ハイセイコーのブログ -2ページ目
昨日、函館競馬場で行われました
函館のフィナーレを飾る第58回函館2歳
ステークスは9番人気の牝馬フェリチタが
直線で抜け出し、世代重賞一番星に
輝きました。
2着には2番人気のイモージェン、3着には
8番人気のダイシンドラゴンが入り、
1番人気に推されたシグレは直線で
伸びずに5着に敗れました。

今週は、舞台を新潟に移し、新潟競馬場で
第61回関屋記念が行われます。
関屋記念の競走名の関屋は1964年まで
の旧新潟競馬場の所在地(新潟市関屋)
に由来しており、新潟競馬場が新潟市
郊外の笹山に移転した翌年の1966年に
旧馬齢4歳以上の馬によるハンデキャップ
の重賞競走として創設されました。
新潟競馬場で施行される重賞競走では
新潟記念に次いで古い歴史を持つ重賞
競走です。
思い出のレースは夏を得意とした
アイランドゴッテスが勝った昭和61年
第21回関屋記念です。
アイランドゴッテスの父はノーザンダンサー
系種牡馬リイフォーで、海外での重賞
勝ち馬の他、日本での代表産駒には
天皇賞秋やマイルチャンピオンシップ等を
制したニッポーテイオーやウイニング
スマイル、サニーライト、ヒシノリフオー
などの重賞勝ち馬がいます。
アイランドゴッテスは旧馬齢3歳秋の
福島でデビューし、新馬・特別を連勝して
エリートコースに乗り、牝馬クラシックに
名乗りを挙げました。
そして続く福島3歳ステークスでは後の
重賞勝ち馬ブラックスキーのハナ差の
2着に入るなど、実力のあるところを
見せました。
年が明け4歳になったアイランドゴッテスは
オープン特別で2着とした後、西下して
桜花賞に挑みましたが、エルプスの前に
17着に敗れ、東京に戻り優駿牝馬競走
オークスに挑みましたが、ノアノハコブネの
前に17着に終わりました。
その後、アイランドゴッテスは脚部不安を
発症したため、長期休養に入りました。
年が明けて古馬になったアイランド
ゴッテスは9ヶ月の休養後、ダートの
条件戦で復帰し、2戦とも7着、3着と
敗れたものの、芝に変わった条件特別で
2着に入ると、続く条件特別を連勝して
オープン入りを果しました。
その後、夏の新潟に遠征したアイランド
ゴッテスは条件特別を快勝して4勝目を
挙げると、関屋記念に挑みました。
このレースには、重賞勝ち馬のタカラ
スチールやダイナシュガー、そして
クラシックでも活躍したビンゴカンタなど
牝馬や牡馬の実力馬が参戦。
1番人気はタカラスチールでアイランド
ゴッテスは2番人気での出走となりました。
レースはスタートして先行争いの中から
アイランドゴッテスが先頭に立って逃げ
タカラスチールは先行集団の4番手から
進み、ダイナシュガーとビンゴカンタは
中団からという展開で進みました。
第4コーナー手前で軽快に逃げる
アイランドゴッテスをタカラスチールと
ダイナシュガーが仕掛けて差を詰め
直線の勝負へ。
逃げ込みを図るアイランドゴッテスを
馬場の真ん中からタカラスチール、外から
ダイナシュガーが猛然と追い込みましたが
アイランドゴッテスがダイナシュガーを
3/4馬身差おさえ、念願の初重賞制覇を
果たしました。

この勢いのままアイランドゴッテスは
新潟記念を回避して東京に戻り、秋競馬
初陣の重賞競走京王杯オータムハンデ
キャップに参戦しました。
このレースには関屋記念で戦ったタカラ
スチール、ダイナシュガーや目黒記念を
制したビンゴチムール、後の重賞勝ち馬
ウイニングスマイル、ダイナシュートなどが
参戦。
1番人気はダイナシュガーが支持され、
アイランドゴッテスは2番人気での出走と
なりました。
レースは、好スタートを切ったアイランド
ゴッテスが先手を取って逃げ、2番手に
タカラスチール、4番手にウイニング
スマイル、その後ろからダイナシュガーが
続き、ダイナシュートとビンゴチムールは
後方からという縦長の展開で進みました。
関屋記念と同じように軽快に逃げる
アイランドゴッテスを第4コーナー手前で
タカラスチール、ダイナシュガーが仕掛け
ダイナシュートとビンゴチムールも差を
詰め、後続馬も一団となって直線の勝負へ。
関屋記念を再現するように内を通って
逃げ込みを図るアイランドゴッテスを内から
タカラスチール、外からダイナシュートと
ダイナシュガーが猛然と追い込みましたが
アイランドゴッテスが今度はダイナシュガー
ではなく、ダイナシュートを3/4馬身差
おさえて優勝を飾り、3連勝で2つ目の
重賞を獲得しました。

続いてアイランドゴッテスは当時の名称
牝馬東京タイムズ杯に参戦。
重賞を2連勝しているアイランドゴッテスは
圧倒的1番人気に支持されました。
レースはスタートして逃げるユキノローズを
2番手で追走したアイランドゴッテスが
直線に入ってユキノローズを交わして
先頭に立ち、そのまま逃げ切るかと
思われましたが、外から鋭い脚で追い
込んで来たダイナフェアリーにゴール前で
3/4馬身交わされ、惜しくも2着に敗れて
しまい、その後アイランドゴッテスは
休養に入りました。

年が明け6歳になったアイランドゴッテスは
現役を続行し、6ヶ月の休養後、当時の
京王杯スプリングカップで復帰したものの
8着に敗れ、続く安田記念でも10着に
大敗してしまいました。
その後、福島や新潟に遠征し、オープン
特別に出走すると、ここは格の違いを
見せて連勝し、存在感を示しました。
この勢いでアイランドゴッテスは連覇を
かけ、1番人気に推されて昨年優勝した
関屋記念に参戦。
道中3番手を進んだアイランドゴッテスは
最後の直線に入って先頭に立ち、逃げ
込みを図りましたが、外から追い込んで
来たクールハートとカシマキングに差され
3着に敗れました。

その後、東京に戻ったアイランドゴッテスは
秋競馬の初戦、連覇がかかった当時の
京王杯オータムハンデキャップに昨年と
同じローテーションで参戦。
最重量ハンデを背負いながら、それでも
2番人気に支持され、出走しました。
道中、2番手を進んだアイランドゴッテスは
第4コーナーで逃げるキッポウシを交わし
最後の直線で先頭に立ち、いつものように
逃げ込みを図りましたが、追い込んで来た
名女優の異名を持ったダイナアクトレスに
直線半ばで一気に交わされ、レコード
勝ちの前に2着に敗れてしまい、残念ながら
連覇はなりませんでした。

続くオープン特別で1番人気に支持され
ながら13頭中の6着に敗れたアイランド
ゴッテスはマイルチャンピオンシップを
目指して西下し、前哨戦となるスワンス
テークスに出走しました。
道中、終始先行争いを繰り広げていた
アイランドゴッテスは例によって
第4コーナーで仕掛け、直線で一旦
先頭に立ち、逃げ込みを図りましたが
最後にポットテスコレディに差されて
3着に敗れました。
そして迎えたマイルチャンピオンシップ
圧倒的1番人気は前走、天皇賞秋を制した
ニッポーテイオーでアイランドゴッテスは
4番人気に推されての出走となりました。
スタートして果敢に2番手を追走し、
第3コーナーで先頭に立ったアイランド
ゴッテスがニッポーテイオーに先頭を
譲らず直線の勝負へ。
内をついて逃げ込みを図るアイランド
ゴッテスでしたが、ニッポーテイオーに
交わされると、力尽きたかのように失速し
13頭中の6着に沈んでしまいました。
そして、このレースがアイランドゴッテスに
とっての最後のレースとなりました。
レース後、引退を発表したアイランド
ゴッテス、北海道で繫殖牝馬になりました。
生涯で6頭の産駒を世に送り出し、
勝ち馬は輩出したものの、代表産駒には
恵まれませんでした。
記録によりますと
2004年の不受胎を最後に、繁殖牝馬を
引退したアイランドゴッテスは25歳だった
2007年8月1日付けで用途変更に
なっています。
その後アイランドゴッテスがどのような
最期を迎えたかについては不明です。
今週は、いよいよ新潟競馬が開幕し
第61回関屋記念が行われます。
ダノンセンチュリー、エルトンバローズ
アンパドゥ、サンダーストラックに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、福島競馬場で行われました夏競馬の
訪れを告げるサマー2000シリーズ第2戦
第62回七夕賞は道中2番手を追走した
2番人気のアスクナイスショーが直線で
抜け出して押し切り、重賞初勝利を
飾りました。
2着には6番人気のマイネルモーント、
3着には15番人気のオニャンコポンが
入り、1番人気に支持されたカラマティ
アノスは7着に敗れました。

今週は、函館競馬場で来年のクラシックに
向けた戦い第58回函館2歳ステークスが
行われます。
函館2歳ステークスは、3歳馬による馬齢
重量の重賞競走として函館3歳ステークス
の名称で創設されました。
2001年、馬齢表示が国際基準へ
変更されたことに伴い、出走条件を2歳に
変更し、競走名も函館2歳ステークスに
変更しました。
1997年に函館競馬場と札幌競馬場の
開催順が入れ替わったことにより、中央
競馬では最初に行われる2歳馬の重賞と
なりました。
思い出のレースは、美しき戦士ディクター
ランドが優勝した旧名称の昭和62年
第19回函館3歳ステークスです。
ディクターランドの父は万能系種牡馬
ディクタスで代表産駒には天才少年
サッカーボーイやイクノディクタス、
ムービースター、ミスターブランディ、
スクラムダイナ、クリロータリー
クールハートなどの重賞勝ち馬がいます。
ディクターランドは昭和63年のクラシック
組で同期には、白い怪物オグリキャップ、
ダービー馬サクラチヨノオー、菊花賞・
天皇賞を制したスーパークリーク、
皐月賞馬ヤエノムテキやサッカーボーイ、
メジロアルダン、ヤエノダイヤ、タカラ
フラッシュなどの重賞勝ち馬がいます。
ディクターランドは旧馬齢3歳夏の函館で
デビューし、新馬戦は6着に敗れたものの
3戦目の未勝利戦では走破タイムを一気に
縮め、9馬身差をつけて圧勝。
この勢いで一気に格上の当時の函館3歳
ステークスに挑みました。
このレースには、この年の最優秀3歳
牡馬に選出されるサッカーボーイや
最優秀3歳牝馬に選出される
シノクロスが参戦。
1番人気はカゲマル、サッカーボーイは
3番人気で、ディクターランドは2番人気
での出走となりました。
レースは、重馬場で行われ、好スタートを
切ったスーパーハイウェイが先頭に
立ちましたが、すぐに外からディクター
ランドが交わして先頭に立って逃げ、
シノクロスは4番手から、サッカーボーイは
この時、まだ若さを出して後方でもがいて
1番人気のカゲマルも後方からという
競馬となりました。
軽快に飛ばしながら逃げるディクター
ランドは第4コーナーで2馬身差をつけて
直線の勝負へ。
外を回ったディクターランドは直線でも
更に脚を伸ばして後続馬を引き離し、内を
ついて追い込んで来たチカノパワーに
2馬身半差をつけて圧勝。
初重賞制覇を果たすと共に、クラシックに
向けて名乗りを挙げました。

年が明けて4歳になったディクターランドは
あの白い怪物と言われ、中央初戦の重賞
レースを圧勝したオグリキャップの2走目
となる毎日杯に参戦。
しかし、白い怪物オグリキャップの前に
成す術もなく、大差の7着に終わりました。
それでも、クラシックを目指して東上した
ディクターランドは皐月賞に挑みました。
このレースには後のダービー馬サクラ
チヨノオー、後に天皇賞をも制するヤエノ
ムテキ、京成杯を勝ったトウショウマリオや
シンザン記念の覇者ラガーブラック、
スプリングステークスを制した
モガミナインなどが出走。
レースはスタートして強引にキョウシン
ムサシがハナを奪って逃げ、2番手に
アイビートウコウが追走し、3番手に
サクラチヨノオー、その後ろからトウショウ
マリオとヤエノムテキが続き、モガミナイン
ディクターランドは後方からという競馬に
なりました。
第3コーナーではアイビートウコウが
先頭に立つと、サクラチヨノオー、モガミ
ナイン、ヤエノムテキも仕掛けて先頭との
差を詰め、ディクターランドも中団まで
上がって直線の勝負へ。
最後の直線に入って馬場の真ん中から
サクラチヨノオーが抜け出して先頭に
躍り出ると、内からヤエノムテキ、外から
トウショウマリオが追い込み、今度は
ヤエノムテキがサクラチヨノオーを交わして
先頭に立つと、大外からディクターランドが
豪脚を繰り出して追い込んで来たものの
ヤエノムテキがディクターランドの
追い込みを何とか3/4馬身凌いで勝ち、
ディクターランドは惜しくも2着に敗れて
しまいました。

続いてディクターランドは東京優駿競走
日本ダービーに堂々と駒を進めましたが
皐月賞での豪脚を見せることなく、
24頭中の18着に大敗してしまいました。
当時の記憶が定かではないのですが、
皐月賞後、ディクターランドに何かが
あって、皐月賞であれだけの豪脚で2着に
入ったにもかかわらず、ダービーでは
7番人気という低評価での出走になった
ように思えます。
その後、夏を休養したディクターランドは
秋の初戦、当時の菊花賞トライアル
京都新聞杯に出走し、ヤエノムテキの
4着に入り、そしてクラシック最終戦
菊花賞に挑みました。
1番人気は単枠指定となったヤエノムテキ
ディクターランド2番人気という高い評価を
得て出走しました。
道中、ヤエノムテキをマークしながら
中団を進んだディクターランドは
第3コーナーからヤエノムテキと一緒に
仕掛けて外から好位置に上がっていって
直線の勝負へ。
外からディクターランドも追い上げ態勢に
入りましたが、いつもの伸び脚はなく
馬群に沈み、18頭中の13着に大敗して
しまいました。
その後、ディクターランドは暮れのオープン
特別に出走し、ここではさすが格が
違ったのか、圧勝して1年3か月ぶりに
3勝目を挙げました。
年が明けて古馬になったディクターランドは
古馬初戦の金杯は5着、続く小倉大賞典は
3着に入るなど、今後の活躍も期待され
ましたが、中京記念では期待を裏切り、
8着に終わりました。
その後、ディクターランドは夏の北海道
シリーズに遠征し、巴賞で2着に入ると
続いて函館記念に参戦。
1番人気は前走の巴賞を勝ったグランド
キャニオン、ディクターランドは
2番人気での出走となりました。
レースは軽量ハンデのファーストホームが
逃げ、グランドキャニオンが2番手を追走
ディクターランドは最後方からという展開で
進みました。
第4コーナーでグランドキャニオンが
逃げるファーストホームに並びかける中
ディクターランドはまだ最後方という状況で
直線の勝負へ。
直線に入ってグランドキャニオンが抜け
出して先頭に立ちましたが、真ん中から
スピークリーズンが鋭く伸びてグランド
キャニオンを交わして先頭に立った時
大外から久しぶりに豪脚を繰り出し
矢のような勢いでディクターランドが
追い込んで来ましたが、わずかに及ばず
ディクターランドは惜しくも3着に敗れて
しまいました。

しかし、続くオープンのUHB杯では
格の違いを見せて、見事に最後方から
追い込みを決めて勝ち4勝目を挙げました。
この勢いのまま、ディクターランドは
東京に戻り、天皇賞秋に挑みました。
このレースには、オグリキャップをはじめ
スーパークリーク、イナリワン、メジロ
アルダン、ヤエノムテキ、フレッシュボイス、
レジェンドテイオーなど、豪華メンバーが
揃い、1番人気には当然のごとくオグリ
キャップが推され、ディクターランドは
7番人気での出走となりました。
レースはレジェンドテイオーが果敢に先頭に
たって逃げ、スタートで出遅れてしまった
ディクターランドは、例によって後ろから
2頭目という後方からの競馬となりました。
直線に入って内からメジロアルダンと
スーパークリークが抜け出して競り合う中
外からオグリキャップが追い込み、3頭の
叩き合いになりましたが、最後はスーパー
クリークが振り切って優勝を飾りました。
ディクターランドも大外をついて追い込みを
図りましたが、いつもの伸び脚は全くなく
大差でしんがりの14着に終わりました。
そして、この天皇賞秋がディクターランドに
とっての最後のレースとなりました。
レース後、脚部不安が発症したディクター
ランドは、年が明けた1990年1月18日
付けで登録を抹消され、乗馬クラブで
第二の馬生を送ることになりました。
記録によりますと
ディクターランドは、乗馬クラブで多くの
人達を乗せながら、とても可愛がられて
暮らしていたそうです。
乗馬馬を引退後も、ディクターランドは
功労馬として大切にされて余生を送って
いましたが、

2014年6月8日老衰のため
29年の生涯を終え、惜しまれながら
天国に旅立って行きました。
今週は、函館競馬場で第58回函館2歳
ステークスが行われます。
シグレ、ロンドンガーズ、イモージェン
ショウナンカノアに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、小倉競馬場で行われましたサマー
スプリントシリーズ第2戦伝統の
第61回北九州記念は好スタートを切り
道中3番手を進んだ1番人気のフリッカー
ジャブが第4コーナー手前で先頭に立つと
最後の直線でも押し切って優勝を飾り
重賞初制覇を果たしました。
2着には9番人気のジェニファー、3着には
4番人気のヨシノイースターが入りました。

今週は福島競馬場で今年も夏の到来を
告げる第62回七夕賞が行われます。
七夕賞は1965年に旧馬齢4歳(現3歳)
以上の馬による重賞競走として
創設されました。
1960年と1970年代の一時期において
10月にレースが行われていたことが
ありましたが、時期と名称が合わないとの
理由で一時期、レース名を東北記念と
改称しました。
その後、1980年からは施行時期を
再び夏開催に戻したことから七夕賞の
名称が復活し、2006年からは夏競馬を
盛り上げるために設けられたサマー
シリーズ第1戦に、2025年からは
サマーシリーズ第2戦に指定されています。
私は毎年、夏の新潟や福島のローカル
競馬というと、どうしてもノボルトウコウ、
サンヨウコウ、スイジン、アマノガワといった
馬達が今でも真っ先に思い浮かんで
しまいます。
思い出の馬は、外車マルゼンスキーの
スピードを受け継いだ良血サクラトウコウ
です。
サクラトウコウの父は、世界的名馬
ニジンスキーの仔でスーパーカーや外車の
異名を持ち、日本競馬史上の最強馬
として名前があがるマルゼンスキーで

代表産駒にはダービー馬サクラチヨノオー
菊花賞馬ホリスキーとレオダーバン
宝塚記念を制したスズカコバンや
カリブソング、サクラエイコウオー、
ニシノスキーなど、名前をあげれば切りが
ないほど、数多くの重賞勝ち馬がいて
地方競馬でも多くの重賞勝ち馬を輩出
しています。
また、弟にはダービー馬サクラチヨノオーや
朝日杯3歳ステークスなどを制したサクラ
ホクトオーがいます。
サクラトウコウは、あのシンボリルドルフが
クラシック三冠を制した昭和59年の
クラシック組で同期には三冠馬シンボリ
ルドルフ、宝塚記念馬スズパレードや
ビゼンニシキ、ニシノライデン、スズマッハ
リキサンパワーなどの重賞勝ち馬がいます。
サクラトウコウは、旧馬齢3歳夏の函館で
デビューし、初戦の新馬戦は2着に敗れた
ものの、2戦目の新馬戦は、1番人気に
応えて大差で圧勝しました。
続いてサクラトウコウは函館3歳ステークス
に参戦すると、1番人気に応えて後の
重賞勝ち馬リキサンパワーに2馬身差を
つけて快勝しました。
その後、東京に戻ったサクラトウコウは
京成杯3歳ステークスに1番人気に
推されて挑みましたが、函館3歳
ステークスでは先着し、後に朝日杯
3歳ステークスを制するハーディー
ビジョンの前に4着に敗れてしまいました。
年が明けて4歳になったサクラトウコウは
春のクラシックへの参戦に向けて皐月賞
トライアル競走スプリングステークスに
挑みました。
このレースには皇帝シンボリルドルフの
ライバル ビゼンニシキやシンザン記念の
覇者キタヤマザクラ、きさらぎ賞の勝ち馬
ゴールドウェイ、後に最強の2勝馬と
言われ、ダービーでシンボリルドルフを
追い詰めたスズマッハなどが参戦。
1番人気は当然のごとくビゼンニシキが
支持され、サクラトウコウは3番人気での
出走となりました。
レースはスタートしてサクラトウコウが
先手を奪いに行きますが、スピードの違い
なのか、ビゼンニシキが先行して逃げ
2番手にサクラトウコウ、その後ろから
キタヤマザクラとスズマッハが続き、
ゴールドウェイは最後方からの競馬に
なりました。
第3コーナーでサクラトウコウとオンワード
カメルンが仕掛けてビゼンニシキに
並びかけるも、ビゼンニシキは余裕の
走りで抜かせず、第4コーナーでは
スズマッハ、キタヤマザクラも何とか
差を詰めて直線の勝負へ。
内をまわったビゼンニシキが先頭で
後続馬を引き離しにかかると、馬場の
真ん中からサクラトウコウ、外から
キタヤマザクラ、大外からスズマッハが
猛然と追い込み、サクラトウコウもビゼン
ニシキに3/4馬身差まで詰め寄ったものの
届かず、2着に惜敗しました。
この好走でサクラトウコウもクラシックへの
有力馬に躍り出ましたが、その後、脚部
不安を発症してしまったため、長期休養を
余儀なくされ、春のクラシックへの参戦は
叶いませんでした。
秋に入って菊花賞を目指し、西下した
サクラトウコウは当時の菊花賞トライアル
京都新聞杯に参戦し、3番人気に
推されるもビゼンニシキの8着に敗れ、
続く本番の菊花賞ではシンボリルドルフの
三冠達成の前に9着に終わりました。
東京に戻り、古馬との初対戦となる
ダービー卿チャレンジトロフィーに
2番人気に支持され出走しましたが、
人気に応えられず7着に敗れました。
それでも暮れのオープン特別を快勝し
1年ぶりに3勝目を挙げました。
年が明けて古馬になったサクラトウコウは
オープン特別で2着に入り、今後の活躍が
期待されましたが、再び脚部不安を発症
したため、長期休養に入りました、
既に6歳になったサクラトウコウは
福島のオープン特別の吾妻小富士賞で
約1年半ぶりに復帰を果たし、2着に
入りました。
続いてサクラトウコウは、七夕賞に
駒を進めました。
このレースには、新潟と東京で重賞を
連勝して来たスーパーグラサード、
日経賞を制したチェスナットバレーや
重賞競走の常連ビンゴカンタなどが出走。
1番人気は準オープン特別を連勝して
勢いに乗るシンボリカールで2番人気には
スーパーグラサードが支持され、サクラ
トウコウは3番人気での出走となりました。
不良馬場という悪コンディションの中で
レースは、スタートして各馬が馬場の
外々をまわる形となり、スーパーグラサード
サウンドターフ、カシマキングの先行争いと
なり、サクラトウコウは6番手を追走、
人気のシンボリカールは中団から進み、
チェスナットバレーとエビスジョージは
後方からという展開となりました。
第3コーナーでサクラトウコウ、スーパー
グラサード、シンボリカール、トライトン、
ダイヤモンドラーン、ビンゴカンタが
仕掛けて各馬一団となる激しい競馬となり
第4コーナーではサクラトウコウ、トライトン
ダイヤモンドラーンの3頭が並ぶ形で
直線の勝負へ。
直線に入って馬場の真ん中からサクラ
トウコウが抜け出して一気に先頭に立つと
外から追い込んで来たトライトンとダイヤ
モンドラーンをおさえて優勝を飾り、
ついに念願の初重賞制覇を果たしました。

しかし、この勝利がサクラトウコウに
とっての最後の勝利になってしまいました。
その後、再び脚部不安を発症したサクラ
トウコウは休養に入り、復帰を目指した
ものの、二度と競馬場に姿を見せることは
ありませんでした。
引退後、血統が評価されて1988年から
種牡馬になったサクラトウコウは昭和期の
内国産種牡馬不遇の時代という厳しい
環境において牝馬にも種付け数にも
恵まれず、数少ない産駒の中から、
天皇賞など5つの重賞を獲得した
ネーハイシーザーや毎日王冠、カブトヤマ
記念を制したスガノオージの他
地方競馬でも重賞勝ち馬を輩出するなど
種牡馬としても大いに活躍しました。
記録によりますと
2003年10月2日付で用途変更となり
種牡馬を引退しました。
種牡馬引退後、サクラトウコウは
功労馬として、生まれ故郷の谷岡牧場で
余生を送りましたが、2006年11月17日
老衰のため、25年の生涯を終え、
天国に旅立って行きました。
今週は福島競馬場で夏の訪れを告げる
サマーシリーズ第2戦第62回七夕賞が
行われます。
サヴォーナ、ヤマニンブークリエ、
バトルボーン、アスクナイスショーに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

