、名人と

言われるもクラシックに縁がなかった

武邦彦騎手に初のクラシック制覇を

プレゼントしました。

通常は桜花賞後、優駿牝馬(オークス)を

目指すことになるのですが、そこまで期待

されていなかったのか、アチーブスターは

オークスへの出走のための登録が

行われていなかったため、オークスを

回避せざるを得ませんでした。

 

秋まで長期休養となってしまい無事に夏を

越したアチーブスターはオープン特別で

復帰するも7着に敗れ、続く神戸新聞杯で

6着後、当時の牝馬クラシック3冠目の

ビクトリアカップの前哨戦、京都牝馬

特別に出走しましたが、精彩を欠き

16頭中の9着に惨敗しました。

そして迎えた牝馬クラシック最終戦、

ビクトリアカップに挑みました。

このレースには、オークス馬タケフブキや

トクザクラは出走せず、今度こそはと牝馬

クラシック制覇を目指すタカイホーマや

春のクラシックを賑わしたシンモエダケや

タイラップなどが出走。

1番人気はタカイホーマが推され、成績が

上がらないアチーブスターは5番人気での

出走となりました。

レースは、スタートして大方の予想どおり

シュウエイホープが先頭に立って逃げ、

これに続く2番手には、いつも後方から

レースを進めるアチーブスターが続く

という予想外の展開となり、スタンドは

騒然となりました。

この2頭が先行して後続馬を引き離して

進むものの、スローペースでの展開となり

人気のタカイホーマは中団からの競馬と

なったため、他の有力馬はタカイホーマを

マークする形で後方から進む形となり、

この位置取りが勝負の明暗を分けることに

なりました。

そして勝負どころの第3コーナーに入った

ところでタカイホーマに異変が発生して

急激に失速し、しかしそこで停止させる

ことが出来ずに第4コーナーまで来るも、

コーナーを曲がり切ることが出来ずに

タカイホーマは崩れ落ちるかのように

転倒し、競走を中止しました。

終始2番手につけてレースを進めた

アチーブスターは、第4コーナーで先頭に

躍り出て、そのまま直線の勝負へ。

人気のタカイホーマが競走中止という

アクシデントの影響を受け、後方から

レースを進めたシンモエダケやタイラップは

追い上げが遅れてしまい、直線でようやく

追い上げてきたタイラップをアチーブ

スターはクビ差おさえて優勝を飾り、

牝馬クラシック二冠を達成しました。

 

その勝利の陰で、競走を中止した

タカイホーマの状態は酷く、脚の

第一指関節完全脱臼、右後ろ脚

浅屈腱断裂を起こしていて、更に折れた

骨が心臓に刺さってしまったことで

出血多量を起こし、それが原因で

死亡してしまいました。

わずか4年にも満たない本当に短い

生涯となってしまいました。

突然起こった悲劇にスタンドはどよめき、

若き名牝の死を多くの人が悼みました。

そして、この勝利がアチーブスターに

とっての最後の勝利になってしまうとは

この時、誰が思ったでしょうか。

牝馬クラシックの二冠を制したアチーブ

スターはトクザクラと共に、この年の

最優秀4歳牝馬に選出されました。

 

その後、年が明けて古馬になったアチーブ

スターは、ビクトリアカップ優勝後、重賞や

オープン競走12戦に参戦しましたが、

まるで4歳で燃え尽きたように、勝つことは

出来ず、それでも現役最後のレース

となった京都記念秋では、14頭中14番

人気という屈辱的な低評価の中で4着に

入り、牝馬クラシック二冠馬の意地を

最後に見せて引退しました。

 

引退後は、1975年から生まれ故郷の

牧場で繁殖牝馬となり、重賞勝ち馬は

輩出することは出来ませんでしたが、

オープン馬2頭をはじめとする勝ち馬を

輩出するなど、繁殖牝馬としても優秀な

成績を残しました。

 

記録によりますと

1984年に別の牧場に移り、1991年に

11番仔を誕生させたまでの記録は

ありますが、その後の記録が見当たらず、

アチーブスターが、その後、どのような

運命を辿ったかは、不明です。

牝馬クラシック二冠を達成し、名人武邦彦

騎手に初のクラシックをもたらす等、

頑張ったアチーブスターが幸せな余生を

おくれたことを、今はただ願うばかりです。

 

今週は、阪神競馬場で春の到来を告げる

牝馬クラシックの第一冠目、桜の女王

決定戦、第86回桜花賞が行われます。

スターアニス、ドリームコア、アランカール

スウィートハピネスに注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。